5号館を出て

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科学史を勉強しよう

 研究室のメンバーを中心に(主に)最新の科学論文を読んで紹介し議論する「論文ゼミ」ということをずっとやってきています。研究室のメンバー以外にS医大のがん研究所のTさんが参加されているのですが、基本的にはうちのラボの内部で行われるゼミです。

 そういうわけですので、ラボのメンバーには必修でしたが、今までは特に正式な講義科目とはなっていませんでしたが、今年から理学研究院の大学院生向けの「進化発生学ゼミ」として単位認定科目として公開されています。正式な科目としてシラバスや時間割に載っていますので、講義として聞かせてくれるのなら履修したいという希望もあるのですが、自分で論文を探してきて読んで紹介するというゼミの方式を説明すると、ほとんどの人は辞退されてしまいます。

 ところが、その事情を説明しても、ぜひ参加させて欲しいという奇特な学生さんが現れました。といっても、実はすでに知り合いだった方で、CoSTEPの現役二期生で、理学研究院の科学コミュニケーション講座の博士後期課程の大学院生でもあるN村さんです。この「講義」は大学院修士(博士前期)課程が対象なので、後期課程のN村さんには単位すら出なさそうなのですのが、単位はいらないけどおもしろそうだから参加させて欲しいとのことでした。

 でもまあ、参加して他の人の話を聞くだけだとフェアじゃないしおもしろくもないでしょうから、N村さんに発表してもらうことになっていたのですが、今日がその日でした。

 科学コミュニケーション講座というのは、もともとは物理学専攻の中にあった科学史・科学論講座の流れをくんでいるグループなので、N村さんは科学史の勉強もしているのだそうで、今日は我々「素人」に科学史研究の入門講座をしてくれました。

 「Leviathan and the Air Pump: Hobbes, Boyle, and the Experimental Life」という本を紹介しながら、科学史研究というものはかの有名なThomas Kuhnの出現を挟んで、それ以前と以後にわかれるというところから始まって、この本のテーマである17世紀における「実験的方法」の確立のプロセスを解説してくれました。

 当時の最新科学機器である「空気ポンプ」をめぐりながら、まさに「科学」が立ち上がる時代の雰囲気を生き生きと話してもらいました。

 聞きかじりでいい加減に理解しているかもしれませんが、当時の科学が行われていた場所というのが、今まさに我々がトライしている「サイエンス・カフェ」の雰囲気そのものであるように感じられ、非常におもしろく感じました。

 そして、大衆を説得することや、人前でデモンストレーション実験をすること、さらには他の人に追試(複製)してもらうことによって、科学の「正しさ」が受け入れられていく過程がとても良く納得できました。当時、科学の正しさは「素人」の「科学を愛する人々(貴族?)」の受け入れられるかどうかによって勝負が決まるというような雰囲気だったようです。

 その後、科学は科学者という専門職に付託されるようになって今日に至っているわけですが、我々科学者が研究の正しさを主張するためにやっている実験や、再現性を保障するために論文の中に詳しく書く「材料と方法」などという項目の起源が、まさにこの時期に行われていたことにまでさかのぼることができることがわかり、とても良い勉強になりました。

 その場でも言ったのですが、理系の大学生全員には科学史の講義を必修にする必要があると強く思いました。なぜ、科学でウソをついてはいけないのか、なぜ論文のねつ造がいけないのか、なぜ研究費を不正に使ってはいけないのか、といったことは、科学史をしっかりと学ぶことによってかなり防ぐことができるのではないかと確信したのでした。

 科学においても異文化交流は非常に有益であることを再認識させられた時間でした。N村さん、たいへんにありがとうございました。また、お話聞かせてください。
Commented by N村です at 2006-12-19 02:22 x
 本日は、論文ゼミのお時間をいただき、話を聞いていただきありがとうございました。異分野の方に聞いてもらうことで、いろいろ感じることがありました。このような機会をいただき感謝しています。
 また、論文ゼミに参加させてもらって、NatureやScienceなどの最新生物学論文に触れることができたのも、大いに刺激になりました。論文の読み方が、論文の書き方や実験プランの立て方につながっていくようなコメントが随所にあり、教育的価値の高い論文ゼミだと感じています。
Commented by inoue0 at 2006-12-19 02:37
私は村上陽一郎の著書をかなり読んでいますが、彼は論文ねつ造がなぜいけないのかは明確には説明できないと書いています。この問題はクリヤーカットな解決法があるわけではない。
 むしろ、村上が提案しているのは、研究資金の分配や事後評価に非専門家(科学者であっても別分野の人)を加えて、ピアレビュー以外の評価を行うことで、研究の暴走を防ぐといったことです。
 科学史を必修化しろという意見には大賛成です。私は村上が講義している大学にいましたが、文系学生しか採れない選択科目で、これから実験科学者になろうという学生が採れないんで、無意味だなぁと思ってました。
Commented by kk at 2006-12-19 04:40 x
 私も大学院生の時に村上氏の著書にとても感銘を受けました。それと同時に、バイオサイエンスの実験室の現場ででこういう考え方の重要性を理解出来る人がどのくらいいるのだろうかと考えたこともありました。今CA州にいます。UCで公開されていたscience ethicsの講座をきく機会がありました。ES細胞についての議論でしたが、講演者は実験科学者、法律家、宗教家、それから科学史の専門家など多岐に渡り、聴衆は一般人です。アカデミアの研究現場では予算の多くを税金に頼っているため、研究成果、論文、予算獲得に忙しくなってついおろそかにしがちな部分ですが、inoue0さんとおなじく、研究に従事する人は、どこかで科学史について触れておく必要があると思います。
Commented by ヨシダヒロコ at 2006-12-19 10:02 x
stochinaiさま、先日はなんか前に書いたような内容をメールしてしまいました。タイムリーだったようですが。

それで、科学史に興味はあるが、入門書としては何がいいでしょうかね。村上氏でしょうか。本文中の洋書、ペーパーバックの癖に高すぎます(泣
Commented by stochinai at 2006-12-19 12:24
 私こそ、科学史入門書を教えていただきたいところです。どなたか、アドバイスをよろしくお願いします。
Commented by alchemist at 2006-12-19 13:14 x
能力不足で易しい本しか読んだことありませんが、広重徹の近代科学再考とかどうでしょう?それともクーンの科学革命の構造みたいな本とか・・・。古いですか。
Commented by umishida at 2006-12-19 16:18 x
科学史の本を読んでいたら、先輩に「そんなことに気を散らさないで実験しろ」と怒られたことがあります。その時は反論できなくて悔しかったのですが、今なら科学史の大切さを言えるかもしれないと思います。科学史の必修化、私も賛成です。
Commented by ヨシダヒロコ at 2006-12-19 20:16 x
alchemistさん、
>近代科学再考
ですね。どうも古本で探したほうが早そうですが、ありがとうございました。
Commented by stochinai at 2006-12-19 20:51
 広重徹とかクーンとか、懐かしいですね。学生時代、たとえ読んでいなくても買って持っていなければ恥ずかしいと言われた必読書がたくさんあったものですが、今はどうなのでしょう。
Commented by stochinai at 2006-12-19 20:53
 umishidaさん、ウミユリの産卵シーズンは終わりましたか。私の近くにも、研究室で読書禁止というところがあると聞いたことがあります。論文ですらダメというところもあるようで、眠る時間を削って自宅で論文を読むのだそうです。そこまでいくと、研究って楽しくなさそうに思えるのですが、楽しくなくてもやる価値があるものでしょうかね。
Commented by N村です at 2006-12-19 23:21 x
 科学史の入門書ということで読みやすく、価格も手ごろでとなると以下のような本が挙げられると思います。

1.「新しい科学論―事実は理論をたおせるか」
村上 陽一郎 著
講談社ブルーバックス (1979)

2.「新版 科学論の展開 -科学と呼ばれているのは何なのか?-」A.F. チャルマーズ 著(高田紀代志、佐野正博訳)
恒星社厚生閣(1985)(原著、1982)

 以上の2冊には、クーンと、クーンのあと少しまでの、概説がなされています。書かれた時期は古いのですが、科学史に一番活気があった頃の内容が記されています。

 科学哲学にも関心のある方は、こちらがおすすめです。

3.「科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐる」
戸田山 和久 著
日本放送出版協会 (2005)

クーン以降の科学史、科学論の流れを知りたい方は、こちらをどうぞ。

4.「科学論の現在」
金森修、中島秀人 編著
勁草書房 (2002)

 ご参考になれば幸いです。
Commented by stochinai at 2006-12-19 23:44
 N村さん、感謝感激です。ありがとうございました。
Commented by umishida at 2006-12-20 01:27 x
>umishidaさん、ウミユリの産卵シーズンは終わりましたか。

ありがとうございます。無事に終わり、今はすくすくと育って1cm近い大きさになっています。

>研究室で読書禁止というところがあると聞いたことがあります。論文で>すらダメというところもあるようで

私が怒られたのは科学史よりも科学をやれ、というニュアンスでしたので、本を読むなということではありませんでしたが、読書禁止の研究室があるとはびっくりです。そういうところにはできれば行きたくないです・・・
Commented by N村です at 2006-12-20 02:30 x
 科学者が科学史を学ぶことの意義について、私が感じていることを少し。確かにumishidaさんの先輩がおっしゃったように、科学史を学んだからと言って、よい研究ができることにはつながらないと思います。しかし、科学史を学ぶと、先人たちが冒してきた失敗の轍を踏みにくくなるということはいえるのではないでしょうか。私は、科学者の皆さんには、科学史から、成功談や現代につながる考え方の系譜を知るだけでなく、むしろ、どのような考え方が視界から消え去っていったのか?どうしてあの時代は、壁をこられなかったのか?というような失敗談や、時代の限界を学ぶと、そこからご自分の研究分野の現代的状況を客観視できるきっかけが出てくるように思うのです。22世紀から21世紀の科学を見る視点を獲得するために、少しの時間を割くことは、悪くはないと思います。
Commented by T at 2006-12-20 10:01 x
いつもお世話になっております。S医大のT です。N村さんの科学史の講義は、興味深く良い刺激になりました。また、お願いいたします。私のH大の恩師は生化学者でしたが、上でN村さんのおっしゃった事を常々、おっしゃっておりまして、研究以外にも、生化学の歴史・著名な科学者の失敗・成功例等についてのお話をしていただいた事を良く憶えております。 良く”歴史に学べ”という話は聞きますが、科学において、この考えはあまり重要視されていないように思います。
Commented by Z at 2006-12-20 16:36 x
休憩時間で有名な某Y研究室は読書禁止だったと思いますよ。
Commented by stochinai at 2006-12-20 17:04
 自然科学系の研究室で、読書禁止は意外と多いかもしれませんね。まあ、「研究なんて楽しいものじゃない」とおっしゃる先生にもお会いしたことありますし、いろいろな方がいらっしゃいます。
Commented by stochinai at 2006-12-20 17:24
 Tさんの先生は偉い先生だったのですね。もっとも、我々が学生の頃は、全然関係のない生物学をやっている大学院生でも、みすず書房あたりから出ていた科学論や生物学の歴史、科学哲学や進化論の本を普通に読んでいたような気がします。
 哲学のない大学院生って、あり得ない存在だったような、、、、、。
Commented by ヨシダヒロコ at 2006-12-21 02:22 x
N村さん、助かります。ありがとうございました。
Commented by T at 2006-12-21 09:33 x
>哲学のない大学院生って、あり得ない存在だったよ な、、、、、。
私の学生時代(1980年代)でもそうでした。私の恩師も決して特別ではなく、他の先生達も似たような感じでした。
当時のH 大教養学部では、科学史や科学哲学のゼミへ参加する
理系の学生も多かったように記憶してます。
”科学革命の構造”は読んでなくても、知らない学生の方が少なかったように思います。今はどうなんでしょう?


Commented by alchemist at 2006-12-21 10:48 x
・・・科学革命の構造くらいは知っているという前提で講義してるんですが、近ごろの本離れの学生さんは知らない可能性が高いことに気がつきました。生化学の教科書を購入する学生さんが2割程度だそうです。そのくらいネットの玉石混交の情報を当てにしてます。先日、専門に上がってきた学生サンに生化学の教科書もマジメに読まないような学生さんはウチの学部では要らん、と放言したら、今年は購入者が増えた模様。
Commented by umishida at 2006-12-21 13:25 x
>もっとも、我々が学生の頃は、全然関係のない生物学をやっている大学院生でも、みすず書房あたりから出ていた科学論や生物学の歴史、科学哲学や進化論の本を普通に読んでいたような気がします。

私が以前いた、地質系の学科ではみんな色々な本を読んでいました。フィールドに行かないとデータが取れず、大学にいるときはデータ整理と論文書きとお勉強が主、という環境だったからかもしれません。
 生物の実験系に移って、実験はやろうと思えば一日中でもできるから、意識しないと本を読む時間が取れない、と思います。
by stochinai | 2006-12-18 23:59 | Comments(22)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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