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全日空機羽田沖墜落 ビートルズ来日 和田心臓移植

 先週の月曜日、日本で初めての心臓移植手術を行い、さまざまな話題が尾を引く原因をつくった、札幌医科大学胸部外科の教授だった和田寿郎さんが亡くなったというニュースがありました。心臓移植が行われたのは1966年ですから、もう45年前になります。日本人の半分くらいの方は、和田心臓移植と呼ばれた「事件」そのものすら知らないと思いますが、私にとっては中学から高校への多感な時期にあった事件ですので、非常に印象深く心に刻み込まれていて、当時毎日のように記者会見に登場した和田寿郎さんと、移植手術を受けて一時は話もできるように回復した宮崎信夫君の姿が今でも脳裏に焼き付いています。
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 和田先生です。
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 当時18歳の宮崎君です。車いすを押しているのは和田先生です。どちらの写真も鮮明に記憶に残っています。

 残念ながら、宮崎君は手術後83日目で亡くなってしまいます。今から考えると、札幌医大の内部でさえ予想していなかったといういきなりの手術でしたので、移植手術そのものというよりも、術後のケアについてまだまだなんのノウハウもなかったということのほうが問題だったのかもしれません。

 ともかく、改めて宮崎君と和田先生のご冥福をお祈りしたいと思います。

 私には、なぜかタイトルに挙げた3つの出来事が、いつもひとまとまりになって思い出されます。調べてみると、最初の2つは1966年、そして心臓移植手術は1968年のことです。

 羽田沖に墜落したのは、2月4日札幌の雪まつり観光帰りのお客さんをたくさん乗せた千歳発羽田行き全日本空60便ボーイング727-100型機でした。午後6時に千歳空港を飛び立ち、羽田で着陸態勢にはいった午後7時頃に消息を絶ちったものの、墜落が確認されたのは真夜中になってからでした。おそらく、7時ちょっと過ぎには墜落していたものと考えられています。当時、最新鋭だったボーイング727機には133人の乗員乗客が乗っていましたが、全員死亡という事故は当時の単独機事故としては世界最悪という記録になった大事故でした。
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 なお、この全日空60便というのは現在は欠番になっているそうです。確かに、11:30分発58便の次は、12:30分発62便になっています。

 そして、ビートルズの来日が同じ年1966年の6月29日です。
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 このときに来ていたハッピが先日JALのリストラに関連してテレビに出ていましたが、この頃は飛行機は冨の象徴のような時代で、札幌から東京へ乗るだけでも、旅行バッグがもらえたり、食事が出たりしたものでした。

 で、日本武道館で行われたビートルズの公演では、ドリフターズが前座をつとめたということもご存じの方は少なくなっているかもしれません。

 ビートルズのメンバーのジョン・レノンも1980年に殺され、ジョージ・ハリスンも2001年にがんで亡くなっています。

 こうしてみると、暗い思い出につながる1966年ですが、今から考えると私は高校に入学した前後の夢と希望にあふれる時代だったのですねえ(遠い目)。
by stochinai | 2011-02-22 20:45 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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