5号館を出て

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脳死女性が出産しようとしている

 なかなか上がらないスペースシャトルの取材にフロリダまで行っている元村さんの理系白書ブログに 気になるニュース in Florida というエントリーがあって、私も気になったニュースがあります。

 「今年5月、脳腫瘍で脳死になった26歳の女性が、もうすぐ出産するそうだ。この女性はスーザン・トレスさん、26歳。NIHの研究者である。脳死判定の時点では妊娠15週だった。家族は出産まで生かしてほしいと希望した。先週で妊娠25週になり、出産しても赤ちゃんが保育器で育つ程度に生育した。」

 このニュースについては私は知らなかったのですが、検索してみるとYahoo!ニュースが一つ見つかりました。

 7月7日付けのこのニュースの段階では30万ドルだった募金が元村さんのエントリーでは40万ドルになっていますので、1日1万ドルずつ募金が増えていることになります。このあたりが、募金大国アメリカのすごさを感じます。

 すでに脳死になってから10週(Yahoo!では17週目に脳死判定と出ているので、そうなら8週)もたっているのですが、その胎内では胎外に取り出すと育つことのできなかった赤ちゃんが、胎外でも育つことが可能になっているという事実を前にすると元村さんでなくとも「『脳死は人の死』と法律で定めることに、抵抗を覚えてしまう」ものだと思います。

 10週間前に死亡宣告されている「死体」から生まれた赤ちゃんというものが法律的に認められるのかどうかも気になるところです。

 それより何より、「出産後、人工呼吸器を外すかどうかで家族の意見が分かれている」のは当然だと思います。もし自分が当事者だったとしたら、用が済んだからといって、それまで胎児を育ててくれた「母親」を「死体」へと戻すことができるでしょうか。交通事故で脳死になった人の生命維持装置を停止するのとはかなり事情が違うような気がします。

 さらにこの例を見る限り、脳死体の子宮を借りて人工授精した卵~胚を育てることすら可能であることがわかるのですが、先へ行けば行くほど「脳死」というものと医療の進歩との間に横たわる矛盾や問題点が吹き出して来る予感がします。

 まさに蓋を開けられたパンドラの箱を前にしているのが我々という図です。
Commented by inoue0 at 2005-07-20 02:24
 誰も決断したくないから家族は病院におまかせして、病院側は輸液を高カロリー輸液から通常の輸液に変更し、薬も止めて、ゆっくりと心臓死を迎えるというパターンがほとんどではないかと思う。
 ところが、これを「補助呼吸を外す」というはっきりわかる形で行うと、ごくたまに「殺人罪」で医師が告訴されることがある。本質は同じなのにね。
 私は、誰の同意もはっきりした指針もなしに、病院側の方針で勝手に安楽死が行われてしまうという現状は、とくに倫理的でもない医師に生殺与奪の権限があるということで、非常に危ないから、明文化して入院時に承諾書を求めるべきだと思う。受け入れないなら他の施設行ってね、ということ。
Commented by inoue0 at 2005-07-20 02:40
 妊娠中だったという今回の事件は特殊だけれど、通常の脳死患者については、医療保険の適用から外せばいいと思う。脳死患者への医療は、美容整形や差額ベッドと同じ扱いでいい。
 少なくとも、保険医療は、感傷や優柔不断や個人の好みのために使われるべきではない。
Commented by stochinai at 2005-07-20 13:28
 脳死後の生命維持に保険を使わないという件には私も賛成します。末期医療に関しては、医師が生殺与奪の権限があるのはその通りだと思いますが、承諾書を求められても普通の患者ないしその家族はサインするしか選択の余地はないと思います。
 医師会かどこかで、末期医療の治療の標準プロトコルを公開しておいてくれると、知識のある人がチェックできるのでそれを是非お願いしたいところです。
 うちの病院ではその標準プロトコルに従った処置をしますので、承諾してくださいということならサインもしやすいかなと思います。
Commented by 花見月 at 2005-07-20 15:50 x
脳死の生命維持を自由診療とするということは、
金持ちと貧乏人で、デッドラインが変わるということに
なるのでしょうか。
「この世の沙汰は金しだい」となりませんか?
Commented by stochinai at 2005-07-20 17:27
 法律上、脳死が死となっている以上、それは止むを得ないような気がします。そうでないと、悪意の医師が保険料稼ぎのために延々と生命維持をするという悪い図が目に浮かびます。おそらく今はinoue0さんが書かれているように、あうんの呼吸で適当にやられているのだと思いますが、うまくいっているうちは(あるいは数が少ないうちは)いいのでしょうが、早晩破綻しそうな気がします。
 命が金で買えるというのは、他の局面でもたくさん見られる現実のひとつにすぎないのかもしれません。
 自由診療と言っても、臓器移植が前提となる場合にはレシピエントが払う(こちらは保険で良いと思いますが)ということには、私は賛成します。
Commented by 花見月 at 2005-07-20 17:55 x
今年に入って行われた脳死・臓器移植のコンセンサス会議で、
脳死の人間も痛みを感じるというような報告がなされていたようです。
こういった研究も十分に国民に知らされた上で、
法律上の死を考えていく必要があると思います。

しかし、人間は体のみにあらず。
精神がどこに宿っているのか、いまだ科学も証明できていないと思います。
科学による死の定義も全員のコンセンサスが得られないのですから、
家族にとっての死、受け入れるための死も、無視できない死の基になると思います。文化としての死も法律上のデッドラインを決める際には
重要であることを、科学者もまた、認識すべきだと思います。
Commented by inoue0 at 2005-07-20 19:02
>金持ちと貧乏人で、デッドラインが変わるということに
なるのでしょうか。

 そうなることを想定しています。
 保健医療は生存に不可欠な最低限の医療を提供することに限定すべきではないでしょうか。そうでないと、医療保険料は際限なく上がっていきます。
Commented by stochinai at 2005-07-20 20:55
 もしも脳死の人間が痛みを感じるということが科学的に明らかになったのだとしたら、脳死というものを死とみなす法律を考え直す時期が来ているのだと言えるのかもしれません。
 私は「脳死法」ができたときから、point of no return は医学の発達とともに変わるだろうから、近い将来に法律は見直しを迫られるであろうと思っていました。
 今の医学(科学)の進歩をみると、このような法律は半年ごとくらいに見直す必要があるというのが、科学者の端くれとしての私の意見です。
Commented by stochinai at 2005-07-20 20:56
 保健医療という国家経済の問題は、上の議論とはまたちょっと視点が違っても仕方がないとも思います。
 脳死、臓器移植、生命維持装置などに関しては、たとえ法律があったとしてもまだまだ過渡期で議論半ばだと見るべきでしょう。
Commented by inoue0 at 2005-07-20 23:42
 竹内基準はもう古いというのは事実でしょう。立花隆が執拗に脳死臨調に食い下がったときですら胡散臭かったのに、今や、機能的イメージング技術が進歩して、脳の深部活動をリアルタイムで見ることができます。
 ゴムハンマーとペンライトと脳波計だけで脳活動を見ていた時代はもう過去となりました。脳死基準を作り直す段階にきていると思う。
Commented by ぜのぱす at 2005-07-21 14:06 x
話の視点は変わりますが、SFの世界だと、ココで conditional KOで、脳死状態を模したKO humanが登場する場面かもしれません。

今はまださすがにそこまで確立していないでしょうが、技術的には近い将来充分実現可能かもしれません。

最初から脳死状態で産まれるconditional KO humanなら、最初から『人間ではない』という論も成り立つかもしれません。これに clone が絡んで来て、Conditional KO clone human なんてものが出来たら、自身の臓器移植のためだけに脳死状態なクローン人間を作って維持しておくなんてことも・・・

なんて自分で書いておきながら恐ろしくなってきます。これからますますscientistのモラルが問われる時代になって行きます。
Commented by stochinai at 2005-07-21 16:59
 この件に関しては、非常に危険な段階に入ってきている気がします。ものすごい資金を持った資本家が利益を上げるためにヒトの先端医療あるいはSF医療に乗り出してきたら、どうやって対応したらいいのかについての危機管理がまったくなされていないと思います。国境を越えた産業として立ち上げられたら、法律も無力なのではないでしょうか。
Commented by inoue0 at 2005-07-22 13:28
>法律上、脳死が死となっている以上、それは止むを得ないような気がします。

その理解は不正確です。「本人のリビングウィルがあって、かつ、臓器移植ドナーになる場合にのみ脳死を死と認定する」のが臓器移植法です。
Commented by stochinai at 2005-07-22 15:50
 ということは、移植を前提としない場合にはたとえ脳死状態になっても治療を中止すると「殺人罪」に問われても仕方がないということですね。
 まあ医療側としては、治療を続けさえすれば「殺人」を犯さずにすむということなら、そんないい加減な法律でも大して苦にはならないということなのでしょうか。
 それでやっと、inoue0さんが最初に書いたコメントの意味がわかりました。要するに脳死状態になった場合には医師がゆっくりと患者を死に至らしめる操作をしているということですか。それはやっぱり明文化した上でインフォームドコンセントをとっておかないと、殺人罪で訴えられる可能性は高いですね。
Commented by inoue0 at 2005-07-22 17:06
 まあ、そういうことです。脳死体であっても法律上は「生きている」ので、そのように取り扱うことが法で義務付けられているんです。ナースたちは脳死患者に対しても名前で呼びかけて世話をしますし。(そのように教育される)
 尊厳死についてはかなり理解が広まっていますが、意識不明不明になる前にリビングウィルを表示できる患者なんてほとんどいません。病気が悪化していくと、精神も不安定になって、落ち着いた判断なんかできなくなるんです。テンパってくるわけです。
 心臓が止まるたびに馬乗りになって心臓マッサージされて、強心薬打たれて、数日生きながらえてどうするんでしょうか。死ぬころには胸骨や肋骨は複雑骨折で胸は内出血で青く変色してますよ。(そこまでやるケースは少ないですが)
 しかし、「延命処置をしない」と「殺人」との境界が、実情をあまりご存知でない検察官や裁判官によって恣意的に決められてしまうんで、医療者側はガイドラインが必要だと思ってるんです。
Commented by stochinai at 2005-07-22 17:56
 う~ん。日本医療の矛盾が集中している場所のひとつのようですね。これは、部分的に対処できる問題ではないような気がしてきました。
 しかしとりあえず、現場の医師を守るためのガイドライン作成には私も大賛成です。どこに働きかければいいんでしょうか。
Commented by stochinai at 2005-08-05 23:26
 さざんカルビさん、TBありがとうございました。
 エントリーを読ませていただきましたが、引用されている文献の内容が「未来物語」ではなく現実になってきたことを感じますね。
 これからもよろしくお願いします。
by stochinai | 2005-07-19 22:00 | つぶやき | Comments(17)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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