5号館を出て

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処女懐胎

 イギリスでヒト受精胚および胚の研究を許可する官庁であるHFEA(Human Fertilisation and Embryology Authority)という組織が、9月8日にニューカッスル大学(the University of Newcastle upon Tyne)に、受精卵の核を第3者の未受精卵に移植することを許可したというニュースが日本の新聞にも出ていたと記憶しているのですが、選挙の騒乱の中で保存を忘れているうちに見つけられなくなってしまいました。

 本日ウェブ上で発刊された Nature (Volume 437 Number 7057) のニュースに詳しく載っていました。

UK embryo licence draws global attention p305

 「受精卵の核を第3者の未受精卵に移植する」ということはどういうことかというと、普通の受精卵には、2人(男と女)の遺伝情報が混ぜ合わさっています。卵の(細胞質)中には核の他にもミトコンドリアという呼吸をつかさどる小さな器官があって、その中にも量は少ないのですが遺伝物質であるDNAが含まれています。DNAがあるということは、その上に遺伝子が乗っているということで、その遺伝子が原因で起こる病気は、ミトコンドリア病として知られています。遺伝子を持ったミトコンドリアは、卵を通じて母親からのみ子供に伝えられます。ですから、母親がミトコンドリア病の遺伝子を持っていると、父親が誰であれ子供は全員がミトコンドリア病の遺伝子を持つことになります。

 このミトコンドリア遺伝子をもった卵もひとつ精子によって受精することによって発生を開始します。受精卵の核では卵と精子の遺伝子が混ぜ合わされていますが、ミトコンドリアの異常は母親のものが100%受け継がれてしまいます。そこで、ミトコンドリアの異常を乗り越えるために、受精卵の核をミトコンドリアに異常のない第3者の女性の卵に移植して発生させるというのが、ニューカッスル研究チームの意図です。

 ここまで読むと、なんだそれはヒトのクローンじゃないかと思われるでしょうが、その通りです。ちょっとした目くらまし(核が受精卵あるいは初期胚のものであること)はありますが、これはヒトのクローン作製そのものです。それを意識してかどうか、研究者達はこうして作った3人由来の受精卵(精子、卵核、卵)は子宮に戻して発生させることは今はせずに、技術開発に留めると言っていますが、いずれミトコンドリア病の治療に使えるだろうと言っていますので、いずれはクローン人間を作ると公言していることになります。

 記事によると、実はこの実験はニューヨーク大学メディカルセンターのJames Grifoという学者によって1990年代にすでに行われているいるのですが、政府によって禁止されてしまいました。ところが、その弟子である中国人のポスドクJohn Zhangが中国に帰国してから2例の臨床実験行ったとのことです。ただし、結果は成功したとは書いてありません。いずれにせよ、世界的なヒトクローン禁止の声にそのあとの研究は続いていないで今日に至っているはずです。

 実はミトコンドリア病の治療の為には、正常な卵の細胞質をミトコンドリア病遺伝子を持った受精卵に注入するという処置が行われており。すでに、そうして処置を受けた卵から30例以上の出産例があるのだそうで、細胞質の移植も核の移植も、生物学的には同じことなのだから早く解禁しろとGrifoは主張しているようです。

 そんなニュースが出た翌日9日のBBCでは「イギリスで最初の処女懐胎( 'Virgin conception' first for UK)」というニュースが流れました。キリスト以来、はじめてということでしょうか。[ EP: end-point ]さんのところで知りました。

 実験を行ったのはまたもや、あのヒツジのクローン・ドリーを作ったロスリン研究所です。

 このブログでも何回かオスなしで発生する単為生殖のことを取り上げました。理論的にはヒトでも可能だということは言われていたのですが、なかなか実験には踏み切れないのが生物学者です。ところが、企業など営利目的の研究を行っているところだと、儲かりそうなことはやりたいわけです。

 移植可能な臓器を作るためにはクローン胚がもっとも適切な方法なのですが、多くの国では法律でヒトのクローン胚を作ることを禁止しているため、核移植をしないのでクローン胚ではないという「論理」で卵を刺激するだけで発生させる単為発生を行ったのだと思います。

 卵は成熟すると核の中の遺伝子が半分になってしまいます。あと半分を精子からもらうのが普通の受精ですが、単為発生の場合には遺伝子が半分にならない「工夫」をしなければうまく発生しないのが普通です。普通は最後の核分裂を抑えて遺伝子の量を倍にします。私たちも20年くらい前にアフリカツメガエルで、卵の染色体を2倍にして精子なしの発生を成功させています。そうして発生させたものは、実は母親と遺伝子の組成が変わってきますので、定義上ではクローンとは異なるものになります。(この件については、減数分裂という精子や卵を作る時の染色体の動きを理解しないとならず、少し難しい話になるので、また機会を改めてお話ししたいと思います。)

 クローンではないのですが、この方法で発生してくる胚はすべて女になります。うまく発生するともちろんヒトの女性になります。どんどんうまくいくようになると、ある種のトカゲやミステリークレイフィッシュのように、ヒトもメスしかいない動物として生き延びることができるようになるかもしれません。その頃には、親と子の遺伝子がほとんど同じクローンになっているはずです。

 というわけで、この技術に関しても性や生命の操作には違いありませんので、当然のことながら強い反対論が出ています。

 この時期に、イギリスで次々とヒトクローンの周辺技術がニュースになるということは、ひょっとすると彼の国では次なる国策的もうけ産業としてそっちの方を狙っているのかもしれませんね。

 ホリエモンさん、株の買い時かもしれませんよ。
Commented by さなえ at 2005-09-16 23:02 x
実はバイオ関連の株に1週間ほど前に買い注文出しました。出遅れていますがかなり活発に水面下で動いている感じですね。ただ、訴訟も多いようなので注意が必要なようですよ。
Commented by stochinai at 2005-09-16 23:10
 おお、それはスゴイ。大学の先生が始めたやつとか、国から補助金をもらってやっているようなものでなければ、だいたい伸びるんじゃないでしょうか。
 幸運を祈ります。
by stochinai | 2005-09-15 20:47 | 生物学 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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