5号館を出て

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Uターン・ラッシュ

 昨日、新年を迎えたばかりだというのに、テレビのニュースではもうUターン・ラッシュが始まったと伝えています。

 毎年繰り返されているニュースなのですが、接する度に休暇すらを駆け足で消化してしまう我々の暮らしの貧しさを感じてしまいます。

 一方で、ニート(NEET)と呼ばれる大量の若年不労労働者層を抱えながらも何とか生活を続けているくらいの豊かさを持った多くの家族がいて、その家族の経済を支える労働力がサービス残業を含む過剰とも見える労働条件を受け入れて黙々と働いている姿が目に浮かびます。

 過剰に働く人と、働かない存在と言われるニートが、おそらく一つ屋根に下にいるというのが、現代の普通の家族の風景のような気がします。

 過剰に働いている人は、おそらく不労者としての存在のニート(パラサイト)の生活を支えることができるくらいの収入を得ているのでしょう。そのためには、休日も返上して働かなければならないかもしれません。

 でも、この構図はやはりどこかおかしいです。

 ニートという存在そのものだけではなく、まったく収入なしに寄生する学齢を越えた存在を抱えている家族そのものが病んでいるということではないかと思われます。

 今時、そんな家族は珍しくもないと言われるかも知れませんが、そうだとするならば日本という国全体が病んでいるということではないでしょうか。

 自覚症状のない病気というものは、ほんとうに恐ろしいと思います。



 不治の病であるならば自覚症状があろうとなかろうと関係ありませんが、適切に対応すれば治る可能性がある病気に関しては、現在生きている動物には必ず自覚症状があることが予想されます。

 なぜならば、自覚症状を感じて休息するとか養生するとか、さらには適切な薬用植物・鉱物などを摂取することで病から回復できるならば、その動物はより多くの子孫を残す可能性が高くなるからなのです。

 これは進化学の考え方から導き出される必然なのですが、治る病ならばそれを治すための出発点となる自覚症状というものが進化してきていることが、どんな動物にも予想されることなのです。そうでなければ、ここへ至る前に絶滅してしまっている可能性が高いのです。

 自覚症状のない病気を得た動物の未来は、おそらく絶滅しかないでしょう。

 同じように、病んでいるということを自覚できない社会は、すでに絶滅への道を歩んでいるということなのかもしれません。我々は、この先どこかで自らの病を自覚して、治療を始めるというフェイズに入ることができるのでしょうか。それとも、このまま恐竜のように突き進んでいくことしかできないのでしょうか。

 正月早々、悲観的なつぶやきですみません。
by stochinai | 2005-01-02 17:45 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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