5号館を出て

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ゲノムを人造のものに置き換えられてできた「新種の細菌」

 核移植という実験で、たとえば受精直後で分裂を開始する前の白いマウスの卵から核を取り除き、黒いマウスの細胞から取った核を移植してやって、うまく発生させることができたら、白いマウスの卵は黒いマウスへと発生することが知られています。高校の生物でも習うように、この実験から、精子や卵を作る生殖細胞を除く生物のからだを構成するほとんどすべての細胞が、それぞれが1個体を作り上げるために必要な遺伝情報を持っていることがわかりました。

 発生学の教科書には、細胞の性質を決めるのが核であることが最初に書かれています。アメーバやカサノリの古典的実験を筆頭に、様々な動植物で核の交換移植実験が行われ、高等動物では1950年代にカエルのクローンが作られました。前世紀末に哺乳類で初めてヒツジのドリーが作られたことは、まだ記憶に新しいことです。

 基本的にあらゆる生物は遺伝子を持った細胞という単位で生命活動を行っています。(そういう意味では遺伝子を持ってはいても、宿主生物の細胞に入り込むまで生命活動を行わないウイルスはきわめて特殊なので、生物から除外されることもあります。)生命活動が見られると、我々はそれを「生きている」と考えやすく、それが典型的に判断できるのが生物の増殖(繁殖)です。

 細胞の中にある1セットの遺伝子のことを『ゲノム」といい、ゲノムが細胞の性質を決めています。我々のような真核生物のゲノム(のほとんど)は核の中に封じ込められていますが、細菌のような原核生物には核がありませんので、ゲノム(DNA)は細胞質の中に裸で浮いています。それでも、同じようにゲノムが細菌の性質を決めています。

 というわけで、細菌でもゲノムを交換してやると動物の「核移植」の時と同じような細胞の性質がゲノムのものに変わってしまうことが期待されます。

 今日、Scienceのオンライン版Sciencexpressに発表されたCreation of a Bacterial Cell Controlled by a Chemically Synthesized Genomeという論文では、化学合成によって人工的に作ったDNAの短い断片を、細菌や酵母の中でつなぎ合わせてだんだんと長くし、最終的には細菌のゲノムとほとんど同じものを作り上げた「人造ゲノム」を、似たような遺伝子配列のゲノムを持つ細菌のゲノムと置き換えて、導入された「人造ゲノム」の性質を持ち、増殖を続ける「新しい細菌」を作ることができたと報告されています。
ゲノムを人造のものに置き換えられてできた「新種の細菌」_c0025115_19183218.jpg
                               (C) JCV Institute

 これは、彼らが作った人造ゲノムの構造図です。3つの同心円の内側から、短い遺伝子断片、それをつなぎ合わせて作った長い遺伝子断片、そして一番外側にそれらをすべてつなぎ合わせた人造ゲノムが描かれています。

 円の内側には、DNAを化学的につなぎ合わせて短い遺伝子断片を作り、遺伝子断片を酵母の中でつなぎ合わせるという手法でだんだんと長くしていき、最後に環状のゲノムに仕上げた過程が描かれています。実はここまでのプロセスは2008年の1月に論文になって発表されています。その時は(も?)、私は例によって冷ややかなコメントを書いています(笑)。

 細菌ゲノムの人工合成は生命の人工合成ではない

 読み返してみると、すでにその時の私はこの論文の実験を予測していただけではなく、今日これから書こうと思っていたこともすでに書いてありましたので、転載します(汗)。
 おそらく、今回作ったゲノムを「生きている」細菌に入れて、もとからある細菌のゲノムと置き換えることで、ゲノムを働かせて「人工的に作ったゲノムを持つ新しい細菌」を作ることは可能だと思います。しかし、それはすでにあった「生命という装置」を動かしながら、新しいゲノム(設計図)で「乗っ取っただけ」ですので、人工的に「生命を作り出した」ということとは質的に異なることです。

 工学的にはそれで充分使えるということで良いのかもしれませんが、生物学的に考えるといくらゲノムを人工合成することができても、生命の人工合成ということから考えると、我々の持っている知識や技術がいかに小さなものであるかを再確認させられたというのが、今回の快挙に対する私の感想です。
 この気持ちは今でもほとんど変わりませんが、実際にゲノムを置き換えて細菌の性質を変え、もとの細菌であるMycoplasma capricolumMycoplasma mycoidesと名付けられてもおかしくない「新種」(こうして人工的に作られた生物を「新種」として認められるかどうかは分類学者の仕事でしょう)にしてしまったのですから、生物学的にはとてつもなく大きな一歩だと思います。

 この増殖する新しい性質を持った細菌Mycoplasma mycoidesは、間違いなく独立した生物種としての性質を満たしています。生命を完全合成したわけではありませんが、この方法で任意の遺伝子を持った「細菌」が作り出せるようになったことは事実です。

 まだまだ「人工生命の完全合成」にはほど遠いというのが私の印象ですが、細菌を人の役に立つものとして利用しようという立場から言えば、もう十分なところまできているとも言えるでしょう。この新しい技術をどうやって使いこなしていくかということを考えると、私たちはまた大きな難題を一つ抱えることになったとも言えると思います。

 今のうちに、生物学者だけではなく、他の分野の理系科学者、文系の研究者、政治家、市民がこの技術について語り合い、どのように利用していくかというガイドラインを話し合っておくべきでしょう。
by stochinai | 2010-05-21 19:53 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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