2005年 10月 08日
学会終了
3日間の予定がすべて終了しました。
3日目の今日は、学会員のポスター発表が行われている会場の廊下で高校生のポスター発表もありました。学会員の発表するポスター会場の外の廊下でやられていたのですが、どのポスターにも学会員の発表に負けないくらいの「観客」が集まっていました。
高校生の発表は、(我々専門家の発表と同じく^^)玉石混淆なのですが、素晴らしいものは下手をすると専門家の学会発表に紛れ込んでいてもわからないのではないかと思われるような高いレベルのものもありました。彼らの研究に負けてしまっているようなポスターを出してしまった「専門家」は大いに反省しなければならないことは言うまでもないのですが、物理や数学の学会だとしたら、まさかそんなことにはならないでしょうから、これは生物学の特殊性なのだろうと改めて思います。
良いとか悪いとかの問題ではなく、生物学というものが持つこのアマチュアとの敷居の低さは、教育とかアウトリーチとかを考える時にはしっかりと把握しておく必要のあることです。
ポスター発表は、見る方が自分の好きなペースで流し読みしたり、じっくりと読み込んだりすることができるので、私は好きです。学会期間中は夜の懇親会も盛んに行われるために、どうしても睡眠不足になっているため、暗くした会場でメリハリのない講演を聴かされるとどうしても睡魔に負けてしまいがちですが、さすがにポスターを見ながら寝てしまうことなどがないのも利点(?)のひとつです。
ただ、人気のあるポスターのまわりにはいつも人がたくさん集まっていて、なかなか発表者の方の話を聞くことができないこともあり、それが欠点と言えば言えるかもしれません。逆に、ポスターには明らかに「貼り逃げ」と思われるものもあり、ポスターの前に説明者がいることになっている時間なのに、何度行ってみても人がいないというケースも時々あります。それと、今日は発表中止のポスターがやけに多いのが目につきました。いずれのケースも、マナー違反ですので学会本部からきちんと本人および責任者(指導教員?)に連絡しておくべきでしょう。
もちろん、うちの研究室の学生のポスターにどんな「お客さん」がどのくらい集まってくれるのかということはやはり気になりますので、会場を回っておもしろそうなポスターをチェックしながら、ついつい自分たちのポスターの様子を何回もチェックしてしまいます。ポスターの前で足を止めて見てくれている人がいたり、学生をつかまえて一所懸命質問してくれていたりする光景を見るとちょっと安心したりするものです。
今回もうちの学生のポスターの前にはそれなりに「お客さん」が集まってくれていたようです。時間がなくてまだあまりちゃんとした報告は聞いていないのですが、彼らに報告レポートを書いてもらうのも学会参加の大切なパートですので、楽しみにしています。
今回の学会での収穫に一つは、O阪市大を早々に引退して自宅で生物学研究を続けておられるDさんが、またまた新しい生物学の切り口を提案してくれたことです。彼女は日本の発生生物学界を育てた日本人の父と同じ発生生物学者の米国人の母の間に生まれた、この業界のサラブレッドとも言える存在なのですが、いつもメジャーな生物学者達が考えもしないようなあるいは見落としているようなことを発掘しては、学会に対して刺激を与えることを「趣味」にしているようなところがあり、私はファンのひとりなのです。
彼女は引退前のしばらくは「個体発生と系統発生」の再検討に没頭しており、さまざまな動物には「「階層性」というからだの成り立ちの差があり、その階層性の進化的な変化が発生の過程で繰り返されるので、あたかも個体発生が系統発生を繰り返しているようにみえるのだ、といったようなことを主張していて、その考え方にはいろいろと突っ込みを許すような「甘さ」もあったとは思うのですが、基本的な骨組みとして提供してくれたおもしろい考え方は私はとても気に入っていました。
その彼女が、数年間の学問的沈黙(単に私だけが知らなかっただけなのかもしれませんが)を破って、またまた新しい考え方を提示する考え発表をしてくれました。「細胞行動データベース」というタイトルでいろんな方と、3つのポスターをどーんと出していました。
細胞の示すさまざま行動を解析して、あらゆる細胞の行動がいくつかの「素過程」の組み合わせから成り立っているという考え方を提案していました。細胞行動の基本要素(素過程)は、「力を出す」「取り込む」「分泌する」「移動する」「接着する」「分泌する」など、せいぜい10種類程度に還元できるというのです。
私はこの話をはじめて聞いたので、一瞬思考停止状態になってしまってにわかには判断がつかなかったのですが、DさんがDさんらしい新しいことをまた始めてくれたことは理解できて、まずはそれがうれしかったものです。
この試みがうまくいこうと、あるいはたとえ途中で失敗しようと、我が国の科学の世界にはこうした「大胆な」チャレンジがとても少ないことに危機感を持っている私には、Dさんがまたやってくれたということが大きな喜びでした。
こういうものに出会うと、「いやあ、やっぱり学会って、いいもんですね~」という感想になります。
追記:
風の便りに聞くところによれば、札幌でのサイエンスカフェは大成功だったようです。
3日目の今日は、学会員のポスター発表が行われている会場の廊下で高校生のポスター発表もありました。学会員の発表するポスター会場の外の廊下でやられていたのですが、どのポスターにも学会員の発表に負けないくらいの「観客」が集まっていました。
高校生の発表は、(我々専門家の発表と同じく^^)玉石混淆なのですが、素晴らしいものは下手をすると専門家の学会発表に紛れ込んでいてもわからないのではないかと思われるような高いレベルのものもありました。彼らの研究に負けてしまっているようなポスターを出してしまった「専門家」は大いに反省しなければならないことは言うまでもないのですが、物理や数学の学会だとしたら、まさかそんなことにはならないでしょうから、これは生物学の特殊性なのだろうと改めて思います。
良いとか悪いとかの問題ではなく、生物学というものが持つこのアマチュアとの敷居の低さは、教育とかアウトリーチとかを考える時にはしっかりと把握しておく必要のあることです。
ポスター発表は、見る方が自分の好きなペースで流し読みしたり、じっくりと読み込んだりすることができるので、私は好きです。学会期間中は夜の懇親会も盛んに行われるために、どうしても睡眠不足になっているため、暗くした会場でメリハリのない講演を聴かされるとどうしても睡魔に負けてしまいがちですが、さすがにポスターを見ながら寝てしまうことなどがないのも利点(?)のひとつです。
ただ、人気のあるポスターのまわりにはいつも人がたくさん集まっていて、なかなか発表者の方の話を聞くことができないこともあり、それが欠点と言えば言えるかもしれません。逆に、ポスターには明らかに「貼り逃げ」と思われるものもあり、ポスターの前に説明者がいることになっている時間なのに、何度行ってみても人がいないというケースも時々あります。それと、今日は発表中止のポスターがやけに多いのが目につきました。いずれのケースも、マナー違反ですので学会本部からきちんと本人および責任者(指導教員?)に連絡しておくべきでしょう。
もちろん、うちの研究室の学生のポスターにどんな「お客さん」がどのくらい集まってくれるのかということはやはり気になりますので、会場を回っておもしろそうなポスターをチェックしながら、ついつい自分たちのポスターの様子を何回もチェックしてしまいます。ポスターの前で足を止めて見てくれている人がいたり、学生をつかまえて一所懸命質問してくれていたりする光景を見るとちょっと安心したりするものです。
今回もうちの学生のポスターの前にはそれなりに「お客さん」が集まってくれていたようです。時間がなくてまだあまりちゃんとした報告は聞いていないのですが、彼らに報告レポートを書いてもらうのも学会参加の大切なパートですので、楽しみにしています。
今回の学会での収穫に一つは、O阪市大を早々に引退して自宅で生物学研究を続けておられるDさんが、またまた新しい生物学の切り口を提案してくれたことです。彼女は日本の発生生物学界を育てた日本人の父と同じ発生生物学者の米国人の母の間に生まれた、この業界のサラブレッドとも言える存在なのですが、いつもメジャーな生物学者達が考えもしないようなあるいは見落としているようなことを発掘しては、学会に対して刺激を与えることを「趣味」にしているようなところがあり、私はファンのひとりなのです。
彼女は引退前のしばらくは「個体発生と系統発生」の再検討に没頭しており、さまざまな動物には「「階層性」というからだの成り立ちの差があり、その階層性の進化的な変化が発生の過程で繰り返されるので、あたかも個体発生が系統発生を繰り返しているようにみえるのだ、といったようなことを主張していて、その考え方にはいろいろと突っ込みを許すような「甘さ」もあったとは思うのですが、基本的な骨組みとして提供してくれたおもしろい考え方は私はとても気に入っていました。
その彼女が、数年間の学問的沈黙(単に私だけが知らなかっただけなのかもしれませんが)を破って、またまた新しい考え方を提示する考え発表をしてくれました。「細胞行動データベース」というタイトルでいろんな方と、3つのポスターをどーんと出していました。
細胞の示すさまざま行動を解析して、あらゆる細胞の行動がいくつかの「素過程」の組み合わせから成り立っているという考え方を提案していました。細胞行動の基本要素(素過程)は、「力を出す」「取り込む」「分泌する」「移動する」「接着する」「分泌する」など、せいぜい10種類程度に還元できるというのです。
私はこの話をはじめて聞いたので、一瞬思考停止状態になってしまってにわかには判断がつかなかったのですが、DさんがDさんらしい新しいことをまた始めてくれたことは理解できて、まずはそれがうれしかったものです。
この試みがうまくいこうと、あるいはたとえ途中で失敗しようと、我が国の科学の世界にはこうした「大胆な」チャレンジがとても少ないことに危機感を持っている私には、Dさんがまたやってくれたということが大きな喜びでした。
こういうものに出会うと、「いやあ、やっぱり学会って、いいもんですね~」という感想になります。
追記:
風の便りに聞くところによれば、札幌でのサイエンスカフェは大成功だったようです。
>あらゆる細胞の行動がいくつかの「素過程」の組み合わせから成り立っているという考え方を提案していました。
このお話、帰道したらぜひ聞かせてください。
ヒトの遺伝子と呼ばれるものの数が、予想よりはるかに少なかったこと、
遺伝子は使いまわされていることを考えると、
非常にスムーズに頭に入ってくる考え方だと思います。
シンプルと偶然性、この二つが、私は生命のミソだと思っています。
このお話、帰道したらぜひ聞かせてください。
ヒトの遺伝子と呼ばれるものの数が、予想よりはるかに少なかったこと、
遺伝子は使いまわされていることを考えると、
非常にスムーズに頭に入ってくる考え方だと思います。
シンプルと偶然性、この二つが、私は生命のミソだと思っています。
0
その方は団まりなさんとおっしゃる方で、生物というものを哲学的にとらえようとしておられる、今の生物学の世界では希少な存在です。
複雑系の代表と考えられる生物の要素が実はシンプルなものであるということは、分子生物学者でも同意するところなのですが、そこから複雑性が「創出」されるという話になると、ほとんどの生物学者が逃げていくのです。
そうした中、まりなさんのような果敢なチャレンジャーが謎解きにいどんでいる姿はなかなか頼もしいものです。
日本のアカデミーの世界では冷遇されていますが、日本の生物学界にとっての宝の一つであることは間違いありません。
複雑系の代表と考えられる生物の要素が実はシンプルなものであるということは、分子生物学者でも同意するところなのですが、そこから複雑性が「創出」されるという話になると、ほとんどの生物学者が逃げていくのです。
そうした中、まりなさんのような果敢なチャレンジャーが謎解きにいどんでいる姿はなかなか頼もしいものです。
日本のアカデミーの世界では冷遇されていますが、日本の生物学界にとっての宝の一つであることは間違いありません。
by stochinai
| 2005-10-08 23:59
| 生物学
|
Comments(2)



