5号館を出て

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アルコール摂取によるショウジョウバエの寄生虫退治

 つい数日前に、交尾しそこなったオスのショウジョウバエのアルコール摂取量が増加したという、いかにも「やけ酒」行動がハエにもあるかのような論文が話題になっていましたが、ここまで擬人化してしまうとおもしろい研究結果もなんとなく台無しになってしまうのではないかと思うことがあります。

Sexual Deprivation Increases Ethanol Intake in Drosophila

ハエだって...恋に破れると、ヤケ酒が飲みたくなるんだよぉ!

 ちょっと間違うと、同じような話になってしまう恐れはあるのですが、同じショウジョウバエを使った実験で、ショウジョウバエの幼虫が体内に産み付けられた寄生蜂の卵‐幼虫を殺すために積極的にアルコールを摂取して、体内アルコール濃度を上げているらしいという論文が出ました。(論文
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 動物に食べられる植物では、動物にとって毒となるものを作って食害から逃れるように進化したものが多くあります。ところが、動物の中にはその毒を解毒するような代謝系を進化させることで、他の動物には毒になる植物を食べられるようになったものがいます。さらには、その毒を体内に蓄積したり、武器として利用することで、今度は自分の身を守るために使うようになったものも多数知られています。たとえば、フグの毒やヤドクガエルの毒は食物の貝(さらにはプランクトン)や、アリやダニ(さらには微生物)から取り入れて使っているものだと考えられています。

 今回紹介する論文の著者たちは腐った果物に好んでたかるショウジョウバエが、ほかの動物に比べるとアルコールに強いことから(ビールよりちょっとうすい4%くらいからワインの度数である11%くらいのところに住んでいる)、果物が発酵した時にできるアルコールをそうした「自分たちを守る毒」と同じように使っているのではないかと考えて研究を始めたということです。
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 確かに、我々人間でさえたとえビールの5%と言えども、すべても食物にそれだけのアルコールが含まれていたら生きてはいけなさそうですから、アルコールには明らかに「毒性」があるとは言えます。

 ショウジョウバエはか弱い動物ですから敵も多いと思われますが、その中でも幼虫の体内に卵を産み付けられて幼虫を中から食べてしまう寄生蜂は大きな天敵のひとつです。

 YouTubeにこの蜂がショウジョウバエの幼虫(ウジ)に卵を産み付ける動画がありました。



 蜂に卵を産み付けられることには抵抗できないショウジョウバエは、体内に産み付けられた卵に対して細胞性あるいは体液性の防御反応を示しますが、寄生蜂は卵と一緒にその「免疫反応」を抑えるような物質を注射することも知られており、多くの場合寄生は成功します。

 ところが成体で比べてみると、ショウジョウバエと寄生蜂では明らかにアルコールに対する耐性に差があります。
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 青い線が8%アルコール含有の餌の中で飼育したショウジョウバエの成体の生存曲線で、アルコールはショウジョウバエに対しても毒性が全くないわけではないのですが、赤線(ショウジョウバエ専門)や緑の線(いろんなハエに寄生)で示された寄生蜂に比べると明らかに「強い」ことがわかります。

 おもしろいことに、これらの蜂に卵を産み付けられたハエの幼虫は、アルコール濃度の高い餌の方へ移動することが実験的に確かめられました。
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 アルコールの入った餌と入っていない餌のはいった皿の中で、蜂の卵を産み付けられたハエの幼虫は、アルコールの入った餌の場所に置かれても、入っていない餌のところに置かれても、24時間後にはアルコールの入った餌のあるところに移動する傾向が示されました。蜂に寄生されていないハエと比べるといつも有意にアルコールを求めて移動していたのです。

 ハエの体内のアルコール濃度が上がると、体内に帰省していた蜂の幼虫の生存率が有意に下がり、特にアルコールに弱いショウジョウバエ専門ではない寄生蜂に対する効果は絶大なものだということが確かめられています。
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 上が生きている蜂の幼虫、下がアルコールの影響で死んでしまった蜂の幼虫です。

 というわけで、この実験からショウジョウバエが寄生蜂を駆除する「薬」として、アルコールを利用していることが確かめられたと結論されました。

 いろいろな動物が、その薬効を利用するために植物を食べていることがわかってきていますが、ヒト以外でそのことがはっきりと確かめられた例はチンパンジーくらいだと思います。

 この発見がきっかけとなって、動物の薬利用の例がいろいろと見つかってくるかもしれません。そういう意味で、これは進化医学の一分野として非常に大きな一歩になった論文だと思います。

 また、ヒトでも「酒は百薬の長」と言われるくらいのアルコールですので、外用薬として使われる殺菌や抗ウイルス作用以外にも摂取による薬効作用が見つかってくる可能性もありそうに思えます。

 いずれにしろ、アルコール擁護派の動物学者としては非常に楽しめる論文でした。
by stochinai | 2012-03-22 19:59 | ダーウィン医学 | Comments(0)

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