2007年 01月 08日
科学技術コミュニケーター利用のすすめ
先ほどから、本格的に雪が降り始めました。久々に、世界が真っ白の銀世界になっています。なんだか、ようやくクリスマスが来たような気分です。
今日は原稿を書いておりました。その一部で、理系の研究者がどうやって科学技術コミュニケーションをしたらよいのかということを書いていたら、結果的に「科学技術コミュニケーター利用のすすめ」みたいな文章ができあがってしまいましたので、ご参考までに転載しておきます。
----------
では、理系研究者は具体的にどんな科学技術コミュニケーションを行っていけば良いのでしょうか。ほとんどの理系研究者は専門家かあるいはその卵である学生・大学院生を相手にしたコミュニケーションの経験しかないと思います。研究者同士の場合には、共有しているものが多いのでコミュニケーションに技術はほとんど必要ありません。場合によっては、データの数値を示すだけで相手が理解してくれることさえあります。また、相手が専門の学生の場合にも、伝わらない場合には理解できない側に責任があるという態度に出ることも可能ですから、これまたコミュニケーションのための努力を怠りがちです。
大学教員の多くが最初にコミュニケーションの難しさを実感するのが、高校を出たての初年度学生を相手に講義する時だと思います。自分が研究の現場で使っている言葉がことごとく通じないという事態を前に、専門家以外の人に話をするといことの難しさに打ちひしがれた経験を持っていない研究者は珍しいのではないでしょうか。その状態から、いきなり流行の科学技術コミュニケーションである「サイエンスカフェ」とか「小学校に出前授業」とかができるわけがありません。普通の人々に科学技術を伝えるということは、決して簡単なことではありません。本書の第2部には、コミュニケーションのための具体的な手法がふんだんに紹介されていますが、ただでさえ研究・教育で繁忙な現場の研究者が、そうした手法をマスターして、市民と科学技術コミュニケーションするということもなかなか難しいことです。しかし、だからといってコミュニケーションを拒否することは科学者として自滅行為であることは上に述べたとおりです。
では、ほんの一握りのコミュニケーション能力に長けた「歌って踊れる研究者」を除く大多数の研究者は、どうしたら良いのでしょうか。幸いなことに、我々研究者と普通の人々をつないでくれる「科学技術コミュニケーター」というものが誕生しました。科学技術コミュニケーターは、研究者と市民の間に立って、最新の科学技術を科学者から市民へと伝え、また逆に市民が科学技術に対して持っている疑問や希望を研究者へと伝えるという役割をはたす、新しく出現した人材です。場合によっては、研究者自身がコミュニケーターを演じることも可能ですが、特定の専門領域に囚われることなく市民と交流するには、より市民に近いポジションにいて科学技術に対する広い興味を持っているコミュニケーターの力を借りるべきでしょう。今では、北大の科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)などで教育を受けた、プロフェッショナルなコミュニケーターも育ち初めています。
プロデューサーとしての科学技術コミュニケーター
科学技術コミュニケーターは、一般の市民に比べるとはるかに高い科学技術リテラシーを持っているのみならず、ある程度最新の科学技術に関する知識も持っており、市民の目線を持ちつつも研究者の専門の話を理解できる存在です。専門家はコミュニケーターと会話することによって、自分の話がなぜ市民に通じないのかを知ることもできるはずです。さらに、彼らはウェブや印刷物を含めた各種のメディアコミュニケーションの訓練も受けているため、研究者と市民の双方を満足させながら、納得のいくコミュニケーションを媒介するスキルを持っています。例えば、現在でも研究者自身の手によって多くのウェブサイトが作られていますが、その多くはデザイン的にも洗練されておらず、普通の市民が簡単に理解できる文章で説明されてはいないものがほとんどです。そのようなサイトも専門のコミュニケーターの助けを借りると、専門性を失うことなく市民にも理解され、しかもビジュアルにアピールするものに生まれ変わることでしょう。同じように、広報誌やポスターなども、単なる宣伝を越えたコミュニケーション・メディアとして生き返ります。さらに、彼らはサイエンスカフェやサイエンス・ギャラリーといった、対面型コミュニケーションにおいても、研究者と市民の間に立って双方が納得できる場を作る技法を身に付けています。いわば、科学技術コミュニケーターは科学技術コミュニケーションを演出するプロデューサーです。そうしたコミュニケーターを積極的に利用することによって、研究者と市民の双方にとって望ましい科学技術コミュニケーションが、比較的簡単に実現できることになったのです。
科学技術コミュニケーターとともに努力を続けることによって、研究者と市民からなる真の科学技術コミュニティを形成することができると思います。そして、その時に初めて研究者と大学が日本という社会において市民権を得ることができるような気がします。先は長いかもしれませんが、持続的なコミュニケーションの向こうに市民と科学の幸福な未来が期待できるのではないでしょうか。
今日は原稿を書いておりました。その一部で、理系の研究者がどうやって科学技術コミュニケーションをしたらよいのかということを書いていたら、結果的に「科学技術コミュニケーター利用のすすめ」みたいな文章ができあがってしまいましたので、ご参考までに転載しておきます。
----------
では、理系研究者は具体的にどんな科学技術コミュニケーションを行っていけば良いのでしょうか。ほとんどの理系研究者は専門家かあるいはその卵である学生・大学院生を相手にしたコミュニケーションの経験しかないと思います。研究者同士の場合には、共有しているものが多いのでコミュニケーションに技術はほとんど必要ありません。場合によっては、データの数値を示すだけで相手が理解してくれることさえあります。また、相手が専門の学生の場合にも、伝わらない場合には理解できない側に責任があるという態度に出ることも可能ですから、これまたコミュニケーションのための努力を怠りがちです。
大学教員の多くが最初にコミュニケーションの難しさを実感するのが、高校を出たての初年度学生を相手に講義する時だと思います。自分が研究の現場で使っている言葉がことごとく通じないという事態を前に、専門家以外の人に話をするといことの難しさに打ちひしがれた経験を持っていない研究者は珍しいのではないでしょうか。その状態から、いきなり流行の科学技術コミュニケーションである「サイエンスカフェ」とか「小学校に出前授業」とかができるわけがありません。普通の人々に科学技術を伝えるということは、決して簡単なことではありません。本書の第2部には、コミュニケーションのための具体的な手法がふんだんに紹介されていますが、ただでさえ研究・教育で繁忙な現場の研究者が、そうした手法をマスターして、市民と科学技術コミュニケーションするということもなかなか難しいことです。しかし、だからといってコミュニケーションを拒否することは科学者として自滅行為であることは上に述べたとおりです。
では、ほんの一握りのコミュニケーション能力に長けた「歌って踊れる研究者」を除く大多数の研究者は、どうしたら良いのでしょうか。幸いなことに、我々研究者と普通の人々をつないでくれる「科学技術コミュニケーター」というものが誕生しました。科学技術コミュニケーターは、研究者と市民の間に立って、最新の科学技術を科学者から市民へと伝え、また逆に市民が科学技術に対して持っている疑問や希望を研究者へと伝えるという役割をはたす、新しく出現した人材です。場合によっては、研究者自身がコミュニケーターを演じることも可能ですが、特定の専門領域に囚われることなく市民と交流するには、より市民に近いポジションにいて科学技術に対する広い興味を持っているコミュニケーターの力を借りるべきでしょう。今では、北大の科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)などで教育を受けた、プロフェッショナルなコミュニケーターも育ち初めています。
プロデューサーとしての科学技術コミュニケーター
科学技術コミュニケーターは、一般の市民に比べるとはるかに高い科学技術リテラシーを持っているのみならず、ある程度最新の科学技術に関する知識も持っており、市民の目線を持ちつつも研究者の専門の話を理解できる存在です。専門家はコミュニケーターと会話することによって、自分の話がなぜ市民に通じないのかを知ることもできるはずです。さらに、彼らはウェブや印刷物を含めた各種のメディアコミュニケーションの訓練も受けているため、研究者と市民の双方を満足させながら、納得のいくコミュニケーションを媒介するスキルを持っています。例えば、現在でも研究者自身の手によって多くのウェブサイトが作られていますが、その多くはデザイン的にも洗練されておらず、普通の市民が簡単に理解できる文章で説明されてはいないものがほとんどです。そのようなサイトも専門のコミュニケーターの助けを借りると、専門性を失うことなく市民にも理解され、しかもビジュアルにアピールするものに生まれ変わることでしょう。同じように、広報誌やポスターなども、単なる宣伝を越えたコミュニケーション・メディアとして生き返ります。さらに、彼らはサイエンスカフェやサイエンス・ギャラリーといった、対面型コミュニケーションにおいても、研究者と市民の間に立って双方が納得できる場を作る技法を身に付けています。いわば、科学技術コミュニケーターは科学技術コミュニケーションを演出するプロデューサーです。そうしたコミュニケーターを積極的に利用することによって、研究者と市民の双方にとって望ましい科学技術コミュニケーションが、比較的簡単に実現できることになったのです。
科学技術コミュニケーターとともに努力を続けることによって、研究者と市民からなる真の科学技術コミュニティを形成することができると思います。そして、その時に初めて研究者と大学が日本という社会において市民権を得ることができるような気がします。先は長いかもしれませんが、持続的なコミュニケーションの向こうに市民と科学の幸福な未来が期待できるのではないでしょうか。
うわ~。あわわ・・・。
プレッシャーかけてますねえ。
文章にあるようなプロデューサー的、科学技術コミュニケーターに少しでも近づけるよう日々努力いたします。
プレッシャーかけてますねえ。
文章にあるようなプロデューサー的、科学技術コミュニケーターに少しでも近づけるよう日々努力いたします。
0
上に同じく。
がんばります。
がんばります。
Commented
by
stochinai at 2007-01-09 16:07
プレッシャーと言うよりは、営業のつもりです(^^)。科学技術コミュニケーターは、我々にも必要な人材なので、どんどん増殖して金を稼ぐようになってください。それが、大学・研究所ひいては文科省・国家そして世界・地球のためになります。それだけは、断言できます。
Commented
at 2007-01-09 23:10
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
まさにその「金を稼ぐ」ところが肝ですよね…。
研究者に「余計な出費が増えた」と思わせず、「金を払うだけの価値があった」と思わせることが出来れば(=研究者自身にとって目に見えるメリットがあれば)、あとは自ずから軌道に乗っていくのだと思います。
そのためには、「無敵トリオ」さんたちのような意欲・能力・テンション(?)に溢れた方々を今後輩出し続けられるかが分かれ目でしょうか。
全然別のポイントですが、僕は個人的に
>> 研究者同士の場合には、共有しているものが多いのでコミュニケーションに技術はほとんど必要ありません。
というところが気になります。ほんの少し畑の違うだけの、隣接分野の研究者間コミュニケーションがあまり成立していないように思えるからです。これについてはまた考えたいと思ってます。
研究者に「余計な出費が増えた」と思わせず、「金を払うだけの価値があった」と思わせることが出来れば(=研究者自身にとって目に見えるメリットがあれば)、あとは自ずから軌道に乗っていくのだと思います。
そのためには、「無敵トリオ」さんたちのような意欲・能力・テンション(?)に溢れた方々を今後輩出し続けられるかが分かれ目でしょうか。
全然別のポイントですが、僕は個人的に
>> 研究者同士の場合には、共有しているものが多いのでコミュニケーションに技術はほとんど必要ありません。
というところが気になります。ほんの少し畑の違うだけの、隣接分野の研究者間コミュニケーションがあまり成立していないように思えるからです。これについてはまた考えたいと思ってます。
Commented
by
stochinai at 2007-01-11 01:36
そのとおりですね。研究者間というのは、ごくごく狭い領域にいる専門の研究者同士という意味なのですが、説明をはしょってしまいました。おっしゃるとおり、専門がちょっとずれるとまったく素人同士の会話になってしまうのも、「専門家」「研究者」の実態です。
Commented
at 2007-01-11 22:59
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by stochinai
| 2007-01-08 23:55
| CoSTEP
|
Comments(7)