5号館を出て

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高校生物の教科書には消化の話がほとんど出てこない

 入学したての1年生に生物学を教える関係上、高校でどんな生物学を学んできたかを知る必要があって、文科省の検定済教科書を読むことがあります。

 数年前に発見して愕然とした事実があります。それは、「高校生物では消化についてほとんど習わない」ということです。我々のからだの中には消化のために食道や胃や腸という器官があるという記述ほほとんどの教科書に載っていますが、消化器系のどこでどんなものがどのように分解され、食べたものがどうなっていくのかということに関する記述のある教科書はほとんどありません。たまに、アミラーゼ・ペプシン・トリプシンなどの消化酵素の名前が出てくる教科書もありますが、それらが口や胃や小腸で働くとか書いてありましたが、何を分解するのかについては触れず、単に酵素活性がもっともたかくなる「最適pH」の話をするために出てくるだけです。

 私が生物学において、もっとも重要だと考えるものが二つあって、ひとつは地球上のすべての生物は大昔に誕生したひとつの生命体の子孫であることで、もうひとつは地球上に今生きているほとんどすべての生物が、植物が光合成によって水と炭酸ガスから作られた炭水化物(糖)に封じ込められた太陽エネルギーを使って生きているということです。

 前者のストーリーで進化という現象を理解すると、地球上にいて様々な生き方をしている生物すべてに共通する特徴があることが納得でき、また逆に進化によってこれほど多様な生物が生み出されてきたことに感動することができると思います。逆に、たくさんの多様な生物が出現したことで、植物が吸収した太陽エネルギーを無駄なく多段階に効率よく利用することができるようになっています。というわけで、生物の多様性が失われると、エネルギーの無駄が多くなり、地球上で生存できる生物が減ってしまうだろうと私は考えています。

 そして、光合成ができずすべてのエネルギーを食べ物から得るしかない我々動物にとって、「食べる」ということと、その食べ物を分解・吸収することで、その中からエネルギーを取り出すとともに、我々のからだを構成する成分へと作り替えていく出発点となるのが「消化」ということで、それはヒトを含む動物にとっては非常に重要なことであるにもかかわらず、高校生物からすっぽりと抜け落ちてしまっているのは、とても困ったことだと考えています。
高校生物の教科書には消化の話がほとんど出てこない_c0025115_2051738.jpg
 (C) photoXpress

 もちろん、おいしいものを食べるのは楽しいことですし、間違った食生活をすると病気になったりしますので、大多数に人は食事のことについての感心は高いのですが、高校生までにきちんとした教育が行われていないせいもあって「食べる」ということに関する生物学的教養がきちんと身についていないために、誤った食生活をしたり、あやしげな健康食品にだまされたりというようなことが起こっているのかもしれません。逆に、そのせいで怪しげなテレビ番組がとてつもない社会的影響力を発揮したりもするのかもしれません。

 というわけで、今後高校生物で教えられるべき内容が再検討される時には是非とも消化についての項目を復活していただきたいと思います。もちろん、昔の生物学のように消化器官のどこにどういう名前の酵素があって、何を分解するのかというバカバカしい知識だけを暗記するというようなことではなく、ヒトにとって、動物にとって食べるということはどういう意味があるのかという根源的問いと、それに答えて生徒たちに「なるほど」と思わせ、その後の食生活が変わってしまうようなものを期待しています。

 それとは直接関係があるわけではないのですが、今週末に行われる北大祭にジョイントする形で、「『食』が『身』につくフォーラム」が、環境科学院で開かれ私も「進化からみた『食べること』」というテーマで短いお話をすることになりました。
「『食』が『身』につくフォーラム」
日程 2010年06月05日(土)~06日(日)
時間 13:30~16:30(5日)、13:30~16:00(6日)
場所 北海道大学大学院環境科学院D棟(講義棟)201号室高校生物の教科書には消化の話がほとんど出てこない_c0025115_214441.jpg また、それと連携して学生たちの自主企画「消化管体験ツアー」という展示が4日は理学部で、5日・6日は環境科学院(D棟103号室)で開かれます。

 いずれの企画も、小学生からお年寄りまでを対象とした楽しみながら学ぶイベントですので、どなたさまもお気軽においでください。
Commented by K at 2010-06-01 22:30 x
10年前は習いましたけど、ずいぶん変わったのですね..
Commented by 愛読者 at 2010-06-02 09:26 x
『発掘!あるある大事典』が終わった後も、同じような傾向のテレビ番組などは多いですね。通販で扱われる食品やサプリなども、変化していると思えません。
「ヒトにとって、動物にとって食べるということはどういう意味があるのかという根源的問いと、それに答えて生徒たちに「なるほど」と思わせ、その後の食生活が変わってしまうようなもの」は、生物学の勉強だけでは無理だと思います。
化学を中心とした自然科学に対する造詣を深めてもらわないと、そういう視点にはたどり着けないような気はします。
なお、私が一番お伝えしたいのは「消化については中学校の理科で必ず扱います」ということです。
Commented by STVREVI at 2010-06-02 10:18 x
全く同感です。
Commented by stochinai at 2010-06-02 11:45
 愛読者さん、「消化については中学校の理科で必ず扱います」という情報をありがとうございました。文科省としては、中学でやっているから高校生物ではいらないという判断なのでしょうかね。
 いずれにしても、「化学を中心と」するかどうかはさておき、日本人全体の「科学リテラシー」を底上げすることの中で、「食」についてのセンスを上げていくことを目指したいと思います。
Commented by topo at 2010-06-03 00:24 x
啓林館 理科指導書<生物II> http://www.keirinkan.com/kori/kori_biology/kori_biology_2/index.html
これの第一部のような感じじゃダメなんですかね?
Commented by stochinai at 2010-06-03 07:39
 ヒトを含めた動物の消化管の構造と機能につぃての情報が皆無ですよね。それでは自分たちが生きていることと「消化」の意味がつながらないと思うのですが、いかがでしょうか。
Commented by alchemist at 2010-06-03 10:56 x
古い古い記憶ですが、私たちの頃も、具体的な植物の構造や機能、ヒトを含む動物の構造や機能は中学校の理科で習っていたのではなかったでしょうか?花をバラバラにしたり、カエルの骨格標本を作ったり、古代人の化石の写真を写生したり・・・という風な授業を受けました。その一環で、消化酵素と分泌部位、機能も出てきたかと。高校の生物の記憶も曖昧ですが、冒頭のカラーページにデオキシリボ核酸とリボ核酸の模式図が出てた(但し、その内容は、授業を聴いてもちっとも判らなかった)コトだけは鮮明に覚えてます。多分、中学校が具体的な生物、高校は抽象化された生物という分担だったのではなかったかと。
Commented by stochinai at 2010-06-03 12:05
 高校生物が必修だった時代にはそういう思想がうまく機能していたのかもしれませんね、いずれにせよ、内容が削減されてしまった結果なのかどうなのか、今の高校生物Iには「消化」の項目がすっぽり抜けています。例えば、これをごらんください。
http://www.keirinkan.com/kori/kori_biology/kori_biology_n1_kaitei/index.html
Commented by alchemist at 2010-06-03 13:31 x
確かに、肝臓があるだけで、消化管ないですね。ついでに血液はありますが、呼吸がありません。皮膚呼吸で済ますんでしょうかね。
by stochinai | 2010-06-01 21:19 | 生物学 | Comments(9)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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