5号館を出て

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米田満樹先生

 先日、片桐千明先生をお送りしたばかりのところに、また日本の発生生物学会を引っ張ってきたおひとりである米田満樹先生の訃報を知らされることになってしまいました。

 ウォルナット・クリーク通信 yondeokure.exblog.jp 「米田満樹先生のこと」

 米田満樹先生といえば、学会でいつも前の方に座っておられ、真っ先に手を挙げて「東工大の米田ですが」から始まる質問をされる先生というのが第一印象でした。それからしばらくして京都大学に移られると、相変わらず「京都大学の米田ですが」という質問攻勢は衰えることを知りませんでした。

 その後、退職されてからもしばらくは確かお茶の水大学の臨海実験所で実験を続けられておられました。

 その頃いただいたと記憶している名刺には、「科学者 米田満樹」と書いてあったように記憶しています。ひょっとすると「科学者」ではなく「生物学者」だったかもしれませんが、米田先生は「退職しても毎年、学会で発表することを目指していて、もしも2年だか3年続けて発表できないことがあったら、この肩書きは消す」とおっしゃっていたと思います。ひょっとすると、それも1年でも発表しないことがあったら、肩書きを捨てるというようなお話だったかもしれません。

 そんな細かいことはどうでも良くて、ともかく退職されてからもいつも学会ではお目にかかっておりました。お会いする度に「片桐さんは、どうしたの」とか「**君はどうしたの」とか、北大関係の発生生物学者のことをいつも気にかけておられることが印象的でした。

 もちろん、ここ数年は学会でお目にかかることがあっても、発表されることはあまりなくなっていたと思いますが、夜のワークショップなどにも精力的に参加されて、その後の飲み会にお付き合いさせてもらったこともたくさんあります。最後の飲み会は一昨年くらいだったような気がしますが、記憶は定かではありません。「もう、お酒は飲まない」とおっしゃっていたような気もします。

 もちろん、先日の発生生物学会ではお会いできませんでしたが、学会に行くとついつい米田先生を探してしまうのが私の癖になってしまいました。もう、探してもお会いすることができないと思うと寂しくてなりません。

 私を直接育ててくれた片桐先生と、学会の度に生物学だけではなく科学における哲学などについてもご指導をいただいた米田先生を2010年に同時に失ってしまうとは、言葉もありません。
米田満樹先生_c0025115_20241817.jpg
 手稲山からポプラ並木までを薄暮にとらえてみましたが、米田先生は先に逝かれていた片桐先生とお会いになって、「片桐さん。ぼくはいいけど、あなたなまだまだ早すぎだよ」とおっしゃっているに違いないと思います。米田先生、享年80歳。片桐先生は75歳でした。

 とても悲しいです。

 お二人のご冥福を心からお祈り申し上げます。
Commented by ぜのぱす at 2010-07-14 07:17 x
そうでしたか。知りませんでした。こちらは植物で、先生は動物学教室だったので、それほど、交流はありませんでしたが、何度かお話をしたことがあります。退官(とは今は云わない?)の際の最終講義を拝聴しましたが、ああ、このひとは、本当にサイエンスをenjoyしているなぁ、と印象に残っています。合掌。
Commented by stochinai at 2010-07-14 11:44
 確かに、米田さんは全身を使って楽しそうに学科発表されていましたね。この「楽しい」という重要なキーワードが失われ始めた時に、科学の世界は崩壊に向かうのだと思います。今は、どうでしょうか・・・。
by stochinai | 2010-07-13 20:31 | 生物学 | Comments(2)