5号館を出て

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大学院講義 (大学院を出てどうなるか)

 明日、大学院生リサーチセミナーという講義をやります。生物科学専攻の大学院担当教員が1回ずつ担当して、大学院フレッシュマン(修士課程1年生)に「私の研究」を語るという企画なのですが、すでに研究を開始してしまった学生達に「こんなにおもしろい研究があります」という話をしても、時すでに遅しという気もしますし、実際にやってみるとわかりますが、学生はそんな話にはあまり乗ってこないものです。

 それで私は毎年、「大学院での研究をどのように進めるか」というタイトルで話をすることにしています。

 最初に大学院生の置かれた状況と、その予測される将来の話をします。最近は大学院進学をするにあたって少しは将来のことを真剣に考えてから入ってくる人も多くなってきていて、当たり前のことがきちんと行われるようになってきたという意味で、良いことだと思っていますが、大学院も修士課程くらいだと高校・大学へと進学した時と同じように、「そこに試験があるので受かるところを受ける」という感覚で進学する人がまだまだたくさんいるようです。東大や京大の大学院でも、驚くほど簡単に受かるので調子に乗って受かって痛い目を見ている人もいると聞きます。

 とりあえず、そういう山登り感覚で大学院へ入ってきた人に、講義の最初には10年後の未来を考えてもらうことにします。シミュレーションのために、自分たちの先輩のことを見てもらいます。

 これは2003年に調べたデータなので、ちょっと古いのですが私が大学院の修士課程に入った1973年に北大の大学院理学研究科の動物学専攻に入学した11名は卒業後、2003年時点で国立大学教授3名、その他の国立大学教員3名、公立大学教員2名、私立大学教員2名、高校教員1名となっており、全員が教育研究職に就いています。

 10年後の1983年の動物学専攻修士入学8名についても、国公立研究所研究員4名、国立大学教員3名、高校教員1名となって、全員が定職に就いています。

 ところがさらに10年後の1993年生物科学専攻(動物と植物が合併されてできました)修士入学19名は、そのほとんどがポスドク・研究生となっており大学教員は技官が1名いるだけでした。32歳でほとんど誰もが定職に就けていなかったということです。

 それでは、さらに10年後の2003年に大学院に入った人達の将来はどうなるというところから話を始めたのですが、2005年の今年大学院に入った人たちの将来の展望も、その時より良くなっているということなないでしょう。

 このデータを見るだけでも、大学院を出ることで確実に大学教員や独立研究者になれる時代は10年くらい前までには終わっていたということが実感できると思います。その原因は極めて簡単なことで、大学院生および大学院を卒業してから教育研究職へ就くまでの前段階として位置づけられているポスドクの人数が、その後でそれらの人たちを受け入れる職の数に比べて多くなりすぎているからです。

 つまり、大学院に入りさえすればなんとなるという時代は終わっているということを自覚することが私の話の出発点です。

 ならばどうするかというと、大学院を出てからどうするかというビジョンが必要なのだと思います。それがはっきりしてくれば、自分は大学院で何をすべきかということが決まってくると思います。

 残念なことに、現在の理系大学院で学べることは「研究すること」だけと言っても良いのです。そもそも研究者以外を育てる教育システムがありません。将来、研究者になることがはっきりしているならば研究することだけを一所懸命やっていてもなんとかなるのかもしれません。しかし、今は大学院を出た後で選ぶべきキャリアは研究者だけではないのです。逆に、大学院を出たほとんどの人は研究者になれないのです。

 そういう現実を踏まえたならば、大学院でただ指導されるままに研究だけやっていても自分の将来にそれほど役に立たないかもしれないということはよくわかると思います。

 大学院に入学したばかりの人に冷や水を浴びせるのは不本意なのですが、今から考え始めればまだ間に合うということで、明日の講義をお楽しみ(?)に。
Commented by inoue0 at 2005-06-06 12:19
 生物学でも、生態学とか古生物学とか人類学のようなところはともかく、分子生物学方面の実験技術を身につけていれば製薬会社方面から声がかかりますし、それでなくても、試薬会社や検査会社や衛生保健行政とかがあるんではないでしょうか。
 要するに間口を広く考えていれば就職はあるから、あちこちにコネクションを持って就職活動をしていけばなんとかなるでしょう。
・・・と言うは易し行うは難しです。まじめに実験や論文読みなどをしていれば1日はすぐに終わってしまうし、休日も研究に没頭するぐらいでなければ、良い論文は書けないでしょう。
 でも、専門分野の研究者になるという道を放棄してしまって、修士を出るだけでいいと割り切れば時間は作れるし、それで就職活動をしてもいいかもしれません。
Commented by stochinai at 2005-06-06 12:59
>要するに間口を広く考えていれば就職はある
 賛成ですし、ここがポイントだと思います。
 大学院に進学してきた人の多くが「研究者になれたらうれしい」と言います。大学院に進学する以上、研究者を第一志望とするのは問題ないと思うのですが、現実を見据えた上で自分のキャリアの一歩を踏み出したのだと自覚すれば、ずるずると研究に引きずられて「他に選択の余地がなくなりましたので、ドクターに進学したいと思います」という最悪のシナリオを演じなくてもすむと思います。
 そうなると、就職と進学の両天秤をかけながら生活するということになると思いますが、たとえ就職するという方針を決めたとしても研究を投げてしまっては大学院に進学した意味がなくなってしまいます。あるいは突然、研究者への道が拓けないとも限りません。難しいことですが、そのバランスをとることも大学院生の修行のひとつだと思います。
Commented by enoki at 2005-06-06 23:14 x
栃内先生。

とてもすばらしい試みだと思います。私が言いたいことと同じです。

夢を壊すのか、といわれそうですが、現実を知った上で進路を選んでいくことが今求められているのだと思います。
Commented by stochinai at 2005-06-07 00:10
ご同意いただき、恐縮です。

 夢と夢想を区別できるのが、大人だと思うのです。のどかな時代に育った自分はひょっとするといまだに子供なので、この荒々しい時代を生き抜かなければならない今の若者たちには、大学院を出る頃までには「大人」になっていてもわらないと、どうしてもひどい目にあってしまいそうな気がしています。

 状況はどうあれ、自分を守ることが生物の基本ですから。
Commented by hiyama at 2005-06-10 01:04 x
正直言って、本気で研究者を目指している人には無関係なのかも知れませんが、それだけ何の考えも無く漫然と進学する人が増えているということですね。そういう人にはどんどん冷や水を浴びせた方がいいと思います。
Commented by inoue0 at 2005-06-10 04:00
hiyamaさま。入学してから冷や水を浴びせるのは手遅れで、本来は入学前に振り落とすべきなのです。しかし、定員割れは大学側にとって経営上不利ですし、大学院定員を増やすことは国家政策でした。
批判されるべきは、「何の考えもなく大学院定員を増やした」文部科学省官僚ではないでしょうか。10年前ですら、大学院は、希望者が多数いて激戦で入りにくいという状況ではなかったのです。供給が増えたから需要が増えたのであり、需要に合わせて供給を増やしたのではないのです。
by stochinai | 2005-06-05 23:59 | 大学・高等教育 | Comments(6)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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