5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

竹内久美子の「ズバリ、答えましょう」(脱力)

 余丁町さんのところで「「お世継ぎ問題、男系の男子でつなぐのには重大な意味がある」(竹内久美子)」というエントリーが出てしまいました。竹内さんという人はもともと問題の多い人ですが、生物学者を代表して話しますなどというふうに取られることが多い人なので、嫌々なのですがフォローするのが誠実な科学者の義務であると感じますので、取り上げさせてもらいます。

 竹内久美子さんは、京都大学の大学院で正式な動物行動学の研究経験を持った方で、非凡なる文才の持ち主であることは認めざるを得ないのですが、残念ながらあまりにもサービス精神が旺盛なのか、学問的には全然証明されていないことや、まだ結論の出ていないことでも、人の興味を引きそうな方へと断定的に議論を進める傾向の強い人で、まじめな(汗)生物学者としては非常に迷惑を感じることがままあります。しかし、女性でありながら、いわゆる「下ネタ系」が得意なこともあって、商業主義的には非常に良く活用されるようです。

 今回のエントリーに関しても、余丁町さんが書いているものを読むと非常に不安になりましたので原文に当たりたいと思い、生まれて初めて週刊文春なるものを買ってしまいました。本来ならば、竹内久美子さんに経費320円をを請求したいところでもありますが、まずは内容を検討してみたいと思って読んでみました。

 余丁町さんのサマリーは、以下のようになっています。(ほとんどエントリー全文の引用になってしまい、余丁町さんにはとても申し訳ないのですが、話の流れ上とりあえず引用させていただきます。問題があるようでしたら、後に削除します。)

(ここから引用)

 難しくてよくわからないが、こういうことらしい:

1.男系の男子でつなぐのは、男にしか存在しない性染色体、Yをほとんどそのままの状態で、代々男から男へと受け継がせるという重大な意味がある。

2.Y以外の染色体、つまり性染色体のXと常染色体の場合、ほとんどそのまま世代から世代へと受け継がれていくなどと云うことはあり得ない。

3.日本の皇室は世界一長い歴史をもっている。しかもそれはほとんど同じYでつながっているという奇跡に近いこと。

4.愛子様が皇位に付くのはとても結構だが、将来ご結婚される相手の男性は、旧宮家などの皇室タイプのYを持った方にすべきではないでしょうか。

5。もしくは清和源氏の流れか、桓武平氏の流れをくむ男性と。義経なんかはほとんど種馬状態だったから、子孫はいっぱい居るはず。全国一斉のY染色体調査をやってはどうか。

(引用ここまで)

 これをもとに議論するのは、やはりあまりにも危険だろうと思い、しぶしぶ近くの生協で週刊文春を入手してきました。

 問題の文は、読者からの質問に答えるという形式になっています。一読して、この質問自体がかなり不自然なもので「なぜY染色体の存在もわからなかった昔から男子皇族にお世継ぎを限っていたのでしょうか?」というものです。そもそも、天皇の男子継続の意味がY染色体と関連づけて語られると言うこと自体が、かなりすっとんきょうな発想であり「やらせ」のにおいがぷんぷんします。そして、その答えが、いきなりY染色体というものがそのままの状態で男から男へと受け継がれているということの「生物学的意味」と「天皇という地位の正統性」とがあたかも同義であるかのごとくに語られ始めるのです。

 この出発点自体に錯誤あるいは嘘がある以上、その後の文章は読むにももちろん検討するにも値しないものなのですが、この短い枕をなんとなく読み飛ばしあるいは意味不明のまま先へ読み進んでいくと、Y染色体の連続性と男系というものの社会的(あるいは生物学的)正統性というものが、意図的に同一視されている非常にミスリーディングな文が続きますので、読んでしまった以上コメントをつけざるを得ません。

 そもそもY染色体というものが非常に特殊な染色体であり、その上にはヒトの性質を決める可能性のある遺伝子がほとんど乗っていませんので、Y染色体が受け継がれるということには、子供の性を決定するという以外の意味はほとんどないのです。

 たとえ、なんらかの遺伝子が乗っていたとしても、特定の遺伝子を受け継ぐということに社会的存在(たとえば、皇族になるとか金持ちになるとか)「意味」などあるはずがありません。

 そして、男の子と女の子とどちらが男親(天皇)の遺伝子をよりたくさん受け継いでいるかというと、遺伝子のほとんどないY染色体ではなく、X染色体を受け継いだ女の子の方です。遺伝的により似ていることを「より正統である」とするならば、女の子の方が正統性が強いという議論も成り立ちます。Y染色体を受け継ぐことを「正統」というのは、男子が正統であるという前提にお墨付きを与える以上の意味はありません。

 そもそもY染色体を受け継ぐことに意味があるとするならば、それを受け継いでいない女性というものには男を産むと言うこと以外の天皇家的存在意義はないことになります。そんなむちゃくちゃな理論(意見、思いこみ、ジョーク)が、これだけ科学の発展した時代に「動物行動学研究者」の肩書きを持った人間の発言として本に載ってしまうということは、科学が間違った使われ方をしている典型的な事例だと思います。

 「どうして皇室は、いや皇室に限らず家系は普通、男系の男子でつなぐことになっているのでしょう。」という疑問に竹内久美子さんは答えて言います。「やはり直感ではないのか。父と息子の間には、何か特別な絆があるという。たとえば『息子よ、男どうしの話をしようじゃないか』『おまえが早く大人になって、一緒に酒を飲む日が楽しみだ』などというセリフをよく聞きます。でも、母と娘の間にそういうセリフがあるかというと・・・・・?」脱力しました。

 竹内久美子さんという方は、問題がある人だと思っていましたが、ひどい男女差別論者であるようです。某都知事と話が合うかもしれません。

 冗談か本気かわかりませんが、竹内久美子さんは皇太子のお嬢さんである愛子さんが、皇位につくことには反対しないが天皇と同じY染色体を持った男と結婚して次世代に皇室のY染色体を伝えて言って欲しいなどという、とてつもない「ご提言」をしています。この人にとっては、愛子さんは次の男の子(天皇)を産むための「中継ぎ役」に過ぎないようです。

 愛子さんには、竹内久美子を非難する権利があります。

 確かに、Y染色体が男系で受け継がれるということは生物学的事実です。逆に言うとY染色体の遺伝子を調べることで、男系の祖先子孫関係を類推することができます。もしも、皇室の男系がほんとうに意味のあることであり、それはY染色体を受け継いでいることだと主張なされるのであれば、本気で調べて見られることをお勧めします。そうして調べてみると実は皇室の系譜では、たった一つのY染色体が受け継がれてきたのではなかったという「事実」が発覚する可能性も非常に高いと思います。もしもそういうことが明らかになったとしたら、数百年前に起こったY染色体の断絶をどのように取り繕うのかじっくりと見させていただきたい気もします。

 その場合にはガラスの靴さながらに、天皇家のY染色体を持った人を探して「皇室タイプのYを持った男子の中から、人格にすぐれ(女性天皇)を愛し、むろん(女性天皇)をも愛する男子を選んでいただ」き、正しいY染色体を持った正統な天皇を産むための種馬になってもらう、ということになるのでしょうか。

 生物学的事実をちらばめ科学的な話をしていると見せかけて、非科学的なエピソードや嘘、思いこみなどをまぜて、単なるエンターテインメントとしても文を書くのは、ご自由なのですが、今回の話のような、政治的イッシューにもなりうる問題や、男女差別というような社会的な問題に、あたかも生物学的結論があるかのような話をするのはいい加減に止めていただきたいと思います。

 先日書いた優生論を主張される人々同様、この方にも生物学者の看板を下ろしていただくしかないと思います。また、それを利用する人々も同罪です。

 こんなものだまされないためにも、国民の多くが最低限の生物学リテラシーを持つ必要を強く感じます。
Commented by worldnote at 2005-06-27 02:58 x
>あたかも生物学的結論があるかのような話をするのはいい加減に止めていただきたい

これには全く賛成です。

でも「Y染色体が男系で受け継がれるということは生物学的事実」である事自体は「最低限の生物学リテラシー」であってもいいでしょう。大事なのは生物学リテラシーではなく、文化人類学的リテラシーの方じゃないでしょうか。習俗と生物学的事実を関連づけることは空しいです(その空しさや危険性を言われているわけですよね)。男系相続はいわば習俗であり(場合によっては法律ですが)、問題は「習俗」として尊重するかどうかです。世の中には古来の習俗を尊重する派と、気にしない派がある、ということに過ぎないでしょう。
Commented by 花見月 at 2005-06-27 10:09 x
先日の有名科学者の優性思想、イエスの遺伝子、今回のエントリー。遺伝、遺伝子、ゲノムなどという言葉が、このままむやみやたらともてはやされると、大変な誤解や差別の温床になる危険を感じます。いったん流れ始めた世論を修正することは容易ではありません。

立花先生にしろ、竹内先生にしろ、トンでも発言が多いことについては、半分常識になっていると思います。一部のインテリ気取りが、「それはわかってるんだけどね・・・」と喫茶店ではしたり顔で話し、専門家は沈黙している。結局日本では、議論の場で反論が不利(反論したことで非難される)、言ったもん勝ちということなのでしょうか。
その間に、「見せ方」が上手なお二人の言説はマジックのように広く浸透し、片や東大の先生になっており・・・・。
専門家の方々、プライドをかけてきちんと反論してください!
Commented by stochinai at 2005-06-27 12:15
 worldnoteさん、コメントありがとうございました。
>大事なのは生物学リテラシーではなく、文化人類学的リテラシーの方じゃないでしょうか。
 すみません。何でも自分の領域へと我田引水するのは良くないですね。
>その空しさや危険性を言われているわけですよね
 その通りです。補足を感謝します。
>古来の習俗を尊重する派と、気にしない派がある、ということに過ぎないでしょう。
 そうだと思います。気にしない派に向かって、今回の一件は「これは科学なのだから気にするように」と言われているような気がして、落ち着きませんでした。
Commented by さなえ at 2005-06-27 12:27 x
竹内久美子さんはじめ、動物行動学の本は良く読みますが、私のような素人ではなるほどと思うしかありません。この分野だけではなく、いろいろなところで、ミスリードするようなコメントは多いのでしょうね。専門家のご意見をもっとお聞きしたいところです。
関係ないところで申し訳ありませんが、どのような音楽をお聴きか興味があったのでTBさせていただきました。
Commented by stochinai at 2005-06-27 12:39
 花見月さん、いつもどうも。
 政治的に影響力を持つような社会的発言をされる「科学者」の多くは、御用学者だったり、「ト」だったり、金儲けをたくらんだり両方だったりが多いのではないでしょうか。
 一方で、科学者の多くが沈黙している理由も、かかわりあいになると損になるかもしれないとか、アホの相手をしている暇がないとか、単純にそのような発言がされていることを知らない(新聞や週刊誌を読まない、テレビを見ない)というように、さほどの積極的理由は内容に思います。
 しかし、科学の営みの多くが社会(政府)のサポートを受けて行われている以上、科学者というものは科学活動の成果の一部でもある、科学的なものの見方を公開する義務と、専門家として明らかな間違いを正す義務はあると思っています。
 それは、短期的に見ると必ずしも現政府(与党?)や官僚機構を喜ばせることにはならないとしても、長い目で見ると国民あるいは人類に対しての益になる行動でしょうし、それこそが科学者の社会的責任というものだと思います。
Commented by worldnote at 2005-06-27 21:20 x
週刊文春の竹内氏のコラムを読みました。なるほど、これは... ひどすぎますね。一瞬、パロディかと思わせるほどで(ソーカルが浮かびました)、そうでなければ、壮大な釣りかもしれないけど、多分本気なんでしょう。まあ、まるごと「と」系ですね、これは。
Commented by stochinai at 2005-06-27 21:30
 まあ単なるお笑い番組のようなものだと思えばスルーもできるのかもしれませんが、なにせ世界の日高敏隆さんのお弟子さんですから、科学者の発言としての社会的影響力は無視できません。
 それと、ご自分は女性だと思っていらっしゃらないのか、ひどい女性蔑視論者のようで、それにも大きな問題を感じます。
Commented by blue at 2005-06-28 22:02 x
言葉は悪いですが エセ科学者が多くて困ります 断乎 五号館さんのコメントに賛成します 
Commented by stochinai at 2005-06-28 22:52
 ありがとうございます。実は似非科学の信奉者が小学校の現場にたくさんいるという現実もあります。たとえば、幻影随想さんの以下のエントリーなどを是非ともお読みいただければと思います。
http://blackshadow.seesaa.net/article/4662570.html
 なんとかしないと、かなりまずい状況なのです。
Commented by kshojima at 2006-10-14 02:29
科学と見せかけると妙に納得してしまう心理を利用しているとさらに確信を深めました。天皇家の出発点が神話である以上科学を持ち出すのはやはり自滅に繋がりますね。神の存在が科学では証明できませんから。
by stochinai | 2005-06-26 23:59 | 生物学 | Comments(10)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai