2004年 12月 13日
新聞記者の原著論文
共同通信の記者さん達が、署名入りで「ニュース日記」というブログを運用しています。
今日から新しいメンバーである相馬さんという方が加わり、早速書いているのですが、これがなんとも衝撃的な記事です。
「20年前の男」というタイトルで書かれた記事を読んでいただければわかるのですが、最近の日朝政府間協議で北朝鮮側の重要な人間として活躍している宋日昊(ソン・イルホ)氏の20年前の姿が生き生きと描写されています。
しかも、20年前と言えば、「中学1年生の13歳だった横田めぐみさんが、学校からの帰宅途中に拉致されたのが1977年11月」なので、記者が宋氏と会ったのは、めぐみさんが「両親から引き離されてすでに7年を経過、ちょうど20歳になる直前だったわけだ。当然、くだんの宋氏はめぐみさんたち拉致被害者の存在を知っていただろう。今から思うと、はらわたが煮えくり返る」と書いています。非常に力のある「ニュース」だと思いました。なぜ、これがニュースではなくブログなのでしょう。
逆に、最近のマスコミのニュースでは、どこの社もあたらずさわらずの伝聞記事が多く「関係者の話では」とか「政府の発表によると」とかしか書かれていないので、読んでみてもそれが本当か嘘かもわからなければ、良く考えるとニュース・ソースすらはっきりとしないものが多いように思われます。
そんな中で、この記事のような記者が見聞きした生々しい一次情報が語られると、ニュースはまだ死んでいないと思えるのです。
しかし、今やほとんどのニュースがどこかの誰かの発表や伝聞になってしまって「らしい」とか「話している」とか「明らかになった」とか「明らかにした」とか「したという」とかで結ばれるものが多いのです。ちなみに、この文末は、12月13日午後9時7分現在の、朝日コムのトップ5ニュースの第一パラグラフの文末をそのまま書き写したものです。かろうじて、第6番目のニュースだけが「は始めて」と断定しています。
考えてみれば、事件の現場にいるはずの記者は動きつつある事件そのものに接することができる可能性も高く、我々読者はそれも期待して報道のニュースを読み、見聞きするのだと思います。
そして、報道記者が特別の権利を持って事件現場に近づけるのは、一次情報を読者に伝えることが、市民の権利として認められてきたからだと思います。だとするならば、やはり記者の任務は、現場に行って生の一次情報に接し、それをオリジナルな「原著論文」として伝えることに他ならないと思います。
日本人は現在、サマワに派遣された自衛隊の状況を伝える報道記者を持っていないはずです。つまり、我々はサマワの「現実」は知らないということではないでしょうか。そうした状況で、自衛隊派遣やその延長の是非について正しい判断をできるはずはないと思います。
その意味で、天木直人氏のブログに書かれていたイラクから帰国した自衛官の講演には驚きました。第一次イラク派兵部隊を率いて帰任した番匠幸一郎一佐(現陸上幕僚監部広報室長)が次のように語ったというのです。自衛隊が派遣される前の訓練で『・・・5~10年分の弾を一、二ヶ月で撃たせた。これ以上撃てないというぐらい徹底して撃たせた・・・』というのです。
こんな調子なら、実はサマワでもかなりぶっ放しているのではないか、という疑いも生じますが、それを見ている報道がいるのでしょうか。イラク入りして殺された青年は、そんな状況に我慢ができなくなったのかもしれません。そうだとすると、「報道しない報道機関」が彼を死に追いやった責任の一端を負わなければならないのだと思います。
今日から新しいメンバーである相馬さんという方が加わり、早速書いているのですが、これがなんとも衝撃的な記事です。
「20年前の男」というタイトルで書かれた記事を読んでいただければわかるのですが、最近の日朝政府間協議で北朝鮮側の重要な人間として活躍している宋日昊(ソン・イルホ)氏の20年前の姿が生き生きと描写されています。
しかも、20年前と言えば、「中学1年生の13歳だった横田めぐみさんが、学校からの帰宅途中に拉致されたのが1977年11月」なので、記者が宋氏と会ったのは、めぐみさんが「両親から引き離されてすでに7年を経過、ちょうど20歳になる直前だったわけだ。当然、くだんの宋氏はめぐみさんたち拉致被害者の存在を知っていただろう。今から思うと、はらわたが煮えくり返る」と書いています。非常に力のある「ニュース」だと思いました。なぜ、これがニュースではなくブログなのでしょう。
逆に、最近のマスコミのニュースでは、どこの社もあたらずさわらずの伝聞記事が多く「関係者の話では」とか「政府の発表によると」とかしか書かれていないので、読んでみてもそれが本当か嘘かもわからなければ、良く考えるとニュース・ソースすらはっきりとしないものが多いように思われます。
そんな中で、この記事のような記者が見聞きした生々しい一次情報が語られると、ニュースはまだ死んでいないと思えるのです。
しかし、今やほとんどのニュースがどこかの誰かの発表や伝聞になってしまって「らしい」とか「話している」とか「明らかになった」とか「明らかにした」とか「したという」とかで結ばれるものが多いのです。ちなみに、この文末は、12月13日午後9時7分現在の、朝日コムのトップ5ニュースの第一パラグラフの文末をそのまま書き写したものです。かろうじて、第6番目のニュースだけが「は始めて」と断定しています。
考えてみれば、事件の現場にいるはずの記者は動きつつある事件そのものに接することができる可能性も高く、我々読者はそれも期待して報道のニュースを読み、見聞きするのだと思います。
そして、報道記者が特別の権利を持って事件現場に近づけるのは、一次情報を読者に伝えることが、市民の権利として認められてきたからだと思います。だとするならば、やはり記者の任務は、現場に行って生の一次情報に接し、それをオリジナルな「原著論文」として伝えることに他ならないと思います。
日本人は現在、サマワに派遣された自衛隊の状況を伝える報道記者を持っていないはずです。つまり、我々はサマワの「現実」は知らないということではないでしょうか。そうした状況で、自衛隊派遣やその延長の是非について正しい判断をできるはずはないと思います。
その意味で、天木直人氏のブログに書かれていたイラクから帰国した自衛官の講演には驚きました。第一次イラク派兵部隊を率いて帰任した番匠幸一郎一佐(現陸上幕僚監部広報室長)が次のように語ったというのです。自衛隊が派遣される前の訓練で『・・・5~10年分の弾を一、二ヶ月で撃たせた。これ以上撃てないというぐらい徹底して撃たせた・・・』というのです。
こんな調子なら、実はサマワでもかなりぶっ放しているのではないか、という疑いも生じますが、それを見ている報道がいるのでしょうか。イラク入りして殺された青年は、そんな状況に我慢ができなくなったのかもしれません。そうだとすると、「報道しない報道機関」が彼を死に追いやった責任の一端を負わなければならないのだと思います。
by stochinai
| 2004-12-13 00:00
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