5号館を出て

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やりたいことが見つからない

 大学生や大学院生がいざ就職を目指そうという時に発見する、自分の中にいる最大の抵抗勢力が「やりたいことが見つからない」という声ではないでしょうか。

 高校の時に、「やりたいことが見つからない」ならば、とりあえず大学に行けば良いということになります。最近ならば、大学でも「やりたいことが見つからない」ならば、とりあえず大学院に行こうという風潮です。しかし、大学院も修士を終えて博士課程に進もうかという時にも、「やりたいことが見つからない」からといってズルズルと博士課程に進むのは危険じゃないかという一般的認識ができつつあります。これは、良いことです。

 博士課程に進学することが誤りだということは、もちろんありません。しっかりと現実を認識した上で、「やりたいことは研究だ」と言いきれる人が博士課程に進むことが祝福される環境を整えるのが、我々の役割ですし、政府の責任だと思います。ただし、現状が甘くはないことは確認しておきましょう。

 さて、山田ズーニーさんという方がいらっしゃいます。その不思議なお名前だけはかなり前から知っておりましたし、ものを書く方であるらしいということも知っておりましたが、何一つ読んだことはありませんでした。それが、最近podcastで『山田ズーニー の 「おとなの進路教室。」』という番組を聞くようになって、ファンになりました。

 この番組では、大人になってから、進路を変えた(転職した)ゲストを呼んで、経歴、悩み、問題意識、そしてそれを乗り越えたブレークスルーの鍵などをインタビューの中から探り出していきます。

 今年にはいってから、在日朝鮮人の崔在哲(チェジェチョル)さんをゲストにいろいろと聞いていて、それはそれでまあそこそこにおもしろかったのですが、今日聞いた2月1日の「Lesson12 やりたいことを見つける方法 (mp3ファイル)」には感動しました。ゲストがチェジェチョルさんということになっているのですが、彼は話の中に2度ほど出てはくものの、まったく登場しません。

 その代わりにズーニーさんが、自分の過去を振り返り、「やりたいことが見つからない」人に「やりたいことを発見した自分の経験」を話してくれています。中味はぜひとも、上にリンクされたmp3を聞いていただきたいのですが、「やりたいことが見つからない」と悩んでいる人には福音になってくれるような気がします。

 多くの人は、自分が好きなことで、自分が他の人よりも才能を持っている「天職」のようなものを、自分がやりたいこととして探そうとしている、とズーニーさんは言います。彼女もずっとそう思っていたそうです。

 編集者としてずっと打ち込んできた編集という仕事、しかし会社をやめたとたんに編集という仕事そのものをするということができなくなって、自分を失ってしまったそうです。しかし、逆にその喪失感と、追い込まれた状況が彼女が「本当にやりたいこと」を発見する力になってくれたというのです。

 ある日、文章を書いてくれないかという依頼があったそうです。その時、彼女はものを書くことは正直に言って「嫌い」で、やりたいことは編集だと思っていたのですが、追い込まれた状況の中でついつい引き受けてしまいます。しかし、そこからが大切なところです。

 彼女はその「嫌な」仕事に120%の力を投入して仕上げたのだそうです。できた時には、編集者としての自分の目からみたら、まったく自信が持てないものしかできなかったと思ったそうですが、それがネットで公開されるやいなやあっという間にたくさんの「いいですね」「ありがとう」「助かりました」というような声が集まり、編集者にも「いいね。それ」と言われたのです。

 この経験が、彼女に「自分のやりたいこと」を発見させたと言います。

 それまで、「自分の中にやりたいことがある」と信じ切って、人や社会からの働きかけを拒絶しようとしていた「閉じていた」自分が、不本意で自分ではやりたくないと思っていることを人に頼まれた時に120%の力でやることで、自分が社会に対して「開かれた」ということなのだそうです。そして、この自分を開くということが、鍵なのです。

 結論は、「やりたいことは自分と人とのつながりの中にある。そして、それは自分を100%出して見た時に『それ、いいね』と言われるか、『それ、だめだね』と言われるかは、出してみるまでわからないのです。でも、それを出してみた時に『それ、いいね』とかけられた意外な声に導かれて自分のやりたいことを見つけた」のだそうです。

 ここでは、うまく書けていない気がしますので、是非とも「おとなの進路教室」を聞いてみてください。目からウロコが落ちる気分で、元気が出ます。
Commented by chinchudo at 2007-02-02 23:25
記事を拝読してまず思い浮かべたのは、土井隆義氏の 『 「個性」を煽られる子どもたち―親密圏の変容を考える』で読んだ内容でした。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/booklet/
「ほんとうの自分」とか「ほんとうにやりたいこと」を自分の中にさがして、外の世界や人との交流を断ってしまい、ますます自分がわからなくなるという構図が同じだと感じたのです。

リンク先のファイルを聴いて、とてもおもしろかったです。他の回も聞いてみたくなりました。

すてきな番組をご紹介くださり、ありがとうございます。
Commented by inoue0 at 2007-02-03 07:26
 美大で助教授を務める香山リカも似たようなことを書いてますね。「就職がこわい」
 ただし、彼女が強調しているのは、
「仕事とは、まず第一に生活の糧なのであって、自己実現の手段ではない」
ということなのです。自己実現の手段だと思ってしまうと、仕事が自分を規定してしまう気がして、うかつに就職ができなくなる。だから学生たちは就職活動を忌避するようになる。
 ほかの本でも、「自分にしかできない、自分にならできること」というようなアニメの台詞のようなことが実在すると信じちゃいけないとか、転職するなら、通勤時間とかもらえる賃金をまずチェックすべきだとか、ミもフタもないことが書いてあります。
 裏返すと、それらを無視して青い鳥を探してしまうような浮ついた人が多いんでしょうね。
 マンガ「天才柳沢教授の生活」の主人公、柳沢教授は「学者しかできない」から学者になった人です。なりたくてなったのではありません。
Commented by ecochem at 2007-02-03 09:27 x
山田ズーニーさんのPodcast情報,有り難うございます。『おとなの小論文教室。』,
http://www.1101.com/essay/
の方は学生に勧めていたのですが追加推薦させていただきます。
Commented by ヨシダヒロコ at 2007-02-03 20:18 x
そういえば、わたしも子供を教えたのは最初成り行きだったんですが、気が付いたら適性があったみたいでした。面白いもので、苦手だった子供がしまいに好きになりました。

なんというか、どう転ぶか分からないものですよね。
Commented by stochinai at 2007-02-03 23:58
 番組を聞いていると、山田ズーニーさんは先生だなあと感じます。先生って、別に学校にいなくてもいいんですよね。
Commented by inoue0 at 2007-02-07 03:47
山田ズーニーの「伝わる・揺さぶる!文章を書く」を読みました。ラジオで言ってた「いいね」と言われた原稿が含まれてるやつです。
 うん、確かに「いいね」って思いました。予備校教師の書く小論文参考書よりもずっといい。
Commented by stochinai at 2007-02-07 07:33
 inoueさんがほめるのはめずらしいですね。私も是非、読んでみたいと思います。ありがとうございました。
Commented at 2007-02-07 20:12 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by stochinai at 2007-02-07 21:19
 上の件、了解しました。
Commented by stochinai at 2007-02-26 17:40
 「ふぬけのぬ」さん、トラックバックありがとうございました、子育て、大変そうですが、人に言われるまでもなく、楽しいこともありますよね。時々、息抜きにきてください。これからも、よろしくお願いします。
by stochinai | 2007-02-02 22:23 | つぶやき | Comments(10)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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