5号館を出て

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論文ねつ造は懲戒解雇

 先日の大阪大学の論文ねつ造の「主犯」教授の懲戒解雇に続いて、東京大学でも論文ねつ造の「主犯」として、教授と助手が懲戒解雇されたということです。

 大阪大学のケースは、9月に研究科教授会が懲戒解雇を大学に求めていたのですが、教授が大学に不服審査を申し立てていて、その結論が20日に出たというものでした。今日のニュースでは東大の工学系研究科が懲戒解雇したという結論が発表されたものですが、教授の弁護士は実験担当者ではない教授を懲戒解雇するのは妥当ではないとして法的措置を検討しているそうですし、助手は処分が重すぎるとして地位保全の裁判を起こすと言っているようです。

 しかし、今回の処分の決定が前例となって、今後は国から多額の研究費をもらっている研究者が、影響力の大きな学術雑誌にねつ造論文を投稿して掲載され、後にそれがねつ造だと発覚した場合には、今後は同じような処分がなされることになるだろうと思われます。特にお金をもらっていない研究者が、誰も読まないような論文をねつ造したとしても、誰にも気づかれないということもありますが、同じような処分がなされるかどうかはわかりません。しかし、影響力の大きなものが優先的に処分されるということは不公平ではないと思います。

 科学研究における不正は発見することが難しいだけではなく、そもそもinoue0さんがおっしゃるように歴史的に見ても、ねつ造されたデータを使って構築された科学理論が科学の進歩に貢献した例など、実にたくさんあるのです。つまり、論文のねつ造がそのまま反科学的結果になるかどうかははっきりしていない事柄だと思います。またねつ造ではありませんが、誤った情報や信念に基づいてなされた大発見も枚挙にいとまがありません。

 さらには、ねつ造と間違いは紙一重というか、判別することすら難しいケースが多いのです。特に、今回問題になっている両ケースともが生物科学の研究であったということは単なる偶然ではなく、生物が絡む現象は厳密に言うと、まったく同じことが起こるということは決してありませんから、ある結果が偶然なのかねつ造なのか間違いなのか正しいことなのかについて簡単に判断を下すことができないことが多いのです。

 逆にいうとそういう性格を持った生物学研究では、何回か同じような実験を繰り返すことや、ポジティブ及びネガティブな結果が期待される対照実験をきっちりと用意することが要求されているのです。そうした手続きをきちんと採っていなかったということが非難されるということならばそれは妥当であり、今回の両者のケースにおいても基本的にはそうした点がチェックされているのだと思います。この点は本来、投稿された論文が雑誌に掲載されるかどうかを判断するプロセスで行われるものなのですが、ねつ造があるとそのプロセスが正常に機能しなくなりますので、論文掲載までの過程で、そうした妨害行為があったかどうかという点が審査され、その結果処分されたということならば、今回の処分は科学者コミュニティのとった態度としては正しかったと思います。

 ただし今回の処分が対症療法としては正しかったとしても、根本的病根には手を付けられていないことも指摘しておかなければなりません。

 多額の研究費を取り、たくさんの大学院生・PD・教職員などを動員して行われるビッグプロジェクト研究では、途中で研究費が途切れることはリーダー一人ががっかりしてすむようなことではなく、たくさんの人々の現在と未来に大きな影響が及ぶ「事件」になります。そんな状況の中で、決して悪意からではなく、仕方がなくあるいはむしろ善意から研究費の継続を願ってついつい論文のねつ造に手を染めてしまう悪魔のささやきが聞こえてしまうという現在の研究体制(それは日本だけの問題ではないのかもしれませんが、少なくとも日本国内の研究費配分のしくみはそうなっています)を何とかしない限り、同じような事件が起こる芽はつみ取られていないということを覚悟しておかなければなりません。

 いくら処分というムチでしばってみても、必ずそれをすり抜ける悪賢い人間は出てくるものです。また、そのムチの存在によって、冒険をして新しい分野へと研究を展開していこうとする研究者を萎縮させてしまうということも否定的な効果も生まれるでしょう。

 時間がかかったとしても根本治療を始めるべき時だと思うのですが、やらないでしょうね。
Commented by black at 2006-12-28 16:15 x
本来、研究とは予想がつかないもので、今のように成果主義に傾きすぎたやりかたでは日本の科学はジリ貧になるような気がします。基礎科学にお金をかけるような国には未来はありませんね。
Commented by stochinai at 2006-12-28 16:56
 基礎科学に競争的資金ということですよね。私もテーマ探索段階にある基礎科学には「薄く広く」資金を散布するほうが新しい研究がどんどん開拓されてくると思っています。ちょっと前までの日本の大学がそうだったのだと思います。その結果として、たくさんの面白い研究が大学で立ち上がってきたということを忘れて、集中的な予算配分を始めたのでこんなになっちゃったのだと思います。今後20-30年は「科学がつまらない」時代が続くのかもしれません。
Commented by black at 2006-12-28 19:07 x
コメントが間違ってました。「基礎科学にお金をかけないような国には未来はありませんね」でした。偉い違いでした(-_-;)
エセ経営学に、選択と集中というのがありまして、これは間違ったところを選択して資源を集中すれば潰れるわけで、今生き残っている企業で選択と集中が成功したという記事があるんですが、それは淘汰された結果です。研究ではもっともっと何を選択するかは難しく、研究資金で傾斜配分を強めると将来の研究はかなり危ういです。
Commented by stochinai at 2006-12-28 22:09
 了解しました。おっしゃるとおりだと思います。今、資金を投下されている研究が正しいかどうかをきちんと評価することをせずに、目先の利益だけでどんどんと集中化が進んでいます。近い将来、それが破綻したとしても責任をとるシステムがないのがいまのやり方なので、危うさは加速していると認識しています。
Commented by ぜのぱす at 2006-12-29 09:15 x
今回の件は、穿った見方をすれば、東大側は、当事者達が自発的に辞職して呉れるのを期待して処分を下すのを延ばしていたんではないでしょうか。ところが、何時迄も居座るので、仕方がなく懲戒解雇にしたのでしょう。それに対して、法的に対抗しようと悪足掻きをするとは、もう、言葉が有りません。
Commented by cogito at 2006-12-29 11:12 x
立花隆氏が、多比良教授にインタビューした動画があります。
http://sci.gr.jp/project/figment/movie.php
Commented by stochinai at 2006-12-29 15:18
 cogitoさんが紹介してくださったサイトの動画を、じりじりしながらもすべて見てみました。YouTubeの使い方としては正しいと思いますがが、見ているとぜのぱすさんがおっしゃるとおり、多比良さんはほとんど罪悪感を持っていないことが良くわかります。自分から辞めるなどということはありえない感じですね。

 ただし立花ゼミの取材は、いわば「被告」の単独インタビューですから、これだけでは片手落ちというものでしょう。本当にやる気があるのならば、調査委員会側の取材もして、まさに第3者として自分たちからみてどう判断できるのかというところまで迫っていただきたいと思います。
by stochinai | 2006-12-27 23:56 | 科学一般 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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