5号館を出て

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ナメクジウオよりもホヤの方が脊椎動物に近い

 今日オンラインで公開されたnatureにおもしろい論文が載っています。

 我々が使っている動物進化の教科書には、ナメクジウオがヤツメウナギなどの円口類の祖先であろうと書いてあります。また、カンブリアにはピカイアというナメクジウオに良く似た動物がいたようで、それが脊椎動物の祖先ではないかと書かれています。ナメクジウオが円口類になって、それがサメ・エイなどの軟骨魚類へと進化したというお話は、かなり広範に信じられています。(私も信じていました。)

 さらに元をたどると、ウニやヒトデなどの棘皮動物がもっとも祖先型に近く、その仲間にエラが発達してギボシムシのような半索動物が進化し、それに脊髄と脊索ができてホヤになり、さらに分節化した筋肉(体節)ができてナメクジウオのような動物になったと、多くの本に書かれています。

 私も調子に乗って、講義ではナメクジウオに脳(目)と吸盤のような口が進化するとヤツメウナギが簡単にできあがるなどと話したりしています。

 DNAの塩基配列を比較するという最近の研究によって、実は棘皮動物とギボシムシはホヤ・ナメクジウオ・脊椎動物とはちょっと違うグループに分けられると言われるようにはなりましたが、基本的な進化ルートはそんなに変わらないと思われてきたのです。

 ところが、nature の news and views に、以下のような「ナメクジウオにご注意」という記事が載りました。
Evolution: Careful with that amphioxus
The textbook tale of vertebrate origins is brought into question by phylogenetic analyses of new genomic data. But the amphioxus, long viewed as a precursor to fish, remains a central character in events.
Henry Gee
Nature 439, 923-924 (23 February 2006)

 新しいデータによると、実は棘皮動物とナメクジウオが近いグループで、ホヤと脊椎動物がもう一つのグループに入り、この二つのグループは進化のかなり初期に分かれていたのではないかというのです。

 この論文の原典も同じ号のnatureに載っています。
Tunicates and not cephalochordates are the closest living relatives of vertebrates
Frédéric Delsuc, Henner Brinkmann, Daniel Chourrout and Hervé Philippe
Nature 439, 965-968 (23 February 2006)

 「ナメクジウオではなくてホヤのほうが脊椎動物に近い」というタイトルの論文です。著者らはあまり研究されてこなかったオタマボヤの1種Oikopleura dioicaで146個もの遺伝子DNAの塩基配列を調べ、それを他の動物と比較してみたところ、オタマボヤは他のホヤ類ととともに脊椎動物とグループを作り、それまで脊椎動物に近いと言われていたナメクジウオと棘皮動物(ウニ・ヒトデ)が(ホヤ+脊椎動物)と分かれたところにグループを作るという系統樹ができあがってしまったということです。

 実は、ホヤと脊椎動物がOlfactoreというグループの動物にまとめられるという説もあるのだそうで、今回の論文はその説の強い証拠となるということでしょうか。形から見ると、オタマボヤはオタマジャクシのような形をしていますし、大人になると岩に付着して生活するホヤも幼生の時にはオタマジャクシ形をして泳ぎ回りますので、それが脊椎動物と近縁だと言ってもそれほど違和感はありません。

 ただし、ナメクジウオはまさにサカナの形をしていますので、そういう意味ではどうしても脊椎動物との類縁関係を捨て去ることはできません。

 この論文で比較されている円口類を含む脊椎動物は8種類です。ホヤも4種類あります。それに対して、棘皮動物はウニが1種類、ナメクジウオも1種類ですので、比較するという点からみるとどうしても片手落ちの感はぬぐえません。

 というわけで、なかなかおもしろい仮説だと思うのですが、今後よりたくさんの種類のナメクジウオと棘皮動物(ウニ・ヒトデ)の遺伝子を解析した上で、同じようにたくさんの遺伝子を同時に比較するという研究がどうしても欲しいというのが正直な感想です。

 著者達もそのことはわかっているようで、論文の最後は次のような決まり文句で結ばれております。
The comparative analysis of available tunicate and vertebrate genomes with the upcoming amphioxus and sea-urchin genome sequences will be particularly valuable for understanding the evolution of new gene systems and structures involved in early vertebrate development.

 どんな論文を書いた時にも使える締めくくりですので、学生のみなさんはメモしておきましょう(^^;)。
Commented by ハニーm at 2006-03-02 09:10 x
ホヤは割合好きです。…きちんと調理されている品はやや高価ですし、
たまにしか購入致しませんが、「ナメクジ」ウオという名前のインパクトは
強烈で…人間の嗜好は不思議ですね。ところでhttp://shinka3.exblog.jp/ -
2005-11-25 21:27:19 内のコメントによりますと、『ホヤの研究者の勢力は
かなり大きなものであり…by magu』そうですが、素人の私には、次のコメント
『寄生虫学(熱帯医学、国際環境医学)という分野が、― 中略 ― 講座数は
減る一方です。微生物学(ウイルス学)ですら講座が減って…by inoue0』など
気にかかる状況に存じました。
Commented by stochinai at 2006-03-02 12:31
 なるほど「役にも立たない」ホヤの研究者が多くて、「病気に関係の深い」講座がつぶれていくということがおかしいのではないかということですね。後者は私もおかしいと思うのですが、前者は純粋に研究がおもしろいということで研究者が多くなったということで、日本が世界に誇ることのできる数少ないことのひとつだと思っています。
Commented by ハニーm at 2006-03-03 09:02 x
誤解を招きますので、encore une fois, まず、前者を「役にも立たない」と
表現されることは、私の本意ではございません。或る研究や学問について、
仮に、病気や幾多の問題解決、改善のために有用であってほしい期待から
「大切」という認識・感情が伴うことはご理解いただけると存じます。一般的な
興味の対象として、逆の「無用・無益」のような判断、評価は出来ませんし、
(自分は)すべきではないと思っております。研究予算を握る(配分なさる)
官庁等にはそれなりの基準があるのかもしれませんが。
 小児科医の不足が深刻という最近の記事も心の底にあった、先のコメント
でした。ところで、日経2/26サイエンスに「サバから高級マグロ誕生」という
技術が紹介されています。真面目に本文の最終7行を心に留めたいところ
ですが、巨大な「〆鯖」だったら Ça va ? サヴァ? かしらと冗談で失礼
させて頂きます。 
Commented by stochinai at 2006-03-03 11:27
 もちろんハニーmさんのお気持ちはわかっているつもりでした。しかし、「普通の市民感覚」という視点も大切であることは私も認識しているつもりです。目先の必要性に目を奪われることなく、長期的な視点で国を運営することこそ政治家の役割だと思うのですが、そういう意味では今の日本に政治はないということを感じます。
 日経サイエンスの記事は読んでおりませんが、チンパンジーにヒトの赤ちゃんを産んでもらうというような話でしょうか。生物学的には不可能ではないことも、いろいろと考えながらやらなければならないのが今の科学の難しさでもあります。
by stochinai | 2006-02-23 22:15 | 生物学 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai