5号館を出て

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理科リテラシー

 ばかぼん父さんのエントリー洞窟で4人の中学生が亡くなった。には考えさせられました。

  ばかぼん父さんは叱ります。

> まるで、何もしないのに有毒ガスが溜まっていたかのような対応だが、
> 実際の原因はたき火の不完全燃焼による一酸化炭素中毒だよ。

 子ども達が自分たちで作り出した一酸化炭素によって死んだということを表に出さないように気を配ってたのだと思いますが、報道でも防空壕の中に始めから一酸化炭素があったか、あるいは一酸化炭素がどこからともなくわいて出てきたかのような言い方で説明されていることが多かったと思います。

 段ボールや木くずを燃やした跡が発見されているので、原因は子ども達が自分で作ったということになるのでしょう。ただ、もちろんこれは自殺ではなく事故なので、それはたいへんに気の毒なことだと思います。

 しかし、木や紙や炭などが不完全燃焼すると一酸化炭素が発生して中毒になるなどということは、小学校の理科で習っておくべきことだと思います。まさか、新しい指導要領のせいでそれが消えてしまったなどということはないのでしょうね。

 また昨今ならば、練炭による自殺がしょっちゅう報道されていますので、そうしたこととの関係で子ども達に注意を喚起しておくことも必要でしょう。

 燃焼が起こると、酸素がなくなって生物が生きていけなくなること、火も燃えなくなること、さらには酸素が不足してくると起こる不完全燃焼という現象によって、一酸化炭素という猛毒ガスができることは、小中学生にもできるだけ早い時期に教えなければいけないと思います。

 ばかぼん父さんがおっしゃるように「身も蓋もない言い方だが、中学生の「無知」が命を自ら捨てることになった」のは事実と言わざるを得ないと思います。

 科学技術が発達し地球環境が破壊されつつあるこの時代は、理科の知識なしには生活していくことのできない「危険な世界」になっていることをしっかりと認識しなければならないと思います。

 地球の環境を破壊しても、すぐに死んでしまうことはありませんが、一酸化炭素に関する知識がなければ、今回の事故のようにたちまちのうちに死んでしまうのです。死にたい人は理科の知識を持って練炭を使うのかも知りませんが、死にたくない人も理科の知識がなければ死を避けることもできません。

 4人もの未来ある子ども達の命をあっという間に失ってしまった今回の事故に関しては、「生きる力」をつけるはずのゆとり教育がまったく機能していなかったということで、文科省にも厳しく反省してもらいたいと思います。

 その上で、今さかんに言われ始めている教育の見直しが、単なる知識満載型への教育への揺り戻しで良いのかどうか、敢えて言わなくてもその前にやるべきことが、たくさんあるのはわかっていただきたいと思います。
Commented by ばかぼん父 at 2005-04-12 22:08 x
TBありがとうございます。子供たちは、見つけた「秘密基地」で、ワクワクと遊んでいたのでしょうが、とても悲しい結末になってしまいました。

書かれている通り、「生きる力」をつけさせるというからには、教えるべきことをしっかり教えて欲しいと思います。
教える立場の方々は、今回の事件を「危険箇所」のせいにしないで、二度とこのような事故が起きないよう、しっかり危険性を教育して欲しいと思います。
Commented by さつまStyle at 2005-04-13 11:52 x
トラックバックありがとうございます。
こう言う悲惨な事件はもう起きて欲しくないですね。
Commented by stochinai at 2005-04-13 20:36
 ほんとうです。だからといって、次々と危険箇所を立ち入り禁止にするだけではイタチごっこになってしまいます。
 学歴を追い求めることではなく、独り立ちして生きていけるように育てることがほんとうの教育だということをみんなで確認し、実践する社会を取り戻す必要があると思います。
Commented by kiyoaki.nemoto at 2005-04-14 12:16
我が家に掘り炬燵があった頃、「こたつに潜ると一酸化炭素中毒になるよ。」と何度も言われたことを思い出しました。
最近は「一酸化炭素中毒」とか「不完全燃焼」という言葉が身近でなくなったように思いますが、そもそも、現代生活では火をたく機会が減っているので仕方ないのかなとも思います。
田舎ですら、野辺焼きが禁止されています。公園や河川敷も同様。
放火事件は都会でよく聞く気がしますが、これも火遊びの経験不足の反動ではないかと勘ぐっています。
Commented by stochinai at 2005-04-14 13:51
 そうですよね。北海道にはコタツの文化はないのですが、火鉢とか七輪とかは普通の道具でした。そして、かならず一酸化炭素中毒に対する注意も聞かされたものです。
 たくさんの道具によって生活がどんどん便利になっていくとともに、「生活の知恵」でもある生きる力がどんどん奪われているというのが、我々なんでしょうね。
 火を正しく起こすことができない子ども達は、紙が燃えない時には酸素が不足している可能性があり、そこは息をするという意味でさえ危険な場所であるという認識すらなかったのだと思うととても胸が痛みます。
by stochinai | 2005-04-12 16:13 | 教育 | Comments(5)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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