5号館を出て

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苦闘する国立大学

 NHKのクローズアップ現代で、毎年予算が減らされつつある国立大学のことが取り上げられていました。

 運営交付金が一律1%毎年減らされている現状がさらりと触れられていました。1%というとなんだそのくらいと思われるかもしれませんが、10年経つと10%減るということです。公立大学法人は、現在89校あるということになっていますので、全体としてみると毎年小さな大学がひとつずつくらいなくなるくらいの予算が削減されているということを考えるとかなり深刻な事態と言えます。(番組を見て、そのように感じた人はほとんどいないと思います。)

 削減され続ける資金対策として、あちこちの大学でやられている産学連携と寄付作戦の話が出てきました。産学連携に関していうと対応できる学問分野はきわめて限られたものだけで、どちらかというと学問というよりは技術分野と言うべきものだけが対応可能です。もうひとつの寄付に関しても、相当なネームバリューのある大学でなければ大口の寄付などを集めることは期待できません。

 いずれの話も、それに対応できない大学に対しては「お前はもうすでに死んでいる」を宣告していると思いました。

 しかし、大学は何のために必要で、そのコストは誰が払うのかという視点なしに、大学がどうやって生き残るのかという、いわば技術論をいくらこねくり回しても意味がないと思います。

 付け足しのように言っていた、「役にも立たない」理学や文学をどうするのかという議論も、単になくなってしまっても大丈夫なのかという昔から繰り返されてきた脅し文句の蒸し返しです。たとえノーベル賞を取った方がおっしゃったとしても同じだと思います。いつか役に立つかもしれないという議論も説得力はありません。

 そもそも大学で行われている学問・研究と教育を、誰が必要としているのかあるいは必要としていないのかという議論をしなければ、結論など出るはずもありません。そして、必要なものが絞り込まれた時に初めて、そのコストを誰が払うのかという話ができると思います。税金で払うのか、大企業に儲けさせて一部を還元させるのか、学生に払ってもらうのか、寄付でまかなうのか、いろいろな方法があり得ると思います。

 いずれにしても、直接必要な人あるいはそれが日本にとって必要だと思った人が、その必要に応じて払う額を決めるというのが真っ当な議論ではないでしょうか。そのためにも、国立大学法人は何をやっているところなのか、ということを選挙民の皆さんに知ってもらう必要があります。すでに現時点で、国立大学は税金で運用されているのですから、我々には大学の活動を納税者に説明する義務があります。もっと言うならば、選挙民の方々がお金を出しても良いと思うまで説得することが求められています。

 きちんと説明した上でもいらないと言われるのであれば、無用の長物ということになります。さっさと閉鎖しましょう。国立大学法人などなくても、どうしても学問・研究をしたい、教育を受けたいという欲望があるならば、そういうものが地球上からなくなってしまうことなどありません。
Commented by マルセル at 2006-03-15 22:50 x
チト意味もなくダラダラと書きなぐりました<(__)>
★大学っていろんな膿があるようです
無能な教員に大枚の無駄金を払っており、本来なら年1%の経費削減は容易いと思われている
でも学内ではそういう人たちが権力を握っており、実際にしわ寄せが来ているのは有能な研究者の研究費である
大量のオーバードクターを出すなど、有能な教員を雇うシステムになっていない
★大学って無駄なところが必要な理由
大学とは国家の品格を著した藤原さんの言う、いわゆる無駄な学問と美意識の殿堂であり、これがなくなると国家消尽を招くはず、なのでそんなとこに本来市場原理を入れるべきではない
Commented by hal at 2006-03-16 13:16 x
確かにマルセルさんの言うように、削減すべき教員ほど学内政治運営に時間を割けるがために権力を握っており、しかもそういう教員ほど市場原理という言葉のなかに研究業績というものまで含めて、「市場原理を入れたら落ち着いて教育などできない」と声高に言っているのが現状です。
そうでなくても、大学における基礎研究の重要性や教員における研究業績の重要性(単に週に数コマの授業だけしていても終身雇用されることのおかしさ)など多くの別個の問題が経費削減問題や労務問題と絡んで、全体の議論が非常にややこしくなっているというのに、彼らのおかげでますます大学の進む方向がおかしなものになっています。
Commented at 2006-03-16 16:01 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by habichan at 2006-03-16 22:56 x
先日の金曜日読者会でも、この話題がでました。

哲学とか文学とか、お金にならないからと国立大学まで軽視して良いのだろうか?という話。「お金がすべて」「不備がある法律を放置している方が悪い」という論理がまかりとおる世の中になってしまうのでは?と危惧しています。
Commented by inoue0 at 2006-03-17 00:49
 その番組見てませんが、朝日の新聞記事で「毎年1%削減」「東大は産学協同ではトップの実績」「一方、小規模大学では全く協同研究などはない」
とかなんとか。
 しかしですね、東大で最初に科学系のノーベル賞を取った小柴教授がやってた研究は「ニュートリノ観測」で、あんなものに企業が金を出すわけないでしょう。
 私は母に「ニュートリノ観測って、一体どういう意味があるの?」と聞かれて、
「いろいろな意味があるけれど、たとえば、ニュートリノの観測を地道に続けると、ニュートリノの質量がわかって、この宇宙が、この先も膨張し続けるのかどうか、途中で膨張が止まって、自分自身の質量によって収縮をはじめて、ビッグバンの反対のビッグクランチがおこるのかどうかがわかる」
「雄大な話ねえ・・・」
 まったく雄大な話で、1年先の利益で頭がいっぱいの民間企業が、数百億年先の宇宙の運命なんかに興味を示すはずがないし、その必要もないと思います。
Commented by tanatanatanatana at 2006-03-17 14:21
運営費補助金の減額等に加えて、これからは少子化の波も確実に大学に押し寄せます。
旧帝大クラスは問題ないでしょうが,地方大学がいかに乗り切るかが見物であります。
私見ですが、その手っ取り早い解決法はおそらく、国公立大学法人が付属高校を作ってしまうことかもしれないと思っています。
東京学芸大など数法人の付属高校は,もともと教員養成課程のために設立されたものであると思いますが,私がここで言うタイプの付属高校というのは,将来的に系列大学へ進学することを選択肢に入れてもらう目的ということです(私学と同じですが)。
受験制度や入学金の減免を行ったりすれば簡単に学生は集まりそうですし,なにより系列大学への準備機関としていろいろ有利な点があろうと思います。
(ちょっと話が外れますが,北大の学生について高等学校の理科科目の補充授業を別途行っていることを耳にして驚きました。受験制度が引き起こした弊害とも言えますが)
きっと10年もすると地方大学を中心にそのようになるのではないかと思っています。
これが生徒さん,大学,国に将来にとって果たして良いのか悪いのかは分かりません。
Commented by habichan at 2006-03-17 15:07 x
理科の補習どころではありません。
九州の某国立大学(理系)では、あまりに論文の日本語レベルが低いので、語学の単位の中で(英語とかドイツ語等にまじって)「日本語」が選択できると聞きました。
Commented by stochinai at 2006-03-17 21:32
 北大にも「日本語」の講義がありますが、あくまでも留学生向けのものだと理解しておりましたが、確かに日本人がとっても良いのかもしれませんね。
 北大でも物理、生物を中心にリメディアルという名の高校生物の授業を行ってきました。しかし、春からはほぼ全員がその「補充授業」を受けるようになります。極端にいうと、高校理科は「死んだ」という判断です。
Commented by habichan at 2006-03-17 22:12 x
そういえば、今年は例の悪評高い「ゆとり教育1期生」が大学に入る年ではなかったでしょうか?

理科だけでなく、教科書に「これ以外は書くな」という縛りがある事自体が問題だと思います。もっと「テストにはでないけれど発展的な記述」が許されても良いのではないかと思います。
義務教育は教科書は無償配布なので、あまり分厚くなっても経費がかかるかもしれかせんが、少子化で発行部数は減ってくるのですから、1冊あたりの経費をもっとかけても良いと思います。
高校教科書は有償なので、もっと厚くなっても良いと思います。
Commented by stochinai at 2006-03-17 22:34
 そうです。ゆとり一期生2006年問題の幕開けです。

 ブルーバックス高校理科の教科書シリーズをよろしくお願い申し上げます(^^;)。検定外だと自由に書けるのですが、文科省は検定教科書から逸脱した大学入試を厳格に監視しているようなので、結局生徒は検定教科書の「範囲」しか勉強してくれません(汗)。誰が、教育をダメにしているか、良くわかりますね。
Commented by tanatanatanatana at 2006-03-18 00:03
「リメディアル」、そうそうそれです。
学習指導要領、ホントに誰のためにあるのでしょうか?
「〜は深入りしない」とかいうの大嫌いです。
4月より、ある公立高校に理科教員としての職を得ることになりました。
国はいきなり動かせないけど、都道府県単位だったら今の規制緩和の波に乗せていけるかなと密かな野望を胸に。
Commented by マルセル at 2006-03-18 02:11 x
> 文科省は検定教科書から逸脱した大学入試を厳格に監視しているようなので

てか、知識より理学的な考え方をする学生をいかにみつけるテストをすべきじゃないですか、それと学部・学科を決めるのは教養が終ってからで十分のような気がします
Commented by inoue0 at 2006-03-18 12:58
>それと学部・学科を決めるのは教養が終ってからで

そりゃ、昔の北大の進路振分け制度そのものですよ。東大は今も進路振分けを維持していますが。
 しかし、その東大で、従来の履修内容についていけずにオチこぼれる学生が増加しているのだから、頭が痛い。
 元東大学長の有馬氏は、退官後の講演において、18歳人口と東大入学定員の比をグラフで示し、
「これだけ競争率が低下しているのだから、入ってくる学生の学力が低下するのも当然だ。高校教育が全く同じであっても、やっぱり学生の学力が低下しているだろう。入学者の質を保つには定員を抜本的に減らすしかない。それができないなら学生に合わせて、低学力者を引き上げる工夫をしなくてはならない」
とおっしゃったそうです。
Commented by alchemist at 2006-03-18 13:56 x
京都の水産学科の先生の話では、学部単位で募集して教養が終わって振り分けるようにしたら、水産学の好きな学生が減ってしまった、とか。少々出来が悪くても水産学の好きな学生が集まっている方が良いとのこと。
学内で優秀な学生が集まる自信のある学部は進振りでも何でも構わないんでしょうけど。
Commented by Inoue at 2006-03-18 14:42 x
 水産学でしたら(私の想像では)、学生の希望と実態にあまり差はないんでしょうが、大方の理系学科は高校生の想像の範囲外にあります。数学ですら、厳密な証明法になじめずに転学科する学生が跡を絶たないわけで、入学後の進路変更の余地は残しておくべきだと思いますよ。定員の3割程度を転学科や転入分として空けておくとか。
Commented by alchemist at 2006-03-18 15:55 x
その点は学部ごとに考えれば良いことのような気もします。
京都の理学部は一括募集で専門は希望したところに進める制度をとっていたはずで、あの場合、希望すれば専門を選ばなくても良かったかと(科学記者を希望するのなら各分野を広く浅く知っておくという選択もあり、とかいう理由で卒業研究も選択になっていたハズ)。学部間の移動は移動先の学部の合格最低点を越えていれば、相手の学部が受け入れるといえばそれで可能という制度でした。高校の倫理の先生は、この制度を利用して医学部から哲学に移ったと聞いています。
Commented by stochinai at 2006-03-20 21:00
 北大理学部では、今年から「大くくり入試」を始めました。入試では、物理・化学・生物・地学が得意な受験生がそれぞれ有利になるように得意科目の得点が高くなるように傾斜配点をして合否の判定をします。しかし、それにもかかわらず入学後は全員が「ただの理学部生」になり、1年半後の学科分属を目指して競争を開始するというシステムです。私の個人的意見としては、この制度は昔の北大のように全学に拡大されたならばそこそこうまくいくように思いますが、理学部というような小さなくくりでやるとかなり混乱が起こると思っています。でもまあ、やると決めたのですから、その中でできる限り不幸になる学生を減らす努力はしたいと思います。
 学内外の皆さまには、監視をお願いします。
by stochinai | 2006-03-15 21:01 | 大学・高等教育 | Comments(17)

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