5号館を出て

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この場合、遺伝子組み換えは必要だと思いますか

 エキサイト・ニュースに毎日新聞から「<花粉症>遺伝子組み換え米を食べて緩和 マウス実験」というニュースが提供されています。

 「スギ花粉のたんぱく質を作るよう遺伝子組み換え操作をした米をマウスに食べさせたところ、花粉症のアレルギー症状を緩和できた」という内容で、「10月31日付の米国科学アカデミー紀要に発表した」と書いてあります。科学アカデミー紀要というと、おそらく Proceedings of National Academy of Sciences of the United States of America (通称、PNAS)のことだと思うのですが、最新版はNovember 1, 2005で、31日付というのは見あたりません。その前はOctober 25, 2005なのですが、この2つの号をしらべても、allergyやTakaiwaというキーワードを含んだ論文は見つかりません。

 まあ、雑誌の巻号を間違えることなどは良くあるので、それはどうでも良いのですが、この研究の意義は何なのだろうと考え込んでしまいました。

 花粉症のアレルギーの緩和について次のように書いてあります。

花粉症は、体内の免疫システムが花粉を異物と認識し、くしゃみなどで排出しようとするために起きる。花粉の小型たんぱく質を日常的に食べることで体が慣れ、アレルギー反応が弱まる。

 経口免疫によって寛容性が誘導されて、アレルギーに対抗するという話は良く聞きますので、正しい情報だと思います。しかし、その目的のために米に遺伝子組み換え操作をしてスギ花粉のたんぱく質を作らせる必然性はあるのでしょうか。

 実験は「花粉症の症状を起こす約20匹のマウスを使って実験。開発した「スギ花粉症緩和米」と、普通の米を投与する2グループに分け、1日10粒を1カ月与えて両グループの差を調べた」とのことです。その結果、「緩和米を投与したグループは、アレルギー反応を起こすたんぱく質の分泌量が普通米グループに比べて約85%も減少した。スギ花粉を吸わせて出るくしゃみの回数も、普通米グループの約3分の1になった」という結果も、私は信用できます。

 しかし、この目的のためにどうして遺伝子組み換え米が必要なのか理解できません。

 毎日、スギ花粉あるいはスギ花粉のタンパク質をふりかけたご飯を食べるのとどこが違うのでしょう。

 実験としてはおもしろいし、発想も理解はできるのですが、実用化することを考えたらコストがかかりすぎますし、倫理問題や社会問題も生む可能性があります。企業の開発チームならば絶対にやらない研究と言えないでしょうか。

 チーム長の談話「注射などによる療法とは異なり、食べるだけで効果がある。早期に実用化を進めたい」は本当なのでしょうか。私がコメントするなら、「1日も早いスギ花粉ふりかけの実用化が求められる」になります。
Commented by magu at 2005-11-03 03:40 x
今回の話題に関して。粘膜免疫系を利用したワクチンに関して、少々知識を持つ者として、技術的観点から意見を述べさせていただきます。

組み換え米による花粉症治療は、広い意味での「食物ワクチン」に含まれると私は考えています。食物ワクチンは、外来抗原によって引き起こされる病気(感染症やアレルギー)に対して、将来有望な治療法として研究がなされています。免疫系には、全身免疫系と粘膜免疫系があるのですが、食物ワクチンは経口投与によって粘膜免疫系を活性化すると同時に全身免疫系をも活性化します。この点が、食物ワクチンの最大の利点です。つまり、注射という苦痛と手間のかかる方法で免疫しても全身免疫系しか活性化できないのに対し、食物ワクチンは経口投与という手軽かつ苦痛を伴わない方法で両方の免疫系を活性化できる方法なのです。
Commented by magu at 2005-11-03 03:42 x
(続き)
 わざわざ組み換え米を用いなくても、スギ花粉もしくはスギ花粉タンパクをふりかけたご飯を食べればいいではないか、というご指摘に対して。後者の方法では、抗原をそのまま摂取することになるので、消化液による分解作用を逃れて、粘膜免疫系をうまく活性化できるかどうかが問題となるでしょう。これは、広い意味での抗原デリバリー(運搬)の問題です。組み換え米では、今回の報告を見る限りでは、この問題はクリアーできているようです(食物の中で、組み換えタンパク質が発現している状態が、抗原デリバリーにはいいのかもしれません)。
Commented by magu at 2005-11-03 03:50 x
(続き)
スギ花粉そのものを経口投与する場合の利点は、いろいろな抗原性タンパクを含んでいるので、消化液などの作用で抗原性が失われなければ、粘膜免疫系を活性化するポテンシャルが一番高いと考えられることです。一方、食物ワクチンの場合は、発現している組み換えタンパク質だけが抗原となるので、粘膜免疫系が充分活性化できるかという問題があります。別のプレスリリースでは、組み換え米に用いた抗原は、「スギ花粉抗原タンパク質の中からヒトのT細胞が抗原タンパク質として認識している7種の主要なアミノ酸配列(T細胞エピトープペプチド)を選び、これらを連結した7Crpエピトープペプチド」となっており、粘膜免疫系をうまく活性化するよう、抗原がデザインされているようです。
Commented by stochinai at 2005-11-03 13:03
 maguさん、非常にわかりやすい解説をありがとうございました。私も、研究者の方に疑問を投げかけたというより、記事を書いた記者に文句を言いたかったというのが本音です。

 内容を良く理解していない記者が科学記事をこんな風にさらりと書いてしまっても、世の中の人には「なにかすごい研究がやられているらしいけれども、また例によって我々の生活には関係がないんじゃないかな」と思われて、読み捨てられそうな気がします。逆に少し知ったかぶりの私のような人間が読むと「これってホントに意味のある実験なの?話題をとって研究費を取ろうとしているだけじゃないの」という否定的な感想を出してしまいます。どちらにしても不幸です。

 メディアに、科学者と市民を結ぶコミュニケーションを期待することが難しいのならば、我々がやるしかないですね。maguさんも、よろしくお願いします。
Commented by inoue0 at 2005-11-03 13:19
 すでに舌下錠になった花粉エキス製剤を用いた減感作療法が臨床試験段階に入っており、数年以内に市販(要処方箋薬)が始まります。無駄な研究でしたな。
Commented by soundsleep at 2005-11-03 15:11 x
はじめまして。この記事は面白いですね。
僕の素朴な疑問は、エピトープを化学合成するか組み換え大腸菌に作らせて精製し、経口投与してはいけないのか、ということです。「スギ花粉そのもの」と「食物ワクチン」の違いを伺っても、まだやはり遺伝子組み換え食品を作る必要性が理解できません。
もっともinoue0さんの話が本当なら、こんな議論はすべて詮ないことですが。
Commented by magu at 2005-11-03 16:37 x
soundsleepさま
抗原をそのまま経口投与してはいけないのかというご質問に関して。
私もあまり詳しくは知らないのですが、その方法では実際には免疫系の活性化が充分起こらないことが多いらしいのです。食物ワクチンを利用するのは、抗原デリバリーシステムとしての意味が大きいのではないでしょうか。もちろん、組み換え食品を用いない、有効なデリバリーシステムがあれば、それに越したことはないと思いますけど。今のところは、inoue0さまがおっしゃるように、経口免疫寛容を誘導する経口ワクチン(スギ花粉エキス?を抗原として投与する方法)が、いい成績を上げているということでしょう。ただ、この方法も「劇的な効果はないものの、症状の改善が認められる」という話らしいので、花粉症治療のためにはなすべきことはまだまだありそうです。
Commented by magu at 2005-11-03 23:13 x
(補足)
上記のコメントについて、少々補足します。化学合成したエピトープや精製した組み換えタンパク質のような「精製抗原」を直接経口投与する場合、消化液による分解や抗原性の消失を受けやすいと考えられます。病原菌やスギ花粉といった、複雑な構造をもつ大きな構造物を経口投与する場合には、そういう作用を比較的受けにくいので、デリバリーシステムについてあれこれ考えなくていいケースが多いのでしょう。あと、精製抗原を経口投与する場合、それだけでは免疫原性が弱いので、「粘膜アジュバント」と呼ばれる物質を併用し、抗原に対する免疫性を高めるのが普通のようです。
Commented by soundsleep at 2005-11-04 07:43 x
magu様
ご丁寧に解説していただき、ありがとうございました。
経口薬は消化の問題があり、難しいのですね。
舌下錠ならばその問題点をクリアすると思いますが、ポリペプチドであるエピトープが口腔粘膜から吸収されるというのは不思議な気がします。
Commented by ぜのぱす at 2005-11-04 10:26 x
どうでもよいトリビアですが、かの"チーム長"は、ひょっとすると遠い昔にstochonaiさんの隣の研究室に所属していたんではないでしょうか。S木K子先生のお弟子さんのひとりのはずです。途中から内地留学して居なくなってしまったと思いますが。
Commented by stochinai at 2005-11-04 15:11
 そうなんですか?少なくとも私は記憶がないなあ。同窓会名簿によれば、他大学から来られた方のようですね。同期に札医大の教授になったY田さんがいます。彼のことは良く覚えていますが、チーム長は記憶にありません。Y田さんと言えば、私は今日が札医の講義の日なので、今朝会ったところです。いずれにしても、世の中狭い。
by stochinai | 2005-11-02 20:02 | 生物学 | Comments(11)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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