5号館を出て

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うつ病は免疫システムの副産物か?

 というタイトルのサイエンスニュースが出ていました。ひさびさのダーウィン医学です。

Science Daily: Science News
Depression: An Evolutionary Byproduct of Immune System?
うつ病は免疫システムの副産物か?_c0025115_18304877.jpg
  (C) photoXpress

 うつ病はアメリカ成人の10%に出るという統計もありますし、遺伝的素因も言われていますので、ダーウィン医学的に考えると、進化的な有利性があるはずだということになります。ただし、うつ病は明らかに人間関係を悪くするので社会的有利性ではなく、動物学的な生存や繁殖の有利性を考える必要がありそうです。

 というわけで、分子医学的検証をしてダーウィン医学的仮説を提唱した論文が出ました。

Hypothesis
Molecular Psychiatry advance online publication 31 January 2012;doi: 10.1038/mp.2012.2
The evolutionary significance of depression in Pathogen Host Defense (PATHOS-D)
C L Raison and A H Miller


 オープンアクセス論文なので、どなたでも全文を読めます。とは言ってもやはり専門的論文なので、いろいろとややこしいことが書いてありますが、要するに炎症や免疫反応が起こる時に免疫細胞などから出される細胞間のコミュニケーションに使われる分子(TNF:腫瘍壊死因子、インターロイキン、インターフェロン、ケモカインなど)が局所的な免疫反応の場で使われるだけではなく、血液やリンパ液に乗って全身に行き渡る結果、脳にも達してそこで様々なうつ病症状を引き起こしているらしいという「仮説」です。

 この図を見ればなんとなくおわかりいただけると思います。
うつ病は免疫システムの副産物か?_c0025115_18304541.jpg
 こうした分子が引き起こす症状のうち、うつ病でも典型的に見られる過覚醒と呼ばれる状況(まったく眠らなくなる)は、まわりに警戒することでさらなるダメージや感染を防止する効果があると考えられるとか、引きこもりや不活動性などは免疫反応に必要なエネルギーの無駄な消費を防ぐという効果が考えられるということです。これらは、前から言われていたことですが、分子レベルでのメカニズムがはっきりしてきたというところが新しいということのようです。発熱や疲労感、食欲不振や鉄欠乏なども免疫反応が起こっている時と、うつ病に共通に見られることがある症状です。(ヒトには休養を、ウイルスや細菌にはダメージを与える症状です。)

 うつ病は現代では「病気」として治療の対象になっていますし、場合によっては自殺の原因ともなると言われているのですが、もしも「自殺を引き起こすうつ病の遺伝子」などというものがあるのだとしたら、そういう遺伝子を持ったヒトの子孫が生き残るチャンスはどんどん減って、そういう遺伝子も減ってくるはずなのに、むしろ増えているかもしれないという現実があるのだとしたら、「うつ病」の症状と言われるものは生存や子孫を増やすことに有利に働いていると考えられるというのが、ダーウィン医学的解釈です。

 炎症や免疫反応とはおそらく関係のないと思われる太陽光線に当たらないことが要因となっているといわれる「冬季うつ病」に関しては、太陽が出ていない時にはむしろ休養して外に出ないほうが生き延びるチャンスが増加するという古代人の生活環境が関係していたのではないかというダーウィン医学的解釈もあります。

 いずれにせよ、身体症状には原因があって、現代医学によってその分子レベルでの解明はどんどん進んできていますが、同時にそういう分子でそういう症状が引き起こされるという性質(遺伝子)を持ったヒトが現在まで生き残ってきたことの意味を考え究極の原因を明らかにすることも、ヒトという生物を理解する上で大切なのだということは、だんだんと理解が広まってきたような気がします。
Commented by mamekichi at 2012-03-02 21:44 x
自分自身の体験からも、うつ病は単純なセロトニン仮説だけでは説明できないと思っていました。ダーウィン医学の立場から、今回ご紹介いただいたような、新しい仮説が出されたのには、注目したいと思います。早速、小生もこの論文に目を通したいと思っています。ご紹介くださり、ありがとうございました。
Commented by stochinai at 2012-03-03 12:00
まだまだ初期段階ですが、免疫・内分泌・神経は体内で密接にまた複雑にかかわりあっていますので、多方面からの研究が必要なのだと思います。身体全体の症状が出る病気を理解するには、あらゆる研究分野を総合した「総力戦」でいくべきですね。
by stochinai | 2012-03-02 19:17 | ダーウィン医学 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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