5号館を出て

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科学オリンピック:クローズアップ現代

 NHKのクローズアップ現代で科学オリンピックのことが取り上げられていました。国際科学オリンピックとは、中学生や高校生の科学知識やセンスを競う国際コンテストで、もともとは数学だけだったようですが、今は物理・化学・情報・生物もあるようです。

 番組では、日本にも諸外国と同じくらいの比率で、科学における天才は出現しているらしいということはわかりました。当然のことだとは思いますが、同じ日本人としてなんとなく安心しました。

 しかし、科学オリンピックでの成績は振るわず、さらに悲劇的なことに科学オリンピックに出るような人材が、その後科学者になることはそれほど多くなく、医者になるか、金融などの企業にいわゆる「文系就職」しているというデータが出ていました。番組では、驚くべきことにというようなニュアンスで、医者や金儲けに走る科学オリンピック経験者のことを取り上げていましたが、私からみるとあまりにも当然な結果で、それを驚いたり、悲観したりしている「大人」たちのほうが異様に見えました。

 そもそも、日本ではもともと科学などは「道楽」のひとつくらいにしかとらえられない風潮があり、私が大学にはいった頃もまさにそうで、高度成長期だったこともあって、優秀な人材は医者になるか、大学院などへも進学せずにさっさと銀行や巨大企業の経営部門へと就職していったものでした。

 おかげで、我々のような天才とは言えないけれども科学が大好きな人間が大学へ残ることができて、高収入を得ることはできませんでしたが、世の中からそれほど気にもされることなく研究や教育に打ち込めたものです。(それで、日本の科学の程度が低いのだ、とおっしゃるならばそうなのかも知れませんが、それは科学者だけの責任ではなく、国の政策の誤りもあったと言えるのではないでしょうか。)

 そもそももし、国や社会が本当に優秀な人材を科学者にしたいと思っているのであれば、それなりの好待遇を提示すべきであり、それなしに人材を確保しようとしても無理というものです。今でも、大学教員の給料は医師や金融、マスコミと比べると半分くらいなものだと思いますが、大学院をバブル的に膨らませ、その程度の待遇の研究職であるにもかかわらず異常な競争が生じた結果、大量の博士難民と醜悪な論文ねつ造問題が多発しており、こんな状況を放置したまま「科学オリンピックで発掘された人材をなんとか科学者にしたい」などと言ったところで、なんの現実性も感じられません。

 科学者を育てたいと思うのならば、穏やかで安定した場を提供することが大事だと思いますが、これだけ日本中に拝金主義が蔓延してしまっている現状をみると、「科学が好きだから低賃金でも良い」というような発想を持った人は、ほとんどいなくなっているかもしれず、そうなるとこの国ではもはや科学者を育てる環境はなくなってしまったと見るべきかもしれません。

 科学者を育てるということは、小さい頃からの教育の問題として考えなければならないことだと考えられますから、他の教育問題と同じく即効性のある対処はあり得ないと思います。教育再生会議とか臨時中央教育審議会とかを早々に解散して、50年100年先を見据えた教育・科学政策を作り直さなければダメだと思います。

 しかし、この点についてきちんと認識している人が政府および野党を含めた政治家に少ない現状を見ると、希望は持てそうもないというのが正直な感想です。

 滑稽な番組でした。
Commented by inoue0 at 2007-04-12 09:37
 ”数学の研究”で食べている人がどれだけいるか考えれば、数学の天才が数学者にならないことはおかしなことではありません。
 ポストを増やさずに大学院定員だけ増やすという愚かな政策に騙されるほどには、頭悪くない人たちでしょうから。
Commented by umishida at 2007-04-12 11:00 x
「穏やかで安定した場」・・・いいですね。
学生の私の一番の心配事は、指導教官の過労死です。
(二番は自分の就職。)

大学がゆったりとした思索の場であったら、どんなにいいでしょう!
Commented by stochinai at 2007-04-12 21:45
 日本の医学部には、昔から「医者にするには惜しい」というような、様々な才能を持った人が集まっていますが、結局この状況はいつまでたっても変わらないですね。それでいて、理科離れは嘆かわしいとかいっている政治家の方々を見ていると、さんざん不倫行為をしていながら国民の不貞を奨励するような法律改正は許せないなどといっているのと同じ論理構造が見て取れます。自分はさんざん汚い金集めをやっていながら、平然とホリエモンなどを避難している人を見ていると議論する気にすらなりません。
Commented by stochinai at 2007-04-12 21:50
 umishidaさん。大学に「穏やかで安定した場」がなくなったということにどれだけの人が本気で危機感を持っているかということが大学が「再生」できるかどうかのポイントになると思うのですが、そういう意味ではもはや再生の芽はなくなったと言えるかもしれません。生き残りを賭けたサバイバルレースを始めた大学の未来は、ほぼ見えてきていると思うのですが、、、。
Commented by ママ at 2007-04-17 21:55 x
実は、うちの子がこの番組でひょっこり顔を出してました。
うちは超エリート進学校ではなく、ただの市立の中学生です。
授業は悲惨・・・と言ってもいいですよ。
理科の授業じゃ、「お前はわかってるから寝てていい」と、教師に言われたそうです。数学も信じられない程、低レベル。
もっとも、本人ものんびりとした校風に、理数系以外がまったくふるわず。
そこらの県立高校に入れればいい方なのかもな~と、最近、投げやりな親です。
Commented by stochinai at 2007-04-18 21:37
 日本の初等・中等教育では、なんでも平均的にできる子を育てようとする傾向が強いため、得意科目を延ばすのではなく不得意科目を減らす指導をすることが多いようですね。そうなると、いわゆる天才的に得意な科目を持っていたとして、他の科目が標準以下だと落ちこぼれにされてしまう可能性があると思います。
 もしも、お子さんが理数に特化した得意科目をもっているようなら、どこかの大学の先生と直接コンタクトをとってみてはいかがでしょう。あるいは、中学校や高校の先生の中でも、サークルを作って理科教育を研究しているグループもあります。そういうところにいる方に相談してみるのもよいかと思います。普通のコースでは対応してくれないものに関しては自力で道を開拓するしかないのが、日本の現状です。
by stochinai | 2007-04-11 21:28 | 科学一般 | Comments(6)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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