5号館を出て

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大学の腐敗 (追記あり)

 tsurezure-diaryさんのところで知ったのですが、日本の論文ねつ造疑惑の中心人物のひとりである東京大学の多比良教授に2000年度から2005年度の間に国から支給された研究費の総額が約14億4千万円になっているそうです(たとえば中日新聞)。

 中日新聞によると、研究費は経済産業省、NEDO,文科省などから出ていますが、同じ人に重複して研究費が投下される現状はなんとかならないものかと思います。

経産省関連では〇三-〇五年度に、教授がジーンファンクション研究センター長を兼任する産総研がセンターへの研究費として九億千四百万円、NEDOはプロジェクト予算として四億二千二百万円。文科省は二〇〇〇-〇五年度に、三件の研究課題に科学研究費補助金で計一億千八十八万円。いずれも多比良教授を研究代表者として支給、合計額は十四億四千六百八十八万円に上る。

 教授に論文データねつ造の責任をなすりつけられている助手の方にも2001年から2005年までの間に、文科省の科研費が5180万円支給されているとのことです。研究は共同で行っているでしょうから、2人分を合わせると、15億円ということになります。

 まあ、最近の遺伝子やタンパク質、糖、脂質がらみの研究で、産業化も視野に入れるような巨大プロジェクトになってくると、数億円から数十億円というのもわからない額ではないのですが、そういう大きなお金をもらって研究を始めると途中でやめるわけにも行かなくなり、研究費の継続を考えるとNatureやScience、Cellクラスの雑誌に論文が出続けないと難しいということが言われてますので、データねつ造の動機は理解できないわけではありません。

 しかし、そういうプレッシャーがある中でもお金を出した側がしっかりとした監視体制を持っていれば、そうそう簡単にねつ造などできるものではありません。この事件の背景には、研究費配分の審査体制と監査体制の不備があることはまちがいありませんので、お金を出した側の責任も問う必要があると思います。

 今の事後審査体制と言えば、もらった研究費でどのくらい論文を書いたかを問うものが多いですが、それではねつ造を後押しするという逆の力になってしまいそうな気もします。それから、審査した人あるいは組織を審査するシステムが絶対に必要です。情実で研究費配分が行われているというような噂を払拭するためにも、真剣に検討すべき段階に来ていると思います。

 この件に関しては、国際的に評価される決着をつけておかないと、日本の科学界が世界から相手にされなくなるというくらいの危機感が欲しいです。

 inoue0さんからの情報によると「多比良教授の学生は全員が移籍した」そうです(毎日新聞)。研究費ももらえなくなっていたので、学生も研究できないと困るので別の研究室へ移るということなのでしょうが、大学院の途中で研究室を変わる(多くの場合はは研究テーマも変わるでしょう)というのは、かなりダメージが大きいです。単に研究室を変わるだけではなく、授業料の返還や場合によっては慰謝料なども含めて学生に対しては大学として責任を取るべきこともあると思います。

 東大と並ぶ日本の頭脳である京大でもアホな事件が起こっています。

 「集団強姦容疑で京大生3人逮捕 名門の元アメフット部員」です。京大のアメリカンフットボール部「ギャングスターズ」といえば、最近はそうでもないのかもしれませんが国立大学としては異例の日本一を争うレベルにあった名門チームです。

 あえて失礼を承知で書かせていただくと、某私立大学のアメリカンフットボール部で同じような事件が起こったとしたら、それほどの驚きがないかもしれない集団強姦事件ですが、東大に並ぶあるいはそれ以上の頭脳集団である京大の学生が、こんなアホなことをするようになるほど日本全国の大学生のレベルが下がっているのかもしれません。

 来年からは大学全入時代になるとも言われていますので、もはや東大や京大も普通の大学になってしまったということなのかもしれませんが、いくつかは特別の大学というのも必要ではないかという気がします。

 悪くいうとエリート大学になってしまいますが、教員も学生も禁欲的に学問・研究に邁進する大学がひとつくらいあってもいいのではないかと思ったりさせられるような憂鬱な事件です。

【追記】
 本日東大工学部で調査委員会の報告書が発表されたそうです。産経ウェブによると結果は限りなく黒に近いものになったようで、「多比良教授と主執筆者の川崎広明(かわさき・ひろあき)助手(37)の処分を懲戒免職も含めて検討している」とのことです。

 ニュースには書いていないのですが、メールニュースBTJ /HEADLINE/NEWS 2006/01/27 THE PRIME MAIL 第790号にこの記者会見の様子が書かれています。Biotechnology Japan Webmaster の宮田満さんの個人的意見だと思いますが、私も共感できる意見です。

 1月27日に東大工学部の調査委員会の記者会見で配られた資料には、そのため、匿名の外部研究者が、多比良研究室が提出した再試の結果を微に入り細にわたり、個人的推測も交え検証していますが、こんな議論は匿名ではなく、学会の場で、実名を明かして堂々とやりとりすべきです。まるで推理小説のような面白さですが、学問の府である東大工学部が匿名の資料として配布するのは大いなる勘違いであると思います。調査委員会は、この匿名の調査報告配布を撤回するか、誰が評価したか、実名を公表すべきだと思います。

 私も公平性や透明性を確保するために、調査や検証を行った人の実名は公開されるべきだと思います。そうでなければ、「被告」が正当に反論する機会を失うことになり、逆の不公正が行われる可能性が出てきます。宮田さんはそういう科学的検証は「学会」(この場合はRNA学会)が行うべきであると主張し、大学の仕事は以下のことであろうとおっしゃっています。私はこれにも共感します。

 これは研究プロセスに不正行為がなかったかどうかの吟味です。大学や研究機関で、不正行為が行われたのか、という判断です。大阪大学や東京大学の論文捏造事件では、トランスジェニックマウスがいなかったり、実験ノートがなかったり、明らかな研究不正行為がなされています。この不正行為と研究責任者の管理責任こそ、所属機関の調査委員会は判断すべきなのです。

 再現性に拘泥する余り、不正行為の吟味が曖昧になってはいけません。むしろ、実験ノートも生データもない論文を公表したという不正行為を確認し、果断に処分することが重要です。


 京大の事件も続報が出ています。逮捕された3人のうち1人が京都府警の調べに「数日前も鍋パーティーを開き、酒に酔った別の女性と関係を持った」と供述しているのだそうです。こんな連中は、鴨川の河原に裸で2-3日さらしものにしたら良いのではないでしょうか。
Commented by inoue0 at 2006-01-27 12:37
 なるほど、巨額の予算を獲得した研究であればこそ、予期したような結果が出ないといけないというプレッシャーがかかったというわけですか。
 かつての大学の研究は、予算は乏しいゆえに結果を期待されていなかったから、失敗しても大して問題にならなかったそうです。大学院生も、大学内の審査だけでPh.Dを取っていたから、査読論文の数が少なくても、学位取得は問題なかった。だから、失敗することを恐れなかった。 今は査読論文の数をそろえるために、自分の興味よりも、論文になりやすいテーマを選ぶでしょう。
 同じく東大経済学部の高橋信夫教授によると、チャレンジングな仕事に挑む人は、成果主義を導入すると減るそうです。
Commented by stochinai at 2006-01-27 14:01
 こういう醜聞を機に、日本の科学政策の方向性に変化が出てくるのだとしたら、「事件」が無駄にならずに済むと思います。しかし一方で、何年も前から類似の出来事は起こっているのですが、日本の科学技術政策に変化が出てきているかというと疑問に思えます。
 論文ねつ造も詐欺事件などとして刑事立件されると少しはショックが大きくていいかもしれないなどと思ったりもしますが、だいたいのところは「研究費の返還」で許されているようですね。
Commented by おこじょ at 2006-01-27 15:58 x
ご紹介いただき恐縮です。
>それから、審査した人あるいは組織を審査するシステムが絶対に必要です。情実で研究費配分が行われているというような噂を払拭するためにも、真剣に検討すべき段階に来ていると思います。
同感です。審査委員が誰だったのか情報公開を求めるのも手ですね。
研究費返還を求めるといっても、返せるのは今年度分の余りだけでしょうね。
本人を訴えて損害賠償でも請求するつもりはないのでしょうから。
Commented by alchemist at 2006-01-27 17:13 x
5年で14億と聞いてそんな金額どんなふうにして研究に使うんだろう、と想像のできない自分がいて、14億?そんなもんライブドアが1回の会社売買で上げた裏金に遥かに及ばないじゃないか、と考えている自分もいて、なおかつあれだけ手抜きマンションを建て狂ったヒューザーの現在の資産が10億程度、手抜きしてもちっとも儲からないんだなあ、と感心している自分もいます。
感覚として判るのは、いくら手抜きで儲けを増やそうとしても、モノを作っている限りぬれ手に泡のバブル商法には遠く及びもつかず、地道に研究やってる限り手抜き工法のマンション建築業に遠く及ばないってことですか。
Commented by stochinai at 2006-01-27 17:19
 多比良先生お一人に配分された14億円を1000万円ずつに分割すると、研究者140人に補助できます。どちらがコスト・パフォーマンスが良いのでしょう。
Commented by stochinai at 2006-01-27 17:43
 共同通信ニュースによると韓国「政府は1998年から昨年末までに研究費だけで約84億ウォン(約10億円)を支援した」と言いますから、多比良さんのほうがいっぱいもらっていたんですね。
Commented by inoue0 at 2006-01-27 21:39
川崎助手は「パソコンにメモ程度を残しているが、ノートが実験の正しさを証明するのに必要なものだとは思わなかった」と説明した。(毎日新聞)
 生データは残っていない。実験ノートすらつけていない。川崎助手に対して、多比良教授は一体どういう指導をしていたんでしょうか。失敗実験も含めて記録に残すのは当然ではありませんか。
Commented by stochinai at 2006-01-27 21:42
 2人ともに、自分たちが国民の税金を使って研究しているということに対する「社会的責任感」が感じられませんね。残念ながら、私の知っている研究者の多くも、彼らと同じように自分たちの活動が国民に対して責任を持ったものであるという認識が薄いです。
Commented by 実験器具オーナー at 2006-01-27 23:59 x
某地方国立大学(実験系)で助手をしていますが、科研費はコネ(能力?ポスドクから助手になるのも大変だったのに・・・)がないので絶対に当たりませんし、校費もほとんど0円なので、学会参加や測定のための旅費は無論のこと、研究・教育のための資金まで自腹を切りまくっています(3年間で250万円以上になるでしょう)。日本が今後も技術立国として発展するためには、大学での教育こそが重要であるのにそれをおろそかにして、プロジェクト研究と称するもの(=その多くは巷で言われているほどの研究ではない)に、使い切れないほどの多額の研究費が投入されている現状に憤りを覚えています。その上に論文ねつ造とは・・・。やってられませんね。
Commented by ハニーm at 2006-01-28 01:32 x
 一般市民としては、14億の収入源も然りながら、出費の内訳を知りたいものです。どういう過程で、どういう人たち(会社)が潤ったのでしょう。
 それにしても、私でさえ名前を知っている「NatureやScience、Cellクラス」の「権威」は、揺るがないのでしょうね。
 リスクの基準は確率?、量や数? そして評価するには恐れ多い「権威」というのもののモノサシは何だろうと思いました。
Commented by stochinai at 2006-01-28 16:10
 実験器具オーナーさんのおっしゃることは、すべて良くわかります。
 おそらく、オーナーさんの近くにも使い切れないほどの研究費が当たって、毎年のように機器を更新したり、使い切れない消耗品が山積みになっている研究室があるのだと思います。研究費が傾斜配分されることのメリットはもちろんあるのだと思いますが、使い切れないほどのお金を集中的に配分していることは告発されるべきだろうと思っています。
 しかし、一番良く知っている研究室にいるポスドクや大学院生が内部告発することは、ほとんど考えられないのでなかなか表に出てきません。この「使い切れない研究費問題」はなんとかしないと、犯罪ではないとしても税金の無駄遣いであるとともに、新しい研究の芽を摘んでしまいます。
Commented by stochinai at 2006-01-28 16:14
 ハニーmさん、いつもどうも。
 本来、評価されたりすることがないことこそ権威というものなのでしょうが、「権威」の物差しは、ひょっとするとどのくらい税金を使えるかだったりするのかもしれません。
Commented by 実験器具オーナー at 2006-01-29 21:11 x
 アカデミックの世界は学閥・血縁が幅を利かせており、どうにもならない世界ですね。いくら真理を追究しようと志を高く持っても「権威」に逆らうと、その業界から「足を洗う」か運が良くても「野に下る(極貧の地方大のポストにつく)」しかありませんからね。かく言う私も、以前は多額の税金が投入されているプロジェクトでポスドクをやっていましたが、そこでの研究のあり方に対して問題意識を持ったため、ボスににらまれ危うく業界追放になるところでした。
Commented by 実験器具オーナー at 2006-01-29 21:11 x
多額の費用をかけないと、成果が出ない研究も確かにあり、そのような研究を否定するものではありませんが、現状の「費用をかける必要のない研究に多額の税金が投入されている」ところに問題があるのだと思います。その裏には、「いくら外部資金を取ったか」と言うことのみで研究者としての評価を決めてしまう風潮が元凶だと思います。世の中の常識からすると、コストパフォーマンスが最も重要なのに、アカデミックの世界では不思議なことにそれは一切問題にされません。私のまわりの人を見ていると、税金を使っていると言う意識を強く持っている人の多くは「野に下って」いますね。もちろん中央の大学にいる人の全てが「問題意識がない」と言うわけではありませんが。多比良先生のもらった科研費の1億1088万円のうち、端数の「88万円」だけでも、分けてもらえば1年間研究・教育が十分に出来るのですが。
Commented by inoue0 at 2006-01-30 13:37
 ミクロ経済学には「限界効用逓減の法則」というものがあります。簡単に言えば、あらゆる資源は、投入量が増えていくと、単位あたりの効用(限界効用)はどんどん減るというものです。
 ここからは多くの結論が導けます。
 一人の金持ちが富を独占するより、多くの人に平等に分配した方が、社会全体の厚生水準は向上することから、富の再分配は正当化されます。
 研究費も同じでしょう。特定分野、特定個人に集中させるよりも、多様な分野、多くの人に薄く広く分配する方が、研究水準は向上するんではないでしょうか?思いもよらないところから大発見が出るかもしれないのです。
Commented by stochinai at 2006-01-30 13:42
 多比良研では88万円ではたったひとつのデータを取ることすらできないこともありそうですが、実験器具オーナーさんなら論文を一本(あるいは数本の)書き上げることもできそうな気もします。税金の使い方としてはどちらが良いんでしょうね。
Commented at 2006-01-31 15:44 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-01-31 15:45 x
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Commented by stochinai at 2006-01-31 16:18
 匿名さん、コメントをありがとうございました。私が調査・検証をした人の名前を公開すべきと書いたのは、「被告」である多比良さんたちに反論の機会を与えるべきではないか、あるいはお互いが議論できる場を設けるべきではないかという意図からでした。
 匿名さんのご意見は非公開にするのがもったいないものなのですが、私個人にはとても参考になりましたので、申し訳ありませんが独占させていただきます。
Commented at 2006-01-31 22:09 x
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Commented by stochinai at 2006-01-31 23:00
 匿名さん、またまた補足のコメントありがとうございます。おそらく微妙な立場にいらっしゃっるのだと思いますが、それにもかかわらずいろいろなご意見を送っていただき感謝しております。少しずつですが、日本も変わってきているとは思います。私も焦らずにまた休まずに発言を続けていきたいと思います。これからもいろいろとご指導・コメントをいただければ幸いです。
 ブルーバックスについては、暖かい声や厳しい声をたくさん頂いておりますが、多くの方々に買っていただいたことは素直に喜んでいます。今日、アマゾンに出た文系の方のご意見は、我々書いた側が考えたいたことそのものであり、本当にうれしいものでした。
 匿名さんとこうしてコミュニケートできたのもブログのおかげです。いつか、どこかでまたお会いできると思います。その時は、またよろしくお願いします。
(非公開コメントを読めない方には、申し訳ありません。m(_._)m
Commented by 実験器具オーナー at 2006-02-02 12:13 x
 ご過分の評価ありがとうございます。研究のコストパフォーマンスには自信がある一方、毒にも薬にもならないような研究はしないように自分を戒めています。自分の研究が学生さんに対する教育効果があるか、(遠い将来)世の中の役に立つ独自のものであるかを常に考えています。しかしこのような悠長な事を考えているから、「競争的」研究費が当たらないんでしょうね。今の私のポストは助手ですが、その分野の国内トップの企業から共同研究費を代表者として頂いているので、全く役立たずの研究をしているわけではないと思っているのですが・・・。であるにも関わらず不思議なことに学振の時から、国は私に一円も恵んでくれません。「前世での悪行の報い」を受けているのででしょうかね(笑)。
by stochinai | 2006-01-26 21:32 | 大学・高等教育 | Comments(22)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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