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分子生物学と芸術が書き換えたアジアゾウの分類基準標本

 久しぶりにロマンあふれる論文に出会いました。

Resolution of the type material of the Asian elephant, Elephas maximus Linnaeus, 1758 (Proboscidea, Elephantidae)

Zoological Journal of the Linnean Society
Early View (Online Version of Record published before inclusion in an issue)


 論文の内容自体は生物学的にすごい発見というよりは、どちらかというと科学史のような趣があるものです。

 1758年に分類学の開祖と言われるリンネがアジアゾウを分類して Elephas maximus と命名しました。アジアゾウとアフリカゾウは今なら我々が見てもひと目で見分けられるほど違いは有名です。
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 これはウィキペディアに載っている2種類のゾウが写った写真で、前がアジアゾウ、後ろがアフリカゾウです。ぱっと見て、耳の大きさですぐにわかりますね。

 ところが、人々が初めてゾウを見た時には驚きのあまりにこんなふうに見えたようなのです。
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 これは論文の中に載っていた分類学誕生以前の1551年に描かれたゾウの絵ですが、一見するとアフリカゾウにも思えますが、描いた人の印象がその像を歪めているところは否めません。

 ところがあの有名なレンブラントが1637年に描いたゾウは間違いなくアジアゾウだとわかります。こちらはイタリアの美術館にあるものです。
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 そしてこちらが同じくレンブラントの絵で英国博物館にある有名な絵です。
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 リンネが分類したときにはどうやら実物を見ていない可能性もあり、その時の分類の参考にした基準となるタイプ標本がゾウの胎児のアルコール漬け標本でした。
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 これは今でもスウェーデンの博物館にあるので、そのDNA解析やX線透視による解剖学的解析を試みました。
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 その結果、これは紛れもなくアフリカゾウの胎児であることが確認されてしまいます。リンネの大ミステークです。

 そこで、タイプ標本がなくなってしまうという「分類学の一大事」を避けるために、国際チームは新たなタイプ標本探しを行った結果、上にあるレンブラントの描いたそのゾウは当時見せ物としてヨーロッパを連れまわされたもので、1655年に死んでフィレンツェ大学の博物館に現在も保存されていることがわかったのです。
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 右上にあるのがゾウが死んだ時に描かれた絵です。しかも、リンネは1693年にこのゾウの骨格を調べて本を書いたイギリスの博物学者ジョン・レイの仕事を引用してインドゾウを分類し命名したこともわかりました。

 今は骨があればそこからDNAを取って分類をするなどということは大学生にでもできることになっていますので、この骨の遺伝子を調べたところ、間違いなくアジアゾウであることが確かめられたため、上の論文ではこの骨をアジアゾウの新しいタイプ標本にすると宣言しています。

 というわけで、リンネの間違いから300年近く、そしてレンブラントの描いた絵から400年近くたった今年、まさにその絵に描かれたゾウがインドゾウの代表として分類学の表舞台に出てきたというわけです。

 このスケールの大きさは大河ドラマを見るようです。

 わかりやすく短い解説文がこちらにあります。

This Rembrandt is science's first Asian elephant

 科学の間違いはこのようにして大きなロマンを生んでくれることもあるのですよね。

 楽しかった~。
by stochinai | 2013-11-06 19:07 | 生物学 | Comments(0)

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