5号館を出て

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ブログ・ジャーナリズムとブログ・コミュニケーション

 寝る前の数分から10分くらいを寝酒と一緒に読んでいたのでなかなか読み進めなかったのですが、出版元から直接通信販売で購入した「ブログ・ジャーナリズム[300万人にメディア]」の中で、ネットは新聞を殺すのかの湯川さん・ニュースの現場で考えることの高田さん・ガ島通信さんの対談の部分(第一部 ブログ・ジャーナリズムの可能性)はようやく読み終わりました。

 お三人の考え方などは、日頃から読ませていただいていた通りのことが多く、新しい発見がそれほどあったということはないのですが、さすがに長い時間をかけた対談のを起こしたものだと、随所に「まとめ」フレーズが飛び出してくるので、とても勉強になります。

 ブログ・コミュニケーションを考える上で参考になるコメントを抜き出してみます。

(高田)もっと身近な部分で考えると、ブログは現実に影響力を発揮しはじめていると思うのです。例えば、身体障害の問題を語り合うブログとか、街づくりをどう進めるかを考えるブログとか、そういう小さな範囲のブログは山のようにあります。分野も地域も、それぞれに限定されていますが、限定されているからこそ、限定された範囲内では影響を持っているのだと思います。

(湯川)アクセス数の多いブログはマスメディア化されるわけだけど、アクセス数が少ないブロガーでもオピニオン・リーダーになりえると思うのです。

(湯川)「釣り」も一歩間違えば「炎上」につながります。でも炎上しないようなブログは面白くないですね。ブログは炎上してナンボの世界だと思うのです。しかし、炎上したからといってブログを閉鎖して逃げたらだめです。


#それにしても、炎上を乗り越えて淡々と続けておられるブロガーのすごさには舌を巻きます。精神的強さだけではなく、運営のテクニック、さらには誠実さといった総合力が鍵だと思うのですが、ご本人からどうやって炎上を乗り越えたかというような話を聞いてみたいと思います。

(高田)参加型ジャーナリズムというと何か国政の大問題を語るようなイメージをする人がいますが、私はもっと小さい、身の回りで日常的に感じたことを大事にすべきだと思うのです。・・・・・参加型ジャーナリズムとは、「自分のこの声をいろんなところに広げたい」という欲求の集積だと思います。

 昨日のエントリーであまり深く検討していない思いつきを書いて、mikamiさんに捕捉補足していただいたジャーナリストとコミュニケーターという言葉遣いの正しさはさておいて、この本にタイトルにあるように「ブログ・ジャーナリズム」という言葉に何となく感じる違和感も「ブログ・コミュニケーション」と書き直すとしっくりくるように感じる私の感性を説明してくれるようなコメントが高田さんと湯川さんから繰り返し発せられているのを読んで、我が意を得たりという気がしております。

 ブログにしてもあまりにも大量の読者が参加することになって、たくさんのコメントやトラックバックがついてくると、とても個人の力ではすべてに対応することができなくなります。ということは、ブログの持っている双方向性というものが生かせないということになってしまいます。私もすべてのコメントとトラックバックに「丁寧に」対応しているという自信はないのですが、少なくとも5号館はまだすべてをきちんとチェックできる規模に収まっています。

 きめ細かな対応ができるサイズは人によって異なるので一概には言えないと思いますが、あちこちのブロガーの方がおっしゃっているように一日に1000PVくらいまでの規模が限界なのかもしれません。それ以上になると、すべてのコメントやトラックバックをチェックできなくなることもありそうです。それができないということはコミュニケーションの不全を意味しますので、ブログが炎上する可能性も高くなるでしょう。

 書いたものを一方的に読んでもらうだけで、それに対する反応をきちんとメンテナンスできないのだとしたら、形式的にはブログの形になっていてもそれはもうブログとは呼べないのではないでしょうか。もちろん、それでもなおコメントとトラックバックができるようにしておくことで「ブログとして機能できる可能性」を残しておくことはできるのですが、読者の感じる疎外感はマス・メディアのそれと同じものになるでしょう。

 ブログ・コミュニケーションにおいては、最小単位となるそれぞれブログの規模は大きくなりすぎないことがポイントのひとつのような気がしてきました。コミュニケーションがうまくいく単位をコミュニティと呼ぶならば、コミュニティとしてのブログの規模には自ずから限界があるということでしょうか。

追記:
 さなえさんから、ブログ・コミュニケーションという言葉にコメントを頂いております。「良い言葉だと思う。コミュニケートすること、それがブログの特質なのだから」って、まったく同感です。
Commented by masayuki_100 at 2005-10-31 16:05
高田です。こんにちは。

>「ブログ・ジャーナリズム」という言葉に何となく感じる違和感も「ブログ・コミュニケーション」と書き直すとしっくりくるように感じる

まさに、それだぁ、という感じです。なんで、「ブログ(情報伝達の手段)」と「ジャーナリズム(報道の内容)」がここまで一体のものとして語られるのか、よくよく考えてみると、判然としません。ブログ利用者が相当数を占めるようになれば、レーニンじゃないけれど、「量から質への劇的な転化」も起こりうると思いますが。。。本の中の発言にもありますが、私はどちらかというと、この情報化時代において、ネットやブログを使えない・使わない・使う暇があまりない等々の人たちのことが、むしろ気になる感じです。

わざわざ読後感のエントリを立ててもらい、ありがとうございました。

Commented by stochinai at 2005-10-31 18:34
 高田さん、コメント・トラックバックありがとうございます。

 高田さんがこの5号館のつぶやきを推薦くださっているのを見て、顔から火が出ましたが、感謝しております(^^;)。

 http://shinka3.exblog.jp/2918568/にも書きましたが、インターネットなんて知らない人のほうが多い現状をしっかりと押さえた上で、ブログにしばられることなく、あらゆる手段を用いてコミュニケーションをしていくというのが現時点における正解だと思っています。そういう活動を目指している、CoSTEPもよろしくお願いします。
Commented by さなえ at 2005-10-31 21:12 x
ブログ・コミュニケーションについてちょと書いてみたのでTBしたのですが、できませんでした。http://app.blog.livedoor.jp/ganbare_watashi/tb.cgi/50181521 なぜだか最近TBができないことが多いのです。2回トライしたので、後日両方が出現したら失礼!
Commented by stochinai at 2005-10-31 21:50
 ありがとうございます。確認させていただきました。追記で張っておきますね。
Commented by さなえ at 2005-11-01 11:54 x
ありがとうございます。
by stochinai | 2005-10-30 23:59 | CoSTEP | Comments(5)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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