5号館を出て

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残念な盗用・絶版騒動 (追記あり)

【追記2】
 雨崎さんのブログの新しいエントリー「フェミニズム(?)の逆鱗に触れた大江秀房本」を読むと、事件の顛末がなんとなくわかったような気になります。是非、ご覧下さい。

【本文】
 ブルーバックスから本を出させていただいて、幸いなことに売れ行きも好調で喜んでいたところなのですが、同じブルーバックスで残念な絶版・回収騒動が起こってしまいました。

 ことの発端は、大江秀房さんという方の書かれた「科学史から消された女性たち ノーベル賞から見放された女性科学者の逸話」というブルーバックスが、昨年の12月に出たことです。私も、ずっと前に似たようなタイトルの本が出ていたような気がすると思っていたのですが、それは工作舎という出版社から1992年に出た「科学史から消された女性たち アカデミー下の知と創造性」という本でした。

 実はどちらも私は中にまで立ち入って読んだことがなく、まあ科学の世界でも女性を正当に扱わなくてはならないという声が大きくなってきた今、タイミングとしては悪くない本がブルーバックスから出たというくらいに思っておりました。ひょっとしたら、前に出た本の訳をした人が、同じタイトルで解説本を出したのかもしれないというくらいの認識でおりましたところが、2月21日に雨崎良未さんのサイトに衝撃的なエントリー「盗作の境界はどこ「科学史から消された女性たち」事件」が出て、ブルーバックス本は工作舎本およびあちこちの本から文章を盗用して作られており、「事件」になっているということなので、びっくりしてしまいました。

 「事件」のあらましは、雨崎さんのサイトをたどることでほぼ完璧に知ることができますので、敢えて繰り返しませんが、今日になって事件は急転直下講談社がこの本ばかりではなく、同じ著者が1年ほど前に出したブルーバックス「早すぎた発見、忘られし論文」も、他の本や論文から多数の盗用が見つかったとして、回収・絶版にする措置を取ったと発表したというニュースが飛び込んできました。講談社ブルーバックスのサイトでも緊急のお知らせが出ています。

 大江さんはフリーの科学ジャーナリストということですが、ジャーナリストというものは常に既存の事実や評論、コメントなどを調査して文章にする作業をしていますから、どうしても過去の文章に引っ張られて自分の文章を書いてしまうことも多くなると思います。たくさんの原著から少しずつのデータを集めて自分でまとめ上げる時には問題は起こりえないと思うのですが、すでに過去に総説のような形でまとめ上げられているものを読んでしまうと、非常に危険だというのはわかります。

 実はすでにそのような文章が過去に書かれている場合には、改めて自分が書く必要はなく、単に引用すればすむところなのですが、解説本などを書こうとするときには、簡単な引用ですませることができずについつい「もとの解説を自分の解説本に取り込んでしまう」ということなってしまうということが起こり得るのでしょう。

 たとえ、文章を横においてまる写ししたというようなことはなくとも、文章を書いて生活しているライターさんだと前に読んだ他人の文章が脳の中に焼き付いており、あたかも自分の脳が創作したかのように他人の文章がすらすらと書けてしまうということもありそうな気がします。

 一番良いことは、他人がすでに書いてしまったアイディアは自分で決して繰り返さないことだと思います。そういう意味で、類似先行作品があった場合には自分の文章の中に先行作品のアイディアが入り込んでいないかということを必要以上にチェックするという作業が必要になると思います。

 しかしそれはやはり、困難でおもしろくない作業になると思いますので、すでに先行作品がある場合には、自分は書かないというのが最良の選択だと思います。

 ただ、今回の「事件」でひとつだけ腑に落ちないことがあります。それは、私達が書かせてもらったブルーバックス「新しい高校生物の教科書」の執筆過程では、編集者の方から何回も何十回も著作権侵害になるようなこと(図、写真が主でしたが)だけは気をつけて欲しいと注意され続けていたからです。教科書などは、すでに出ている著作物(図、写真、文章さらにはアイディア)からの参照や引用なしには書けるものではありませんが、あくまでも既存の著作物からは内容情報を借用する場合にはデータのみを自分の脳内に入れるにとどめて、出力する時には自分の脳の回路と出力回路(手)を使ってオリジナルなものになった時だけ使えるのだと理解しています。

 オリジナリティをもっとも重要視される科学の世界では、生のデータを論文の形で出力しますので、ねつ造はあっても盗作は起こりにくい世界です。しかし、科学の内容だけではなく、科学者の生き方や科学の世界を取材し伝える、ライターやコミュニケーターの世界では、どうしても二次情報、三次情報の形になっているものを利用して取材するということも多くなりますから、こうした事件が起こりやすくなるのだと思います。

 私が関係している、科学技術コミュニケーター養成ユニットでも、これを他山の石として受講生たちを育てていかなければいけないと、身の引き締まる思いのする事件でした。

【追記】
 今回の素早い講談社の調査と判断は良くわかる気がしました。少なくとも、どこまでやったんだかわからない「調査」に時間ばかりかかって、しかも出した結果が玉虫色の判断や処分だけという、論文ねつ造事件に対する大学や研究所の対応と比べるとフットワークの良さにはさわやかさのようなものを感じました。

 アマゾンに行ってみると、絶版・回収が決まった2冊の本がベストセラーの3位と4位に躍り出ていてびっくりしました。なくなる前に手に入れたいという気持ちや、希少本になって値が上がるかも知れないという思惑もあるのでしょうか。世の中というものは一筋縄ではいかないものです。
Commented by inoue0 at 2006-03-09 23:12
「早すぎた発見~」の方はすでに読んでます。大しておもしろくない本でした。タイトルに偽りがあって、「早すぎた」わけでもないし、「忘れられた」わけでもない業績ばかりだったからです。(メンデルは確かに一度忘れられたが)
 一般に知られていない学者を紹介するならまだわかるんですが、ガロア、ギプス、アボガドロ、アレニウス、ツィオルコフスキーなど、超有名人ばかりでしたし。
Commented by inoue0 at 2006-03-10 06:52
「科学史から消された女性たち」の感想も、聞くところでは
「知られていないと銘打たれてはいるが、その筋では知らなきゃもぐりなほどの有名な女性たちばかりだ」
だそうで、大江さんの著作って看板倒ればっかりなんじゃないのでしょうか?(たった2冊から結論するのもどうかあと思うが)
 一言で言えば、「薄い」んですよ。
「ノーベル賞?ああ、あの、大発見した科学者がもらえる賞でしょ?」
ぐらいの知識しかない人が読んで「へえ~」と思う程度。小学生のころの私が読んでも、退屈だと感じたと思う。
 科学論なら、もっと優れた本が文庫本でいくらでもあるのに、どうしてこういうつまんない本が売れるのか(科学論で1万部越えたらヒットでしょう)。
Commented by stochinai at 2006-03-10 14:46
 出回っている「科学関連本」のかなりのものは、すでに出ている他の本の焼き直しではないかとも思われます。inoue0さんから見ると、改悪されていると思われるのかも知れませんが、「読みやすくされた簡易版」の科学本に対する要求はあるのだと思います。
by stochinai | 2006-03-09 21:11 | つぶやき | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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