5号館を出て

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2011年に取り下げられた論文トップ5

 年度末には、今年の10大ニュースとかヒット曲トップ10とか、今年の重要な出来事を振り返る企画が多くなるのですが、こちらはあまり楽しくない話題かもしれませんが、Scientific American のニュースで「今年、科学の専門誌で取り下げられた重要論文」というタイトルの記事がありましたので、ご紹介します。
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 まあ、論文の取り下げ自体はそれほど珍しいことではなく、著者たちによってすでに発表された論文に間違いが発見されたなどという理由で有名雑誌でも何百という論文が取り下げられています。

 しかし、発表された時にマスコミを賑わせるような事件や大発見として、その内容が社会的に広まり、場合によっては多くの人の行動に影響を与えるようなインパクトを持った論文が取り下げられるということになる場合には、、「間違ってました」では済まない影響が論文の取下げ後も社会的影響を与え続けることがあります。

 有名な所では、The Lancet という医学系ではとても権威のある雑誌に1998年に掲載された論文で、麻疹とおたふく風邪と風疹の3種混合ワクチンの投与によって自閉症が起こるということが発表された時は大変でした。この論文はデータの捏造や研究過程での倫理違反が明らかになって2010年に取り下げられたのですが、最初の論文発表以降に激減したワクチンの投与率が下がったまま、いまだに回復していません。

 Nature, Science や Cell といったシングル・ワード・タイトルの雑誌でも、論文の取り下げはしょっちゅうあるのです。そして、取り下げ論文の著者も多くの場合大きなダメージを受けるものです。研究者生命が絶たれることも珍しくありません。

 カール・セーガンが「すごい発見にはすごい証拠が必要だ」と言っていたにもかかわらず、その基準を満たせずに取り下げられた「すごい論文」のトップ5が選ばれています。

第5位 ロサンゼルスのマリファナ配布所周辺では犯罪が減る

 RANDコーポレーションというのは非営利で社会問題などを分析する研究所らしいのですが、そこで出した報告書にロサンゼルスにある医療用マリファナの配布所の周辺では犯罪が少し減るということが書かれていたそうです。犯罪が減ったのは、配布所の近辺には監視カメラがたくさんあるからだろうという考察をしています。

 ところがそれを見て、ロサンゼルス市の弁護士事務所が、「それは全く逆だ」と激怒して調べたところ、RANDコーポレーションが解析に使ったのは、CrimeReports.comというウェブで公開されているデータで、そこにはロサンゼルス警察のデータが含まれていないということがわかりました。

 このお粗末な顛末で、今年の10月にRANDは報告書を取り下げることになりました。

第4位 チョウがカギムシと出会って恋に落ち、イモムシ型幼虫が進化した

 これは2009年にPNASに載って、一時は大騒ぎになった論文ですが、「チョウの幼虫は、カギムシのような動物との交雑によってチョウの発生過程に取り込まれた」という珍説にほとんどの進化生物学・進化発生学者は動じませんでした。PNAS論文は正式にはまだ取り下げられていませんが、著者が今年の1月にSymbiosisという雑誌に掲載した同じ主張を繰り返した補足論文は、今年の11月には消えてしまっているそうです。

 PNASの論文を紹介したLynn Margulisが先頃亡くなったので、これはもうこのままウヤムヤになるかもしれません。

第3位 虫垂炎(盲腸炎)を手術ではなく抗生物質で治す

 これはなんとなくありえてもいいような気がするのですが、2009年に Journal of Gastrointestinal Surgery という雑誌に載ったインドの研究者による「急性虫垂炎の保存療法」という論文ですが、今年の10月に取り下げられました。2010年にイタリアの外科医が彼らの論文の危険性や手法の問題点を指摘する論文を同誌に掲載したのですが、インドの原著者達は強く反論できなかったようです。

 調べてみると彼らの論文は1995年と2000年に出ている論文からの盗用が多数発見されたことを主な理由に取り下げられてしまいました。

第2位 ゴミが犯罪と差別を生む

 Scienceの2011年4月号に載ったオランダの社会心理学者の論文ですが、ほとんどが捏造だったということがわかり、11月に取り下げられました。著者の Diederik Stapel はニューヨーク・タイムズにもしょっちゅう名前の出てくる有名人だったようですが、今までに少なくとも30本以上の論文でデータの捏造をしていたことが発覚し、オランダの Tilburg University という大学では研究を差し止められたということです。

 Stapel は他にも「美をうたった広告を見ると女性が自分を醜く感じるので、広告は成功する」とか、「保守政治は偽善に陥る」とかの有名な説(らしいです)を唱えているのですが、それらも同じような捏造による「空想」だということになるかもしれませんね。

 そうなったら、その説を受け売りしていた人たちはいったい・・・・。

 そして、いよいよ最後です。

第1位 慢性過労症候群はウイルスが引き起こす

 これはびっくりしました。ずいぶん前に私はこの説を優秀な医学研究者から聞かされて、半信半疑ながらも「科学的事実」だと長いこと信じていたからです。そして2009年の10月のScienceに原因のウイルスが xenotropic murine leukemia virus-related virus (XMRV) と特定されたという論文が出たので、これで決まったかと思ったものです。

 しかしレトロウイルスの専門家たちが激しく反撃したにもかかわらず、原著者たちが論文の取り下げを拒否したことから、サイエンス誌も7月に編集者からの疑問を提出しました。他の研究者たちは誰も慢性疲労症候群の患者からXMRVを検出できなかったからです。

 原著者たちは9月に論文データの一部がサンプルのコンタミに由来するものとして取り下げ(訂正)を行いましたが。Science誌はつい最近の12月23日に論文の全面取り下げを断行しました。

 その間、原著者の一人が9月に研究所を解雇された後、11月にはカリフォルニアでコンピューターデータ、設備・機材などの窃盗の罪で逮捕されるという騒ぎになっています。

 サイエンス誌ではデータの捏造の調査もしているということです。

 というわけで、今年の最大の取り下げ事件はこれに決定ということになりました。論文の取り下げは良くあることとは言え、世界的な話題になるような有名雑誌に載った大発見は常に厳しい批判の目に晒されていますから、遅かれ早かれ暴かれて研究者生命を失いかねない傷を負うものです。

 それほど有名じゃない雑誌に出たものだと発覚の確率は下がるかもしれませんが、例えばこんなブログでデータの不正を監視している人もいますから、安心(?)はできません。

 Abnormal Science Blog

 その中で指摘されている、データの使い回しの例と言われるものをご覧ください。1箇所くらいなら間違いということもあるでしょうが、同じ研究者の論文で何度も繰り返されていることが指摘されたら、不正を疑われても仕方がないと思います。

Matsubara lab in Japan: Anything goes? (part 3)
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Matsubara lab in Japan: Breathtaking reuse of Western and Northern blot bands
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 壁に耳あり、障子に目あり、研究の世界も厳しいものです。
Commented by Jun at Stanford at 2011-12-29 03:44 x
もうひとつ、retractionを注視していると言えば
http://retractionwatch.wordpress.com/
Commented by stochinai at 2011-12-29 08:23
 ありがとうございます。この手の情報はなかなか入りにくいので、こうしたサイトは貴重ですね。
Commented by くわがた at 2011-12-29 15:30 x
思い切ったデータの使い回しですね。

そのMatsubara labのページを拝見致しますと、
「新卒研修医、学生のみなさんへ」と題し、以下のようなメッセージが投げかけられております。
"高度先進医療(Skill)、基礎的研究(Science)を行ううえで、もっとも重要なのは正直 (Sincerity) であることと、(以下略)"
www.f.kpu-m.ac.jp/k/med2/history-p.html

なかなか意味深ですね。
Commented by ぽぽぽ at 2014-05-09 07:17 x
ぱっと見がトンでもそうな論文だらけでびっくりしたんですが。
Commented by stochinai at 2014-05-09 11:20
そういう論文が堂々と公表されることがびっくりで、取り下げられてホッとするという感じですね(^^)。
Commented at 2014-05-11 17:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by stochinai at 2014-05-11 21:28
 研究者側に「武士は食わねど高楊枝」という人がどのくらいいるかを考えると、研究費を出す側の姿勢が変わらない限りNSC信仰は収まりそうもないとは思いますが・・・。
Commented by alchemist at 2014-05-12 14:24 x
院生がいて、その研究費の捻出が各研究室に丸投げされている以上、武士は食わなくても、食わなければいけない若手をどうするか、てな問題が残りますね。大学からやって来る院生一人当たり5万円そこそこでは博士論文をどこかの雑誌から出版できるような研究にはなりませんしねえ・・・。
しかし、教員が研究費を取れなかったのが原因で学位論文に相応しい研究が出来なかったという訴訟が起こされた場合、誰が責任取るんでしょう?学生サンが毎年支払う授業料を徴収している責任者に取って欲しかったりするんですが・・・。
Commented by stochinai at 2014-05-12 17:37
 学生一人あたりに配分される積算校費は私が学生を取り始めた頃は、修士で一人あたり17万円くらい、博士だと30万円以上配分になっていた記憶があります。その頃だと、そこそこ大学院生の面倒を見ているとそれなりの研究費が確保できたものです。ところで、学生あたりの校費の配分は実は大学には昔と同じくらい来ているのを、大学当局、大学院、学部がピンはねしてこんなに減っているのではないかという気もしています。そうだとすると、文科省に言っても「責任は各大学にあります」と例によって涼しい顔をされそうな予感が・・・。
by stochinai | 2011-12-28 22:56 | 科学一般 | Comments(9)

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