5号館を出て

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今なぜe−learningなのか?

 いつもながら、内田樹さんの研究室のブログは勉強になります。

 今日の話題は、内田さんが派遣された私立大学情報教育協会主催の「教育の情報化推進のための理事長・学長等会議」とかいう長ったらしい会議のテーマは「教育の情報化、e−learningとかコンソーシアムとかVODとかといった話」だったとのこと。

 そこで、文科省がどうして今e−learningということにこれほど力を入れるのかということを説明されています。私も、良くわかりました。学生の学力低下、大学倒産の際の受け皿、そして安上がりの学外非常勤なのだそうです。なるほど。

 今の大学生に「復習しなさい」と言ったところで、ほとんどやる気がないばかりではなく、たまに良質な学生がいて、やる気はあるのだけれども「どうやって勉強したらいいんですか」と訊いてくるという状況は、どこの大学も同じなのではないでしょうか。

 今では大学の先生ですら認識している人は少ないのですが、大学では講義1時間に対して2時間の家庭学習(予習・復習)をすることで1単位が与えられます。普通の講義は1コマ2時間(これも最近は90分に縮小して2時間ということにしていることが多い)で半期履修すると2単位ですから、授業時間が30分足りないところをおまけしたとしても、講義1コマに対して毎週4時間の家庭学習(ほんとなら4時間半)をしなければ、2単位を与えることは「法的に」できないはずなのです。ところが、1コマの講義に対して毎週4時間の予習復習をしている学生はおそらく日本中探しても1人もいないと思われるのが、現実の大学生でしょう。

 内田先生は「ほとんどの学生は自宅での予復習時間が一日1時間以下である。一科目あたりに割いているのはせいぜい15分というところであろう」と書かれていますが、15分でも自宅学習をしている学生は「優秀」な方なのかもしれません。

 この単位の数え方というものが、実は国際的に共通な「規格」になっているので、現在のままだと「単位の内実が4倍インフレということなら、『日本の大学卒業?ではうちの国の大学の二年次に編入してください』となっても不思議はない」ということを、文部科学省が恐れているということなのだそうです。

 安心しました。私はそういう大学を卒業した学生をどんどん大学院生に受け入れるように指導している文部科学省が、今の大学生の不勉強を容認しているのだと思っていましたが、そうではないのですね。我々も協力しますので、勉強しないと卒業できない大学に戻していただけないでしょうか。ついでに、大学院生の数も減らしませんか。

 さて、話がそれましたがe-learningです。

 私も最近、家庭学習のためのe-learningが意外と使えるのかもしれないという経験をしました。

 文科省の特色ある教育プログラムに採択されたプロジェクトの中で、大人数の実験講義をやっています。我々が担当しているのは基礎生物学という講義なのですが、高校で生物を履修してきていない学生が20-30%いる200名をちょっと越えるクラスです。系によっては、高校生物履修者と未履修者を分けて後者にはリメディアル講義をしたりもしているのですが、高校までの新学習指導要領(ゆとり教育)で育ってきた学生を受け入れるにあたって、既履修者と未履修者を分けずに(要するにみんな未履修みたいなものと考える)、しかも大人数での入門生物学の講義ができるものかどうかを実験しています。

 昨年から始めて、初年度はさんざんな目にあったのですが、今年度は復習もできるようにということで講義で使ったパワーポイントファイルをウェブで見直すことができるようにしておきました。

 すると家庭学習などしないはずと予想していた学生達が意外と熱心にアクセスを繰り返していることが判明しました。最後の1ヶ月(試験前)までにウェブで公開された13回の講義のファイルに対して、約200人の学生が延べで844名ウェブにアクセスし、4423回ファイルを閲覧したという記録が残っています。

 どのくらい接続していたかという時間はわかりませんが、単純計算すると全員がすべてのファイルを1回ずつ見ると2600回の閲覧になります。今回のデータはそれをはるかに越えて、平均すると1人が4回アクセスして、1回につき5個くらいのファイルを閲覧して「復習」したということが推測されるということになります。

 正直言って、この数字を見た時にはびっくりしました。せいぜい半数くらいの学生が1回ずつファイルを見る1300回の閲覧くらいになるのではと予想していたのが、うれしい方に裏切られた気分です。まあ、アクセスの数字だけで判断するのは危険ですが、試験の答案もパラパラと見たところ昨年にくらべるとはるかに良く書けているような印象があります。

 本を読みなさいと言ってもなかなか動かない学生が、自宅からでもインターネットでつながる場所に適切な教材があったら利用するということは間違いないようです。これを「e-learning」と言い切って良いかどうかはわかりませんが、インターネットを利用した教材提供は間違いなくこれから盛んになっていくのでしょう。

 積極的に利用しない理由はありませんね。文科省には、そのためのインフラと教材作成の予算、および著作権などの法的関係の整備をお願いしたいと思います。
Commented by inoue0 at 2005-08-07 21:20
 シラバスによって、大雑把に学習範囲だけを指定しておいて、期末試験をするだけで、基礎科目はほとんど学習が可能です。立派な参考書がたくさんあるんですから。
 知識を習得したかどうかだけが重要なのであって、下手な講義に付き合う義理はないはずです。
 ところが、昨今は、出席を取るようになってきていて、三分の二以上出席しないと定期試験を受ける権利がないという建前を取る科目も増えてきました。
 学生は出席するだけで別のこと(内職)をせっせとやっている、教員は好き勝手なことをしゃべるだけで教える気がないという茶番劇をやって、何の得があるんでしょうか。

 私は医学科学生ですが、講義は半分以上出ません。本を読む方が早いのです。臨床実習(ポリクリ)も、サボる学生が大半です。実習なんぞにまじめに出ていたら国家試験に落ちてしまうじゃないですか。
Commented by stochinai at 2005-08-08 00:13
 私も基礎科目には必ずしも教員による講義が必要ではないかもしれないと思い始めています。学生にやる気があれば、大人数講義もe-learningも可能です。
 私は出席のうるさい教員のひとりですが、欠席しても勉強した証拠となるレポートを提出した場合には「出席」と見なすというやりかたをしています。
 講義に出るより本を読む方が早いと言い切る学生とは、話し合った上で単位を先渡ししてしまうのが合理的だとも思います。私が担当している講義ならば交渉に応じます(^^)。
Commented by kiyoaki.nemoto at 2005-08-08 00:49
私は大学の一般教養について、放送大学を全国展開(地上波で見られるという意味)してくれればと思います。
スカパー契約しないと見られないとか、2時間電車で行かないとビデオ学習が出来ない、なんていうのは勿体ないです。
Commented by inoue0 at 2005-08-08 06:58
stochinaiさま

 教員によるナマの講義が必要なのは、研究の歴史的、社会的背景や研究の最前線といった周辺事情です。テキストには書かれていません。
 医学的な話で言うと、ある疾患の発見された経緯、現在の研究状況が教員の話すべきことであって、疾患の診断基準や治療法や病態生理なんかは本で読むべきことでしょう。
 大学教員は学生をインスパイアすればそれでよく、学問の内容を話す必要はないのです。
 もっとも、ある数学教員は、1年かけて、公理からまったく飛躍せずに解析学の基本的な体系を導き出す講義をもって、「数学という学問のあり方」を学生に見せていました。

kiyoakiさん

 放送大学はスカパー契約なしでも見られますよ。受信セットさえあればいい。単位を取りたかったら、放送大学に受講料を添えて入学申し込みをする必要がありますが、その場合でも、スカパー契約はいらないです。
by stochinai | 2005-08-05 15:08 | 大学・高等教育 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai