5号館を出て

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候補者に望むこと

 公示日を前にあらゆるものが出尽くしたような気がする今度の選挙でした。

 正直言って、ニュースもワイドショーももうたくさんという気分です。

 というわけで、特に何かが持ち上がらない限り、今後は選挙について書くことはないかもしれません。別に公職選挙法に意識して自粛しようというようなことではなく、今回の選挙の結果がどうなろうと、そんなに日本が変わらないのではないかという気がすることが最大の理由です。

 他人事のように書いていますが、日本の選挙の最大の欠陥はここにあるのかもしれないと気が付きました。

 ほんの一握りの選挙に直接関わっている人を除くと、選挙の結果に大きな期待を抱いている人などいないのではないでしょうか。

 人気投票でなければ、消去法による候補者選びしかできない選挙。

 はじめから政策の中味ではなく、特定の組織(党や宗派や組合や地域)の代表を当選させることだけにすべてを投入している一握りの人間を除くと、ほとんどの国民にとって選挙とは、対岸の火事か、そうでなくとも美人コンテスト程度の意味しか持っていないと思われていないでしょうか。

 対岸の火事は見ていると興奮するかも知れませんが、いずれ消えます。美人コンテストも誰かが選ばれてしまえば、それでおしまい。どちらも、明日からの自分たちの生活には何の影響も及ぼしてきません。

 そんな程度の選挙に長時間の注目を集め続けるのは無理というものでしょう。

 なるほど、候補者を出している方では、飽きられてしまわないように次々とサプライズを繰り出していますが、「刺客」や「くの一」と言ったところでほんとうの刃傷沙汰が起きるわけではありません。すぐに熱は冷めてしまいます。

 そんな白けた状態で行われる選挙の結果、誰が政権を取っても政権成立後に人々はまた普段の暮らしに戻っていくだけというのが日本の選挙なのでしょう。

 郵政民営化にしても政治改革にしても、もはや自民党がやっても民主党がやっても、あるいは公明、共産、社民がやっても、速度の差こそあれ前には進んで行かざるを得ないものだと思います。一握りの自民党造反派にしたところで、ここまできたら露骨な反動政治を行うことは無理です。そんなことをしたら、数年で国政の破綻が露見してしまいます。

 しかし、誰がやってもそんなに大きな政策の差を出すことができないくらい追いつめられた日本の政治・経済を前提にした選挙であっても、やはり候補者に望まれていることはあるのだと思います。

 それは未来への夢と希望でしょう。

 それほど差のない細かい政策を出し合い批判し合っているのを聞いても私は落ち込むばかりです。そろそろ、3年・5年・10年・50年後の明るい未来を語る候補者が出てきても良いのではないでしょうか。

 どうか、候補者のみなさんは我々の未来、そしてそれ以上の子供達、孫達の未来を見据えた政権を語ってくださいませんか。

 今回、私は日本の未来に対する夢と希望を語ってくれる人に投票したいと思います。
by stochinai | 2005-08-29 20:27 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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