5号館を出て

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SF的な事故災害の戦いには多少のSF的な医療も

 いよいよ原発事故の処理は日本の敗色が濃厚になってきました。

 原発作業員の年間被曝量、上限撤廃へ 厚労省が特例措置 全国の原発保守を懸念(産経ニュース)
 厚生労働省は27日、通常時は年間50ミリシーベルトと定めている原発作業員の被曝(ひばく)線量の上限を当面の間、撤廃する方針を固めた。・・・原発作業に従事できるのは全国で7万人余りしかいない。各地から福島第1原発への派遣が相次ぐ中、規定の被曝線量を超えると、ほかの原発の保守や定期点検に支障が出かねないとして、経済産業省が厚労省に特例的な措置を要請していた。・・・厚労省は3月15日に省令で、福島の事故の応急対策に限定して緊急時の被曝線量を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げていた・・・
 ついに「青天井」を採用することになったようです。作業に携わる方々は、いちおう事情を了解した上で働いているということなので、ただちに法律違反ということにはならないのでしょうが、このくらい直接的に命と引き換えにした「職業」というものが人道上許されるのかどうかは意見が分かれるところだと思います。
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 photo cited from Big Haber English News

 大量に放射線被ばくを受けると、最初に現れる顕著な症状は白血球の減少だと言われています。白血球は正常なヒトの骨髄では幹細胞から常に再生されており、あまり寿命の長くない白血球が減少しても日々新しい白血球が補充されます。ところが放射線被ばくによって幹細胞は障害を受けやすく、白血球の再生ができなくなることで減少が起こります。

 これに対するもっとも効果的な対処方法は、国立がん研究センター理事長の嘉山孝正さんが記者会見で述べられたように「被ばくに備えた自己末梢血幹細胞の保存と移植治療」と言われています。同時に嘉山さんがおっしゃっている「医療従事者用ガラスバッジの福島県民への配布」も、個々人の被ばく状況を把握するためにはとても良い方法なので、少なくとも今問題になっている福岡県の子供たちには早急に実現されるべき課題だと思います。

 ガラスバッジに比べると、幹細胞の採取と保存には多額の資金、手間それにある程度の設備も必要になりますが、骨髄からの幹細胞採取ではなく末梢血からの幹細胞採取ですから、私は原発作業員を守るために現実的な選択肢だと感じました。ましてや、作業員の被ばく線量の上限を撤廃されるという状況では、義務的だとさえ感じられます。

 そういう観点から虎の門病院血液内科部長の谷口修一さんが、「谷口プロジェクト」を提唱されています。

 谷口プロジェクト: なんとしても原発作業員は守らねばならない
 福島原発の放水作業に従事された東京消防庁職員の記者会見に胸を打たれた方が多いのではないかと思う。・・・出動された隊員およびご家族も、想像を超える世界ではあるが、我 が身顧みずとも、なんとしても地域住民ひいては日本国民を守りたいという強烈な使命感で業務に従事されたものと考える。・・・しかし、それではいけない。彼らに そんな思いをさせてはならない。・・・作業に当たる方々の健康リスクに備えて、自己造血幹細胞を事前に採取し凍結保存しておくことであり、場合によっては必要になるであろう未承認薬を使える用意をすることである。(2011年3月25日)
 非常に簡潔に課題を主張されていますが、理解できる範囲で私は大いに賛同します。

 しかし、なぜかは不明ですが「日本学術会議東日本大震災対策委員会は4月25日,福島第1原発事故における緊急対応作業員の自己造血幹細胞の事前採取について,「自家造血幹細胞事前採取に関する見解」を発表,「(事前採取は)不要かつ不適切」とした」という報道がありました。こちらにその「見解」全文のpdfファイルがあります。

 それに対して本日、「MRIC 「谷口プロジェクト」を支えよう」という記事が投稿されました。こちらは村上龍が編集長を務めるメールマガジンJMMで本日配送されてきましたが、残念ながらまだウェブには掲載されていないようです。しかし、同じ文章をこちらでも読むことができます。

 MRIC 「谷口プロジェクト」を支えよう 2011年4月29日 ベイラー研究所 松本慎一
 谷口プロジェクトつまり、「福島原発作業員のための自家末梢血幹細胞採取・保存」を初めて聞いたときに、谷口先生の現場の人たちを助けたいという情熱と、血液内科医の知恵に感銘を受けました。

・・・

 ところが、日本学術会議は私の想像だにしなかった見解を以下のように発表しました。

 「日本学術会議は自家造血幹細胞移植が他者造血幹細胞移植に比し、適応のある急性被ばく犠牲者に迅速かつ安全に実施できる利点を有することは理解するが、福島原発緊急対応、復旧作業に現在従事している作業者に実施できるように事前に採血保存することは不要かつ不適切と判断する。」

 この、日本学術会議のステートメントは、真摯さに欠けるように感じられ残念ですし、問題があります。

・・・

 自家造血幹細胞移植の利点を認めながらもエビデンスが十分でないことで不適切と結論しています。

・・・

 未曾有の原発事故への対応にエビデンスのある医療なんてある訳ありません。ここは、知識と経験を持つ医師が真摯に最高の医療を考え、その考えに対しよりよい医療にするための議論は必要ですが、エビデンスが不十分なためその医療行為が不必要で不適切という考え方は正しくありません。

【「不適切という判断」は不適切】

・・・

日本で初めての重大な原発事故の作業員に対する医療側の準備である、自家造血幹細胞移植に、不要かつ不適切というステートメントを出すだけの、コンセンサスやエビデンスはあり得ません。彼らが出せるステートメントとしては、「勧めるだけの根拠が無い」が精一杯のはずです。

・・・

この医療行為が必要か不要かをあたかも日本学術会議が決めることができると誤解していると思えます。
医療者がすべきことは、十分な説明であり、必要か不必要かという判断は、今回は作業員本人が決めることです。

・・・

原発での作業者を守りたいという真摯な思いである谷口プロジェクトを否定する日本学術会議って、本当に真摯に現場の作業員のことを考えているか疑わしくなります。
 というわけで、私もこの谷口-松本さんの意見に賛成で、日本学術会議の声明に学問的正当性を感じることができませんし、そもそもこのようなものが学術会議が出すべき声明なのかという根本的姿勢にもかかわる疑問も感じました。

 谷口さんがおっしゃる通りの未曾有の事故に対して我々は全く経験のない戦いを続けているわけです。いわば、SFの世界と思っていたものが現実に起こっているわけです。そのような時には、多少SF的と感じられることや、多少のリスクをともなうかもしれない治療法が試されることもやむを得ないのではないでしょうか。

 平時にじっくりと時間をかけて研究することができる時ならばのんびりと論争をしていてもよいのかもしれませんが、今目の前で人災が拡大していくのを座して見ていられる状況ではないはずです。

 学術会議は一刻も早く見解を撤回して、会議内部におられる放射線医療に少しでも関係のある医師・科学者の方々は、ただちに治療する側に加わっていただきたいと思います。
by stochinai | 2011-05-01 21:51 | 医療・健康 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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