5号館を出て

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先端医療ネタに注意

 つい数日前に、骨髄細胞移植で血管が再生し人工心臓患者で心臓治療が成功というニュースが流れました。

 心筋梗塞で補助人工心臓まで使っていた患者さん本人の骨髄から細胞を取り出し、その中にあると考えられる血管や血液細胞のもとになる「幹細胞」を、血管が詰まって働かなくなっている心臓の壁に注射したところ、そこに新しい血管ができて人工心臓を取り外すことができるくらいに心臓の働きが回復したというものです。

 他人からの臓器移植ではなく、本人の持っている幹細胞を使って心臓の治療(この場合は、ダメになっていた部分がまた働くようになったので「再生治療」と言います)が成功したのだとしたら、これは世界初の快挙ということになります。

 やったことは、基本的には骨髄から取り出した細胞を心臓の壁の中に注射するだけなので非常に簡単で、骨髄の細胞から幹細胞を取り出す(あるいはできるだけ幹細胞の多い細胞を取り出す)ところにコツがあったとしても、もしもこの方法が有効だとしたら非常に有望な治療法になるはずです。

 ところが医学の難しいところは、この「治療」とその「結果」に因果関係があるかどうかということが、簡単には確認できないというところにあります。

 つまり、もしも骨髄細胞を注射していなくても心臓の血管が再生するということがあり得ないことではないので、この「治療」が心臓血管(冠状動脈)の再生に効果があるということは今回の結果だけから断定することはできないのです。

 とりあえず、この患者さんは治ったようですので喜ばしいですし、この治療法が有効でないとしても患者さんに与える負担が少ないという意味で、これからどんどん試していって、30人くらいやってみたらまったく骨髄細胞を注射しなかった場合と比べて差が出るかどうかが言えるようになるはずですから、その時点でこの方法が有効であると結論できるようになります。

 それまでは、「もう、これで心臓移植はもういらなくなる」などと軽率に考えないようにしましょう。

 先端医療がらみの研究は、どうしても自分たちの命とかかわってきますので話題として大きくなりがちになりますが、今日もこんなニュースが飛び込んできました。

 切った手足が再び生える ― 再生能力を持つ「奇跡のマウス」が誕生というのが、それです。

 イモリやサンショウウオなど尾のある両生類では、手足(四肢)や、尾、目のレンズや網膜、はては脳さえも再生することが知られています(カエルでも大人になるとダメなのですが、オタマジャクシのうちは同じように再生します)。ところが、ヒトを含む哺乳類ではそんなにすごい再生が起こることはありません。

 それが記事によると「遺伝子操作により、切断された四肢や損傷した器官を再生させるマウスを作り上げることに成功したとのこと」となっています。残念ながら、このサイトの記事のほとんどは信用できないものが多いのですが、取り上げられている研究者は実在の人ですし、イギリスのサンデータイムスという元ネタがありますのでそちらを参照することにします。

SCIENTISTS have created a “miracle mouse” that can regenerate amputated limbs or badly damaged organs, making it able to recover from injuries that would kill or permanently disable normal animals.

 確かに、上の訳に相当することは書いてあります。さらに、このマウスは心臓や、手足の先や、関節や尾を再生する上に、そのマウスから細胞を取り出して普通の(再生できない)マウスに注射すると、そのマウスが再生できるようになったとも書いてあります。

 もしも、これがほんとうのことだったら大変なことなのですが、にわかには信じがたいところがいくつかあります。

 普通はこれほどの大発見であるならば、NatureかScience級の科学雑誌にまず載ります。ところが、今回の発見は来週ケンブリッジ大学で開かれるマイナーな学会(Strategies for Engineered Negligible Senescence)で発表されるというのです。これは、かなり異例なことです。

 私もこの博士が耳に穴をあけてもふさがる系統のマウスを持っているということは知っていました。また、つい最近までアメリカにいた当研究室のポスドク・E君のコメントをもらいましたので掲載します。

 「ヒーバーカッツ(女性博士の苗字)は元々免疫学者で、マウス個体識別のために耳にパンチ穴を空けてもすぐに穴がふさがる系統のネズミがいると言う事から、このネズミを見つけました。ちゃんとした系統名がありますが、通称でhealer mouseとか言われています。

 このネズミは傷口でMMP(再生能力に関係が深いと言われている酵素)の発現が長く続き、傷が治るまで傷口に基底膜(皮膚の下にある層)が作られません。そのため有尾両生類(イモリ・サンショウウオ)の四肢再生のように、いつまでも表皮-間充織相互作用が続き、きれいな治癒が出来るものと思われます。耳穴、尻尾、心臓の再生能力が高いという事は、数年前のシンポジウムでも話をしていました。が、どういう訳か今ひとつインパクトのある雑誌に論文が出ず、1-2年前はグラントが切れて困っているという話も聞きました。この記事を見ると、関節付きの指が再生したという事ですが、ちょっとにわかには信じがたいというか・・・・。マウスの指の再生というと、Bryantの弟子のKen Muneokaが権威ですが、以前Kenに『healer mouseを貰ってみたら?』と聞いてみたところ、『なんか指は再生しないらしい』と言っていたので。最近ヒーバーカッツはhealer mouseをいろいろなマウスと掛け合わせてsuperhealer mouseを作ったとか何とか言ってもいたので、ウソとも言い切れないのですが
」(カッコ内はstochinaiの注)とのことでした。

 というわけで、ほんとうならばすごい話なのですが、少し冷却期間をおきながらウォッチしていきたいと思います。

 先端医療関係のニュースはかなり気をつけていないと、ころりとだまされてしまいます。

追記(9月22日):
 アメリカ中に人脈を持つE君のところに情報が入りました。イモリの手の再生では第一人者と言われるD.S.博士がHeber-Katzに直接電話で聞いたところ、新聞記者が彼女の話を誤解して報道してしまったと本人は主張しているようです。ただし、依然として彼女は切られたネズミの足が多少は「回復」するとも言っているようですが、その後の報道も論文情報もありませんので、新たな発表があるまでは我々の頭をリセットしておくのが良いでしょう。
Commented by inoue0 at 2005-08-30 20:25
 「再生医療」というと、科研費がつきやすいのでしょう。講座名まで再生医療関連にしているところがあります。
 私はいつの日か神経の再生ができるようになって、人間の寿命が延びないかと思っています。脳神経系の変性は治療法がないものですから。
Commented by stochinai at 2005-08-30 20:55
 確かに身体がしっかりしてても、脳にボケがくると問題ですから、身体が元気なうちは脳もしっかりしていた方がいいでしょうね。
 寿命を延ばすことまでできるかどうかはわかりませんが、身体がしっかりしているうちは、脳をしっかり働かせるようにはできるようになるんじゃないでしょうか。
by stochinai | 2005-08-30 18:25 | 科学一般 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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