2013年 01月 19日
「ダーウィンも知らなかったこと」という挑戦的タイトルの論文
オープンアクセスなので、是非ここにある本文に当たってみてください。
ダーウィンが知らなかったことは、蔓脚類というフジツボ・エボシガイの仲間の生殖方法についてです。
ダーウィンは蔓脚類の研究をしていて、総説論文を書いています。
Darwin C. 1851 A monograph of the sub-class Cirripedia. I. The Lepadidae, p. 400. London, UK: The Ray Society.
Darwin C. 1854 A monograph of the sub-class Cirripedia. II. The Balanidae (or Sessile Cirripedes); the Verrucidae, etc. London, UK: The Ray Society.
私は直接この論文を読んだことはないのですが、総説の中には、蔓脚類は基本的に雌雄同体であり、動物界でもっとも長いペニスを持っていて、その先を他の個体の中に差し込んで精子を送り込み、他家受精をするものがいるということが書かれており、欧米ではその件でとても有名な動物のようです。もちろん世界一長いペニスを持っていたとしても、数個体分の距離くらい離れたところにいる個体に精子を送り込むのがせいぜいです。
こんな形で精子を送りこむようですが、精子を殻の中に送り込むだけで、相手の体内に精子を送り込む本当の意味での「交尾」とは違うということで「擬似交尾 pseudo-copulation」と言われています。図はこちらからの引用です。
ところが、皆さんも海に行ってフジツボやエボシガイを見ることがあると思いますが、多くは密集しているものの、たまにぽつんと離れたところに付着しているものもしばしば見つかります。そういう個体でも受精した卵を持っていることがしばしば見られるためダーウィンは雌雄同体である蔓脚類は自家受精もすると結論していたようで、今でもほとんどの教科書には「長いペニスを持つ雌雄同体の蔓脚類は、他家受精と自家受精を行なう」と書かれているようです。
今回、研究に使われたエボシガイはgooseneck barnacle 「ガンの首エボシガイ」 (学名 Pollicipes polymerus)と呼ばれるもので、確かにこの解説記事に乗っているWikimedia commonsの写真を見ると、ガンの首によく似た姿をしています。
余談ですが、カオジロガンというガンの英名はbarnacle gooseというのだそうで、確かにこちらの写真と上の写真のイメージは似ていなくもないですね。
話が脱線してしまいましたが、この論文に載っているエボシガイのpenis(写真aの矢印)は隣にいる個体にすら届かないのではないかと思われるくらい短いものです。
さらに右の写真をみると、引き潮の時に精子を吹き出している個体が写っています。
短いpenisなので、ちょっと遠くに離れた個体とは擬似交尾もできそうもないので、このエボシガイは自家受精で増えるしか手はないように、ダーウィンなら思ったかもしれません。ダーウィンの時代ならば、エボシガイの受精卵や胚を調べて、その親子関係を知ることなど不可能でしたが、今は遺伝子(マイクロサテライトなど)を調べることで、比較的簡単にその卵が自家受精でできたものなのか、それとも他の個体の精子によって受精したものなのかを調べることができます。
その結果、近くに個体がいる場合でもいない場合でも、自家受精は見られず、近くに個体がいる場合にはおそらく擬似交尾により受け取った精子で受精した卵が多いものの、そういうものでも付近にいる個体のものではない精子によって受精した受精卵-胚が多数見られ、このエボシガイでは海水中から同種の精子を取り込んで受精することができるという、今まで甲殻類では見つかっていない方法で他家受精を達成していることが明らかになりました。
教科書に書かれていて、しかもあのダーウィンが言っているということで、150年以上も誰も再チェックしてこなかったことが、調べてみると実は違ったというお話ですが、実はこんなことはこれからもまだまだたくさん出てきそうな気がします。
私は大学院の修士の学生には、学問的には常識とされている実験を追試することをおすすめしているのですが、この論文もそんなあたりから生まれてきたもののような気がします。
教科書に書かれているようなことすらひっくり返る可能性があるのですから、普通の論文に書かれていることを追試してみたら、その通りにはならないことの方が多いと言っても言い過ぎではないかもしれませんよ(笑)。
原著論文を読むのはちょっとという方は、smithsonian.comのこちらの解説記事をご覧ください。
ダーウィンは蔓脚類の研究をしていて、総説論文を書いています。
Darwin C. 1851 A monograph of the sub-class Cirripedia. I. The Lepadidae, p. 400. London, UK: The Ray Society.
Darwin C. 1854 A monograph of the sub-class Cirripedia. II. The Balanidae (or Sessile Cirripedes); the Verrucidae, etc. London, UK: The Ray Society.
私は直接この論文を読んだことはないのですが、総説の中には、蔓脚類は基本的に雌雄同体であり、動物界でもっとも長いペニスを持っていて、その先を他の個体の中に差し込んで精子を送り込み、他家受精をするものがいるということが書かれており、欧米ではその件でとても有名な動物のようです。もちろん世界一長いペニスを持っていたとしても、数個体分の距離くらい離れたところにいる個体に精子を送り込むのがせいぜいです。
ところが、皆さんも海に行ってフジツボやエボシガイを見ることがあると思いますが、多くは密集しているものの、たまにぽつんと離れたところに付着しているものもしばしば見つかります。そういう個体でも受精した卵を持っていることがしばしば見られるためダーウィンは雌雄同体である蔓脚類は自家受精もすると結論していたようで、今でもほとんどの教科書には「長いペニスを持つ雌雄同体の蔓脚類は、他家受精と自家受精を行なう」と書かれているようです。
今回、研究に使われたエボシガイはgooseneck barnacle 「ガンの首エボシガイ」 (学名 Pollicipes polymerus)と呼ばれるもので、確かにこの解説記事に乗っているWikimedia commonsの写真を見ると、ガンの首によく似た姿をしています。
短いpenisなので、ちょっと遠くに離れた個体とは擬似交尾もできそうもないので、このエボシガイは自家受精で増えるしか手はないように、ダーウィンなら思ったかもしれません。ダーウィンの時代ならば、エボシガイの受精卵や胚を調べて、その親子関係を知ることなど不可能でしたが、今は遺伝子(マイクロサテライトなど)を調べることで、比較的簡単にその卵が自家受精でできたものなのか、それとも他の個体の精子によって受精したものなのかを調べることができます。
その結果、近くに個体がいる場合でもいない場合でも、自家受精は見られず、近くに個体がいる場合にはおそらく擬似交尾により受け取った精子で受精した卵が多いものの、そういうものでも付近にいる個体のものではない精子によって受精した受精卵-胚が多数見られ、このエボシガイでは海水中から同種の精子を取り込んで受精することができるという、今まで甲殻類では見つかっていない方法で他家受精を達成していることが明らかになりました。
教科書に書かれていて、しかもあのダーウィンが言っているということで、150年以上も誰も再チェックしてこなかったことが、調べてみると実は違ったというお話ですが、実はこんなことはこれからもまだまだたくさん出てきそうな気がします。
私は大学院の修士の学生には、学問的には常識とされている実験を追試することをおすすめしているのですが、この論文もそんなあたりから生まれてきたもののような気がします。
教科書に書かれているようなことすらひっくり返る可能性があるのですから、普通の論文に書かれていることを追試してみたら、その通りにはならないことの方が多いと言っても言い過ぎではないかもしれませんよ(笑)。
原著論文を読むのはちょっとという方は、smithsonian.comのこちらの解説記事をご覧ください。
by stochinai
| 2013-01-19 21:05
| 生物学
|
Comments(0)