5号館を出て

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論文ねつ造の内部告発

 今日、昼頃某大手A新聞社の記者と名乗る人から電話がかかってきて、某大学教授が10数年前に出した論文がねつ造だという告発があった。ついては、その内容をチェックしてもらえないだろうかというお話でした。

 その先生は私も良く知っている人ですし、研究内容についてもだいたい理解はしているつもりだったのですが、我々生物学の分野の論文がねつ造であるかどうかということについては、同じ写真を裏返して何度も使ったとか、明らかに手書きで図が修正されているとかいうケースを除くとほとんど判断することはできないと思いましたので、お断りしました。

 しかも、その論文が載った雑誌というのがNatureとかScienceとかCellなどの、いわゆる超一流雑誌ではなく、さらに論文の内容もヒトと関係の深い哺乳類を使った最先端の研究というわけでもなく、教科書に載っているような重要な研究でもなく、たとえその論文がねつ造されたものであったとしても、現時点でいかほどのニュース・バリューがあるのか理解に苦しむものでした。

 もちろん、その先生の研究室に所属していた学生が、ねつ造の現場を目撃していて、しかもその先生にひどくいじめられるなどの不利益を被ったと感じるということは良くある話ですから、今になってその先生に復讐するためにA新聞にメールなり手紙を書いたということは十分にありそうなことですので、その話は事実なのかもしれないとも思いました。

 また、(今考えてみるとですが)件の論文の筆頭著者はその論文が発表された何年か後に、研究の世界ではないところへ転出しているということもありますので、研究室内部ではその論文の間違い(ねつ造かどうかはさておき)が発覚するとともに、すでに関係者の処置(処分?)が行われていたという可能性も考えられます。

 聞くところによると、件の論文かどうかは確認できませんでしたが、そこの研究室から出た「ある論文」に疑惑があるという話は、「この業界」では意外と知れ渡っている事実であるということもわかりました。

 しかし、たとえ実際に論文のねつ造があったとしても、10年以上も前の論文ねつ造の話を、ここへ来て追求することが何か生産的な意味を持つとはとても思えません。

 先日も「論文ねつ造をなくする決定打」というエントリーを書きましたけれども、論文を書いてから5年間くらいはその評価を凍結しておくルールがあれば、もしも重要な分野の研究だったとしたら、ねつ造であれ間違いであれすぐに追試されますので、5年か10年経てば評価は定まってくるものです。

 今回の論文にしても、10年も前のしかもそれほど重要ではない論文ではありますが、その実験は二度と再現することができないということで業界の評価は定まっているようで、もはや科学的影響力は失っているようです。

 もしも、その論文がねつ造によって「作られた」ものだったとしても、10年後の今になってみると、その価値はゼロあるいはマイナスになっていますので、ねつ造であるかどうかをチェックすることは、科学の世界においては意味がないことになります。

 同じように、その先生の他の研究業績にしても、現時点でチェックしてみればかなり簡単に的確な評価ができまするはずです。そうすることに意味があると思われる人がいたならば、そうすれば良いのだと思います。

 目の前でねつ造が行われているということならば、できるだけ早く告発することをお勧めしますが、5年や10年あるいはそれ以上昔に行われたねつ造を今になって掘り起こす必要はそれほどないような気がします。

#ただし、教科書に載っているような有名な研究に関しては別です。ねつ造や間違いが発覚したら、できるだけ速やかに教科書を訂正しなければなりません。そこらあたりの判断は、日本だと学術会議あたりが責任を持っていただくしかないでしょう。
Commented by トミー・ザ・キャット at 2007-03-15 23:35 x
はじめまして。
現在博士課程の院生のものです。いつも読ませていただいております。

さて、捏造(あるいは再現できない問題論文)に関してです。私の意見はブログ主様とは異なり、「いくら科学的影響力が無いと考えられる論文でも、なんらかの調査・処分をすべき」だと考えています。

以下、私の研究室の話をします。

うちから出たある論文(超一流紙)のもっとも重要な結果は、その後、うちの研究室内でも再現しないことが確認されました。
しかも、教授自らが間違いを認めています。(ラボ内で)しかしながら、取り下げなどの対処を全くしようとしていません。教授はその論文の責任著者です。

このような話からも薄々想像できるとは思いますが、うちの研究室では、教授による学生へのアカデミックハラスメントが常態化しており、うつになったり辞めてしまったりする学生が後を絶ちません。
Commented by トミー・ザ・キャット at 2007-03-15 23:35 x
(続きです)


こうは考えられませんか?

問題論文を放置・助長するような行為は、まともな科学者はしない。
⇒科学的にまともでない教授が部下や院生にどういう振る舞いをするか?
⇒部下に対して別の問題を将来的に起こす(あるいは既に起こしている)可能性が高い。

「時間の経過によって科学的価値が低いと定まっている場合はさほど問題ではない。」
それはアカデミックな世界では通用するかもしれませんが、世間一般では通用しない論理だと私は考えます。
そもそも、科学的におかしいことをやる人間に対して、科学的価値基準をもって処置を考えると言うのは、おかしなことではないでしょうか?

また、現在そのような研究室に所属する院生やスタッフの苦しみはどうなるのでしょう?ブログで話題になっている告発者は、そのような気持ちで告発したのではないか?と思われてなりません。
Commented by alchemist at 2007-03-16 12:41 x
今の政治家なら、そういう研究室をわざわざ選んだヒトの自己責任・・・と言いそうな気がします。
Commented by stochinai at 2007-03-18 19:51
 トミー・ザ・キャットさん、書きにくいことを書いていただきありがとうございました。おっしゃるように、科学の不正をするような研究者は、人間に対しても不当な行動を行う可能性が高いという傾向は、たしかにありそうな気がします。

 ただ、やはり研究の世界で行われた不正は、研究の世界で対処すべきだと思いますし、各種のハラスメントというような人間としての不当行為は、それとは関係なく処罰されるべきだと思います。
 例えば、研究者としての業績が高く、不正などとは縁遠い人が、研究室員に対しては信じられないほどの非人間的対応をしているという例を見聞きすることがしばしばありますが、この場合は研究での不正がないからといって許されるものではないと思います。
Commented by stochinai at 2007-03-18 19:51
(続き)

 両方とも悪い人間は、両方から責めるのが正しい対処だと思います。

>ブログで話題になっている告発者は、そのような気持ちで告発したのではないか?と思われてなりません。

 この件は、私もそうかもしれないと感じています。そういう不幸な研究員を救うことは、科学・教育界全体の責任だと思います。完全に匿名で告発ができて、それに誠実に対応してくれる組織が必要だと思います。今、各大学にあるセクハラや(あまりないですが)アカハラの対応委員会のようなものはそういう意味では告発を阻害するようにしか機能していないものがあるようで、困ったものだと思います。
Commented by stochinai at 2007-03-18 19:55
 alchemist さんがおっしゃるように、そういう研究室をしっかりと調査もせずに選択してしまう側の問題はたしかにあると思います。おまけに、選んだ時には「自分の将来」に関する「不純な」動機があったりすると、自己責任を言われてしまうと反論の余地がないのかもしれません。

 しかし、そういう不幸を招かないようにどのように研究室を選んだらよいのかということも、大学生に教育することが必要なのかもしれません。いくら今の学生に学ぶ意欲が低いといっても、自分の将来を左右する研究室選びや研究者の見分け方を教える講義があったら、満員御礼になるような気はします。
by stochinai | 2007-03-14 20:24 | 科学一般 | Comments(6)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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