5号館を出て

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農業・畜産業の現場にいる人と遺伝子組み換えについて考える

 昨日は、今年になって3回目(1回目はプレ・イベントだったので、正式には2回目)の遺伝子組み換え農産物(GM作物)について、農業者、畜産業者、販売者、市民、研究者などが円卓でじっくりと語り合う会があり、進行のお手伝いをさせていただきました。プレイベントの時にも司会をさせていただいたのですが、その時の記録はこちらにあります。

 「北海道GMO問題を各人の立場で振り返る

 2回目からは、過去の振り返りではなく、北海道ではこれからどうしていくべきなのかについての話し合いが始まったそうなのですが、前回は参加することができなかったので、昨日の話を聞いて話がかなり進展していることに最初はかなり驚きました。

 6時間近い議論が行われましたので、話は広く深くまた時には別の方向へ行ったりもしますので、とても全部をまとめることなどはできないのですが、畜産飼料をめぐるGM作物がかなり興味深い展開になっていることを認識させられました。

 私なりに整理してみたいと思いますので、まずこの写真をごらんください。
農業・畜産業の現場にいる人と遺伝子組み換えについて考える_c0025115_21203645.jpg
 (C) photoXpress 合成写真

 まったく同じように見えるコップに入ったミルクです。(合成写真ですから、実際はまったく同じものです。)もしも右側のミルクが、毎日普通の乳牛の2倍のミルクを出すように遺伝子組み換えをされた「スーパー乳牛」からしぼったミルクで、左が遺伝子組み換えではない普通の乳牛の出したミルクで、ミルクの脂肪分や糖分、タンパク質量などはほとんど同じに調整されたもので、味の違いはわからないとします。どちらでもお好きなほうを飲んでくださいといったら、どちらを飲みますか。

 食物としての危険性はまったくないことは確認されていると言われても、おそらく大多数の人は、遺伝子組み換えをされていないウシからしぼったミルクを飲むと思います。

 では、次に同じような状況で、片方は遺伝子組み換え作物を飼料として飼育されているウシからしぼったミルクで、もう一方は飼料として一切の遺伝子組み換え作物は与えられていないウシからしぼったミルクだったらどうでしょう。それでもやはり、多数派は遺伝子組み換えでない餌を食べているウシのミルクを飲むかもしれません。

 では、両方のミルクとも遺伝子組み換え作物を飼料として飼育されているウシからしぼったミルクだったらどうでしょうか。今や選択できるのはミルクを飲むか飲まないかになってしまいます。実は、今の日本の状況がまさにこれで、現在日本のウシの飼料はほとんどが輸入によってまかなわれているもので、特にアメリカから輸入される飼料の主成分であるトウモロコシはほとんどが遺伝子組み換えになっているという現状だそうです。(同様に、大豆油やそれを使って作られているマヨネーズ、醤油などにはすでに遺伝子組み換え大豆が使われており、我々は日常的に摂取していると考えられます。それにもかかわらず、深刻な健康被害が報告されていないことが、遺伝子組み換え大豆の安全性の証明だという声もあります。

 つまり、我々がスーパーマーケットなどで簡単に手に入れることのできるミルクや牛肉の多くは、遺伝子組み換え作物を飼料として育てられているウシのものになっているのが現実というわけです。

 もちろんコストをかければ、遺伝子組み換えではない飼料を手に入れてウシを育てることもできなくはないそうですが、そこまでやって結果的に売値が高くなったミルクや牛肉を消費者は積極的に買うでしょうか。直接食べるものが遺伝子組み換えというわけではなく、飼料として遺伝子組み換え作物を食べた動物が多くなり、その価格がリーズナブルであるならば、消費者はそれほど拒否反応を示さないのではないかという声も多くきかれました。

 そもそも、この先日本の農畜産物市場が開放されていくことが予想されると、国際競争力という点から言ってもGM作物はどんどん流入してくることになるでしょう。

 そうなってくると、今後の心配は遺伝子組み換え作物であるかどうかということよりは、一般的な安全性や残留農薬などに対する生産国の品質管理の方が心配になってくるという声も多く、価格競争で太刀打ちできないならば、いっそのこと日本でも遺伝子組み換え飼料作物を生産することによって、「安全な遺伝子組み換え飼料」を作るという選択肢もあるのではないかということにも議論が発展していきました。

 FTAやTPPで日本の農水畜産業が国際競争の中に投げ込まれた時に、一国だけが遺伝子組み換えはやらないと言い続けられるものかどうかという疑問も大きかったです。

 最終的には、国民全体の合意が必要であることに変わりはないのですが、直接我々の口に入るものを除いて、少しずつ遺伝子組み換えを認めざるを得ない(あるいは、容認する声が多くなってきている)のかもしれないことを予感させられる議論でした。
Commented by stochinai at 2010-11-25 18:39
 TBありがとうございます。実際にいろいろな方と話をしてみてわかったのは、同じことを言うのでも相手によって、状況によって言い方を変えることの大切さです。遺伝子組み換え食品に対して漠然とした不安を持っている人を無知と決めつけたり、組み換え作物を栽培したいと思っている農家の方になんという無謀なことをしたがるのだ、といったような頭ごなしの決めつけをすると、もうそれ以降は対話が成立しなくなります。
 というわけで、科学的裏付けは大切ですが、それさえしっかりしていれば、結論ははっきりしているという態度がもっとも議論の展開を遅くすると感じています。
 まずは、遺伝子組み換え食品に不安を持っている人がみずから「ちょっと食べてみようかしら」とか、遺伝子組み換え作物を作りたいと思っている人が「無理して作っても、誰も買ってくれないんじゃしょうがない」と思い始めるところから話し合いが始まるように思っています。

 忍耐と愛情でしょうかね(笑)。
by stochinai | 2010-11-21 22:02 | 札幌・北海道 | Comments(1)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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