5号館を出て

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常識がひっくり返る

 アメリカにいる友人から、おもしろい論文が出たというメールが届きました。もしも、これが本当なら歴史的な論文になるとのことで、確かにすごいことが書いてあります。

Mammalian sperm translate nuclear-encoded proteins by mitochondrial-type ribosomes
Yael Gur and Haim Breitbart
Genes Dev. 2006;20 411-416

 要約
  http://www.genesdev.org/cgi/content/abstract/20/4/411?etoc
 全文
  http://www.genesdev.org/cgi/content/full/20/4/411
 PDFファイル
  http://www.genesdev.org/cgi/reprint/20/4/411.pdf

 この論文には生物学の二つの常識が覆される発見が載っています。

1) 精巣から放出された哺乳類の精子が、タンパク質合成を行うこと

2) 精子の中で、核にある遺伝子から作られたmRNAを翻訳してタンパク合成を行うのがミトコンドリアのリボソームであること

 使っている精子は、ヒト、ウシ、マウス、ラットで、これから受精しようという成熟したものですから、従来の常識ではmRNAの合成(転写)もタンパク質の合成(翻訳)も起こらないと考えられている時期です。

 ところが数年前から、成熟した精子にも核遺伝子を転写したmRNAがあるとか、ちょっと古いのですがミトコンドリアのmRNAが転写されているとか、タンパク質へと翻訳もされているとかいう論文は出ています。

 しかしそもそも常識的に考えると、これから受精しようという精子の遺伝子が転写されたり、翻訳されたりすることが必要だとはとても考えにくいという、従来の常識のとらわれている我々の頭で判断すると、それは取るに足らない例外的な観察かあるいは間違いだろうというふうに思われがちですから、あまり話題にもならなかったし、真剣に研究する研究者も少なかったのだろうと思います。

 その隙をついて、ていねいにしっかりとした実験をして常識はずれの結果を出したのがこの論文なのでしょう。

 この論文の強みは、そのミトコンドリアのリボソームによるmRNAの翻訳を阻害してやると、哺乳類の精子が受精前に必要なキャパシテーションという現象が起こらず、運動性も高まらず、精子が受精する能力を獲得できないという実験結果を出していることです。

 哺乳類では、雌の子宮内に入った精子はそこでしばらく過ごすことによって卵を受精する能力を獲得するということが、我が北大における発生学研究の大々先輩である現ハワイ大学の柳町先生が発見されました。それが、キャパシテーションです。

 ただ大きな謎として残るのは、たとえ精子が受精能を獲得するに際してなぜミトコンドリアのタンパク合成装置を使うのかということですが、もしもこの発見が真実だとしたらそういうことに対する答は意外と近い将来に明らかになってくると思います。

 データねつ造事件の多い昨今ですが、こうした常識破りの発見が事実であって、今後真実として教科書にも載るようになっていって欲しいと祈るような気持ちを持ちながら、紹介記事を書いてみました。
 
Commented by ぜのぱす at 2006-02-19 01:31
最後の3行、まさに同感です。

一見、 NatureかScienceに出ても良さそうな"話題"なんですが・・
short formですし、一旦、どちらかに送ったんだけど、"専門家"がreviewすると穴が有って受理されなかったのかなぁ、などと勝手に妄想を膨らましてしまいました。

Commented by inoue0 at 2006-02-19 01:37
不妊治療において、排卵日に合わせてセックスしたり、あるいは人工授精をしても、受胎率が低いという現象はすでに観察されていました。直感的にはフレッシュな精子ほど運動性が高く受精しやすいと思われたのですが、どうやら卵管膨大部において数日間過ごした精子の方が受精しやすいのです。理由は長らく不明とされてきましたが、今回の知見が解明の糸口になるかもしれません。
by stochinai | 2006-02-18 18:24 | 生物学 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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