5号館を出て

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遺伝的には親子、法律的には兄弟姉妹

 我々生物学者の思考実験をすら簡単に越えてしまったことが、現実に起こっているようです。

 実の娘夫婦の受精卵を妊娠して育てた母親は、生物学的には子供を持てない状態(つまり老化により、自分では受精のための卵を作らなくなっていた:閉経状態)にあったと言います。そのような人を代理母にするということは、想像すらしておりませんでした。

 実の娘は子宮がんで子宮を摘出しており、自分では妊娠・出産はできなくなっていました。つまり、向井さんの場合と同じようなケースだったわけですが、代理母を金銭的な契約を介して完全な第3者に依頼するのではなく、自分の実の親に頼んだということのようです。

 このようなケースでは、おそらく金銭的な問題は生じないと思われるのですが、いくら肉親とは言えもはや生物学的には自分の子供を持たないまでに「老化」した人に、子供の妊娠を託すというのは、子供(受精卵)にとっても、また子宮を貸した祖母にとってもかなり危険な賭だったと思われます。

 今回はたまたま、うまくいって子供が無事に生まれ、祖母もなんとか生命に別状なく出産を乗り越えたようですが、もしもどちらかあるいは両方ともに問題が生じたとしたら、今回の発表はなかっただろうと思われるケースです。もしも、祖母の方に何かがあったら、過失障害、場合によっては過失致死が十分想定されるようなことを強行した医師の行動を認めても良いのでしょうか。

 私には、この成功の陰にたくさんの失敗が隠されていることが想像されてなりません。

 人間を実験動物として扱っているような気がしますし、成功したからといって決して許されることではないというのが、今回のケースに対する私のコメントです。
Commented by もも at 2006-10-17 08:54 x
では、向井さんの場合は、代理母が若かったから許されるのでしょうか。
妊娠の一連の経過が身体に及ぼす危険性は、若くてもかなり高いのではないでしょうか。
母体として「この人はよくて、この人は良くない」という、動物的選別のように受取れますが。
Commented by stochinai at 2006-10-17 10:17
 もちろん、許されるとは思っておりません。

 生物学的な適性からいうと(ヒトを実験動物として考えると)、若く生殖年齢にある女性を使った方が(実験が成功する確率という見地から)ベターだとは思います(実験動物としてどちらを選ぶかという意味です)が、それとそういう行為をして良いかどうかということは全く別の問題です。そもそもヒトは実験動物ではないので、実験をするということ自体が許されないでしょう。

 ともかく、今の生殖医療は、世界一優秀と言われる日本の産婦人科医にとっては「非常に簡単」な技術になりますので、野放しにするととんでもないことになることが予想されます。
Commented by hal at 2006-10-17 12:54 x
加齢に伴ってヒトの(卵や卵巣ではなく)子宮の機能がどれほど劣化するのかが明らかでない現段階では、今回の事例は人体実験に限りなく近かったと私も思わざるを得ませんし、「実験動物のように扱った/失敗例もあると想像される」という指摘は外れていないと思います。
ただ、妊娠そのものは「生物として基本的にすることを予め想定された本来の体の機能」です。生体肝移植で肝臓を切り取られるのとはまるで違います。たとえば、3児の出産で妊娠に慣れっこの30歳の女性のリスクは、骨髄移植やまして肝移植のドナーとなるリスクより大きいでしょうか?肝移植はそうしないと死んでしまう患者に行いますが、ドナー/代理母とホスト/生物学的親のベネフィットとリスクのバランスとして、ハイリスクハイリターンの場合は可、ロー/ミドルリスクミドルリターンの場合は不可と簡単に決まるものではありません。もちろん、リスク回避と同時に代理母側の保障の問題もきちんと議論して手当する必要はありますが、何が何でも「野放しにするととんでもないことになる」ものでもありますまい。
Commented by hal at 2006-10-17 12:54 x
また、「動物的選別」は輸血ですらあり、適不適はどんな場合にもあります。
私は熱烈な推進賛成派ではありませんが、熱望する人の多い新しい医療技術がムードだけで世の中から拒絶されるのを諒とすることには反対です。個人的には向井さんの場合はいくつか問題があるものの一応は可、今回の場合は実験的な施術だったことで不可だと思っています。
Commented by watarajp at 2006-10-17 18:23
官房長官や厚生労働動大臣が、以前の答申(罰則を含む禁止)をにとらわれず見直しが必要と言い出したことのほうが怖いです。
世論は代理母ビジネス推進のほうが多いのでしょうか??
Commented by Vulcan at 2006-10-17 23:17 x
人体実験というのは非常に曖昧な気がします。あらゆる食物は人体実験を経て食用として定着したと考えますし、世の中の全ての行為、物質が直接・間接に人体実験的な過程を経ている、あるいは意図せずとも人体実験的な調査結果、統計データが収集されうると考えます。

したがって、掲題の件について、『人体実験的な背景の臭いがする』というご指摘は、当を得ていると思いますが、許されることかどうかは実証研究行為そのものではなく、その目的を倫理に照らし正邪善悪を判断すべきだと思います。

しかしながら、個人的には、こうした受胎行為について、倫理はまだほとんど確立されていないと考えており、したがって、正邪善悪も現時点では判断できないことのように思います。

となりますと、倫理観を確立するまでの小田原評定の間、代理出産を認めないで留め置くか、事例(判例)収集のために、明らかに認められないケースを限定列挙し、とりあえず時限的に認めながら限定事項を増やしていくかのどちらかの選択になるのではないかと思います。
Commented by ぢゅにあ at 2006-10-18 03:28 x
4年前のNY在住中、ローカル新聞に隣町で娘の子供を実母が代理出産というニュースがありました。当時の新聞は親子愛?なんて呑気なことを言ってましたけど、人体実験ともなると全く別問題ですね。
by stochinai | 2006-10-16 23:19 | 生物学 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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