5号館を出て

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再生する動物では放っておいても再生が起こる

 ちょっとした切り傷や骨折が跡形もないほど完全に修復するなど、ヒトもいろいろな意味でとてもよく再生する動物だと思うのですが、一般的には切断された腕が完全に元通りになるイモリなどと比べると再生力が弱いと表現されることが多いと思います。

 再生力の強い動物はヒトに比べると「原始的」とか「進化していない」と言われることが多いものですが、確かにヒトは今はヒトですがヒトになる前はチンパンジーと同じ種の動物でしたし、さらに思い切ってさかのぼると数億年前にはサカナと同じ仲間だった時代もあったことは間違いのない事実です。

 サカナといっても我々がふだん目にするほとんどのサカナは「硬骨魚類」です。硬骨魚類よりも原始的なサカナは「軟骨魚類」と呼ばれるサメやエイの類です。硬骨魚類は軟骨魚類から進化してきたもので、現在いるサメなどは当時の軟骨魚類のまま硬骨魚類に進化することなく現在も生きているものです。軟骨魚類でも硬骨魚類でもサカナには顎があってパクパクと口を動かすことができますが、さらに原始的な先祖には顎のない時代がありました。無顎類と呼ばれる「魚類以前」の仲間は現在でもその子孫がその当時の姿のまま生きています。ヤツメウナギやヌタウナギと呼ばれる彼らには顎がなく、口は吸盤のような構造をしています。

 無顎類は一見するとサカナのような姿をしているのでヤツメウナギなどという名前で呼ばれていても、魚類と違って脊椎をもっていないので脊椎動物のグループにははいりませんが、中枢神経である脊髄とそれを支える構造である脊索はもっているので脊椎動物とヤツメウナギの仲間をまとめて脊索動物とよばれることもあります。脊椎は成長過程で脊索から発生してくるので脊椎動物は脊索をもっている時代もあり、この分類に矛盾はありません。

 前置きが長くなりましたがヤツメウナギは我々脊椎動物の先祖に近い構造をしている動物です(下の図はWikipediaから)。

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 余談ですが、ヤツメウナギという名前は「八つ目鰻」と書かれることもあるように目が8つあるように見えることからついたのですが、上の図でもわかるように目のうしろに7つの「目のように見える点状の構造」があります。この7つの点はエラ穴で、7つのエラ穴と1つの目が8つの目のように見える動物です。

 さて、この動物の再生能力については今まであまり調べられていなかったものと思いますが、数日前に発表になった論文ではその脊髄を切断しても再生するということが報告されています。

 こちらが論文のタイトル部分です。オープンアクセスの論文なのでどなたでも全文を読むことができます。

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 また、最近は便利なものでChromeなどのブラウザーでは全文を翻訳してくれて、こんなふうに表示することもできます。

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 タイトルだけでこの論文の大意はわかるのですが、ヤツメウナギの脊髄を切断すると我々と同じように切断部位より後ろの身体の運動能力が失われ泳ぐこともできなくなるのですが、3週間もするとまた運動能力が回復してくるのだそうです。そして11週間もするともととまったく同じように泳げるようになりますが、その時にふたたび脊髄を切断してやってもまた3週間で回復し、11週間で完全にもとに戻るということが示されています。

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 赤い星のところで切断すると1週間後(1WPI)にはそこから後半の運動能力が失われますが、3週間後(3WPI)にはまた泳げるようになっていて、11週間後(11WPI)にはまたもとと同じになっているという図は見るだけで理解できると思います。下のグラフは運動能力の回復の指標です。

 切断した脊髄の様子を見てみたのがこちらの図で、確実に切断した脊髄が時間とともに治っていることが素人目にもよくわかります。

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 我々ヒトの祖先も数億年前にはヤツメウナギと同じ脊索動物だった時代があり、その頃には今のヤツメウナギと同じような再生能力をもっていただろうことが推測されますが、今のヒトはとりあえず脊髄を損傷するとそこから下半身が麻痺してしまい、そのままでは回復することはありません。そこでいろいろと回復させようという治療法の開発が試行錯誤されているのですが、大昔の先祖がこうした再生能力をもっているのならば我々の遺伝子の中にもその能力がひそかに受け継がれている可能性があるというのが生物学的思考法です。ただ、現在のヒトではその再生能力がなんらかの理由で失われているか、抑圧されているのだとするならばそれを復活させることは可能だろうという論理がありえることになります。

 ヤツメウナギの脊髄を再生させる実験はそうしたヒトの脊髄損傷を再生させる試みへとつながる基礎の基礎の研究ということになります。

 脊髄を再生できるヤツメウナギと再生できないヒトが進化という糸でつながっていて、DNAが受け継がれているという事実からヒトの脊髄を再生させる治療の糸口がヤツメウナギの研究から見つかる可能性がないわけではないということがお分かりいただけるとうれしく思います。









Commented by みむ at 2019-02-13 10:26 x
無顎類を脊椎動物でない脊索動物とする先生の説明がありますが、ナメクジウオやホヤと同類の扱いのようにも見えてしまいます。ヌタウナギにはかつて議論もあったと思いますが、今の時点でヤツメウナギを脊椎動物に入れない分類は一般に受け入れられるものでしょうか。もしその立場を取られる場合にはなんらかの説明が必要なのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
Commented by STOCHINAI at 2019-02-13 21:14
そんなに難しい話ではなく、顎もなく脊椎骨もないこれらの仲間を真の意味での脊椎動物(軟骨魚類以降)ととりあえず分けておくという程度の話です。系統的にこれらが真の脊椎動物と単系統になるという考え方には賛成ですが、無顎類と顎口類に関しては免疫系の成り立ち(リンパ球や免疫グロブリンやT細胞受容体などの抗原認識蛋白)の違いなどを考えると別のグループであるとしたほうがすっきりとするというのが私の立場です。
Commented by みむ at 2019-02-13 21:58 x
丁寧なコメントを頂きありがとうございます。
ヤツメウナギには脊椎骨要素がありますし、脊椎動物のグループは、顎口類とそれ以外の無顎類、という考えが一般的だと思いますので、その点を一応記させて頂きたいと思います。先生のブログは一般の方に大きな影響がありますので、無粋を承知であえて述べさせて頂きました次第です。
Commented by STOCHINAI at 2019-02-13 22:02
 私も今や実験室での研究を離れて現役とは言えない身ですので、いろいろなアドバイスをいただけるのはありがたいです。今後ともよろしくお願いいたします。
by STOCHINAI | 2019-02-11 22:17 | ダーウィン医学 | Comments(4)

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