5号館を出て

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カメラ眼を持つクラゲ

 明日、セミナーで論文を紹介するのでクラゲの眼の勉強をしていました。先週のNature(VOL 435, 12 MAY 2005, pp201-205)に出ていたものです。

 我々と同じようなレンズを持った「カメラ眼」を持っている動物としては、軟体動物(貝の仲間ですね)のイカやタコが有名ですが、実はクラゲにもきちんとしたレンズを持ったカメラ眼を持ったものがいるのだそうです。(これは、意外と古くから知られていることらしいのですが、無知な私は知りませんでした。^^;)

 そもそもこうしたカメラ眼で取り込まれた画像情報は、それを処理する優秀なコンピューターである発達した中枢神経系(脳)がないと意味がないと考えられていますので、中枢神経系を持たないクラゲがカメラ眼を持っていても使いこなせないのではないか、というのがこれまでの「常識」です。しかし、この先研究が進むとこの常識はひっくり返る可能性があるかもしれません。

 クラゲの中でも、かなり強い毒を持つことで有名なハコクラゲ(箱水母:box jellyfish)の仲間がこのカメラ眼を持っています。沖縄などで非常に恐れられているハブクラゲというのも、このハコクラゲ類です。オーストラリアでは、毎年死者が出るほどの強い毒を持つウミスズメバチ(sea wasp)はハブクラゲと近縁です。

(余談ですが、これほどの強い毒なのに研究がほとんど進んでおらず、その実体が明らかになっていないようです。きちんと調べると、間違いなくNatureに載る論文が書けるテーマだと思うのですが、よほど難しいのかあるいは大穴です。ここに書いてしまったので、となたかが早速研究を開始するかもしれませんが、私はアイディアの優先権など主張しませんので、どんどんやってください。)

 さて余談が長くなりすぎましたが、ハコクラゲの仲間はクラゲに似合わずサカナのような速さでスイスイと泳げることも知られており、その能力と発達した眼とになんらかの関係があるのではないかと考えられて来ました。

 今回の論文では、クラゲの持っている8個の眼のレンズ(このクラゲには、レンズのない眼も16個あります)が、はっきりと像を結ぶことができることを示したことが大きい成果だと思います。ところが不思議なことに、その像は網膜よりもかなり後ろに結ばれてしまうので、おそらくかなりの「遠視」状態で、はっきり見えてはいないのではないかと著者は考えているようです。その件に関しては、クラゲのすんでいるマングローブの浅瀬には細かなゴミがたくさん漂っているので、まわりの環境を大まかに把握するにはむしろはっきり見えない方が良いのではないかとのことです。

 でも私はちょっと違った考えを持っていて、このクラゲにはやはり外界がかなりはっきりと見えているのかも知れないという可能性を考えています。確かに、このクラゲの眼の網膜には焦点の合った像が結ばれないというのは「光学的事実」だとは思います。しかし、そのぼんやりとした像の情報が網膜で受け取られたあと、計8個のレンズを持った眼とレンズを持たない16個のレンズから入力された情報を総合して処理することができれば、クラゲにとっては非常に有益な外界の様子がかなりの精度を持って「見えてくる」可能性があるような気がするのです。

 しかも、その情報処理が散在神経系というような、比較的単純な回路でできてしまうとしたらスゴイと思いませんか。コンピューターの世界にも衝撃を与えることになるでしょう。

 このクラゲには、光学的収差が完全に解消されたとても優秀なレンズがあるのだそうで、そこまで完全な像を結ぶことのできるレンズを進化させたということは、やはりものを見るということと関係がないとはどうしても思えないというのが私の感想です。

 実は、レンズを持った眼というのは動物界に広く存在しています。昆虫を含む節足動物の複眼や個眼にもレンズがあります。ホタテなど2枚貝の中にもレンズを持ったものが多いですし、レンズ付きの複眼を持っているものさえいます。

 驚いたことに、渦鞭毛藻類という単細胞生物にさえ、レンズを持った「眼」を持っているものがいます。視覚的に外界の情報を取り込もうとする時にはレンズが進化するのはよくあったことのようで、いろいろな動物群のあちこちで、お互いに関係なくレンズを持った眼が出現しているます。しかし、それらの動物が外界の像をどのように見ているかということについては、まだ余りよくわかっていないようで、これからの研究に期待されます。

 私はこれらの研究から、レンズを使ってものを見るといっても、我々の脳やカメラのようなやり方以外の方法が見つかってくれるとおもしろいと期待しています。そんな知見をもとにして、今までは想像も付かなかったようなまったく新しいロジックを持ったカメラが出てくるとしたら、とても楽しいと思います。

 技術開発に息詰まったら生物に学べ、が古くから言い伝えられている生物学から工学への提案です。
by stochinai | 2005-05-22 23:59 | 生物学 | Comments(0)

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