2006年 10月 04日
遂に出た「試験」中携帯検索
今日から1年生の基礎生物学の後半講義が始まりました。第一回目だったのでこれからの講義を進める上での参考とすべく、私としては別に本当の試験じゃなくて、第1学期にどんなことを習ったのか知りたかっただけなので、資料を見てもいいし、まわりの人と相談してもいいですよということで、抜き打ちの「試験のようなもの」をやりました。
第1学期の基礎生物学では、主に分子細胞生物学を学んだはずなので、生命の起源や、細胞膜やATP、体細胞分裂と減数分裂について質問してみました。そして最後に、誰も答えられないだろうとは思いながらも、数日前のニュースになったノーベル医学生理学賞受賞の対象となったRNAi(RNA干渉)について知っていることがあったら書いてくださいと書きました。
そうしたら、223名の中に不思議な回答がふたつ出てきました。
ひとつは私ですらほとんど記憶にない受賞者の名前を2人とも書いて、遺伝子治療への応用が期待されるというようなことが書かれていたもので、もう一つはただ「不正である」と書かれていたものです。
後者に関してはそれ以上のことは書いてありませんが、おそらく東大の多比良さん達がからんだ論文ねつ造事件のことを書いているだと思いました。ノーベル賞の新聞記事にもそのことが言及されていたので、読んで記憶していたのかもしれません。一言しか書いてありませんでしたが、印象に残った「回答」でした。
問題は前者です。まさか、どんなに記憶力が良いとしても、大学1年生が受賞者の名前まで書けるものでしょうか。そこで考えた結果、あり得る可能性としては携帯でニュースを検索したのではないかということです。現場を押さえたわけではないので断言はできませんが、おそらく間違いないでしょう。
試験前に電源を切らせるなどの指導はしていると思いますが、日本では大学入試の試験場に携帯を持ち込むことまで禁止されているところはないと思います。お隣の韓国では携帯による大規模なカンニング事件が発覚してから、かなり厳しく取り締まられているようですが、日本ではそれほど厳しい話は聞いたことがありません。
近頃の若者の携帯使いこなし術はスゴイものなので、おそらくキーを見なくても打ち込める技を持っている学生もたくさんいると思われます。そうなると、本当の試験の時にでも、ほとんど誰にも気付かれずに携帯で答を検索するということをやる輩が出てきても不思議はないでしょう。
そういうものに対する対処として、今後は試験場で携帯の妨害電波を出すなどのしかけが必要とされる時代が来ることも予想されます。タダでさえ大学のお金がなくなってきているのですから、そんなことにまた大金を使ってこちらの研究費が減るのはかなわないのですが、間違いなくそういう流れが予想されるのが今の日本ではないかと感じます。
私が個人的にやる試験では、資料の持ち込みを許可することが多く、もしも全員が携帯で検索ができるということならば、それを許可した上でさらに個々人の能力の差が出るような問題を出すこともできると思っていますので、今回の事例に対してそんなに否定的な感想を持っているわけではありません。
逆に、全員にコンピューターでも貸し与えた上で、ITリテラシーを含めた生物学の試験をやっても良いくらいに思っているのですが、あまり受けいられそうもない意見なのでしょうね。
第1学期の基礎生物学では、主に分子細胞生物学を学んだはずなので、生命の起源や、細胞膜やATP、体細胞分裂と減数分裂について質問してみました。そして最後に、誰も答えられないだろうとは思いながらも、数日前のニュースになったノーベル医学生理学賞受賞の対象となったRNAi(RNA干渉)について知っていることがあったら書いてくださいと書きました。
そうしたら、223名の中に不思議な回答がふたつ出てきました。
ひとつは私ですらほとんど記憶にない受賞者の名前を2人とも書いて、遺伝子治療への応用が期待されるというようなことが書かれていたもので、もう一つはただ「不正である」と書かれていたものです。
後者に関してはそれ以上のことは書いてありませんが、おそらく東大の多比良さん達がからんだ論文ねつ造事件のことを書いているだと思いました。ノーベル賞の新聞記事にもそのことが言及されていたので、読んで記憶していたのかもしれません。一言しか書いてありませんでしたが、印象に残った「回答」でした。
問題は前者です。まさか、どんなに記憶力が良いとしても、大学1年生が受賞者の名前まで書けるものでしょうか。そこで考えた結果、あり得る可能性としては携帯でニュースを検索したのではないかということです。現場を押さえたわけではないので断言はできませんが、おそらく間違いないでしょう。
試験前に電源を切らせるなどの指導はしていると思いますが、日本では大学入試の試験場に携帯を持ち込むことまで禁止されているところはないと思います。お隣の韓国では携帯による大規模なカンニング事件が発覚してから、かなり厳しく取り締まられているようですが、日本ではそれほど厳しい話は聞いたことがありません。
近頃の若者の携帯使いこなし術はスゴイものなので、おそらくキーを見なくても打ち込める技を持っている学生もたくさんいると思われます。そうなると、本当の試験の時にでも、ほとんど誰にも気付かれずに携帯で答を検索するということをやる輩が出てきても不思議はないでしょう。
そういうものに対する対処として、今後は試験場で携帯の妨害電波を出すなどのしかけが必要とされる時代が来ることも予想されます。タダでさえ大学のお金がなくなってきているのですから、そんなことにまた大金を使ってこちらの研究費が減るのはかなわないのですが、間違いなくそういう流れが予想されるのが今の日本ではないかと感じます。
私が個人的にやる試験では、資料の持ち込みを許可することが多く、もしも全員が携帯で検索ができるということならば、それを許可した上でさらに個々人の能力の差が出るような問題を出すこともできると思っていますので、今回の事例に対してそんなに否定的な感想を持っているわけではありません。
逆に、全員にコンピューターでも貸し与えた上で、ITリテラシーを含めた生物学の試験をやっても良いくらいに思っているのですが、あまり受けいられそうもない意見なのでしょうね。
アハハ、、やられましたね 韓国並ですね
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最近は携帯が時計代わりの学生も多いですし、大学の教室には壁掛け時計がない場合がありますからね。難しいですね。
コンピュータありの試験、賛成です。社会に出ればある意味、限られた時間で世の中のあらゆる情報から必要な情報を抽出してまとめる技術が必要ですもんね。あ、でもそれは生物学とは直接関係ないかなぁ。。。
コンピュータありの試験、賛成です。社会に出ればある意味、限られた時間で世の中のあらゆる情報から必要な情報を抽出してまとめる技術が必要ですもんね。あ、でもそれは生物学とは直接関係ないかなぁ。。。
よく話題になりますが、どっかのネット資料をカット&ペーストでレポートする学生さんもいますので、注意を要しますね。Googleするなんてもう普通ですから、でも、こっちも同じネット資料見ていますので、そうは簡単にはいかせませんが、、(^O^)
資料をみても周囲と相談しても良いと言うことであれば、携帯での検索は駄目だと特定して釘をさしたのでない限り、別にずるでもなんでもないと思ってしまうのですが。検索も能力の一つです。それに>どんなに記憶力が良いとしても、大学1年生が受賞者の名前まで書けるものでしょうか<とつぶやきさんはおっしゃっていますが、小学生だろうが、老人だろうが、強い興味を抱いたことであれば覚えていても不思議ではないと思えるのですが。つぶやきさんの講義を受けているということは、本来、その方面に興味があって受けているということなのですから、素人が覚えていたということとは訳が違うような気がします。

コンピュータありの試験なら、自分でホームページを作ってそこにいろいろな知識を書き込んでおけばかなり有利ですね。まぁ、事前に調べたのは本人の能力ですし、それもありとしてしまうというのは一つの手です。
一つ疑問に感じるのは、暗記力が必ずしも必要な能力かということですね。ここまで情報化が進んだのなら、外部の情報にアクセスしてそれを引き出すのも同等に重要な能力と言えないでしょうか。
今回思ったのは、別に検索しようが何しようが、知っていたから書けたわけで、その情報にたどり着く能力は正当に評価されるべきではないでしょうか。べつにノートも書かず、プロトコルも見ずに実験をしたところで、何ら褒められることはありません。むしろきちんと情報を集め、結果を正確に記すものが評価されるのが研究の世界ではないのですか?
一つ疑問に感じるのは、暗記力が必ずしも必要な能力かということですね。ここまで情報化が進んだのなら、外部の情報にアクセスしてそれを引き出すのも同等に重要な能力と言えないでしょうか。
今回思ったのは、別に検索しようが何しようが、知っていたから書けたわけで、その情報にたどり着く能力は正当に評価されるべきではないでしょうか。べつにノートも書かず、プロトコルも見ずに実験をしたところで、何ら褒められることはありません。むしろきちんと情報を集め、結果を正確に記すものが評価されるのが研究の世界ではないのですか?

「若い時からもう既に”不正・ねつ造予備軍”としてこういうヒトが存在するんっだなぁ」と、考えながら読んでしまいました。
が、不正をしたと決まった訳ではないので、時事問題に強い関心をもった若者がいるもんだ!と思いたい。学部に一人くらいこういった人間がいてもおかしくないですよね。
が、不正をしたと決まった訳ではないので、時事問題に強い関心をもった若者がいるもんだ!と思いたい。学部に一人くらいこういった人間がいてもおかしくないですよね。

>今後は試験場で携帯の妨害電波を出すなどのしかけが必要とされる
「カンニング対策」ということに限定すれば、このような方法しかないのかもしれませんね。でも、携帯にテキストを打ち込んでおいてそれを見るという手もありますから、やはり携帯の持ち込みは厳しく制限すべきなのでしょうが、テストの度に厳重なボディチェックをするわけにもいかないでしょうから、なかなか悩ましい問題ですね。
「カンニング対策」ということに限定すれば、このような方法しかないのかもしれませんね。でも、携帯にテキストを打ち込んでおいてそれを見るという手もありますから、やはり携帯の持ち込みは厳しく制限すべきなのでしょうが、テストの度に厳重なボディチェックをするわけにもいかないでしょうから、なかなか悩ましい問題ですね。
本人の名誉のために言っておきますが、私は今回の件に関しては「おもしろい」と思っただけで、当人が不正をしたとは思っておりません。ただ、同じ技術を使って入学試験・入社試験などでも「不正」ができるなあと感心したのです。逆に、こういうテクノロジーが発達してくると、旧来の試験方式にしがみついている限り、「不正を防ぐための対策」に膨大なエネルギーを割かざるを得なくなることは間違いないですね。

仮にこの人が検索かけてたとしても、それは「資料参照可」と言われたからであって、普通の試験では使わないんじゃないのかな?私も資料見ていい試験でネットにつないでもずるとは思いません。
でも現状(普通の)試験がそのようなものでない以上、ネット接続を防止する措置が必要でしょうね。
私はそれは携帯を教室外に預かった上で(複数持ちなどによるカンニングに対しては)その科目以外の一切の単位も取得を認めない、情状によっては前年分とかも取消、というペナルティの強化しかないと思います(協力者に対しても)
でも現状(普通の)試験がそのようなものでない以上、ネット接続を防止する措置が必要でしょうね。
私はそれは携帯を教室外に預かった上で(複数持ちなどによるカンニングに対しては)その科目以外の一切の単位も取得を認めない、情状によっては前年分とかも取消、というペナルティの強化しかないと思います(協力者に対しても)
実はカンニングや不正に対してもっとも敏感に反応するのは、同級生達なのです。しかし、たとえ発見したとしても自分で追求することはまずありません。そして、それを発見し懲罰できなかった大学側を強く非難するのが普通です。もちろん、我々も試験監督をしていて不正を発見した時には、それなりの対応をしますけれども、50人もの学生を1人か2人で監督しているときには見逃すことは必ずあると思います。しかし、学生から現場で不正を報告された経験は一度もありません。わかるようなわからないような学生の気持ちです。
上でも何人かの方が仰っているように、『資料を見てもいいし、まわりの人と相談してもいいですよ』ということであれば、なぜ携帯で検索することが咎められることになるのか腑に落ちません。
考える力を問うのであれば、コピー&ペーストだけでは当を得た答えを出しにくい質問をするよう心掛け、限られた時間内での情報加工能力を問うのであれば持ち込みを一切自由にし、人格を問うのであればSPI試験と面接を併用するなど、試験制度を工夫すべきかと思います。
また、試験に限らず趣旨というのは、学生に限らず大人も思い込みで決めつけ、自分の考えた趣旨に反する行為は「不正だ」と主張することが往々にしてありますので、趣旨を説く時間を十分取るのが一番の解決策ではないでしょうか。趣旨を読み取る力を問うことこそ、一番大切なのだと思いますが。
考える力を問うのであれば、コピー&ペーストだけでは当を得た答えを出しにくい質問をするよう心掛け、限られた時間内での情報加工能力を問うのであれば持ち込みを一切自由にし、人格を問うのであればSPI試験と面接を併用するなど、試験制度を工夫すべきかと思います。
また、試験に限らず趣旨というのは、学生に限らず大人も思い込みで決めつけ、自分の考えた趣旨に反する行為は「不正だ」と主張することが往々にしてありますので、趣旨を説く時間を十分取るのが一番の解決策ではないでしょうか。趣旨を読み取る力を問うことこそ、一番大切なのだと思いますが。
>50人もの学生を1人か2人で監督しているときには見逃すことは
>必ずあると思います。
必ず!?
こちらのほうは問題ある発言とおもいます。事実はどうあれ、大学は学生に「学士」なりなんなりの資格をあたえる機関です。しかたない、でいいのですか?
ちなみに私自身も教鞭をとったことはありますから、実態はよく知っています。そのうえでのコメントです。
>必ずあると思います。
必ず!?
こちらのほうは問題ある発言とおもいます。事実はどうあれ、大学は学生に「学士」なりなんなりの資格をあたえる機関です。しかたない、でいいのですか?
ちなみに私自身も教鞭をとったことはありますから、実態はよく知っています。そのうえでのコメントです。
私自身は、試験でカンニングをしてもほとんど意味のない成績評価を心がけています。また、誤解を与えたかもしれませんが、カンニングを発見しても見て見ぬふりをするという意味の「見逃す」ではありません。努力しても「見落とす」です。人間ですから、見落としは起こりうるという意味です。
さらに、今は学士さまというだけでは社会は評価してくれません。卒業したかどうかについては確かに差があるとは思いますが、就職試験では大学の成績すら要求しない企業がほとんどで、大学で不正をしてまで良い成績をとってもご利益がない現実がありますので、学生もそんなに必死になって不正をしなくなっているような気がします。
さらに、今は学士さまというだけでは社会は評価してくれません。卒業したかどうかについては確かに差があるとは思いますが、就職試験では大学の成績すら要求しない企業がほとんどで、大学で不正をしてまで良い成績をとってもご利益がない現実がありますので、学生もそんなに必死になって不正をしなくなっているような気がします。
であれば試験する必要がないような気もしますけど。きっと試験だけでなくレポートとか授業態度とかそういうもので総合的に成績評価するって意味ですね、うんうん。
学士の現状はおっしゃるとおりですね。でもそれだと大学の存在意義もうすいということ。うーむ、、、このままでいいのだろうか、、、
学士の現状はおっしゃるとおりですね。でもそれだと大学の存在意義もうすいということ。うーむ、、、このままでいいのだろうか、、、
そうですね。私も単位を出す義務がありますので、試験をしたりして評価をしていますが、試験にも評価にもそれほどの意味はないと思っています。
人を育てるという意味での、大学の存在意義は新制大学ができた時からなかったのかもしれません。もちろん、このままで良いわけはないのですが、、、、。
人を育てるという意味での、大学の存在意義は新制大学ができた時からなかったのかもしれません。もちろん、このままで良いわけはないのですが、、、、。
by stochinai
| 2006-10-04 18:26
| 教育
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