5号館を出て

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模擬コンセンサス会議

 下に貼り付けた去年の「つぶやき」と同様に、今年度の模擬コンセンサス会議の模擬報告会が今日行われました。今年のテーマは「どうする?遺伝子組換え作物・食品」です。現実に、今北海道でも食の安全・安心委員会の「遺伝子組み換え(GM)作物交雑等防止部会」が同じテーマで議論を続けていることだけではなく、その部会長である松井先生もこの講義の提案者のひとりということで、非常にタイムリーで刺激的な講義になることが期待されるものでした。

 予想通り、講義の初回には120名もの学生が押しかけ、20名の定員にまで削るのも大変だったと聞きました。結果的に24名で講義が始まったそうです。本日の発表会まで22名ががんばってくれました。

 下に再掲した昨年のエントリーを読んで、我ながらびっくりしているのですが、今年もほとんど同じ感想を持ってしまいました。というわけで、ほめ言葉に関しては、下記参照ということにして、今年は少し辛口の批評をさせてもらいます。

 今年、特に気になったのは学生達の過剰とも思える素直さでした。

 推進派と慎重派の専門家(模擬専門家の大学院生)からの説明を受けたと聞いているのですが、推進派専門家がうまかったのか彼らの多くがGM作物は安全であるとか、食料危機を救うにはGM作物が必要であるとか、食糧自給率の低い日本にはGM作物を導入するしかないという、いわば一方の意見がかなり色濃く吸収されてしまったのではないかという印象を受けました。

 さらに、北海道で放映された地方民放の放送を見て、GM作物の作付けをしたがっているごくごく少数派の農民と、それを阻止しようとしている多数派の農民がぶつかる場面があったのだそうで、その時に会議の席から退出してしまった推進派農民への同情が集まっていたようです。これは日本人の特質として良く語られる判官びいきというものなのかもしれませんが、ことの善し悪しでなく「大勢が少数をいじめる」場面であるととらえられてしまったらしく、その点でも彼らの目が曇らされてしまったのかもしれません。

 もうひとつ気になったのは、そういう放送をしたメディアへの嫌悪感でした。二つのグループのうちのひとつは「報道の多くは遺伝子組み換え食品の危険性を唱える偏ったものである」というまとめを出していました。私などからみると、多くのマスメディアは必要以上に「公平さ」を重んじていて、どんなニュースどんな番組でも危険性と安全性・有益性を常に必要以上に並列させているように思っているので、このような評価はとても意外でした。

 ここからは私の推測ですが、彼らの中ではこの3ヶ月という長い時間があったにもかかわらず、意外と早い時期から「GM作物は正しい選択だ」という合意が形成されてしまっていたのではないかと思われます。そういう立場になってしまうと、平均的なメディアの「中立的な」報道がすべてGM反対派に偏っているように思えても不思議ではありません。

 大学1年生と言えば、ちょっと前まで受験生(高校生)だった学生です。それが、普段は考えたこともないGM作物問題をどうするかなどという大きな問題を投げかけられても、それを「自分たちの生命と財産を脅かすかも知れない切実な問題」として真剣に考えるということ自体にちょっと無理があったのかもしれません。

 そうだとすると、大学での講義を離れてまで様々な情報を集めて、専門家の言っていることの再検討・再々検討をするなどという作業もおそらくせず、大学の授業時間内に与えられた情報だけをもとに後は自分たちの感性に従った決定をしたとしても無理はないと思います。

 彼らの感性は非常に鋭く、そして心優しいものなのだとも思いました。科学的正否よりも、彼らが見聞きした人間の性格や物腰、そしてGM問題を検討する場における少数派である推進派が多数派である反対派に「いじめられて」いることに心を痛めるということ自体を安易に責めることなどできません。

 しかし、逆に言うと彼らの「意見」が心理学的戦術によって、比較的簡単に操作されてしまう恐れを感じたことも事実です。

 外から簡単に操作されずに、自分の意見を見つけるためのリテラシーを持つようにさせるということも大学の大切な役割です。そういう意味で、この模擬コンセンサス会議の持つ意義は大きいと思うのですが、3年間見てきて感じることはやはりフレッシュマンがあまりにも大きな問題を考えるということの難しさだと思いました。

 「クローン技術の是非」「これからの原子力エネルギーの利用をどうするか」、そして今年の「どうする?遺伝子組換え作物・食品」も高校出たての純真な魂には荷が重すぎて、練習問題にすらならなかったのかもしれません。

 来年からも続けるとしたら、Nさんがおっしゃっていたように北大生には切実な「大学祭における飲酒問題」などを取り上げる方が、彼らはずっと深く追求してくれるのではないでしょうか。科学技術と社会ということにこだわるならば、たとえば「数量化できる成績という物差しで学部・学科を決めることは正しいのか」とか「インターネットというテクノロジーをどう使いこなすのか」といったような、彼らの日常と深くクロスするテーマを探してやらなければならないのかもしれません。

 いずれにしても、この模擬コンセンサス会議という授業は我々が学生を知るという意味でも、学生が社会を知るという意味でも、さらに個々人が政策決定に対する意見を持つためのリテラシー教育としても意義深いものであることは間違いないと再認識したというのが、今日の私の結論です。

---------------- 昨年のつぶやき ----------------

模擬コンセンサス会議

2004年07月09日(金)

 今日は杉山先生が中心になってやっておられる、全学教育の実験授業「模擬コンセンサス会議」の最後の授業で行われる模擬報告会に招待されて行ってきました。

 この実験授業は去年から始まったのですが、去年は「クローン技術の是非」をテーマに行われ、模擬専門家として当研究室の大学院生であるY野君も活躍しました。今年は「これからの原子力エネルギーの利用をどうするか」というテーマで行われたものです。

 上のページで杉山さんがきちんと説明をしておられるので、読んでいただければ良いと思うのですが、正直言ってコンセンサス会議という試み自体が、政策を動かすという意味において、日本では(世界でも?)ほとんど成功していないと思います。

 そんな中で、杉山さんの提案されている「模擬コンセンサス会議」というものが、教育という現場で形になった、コンセンサス会議という試みの実用的な成果なのかもしれないと感じています。

 高校を終えるまでは、社会や政治からできる限り切り離されるように育てられてきた学生が、初めて国政というレベルでの政策に提言するという「政治的活動」を実感できる試みだということで、学生達の心をかなり刺激していることは間違いありません。全員が日曜日の大学へ出てきて朝から夜までディスカッションをしているところを見ていると、それは確信できます。

 もちろん、それまでほとんど白紙で育てられてきた学生が、たった半年という短い期間で国の政策に対して的確な提言ができるレベルにまで達することはできないのが現実ですが、非常に良い経験になっていることは間違いありません。少なくともスタートは切ることになっていると思うのです。

 また、一方で模擬専門家として学生達にレクチャーする大学院生にもとても良い成長の機会を提供することになっていると感じました。大学院生は、実際の現場で研究活動をしているのですが、そのために身につけている専門的な知識を、まったくの素人である学生に理解させるように伝えることの難しさを知り、それを乗り越えるためのさまざまな経験ができたはずです。

 その経験は、研究者の卵としての大学院生が将来、プロの研究者になったとしても、あるいは研究現場から離れて専門的知識を持った一市民となったとしても、貴重な履歴として本人および社会に対するポジティブな意味を持ち続けることでしょう。

 日本では、大学における「一般教養」が役にも立たない知識に過ぎないとして非難され続けてきた歴史がありますけれども、この「模擬コンセンサス会議」は人が社会の一員として国の政策決定にどのように参加していくことが可能なのかということを実感させるという意味で、「実際に役に立つ教養」になっていることから、日本では大学に入り立てのフレッシュマン達に対して必修とすべきほどの重要性があると思います。

 しかし、残念なことにこの授業を成り立たせるための、絶対的マンパワーと真剣なサポートが欠けているのが現状です。

 人として生きる力を身につける教養教育を目指すのであれば、大学全体としてこのようなところにもっともっと力を注ぐべきでしょう。法人化した大学当局に強く薦めたいと思います。
Commented by ヤマグ at 2005-07-08 21:35 x
北大では非常に面白い授業がされていると関心しました。学生時代にディベートをして来ない学生にとっては、辛口の批評通りなのかもしれませんね。やはり、ディベート的な訓練というのは、必要と思いました。

初年度の学生には、物事が証明される前提条件や仮定条件というのを発見するという行為は、議題が科学的になればなるほど、難しいのかもしれませんね。

ただ、この初年度の学生の姿は、高等教育を受けた人に見られる判官びいきであったり、ブログでの「マスゴミ」批判と似ているので、非常に面白かったです。大学教育で、その次のステップに行けると良いとは思いますが。
Commented by stochinai at 2005-07-08 21:52
 非常に的確なコメントをいただき、ありがとうございます。

 この講義をとって、今日かなり落ち込んでいるであろう学生達はとても良い経験と勉強をしたのだと思います。この先、長い人生の中で必ずや役に立ってくれる機会が来ることを、私は確信しています。
Commented by ヤマグ at 2005-07-08 22:36 x
追加で、申し訳ないです。
この模擬コンセンサスというのは、大学院では行われていないのでしょうか?模擬専門員が市民パネルが学部生のときと、大学院生のときで、話を変えることができるかというのが、問題になるかとは思います。前回の「プレゼンは相手によって変えるべし」だと思います。発表した模擬専門員がそういったものを身に付けることは、ゆくゆくは就職活動などの面接に生きてくると思います。自分も総合大学の出身ですが、総合大学で一番良かったことは、「文系の友人」がたくさんいることです。自分の研究を多角的に見るということにつながっていると思います。
Commented by stochinai at 2005-07-09 13:13
 ヤマグさん
 ご指摘の件、まったくそのとおりだと思うのですが、模擬コンセンサス会議というのは大学院では行われていません。
 しかし、この秋から始まる科学技術コミュニケーター養成ユニットの「講義」では、「科学技術コミュニケーション実習」として、教育課程として位置づけてはいますが「模擬」ではなく「ホンモノ」のコンセンサス会議を運営することを計画しています。そうなると、本番ですのでスキルを身につけつつ実際の社会貢献もできると期待しています。こちら(http://fox44.hucc.hokudai.ac.jp/~scicom/gaiyou.html)をごらんください。ホームページはこちら(http://fox44.hucc.hokudai.ac.jp/~scicom/index.html)です。
 それから、理系と文系の融合は本当の意味での教養に有意義なことだと思います。今のように、大学初年度だけではなく、学部さらには大学院においても、そのような機会を作っていけたら、と思っています。
 ご支援をいただければ、と思います。
Commented by inoue0 at 2005-07-09 14:25
 「GM植物」と「従来型品種改良植物」とを対置させて、良いか悪いかという議論は無意味ではないでしょうか。釈迦に説法でしょうが、GMは単に品種改良の手法をさしているのであって、出来上がったものが危険か安全かは、そのつど判断しなくてはなりません。従来型品種も同様です。
 「レッテル貼りは良くない」ぐらいのことは言えますけど。
Commented by stochinai at 2005-07-09 15:47
 まったくその通りだと思います。ただ、GMと品種改良の違いについてくらいは科学的な知識を身につけた上で議論しないと、言葉遊びになってしまいます。
 ただし、いろいろな定義があり得るとは思いますが、私はGMと従来型の品種改良ははっきりと区別されるべきだと思っています。GMで作られたものを「品種」と呼べるかどうかも決着が付いていないと思います。
Commented by Salsa at 2005-10-21 01:55 x
トラックバック、コメントありがとうございます。
つぶやき先生の記事を読んで、遺伝子組み換え作作物とは何かを理解することも難しいですが、遺伝子組み換え作物を問題にする設定も難しいと読み取りました。素朴な疑問でしたが、あまりの奥の深さに緊張しました。
by stochinai | 2005-07-08 12:59 | 大学・高等教育 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai