5号館を出て

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生物学的には100%親子でも

 向井亜紀さん夫妻がアメリカで代理母に産んでもらった子どもの出生届を、品川区役所が受理するようにと高等裁判所が先月29日に判決を下したのですが、予想どおり品川区は最高裁へ許可抗告を申し立てました。

 今回のケースでは、双子の子どもは間違いなく向井亜紀さんの卵とご主人の高田延彦さんの精子が受精して生まれたことは、証明できるようです。つまり、誰が産もうと生物学的には向井亜紀さんと高田延彦の遺伝子を50%ずつ受け継いで生まれた実子です。

 しかし、生物学的に親子であることが日本国内で法的に親子関係を構成しないことは、先日の死亡したご主人の精子で生まれた子供が、その方の子供であることが裁判で正式に否定されたことからもはっきりしています。

 そもそも、親子とは何か判断するための日本の法律は、凍結した精子による人工授精とか、他人の子宮を借りて胎児を育てるなどという代理母などということは想像することすらできない時代に作られたものです。性行為以外で子どもができることすら想定しておらず、何十年も前に始まった人工授精についても、生物学的父子関係は問わずに「認知」などというあいまいな条件で実子であるかどうかを決めているのが現状ではないでしょうか。

 裁判で判断しようとしているのは、生物学的親子関係ではなく、いわゆるこの国の家族関係を維持していくための「公序良俗」なのだとしたら、最高裁判所で向井さんが勝訴することは極めて難しいと思われます。

 今回、向井さん夫妻は子ども達の将来のことを心配しておられるというようなことを強調しておられましたが、未来に大人になる子ども達にはありのままを話しても、きっと理解してもらえると思います。そこまでして、この世の中に送り出してくれて、さらには普通の子たちと同じ実子であるということを国に認めさせようと闘ったという話を聞けば、絶対に感謝してくれるはずです。

 彼らにとって、法律上のことよりも向井さん夫婦に大切に育てられることと、どのような形であれ法律で認められた親子関係が構築されればまったく問題ないでしょう。法律上は養子でもいいじゃないですか。生物学的には、間違いなく親子であることはいつでも証明できるのですから。

 それよりも、実は他の女性のお腹で育てられたのに、それをまったく意識せずにすむような処置(戸籍上の措置など)がとられて育った後で、「ほんとうのこと」を知る方がダメージが大きいのではないでしょうか。

 形ではなく実をとることで、子ども達は幸せに育つと思います。それはそれとして、国会では法律の整備も進めていただきたいと思います。
Commented by もも at 2006-10-12 07:19 x
 医療が進化して、さまざまな難病が治癒されることは、望むところです。しかし、そうした根源的医療と、欲望を満足させる技術とは別個に考えるべきではないでしょうか。
 子宮を病気で摘出した、でも子どもが欲しい。だから人の子宮を利用してそこで育てて、生まれたら貰った。遺伝子が親のものだから、私の子、というのは、あまりにも視点が狭いというか。「なんでも思いどうりにする」という強引さが感じられて、共感できません。
 子ども本人は出自に関与できませんので「なんで、どうして」という思いが生じるでしょう。そのとき、「こうやって、こうやって」と説明すしても、たぶん自分なりに納得するまでに人生の長い時間を要するでしょうね。親というのは、なにかしらの運命を子どもに生まれながらに背負わせてしまうものでしょうが、ハンディが大きすぎる気がします。「自分が子どもが欲しかったから」でいいのかな、と。
 産みたくてもお金のない人との格差は、ドンドン広がっていくのでしょうね。格差社会ですね。
Commented by GORO at 2006-10-12 07:51 x
医療技術が進んで、他人の母胎で実子を育てる、死んだ夫の精子で人工授精させる、このようなことが可能になったのは、子どもに恵まれない人たちにとって非常に心強いものかもしれません。

しかし、やはりどうしても「これでいいのか?」という疑問が拭い切れません。その理由は、ももさんが仰っていることとほぼ同じことです。このような「受胎操作」が法律的にも簡単にできるようになってしまうと、そこにどうしても「人間のエゴ」が入り込んでしまうような気がしてなりません。

実際、外国では「精子バンク」がビジネスとして成り立っており、男性のプロフィールを掲載した「メニュー」で好みの男性(の精子)を選び、人工授精するということも行われています。選ぶ側は、男性のルックスや学歴などを優先して選ぶようになり、高学歴の男性の精子は高く売れる、などという「精子のブランド化」が進んでいると聞きます。これが倫理的に許されることなのか、私には判断ができかねます。
Commented by GORO at 2006-10-12 07:51 x
(続き)
ごく普通の夫婦間での不妊治療ならば抵抗はありませんが、他人の腹を借りたり、見ず知らずの人間の子を産み育てる、といった、自然の摂理に大きく反することが「普通の行為」になってしまえば、必ずどこかにそのしわ寄せが来るような気がしてなりません。

ちなみに、私が向井亜紀さんと同じ立場に置かれたとしたら、両親を亡くした子ども達を養子縁組して「育ての親」として生きることを選択するだろうと思います。
Commented by tosh3141 at 2006-10-12 10:45
こんにちは
生物学的な親子関係はいつでも科学的に証明でき、養子縁組で法的な親子関係が確立するなら、役所がこの出生届を受理してもしなくても、結果は一緒、ならば、希望通り受理してもいいんじゃ?と思ったりもするのですが...どうでしょうか?代理出産だったと本人が言うから、役所もわかるわけで、向井亜紀さんが子宮を失ったなどと戸籍には書いてわけですし。
代理出産の倫理的な問題と、妊娠中の胎児の権利の考え方は、とても難しいような気がします。でも、生まれてきた子どもについては、法的な親子関係、子どもの親権者、国籍などがが確定すればいいわけでしょうから、生物学的な親子関係の証明付きの出生届なら、出産の形式によらずそれを受理することに、あまり問題があるとは思えず、もし、受理しないという判断が示す社会的に受け入れがたい行為があるとしたら、それは、別の仕組みで規制や制限していく方がいいのではという気がします。
Commented by ヨシダヒロコ at 2006-10-12 16:47 x
GOROさん、
>ちなみに、私が向井亜紀さんと同じ立場に置かれたとしたら、両親を亡くした子ども達を養子縁組して「育ての親」として生きることを選択するだろうと思います。

両親が生きているのに捨てられる子もいます。
向井さんもこの辺は一度は考えられたようですよ。
一度わたしも養子について話をして知人と言い合いになったのですが、自分の遺伝子にこだわる人もいるようです。養子縁組はあまりこういう場合の選択肢として普及していないですね。
Commented by rabbitfootmh at 2006-10-13 01:31
TB&リンクさせていただきました。
「子供の幸福のため」とご夫妻は発言しておられますが、その“こだわり方”を見ていると、どうも「自分自身(向井さん)が罪悪感を抱かないように」がんばっていると、私には感じられてなりません。
「赤ちゃん取り違え事件」の判決もあり、「親子」について考えさせられる今日この頃ですね。
Commented by a at 2006-10-13 10:33 x
以前新聞で、「今の若いお母さんたちの中には、いつまでも自分が一番かわいい自己中心的な人がいる。子供がかわいいのではなくて、子育てに頑張っている自分がかわいいんだ。その頑張っている姿を周りが認めてくれることに生きがいを感じて、肝心の子供に目が行っていない人がいる。」というコラムを読みました。なるほどと思いました。向井さんがなぜこんなに頑張っているのかが、理解できる気がしました。「私はそうじゃない」と反論されてしまいそうですけど。
私は、医学を含めた技術進歩と倫理の問題は別個に考えたほうがいいと思います。そこを混同するから、わからなくなるのだと思います。
Commented by stochinai at 2006-10-13 20:57
 向井さんががんで子宮をとってしまって子供を妊娠することができなくなったのは向井さんの責任ではありません。もちろん、何も知らずに医師の手で受精されて、第3者の子宮に着床させられ、生まれてきた子たちにもなんの落ち度もありません。問題は、営業として他人のお腹を借りて自分の子を育ててもらっていいのか、ということなのだと思います。貸す方も借りる方も満足している契約に則っているのだからいいのだ、ということだと売春防止法とか臓器売買禁止などの法律が成立する根拠がなくなります。
 我々には、まだまだ考えなければならないことがたくさんありそうです。
Commented by watarajp at 2006-10-15 17:30
上の stochinaiさんのコメントにはっとしました。
契約関係だから何でもOKだとすると、なんでもお金で買える。

売春防止法、臓器売買禁止 根拠なくなりますね。やっぱり!!

でも実態は、海外で(日本でもひそかに)やり放題というのも同じですね。
Commented by stochinai at 2006-10-15 21:24
 なんでも自己責任でやり放題にさせるのではなく、個人の責任において自由にさせるところと、国が責任を持って管理するところを決めておかないと、判断の安定しない裁判ばかりが増えそうな気がします。
Commented by 脳死オタク at 2006-10-15 21:30 x
今回の代理出産の問題も、臓器移植の問題も、いつくか共通点があると思います。

1、有償無償にかかわらず、善意の第三者の協力が必要なこと

2、技術があって、当事者たちが合意しているのに、ナゼ反対するのかと強調し、自分の正しさの証明を法に求めていること

3、経済的に恵まれた人たちだけが恩恵に与ること

4、自然法ともいえる、生死の概念を人の手によって変えようとしていること

5 つきつめれば、個人の都合や生死の欲望などの枠組みから脱却しておらず、例外的事例を普遍的なレベルへと、法律を味方につけて強引に引き上げようとしていること

などなどでしょうか

ある例外を認めると、どういう結末になるのか、我々は人間の尊厳を守るために慎重な考えなければならない時が来ていますね。

法律以上に大切なのは、人として決して超えてはならない一線があるということではないでしょうか。





Commented by stochinai at 2006-10-15 23:42
 脳死オタクさん、すっきりとまとめていただきありがとうございました。人とし越えてはならない一線とは言い換えると倫理だと思うのですが、それを市民ひとりひとりが身に付けるにはどうしたら良いでしょうね。そもそも「弱い人間」が競争と倫理を両立させて生きることなどできるのでしょうか。
Commented by hal at 2006-10-16 12:39 x
人として越えてはならない最低限の一線は法律であり、それ以上の一線としての倫理は個人によってさまざまです。日本では倫理がアメリカ同様に法律モデルとなってしまっていますが、本来的に一律に規定できるものではありません。それに、バチカンやJames Watsonまでもが反対声明を出した体外受精も今や普通の医療行為になっていることを考えれば、人間の尊厳はそうたやすく侵されるものではないと思われます。
生殖医療も臓器移植医療も、現状は脳死オタクさんのまとめた通りですが、判定の緩みや闇市場、トラブルのコントロールなどに関しても予想される問題点のほとんどは、個人間の契約任せではなく必要な部分には国が介入して管理することで、解決できるはずです。
臓器提供にある程度の金銭授受を認める方が社会的に安全であるという論調も増えてきています。生殖医療も同様かもしれません。
また、臓器移植や生殖医療に限らずあらゆる医療に経済的格差は古今東西つきもので、それを理由に反対することはナンセンスでしょう。
Commented by stochinai at 2006-10-16 15:03
>予想される問題点のほとんどは、個人間の契約任せではなく必要な部分には国が介入して管理する
 ということは、私も賛成です。このような問題に関しては、コンセンサス会議などを開催するのも良いと思いますので、中央官庁の方々もCoSTEPに受講に来てください。
Commented by watarajp at 2006-10-16 23:02
脳死オタクさんのまとめ、共感できます。というか全くそのとおりです。
私のブログで引用したいです。いいでしょうか?
Commented by stochinai at 2006-10-16 23:21
 私はOKと言いたいところなのですが、本来は脳死オタクさんが許してくれればうれしいですね。脳死オタクさんも冷静な方のようなので、とりあえず引用のいきさつを記述してあれば大丈夫ではないかと思われます。
Commented by 脳死オタク at 2006-10-17 06:46 x
>watarajpさま
 はじめまして。
 脳死オタクです。 
 ブログでの引用、オーケーですよ。私が書いたやつがお役に立てるなら使ってやってくださいね。
いろいろな人の意見も知りたいと思っています。

 
Commented by 脳死オタク at 2006-10-17 20:47 x
>stochinaiさま
 レスが遅くなり、m(--)m
 
>人とし越えてはならない一線とは言い換えると倫理だと思うのですが、それを市民ひとりひとりが身に付けるにはどうしたら良いでしょうね。そもそも「弱い人間」が競争と倫理を両立させて生きることなどできるのでしょうか。
倫理をひとりひとりが身につける最も簡単な方法は
実際には、人は誰しも弱いものなので、口でいうほど簡単ではないのですが、
「相手の立場になって考えてみること」 だと思うのです。

こういう例があります。
私が脳死移植の取材をしていたとき、こう言い放った若いお母さんがいました。「自分の子どもが移植でしか、助からないなら、募金でも何でもして臓器を手に入れて助けたい。でも、誰かのために臓器を提供するのは、いやだ」と。
確かに、正直ですが、そういう発言を平気でできる感性が怖い。
だって、ふつう、自分がいやなことは他人もいやでしょう、ね?

ちなみに、私は
尼僧である大叔母から、ときたま、通夜の最中に、死んだはずの人がよみがえった話を聞かされるので、万が一の可能性を考えて、脳死移植には慎重なのですよ。だって、痛そうだもん


Commented by 脳死オタク at 2006-10-17 21:06 x
>halさま
 レスが遅れて申し訳あれません。
>判定の緩みや闇市場、トラブルのコントロールなどに関しても予想される問題点のほとんどは、個人間の契約任せではなく必要な部分には国が介入して管理することで、解決できるはずです。

ご指摘の通り、臓器移植法同様に、生殖医療についても、早急に法整備することが望まれますね。私もそう思います。

>臓器提供にある程度の金銭授受を認める方が社会的に安全であるという論調も増えてきています。生殖医療も同様かもしれません。
 
私の記憶では、生殖医療は、すでにビジネス化していて、米国では代理母や卵子提供のアルバイトが新聞広告などにも堂々と出されて、お金に困った日本人留学生も経験したことがあるという記事が毎日新聞に連載されてました。臓器移植の金銭授受については、移植推進派こそ慎重なのではないでしょうか。宇和島の臓器売買で一番、ショックだったのは、善意の提供者に感謝し真面目に取り組んできた推進派の方々だったと私は推察しています。


Commented by hal at 2006-10-17 22:08 x
>脳死オタクさま
レスありがとうございます。
金銭授受に関してですが、現在の臓器移植推進派はどうも何やら人の善意というものに(金銭授受でショックを受けるほどに)宗教じみた感覚をもっているような気がします。上のコメントに例としてあげていらした「怖い発言を平気でした若い母親」が、私にはむしろ世間の典型であるように思うのです。そうなれば、臓器の需要と供給のバランスはいつまでもずっとかけ離れたままでしょう。カナダで飛行機事故に遭って脳死でもないのにさっさと脳死判定されてしまった日本人旅行者たちのように判定が緩んだり、闇市場が生まれたりすることにつながることも予想されます。そこでお金のある人達は違法になるまで海外で移植手術をしてきたわけですが、その実態は世間ではすでに広まっていて、特に推進派でも反対派でもない普通の人々は、それに眉をひそめ、今やしかるべき機関のきちんとした管理の下で、善意ではなく適正なお金で取引させればよいと思い始めていると、私は感じています。
そうであれば、まして生殖医療の代理母はきちんとした手当ての下でビジネスとして行う方が、よほどどちらの側のひとにとっても安心な環境になるはずです。
by stochinai | 2006-10-11 23:53 | 生物学 | Comments(20)

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