5号館を出て

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トチを巡る小さな歴史物語

 今日は恒例の「旧盛岡藩士桑田の会北海道支部定期総会」でした。会場も毎年同じ、道庁の横の某ホテルです。ちょっと早めに着いたので、観光客も少なくなり始めた道庁の庭を散策してみました。(昨日から、散策づいていますね。^^;)

 池の北側を歩いている時に、クルミのような木の実を見つけ、踏みつけてみたところ簡単に割れて中からクリによく似た実が出てきました。あまりにかわいいので、2つ拾ってきました。
トチを巡る小さな歴史物語_c0025115_22302697.jpg
 帰ってきてからネットで調べると、これは「トチの実」にほぼ間違いないようです。

 トチの実のトチは漢字で栃と書かれることになっていますが、語原はアイヌ語のトチだそうです。アイヌは文字を持っていませんから、トチが栃になったのはもちろんあて字です。漢字の多くはその起源を中国に求めることができるのですが、この栃という字は中国文字にありません。日本で作られた和製漢字(国字)なのだそうです。

 桑田の会の本部がある盛岡には、この栃の字を使った栃内(トチナイ)という姓の方がたくさんいらっしゃいます。今日の会にいらっしゃっていた盛岡桑田株式会社の専務取締役の方も栃内さんでした。トチナイというのもアイヌ語で、「トチの木のある沢」あるいは「トチの林の間を流れる川」という意味で、今でも遠野を含めて盛岡周辺に3ヶ所くらいこの地名を持った住所が残っています。

 今日は本部の方が、桑田の会を結成した時に盛岡藩士が署名捺印をした名簿のコピーを持ってきて見せてくださいました。そこで、私のご先祖さまの自筆署名を見ると、今私たちが使っている苗字と字が違うのです。私の先祖である藩士の名前は栃内弘ですが、署名では、 「木万 内 弘」となっておりトチの字は木偏に万なのです。

 父の話では、日本人がトチの漢字(国字)を創った時に、トチのトは数字のとうで十を宛て、チは漢数字の千に形が似ているので千ということにすると、トチは十かける千で万になります。それでトチの木なので木偏がいるだろうということで、木偏に万をトチという字にしたようなのです。はっきり言うと、かなりいい加減なだじゃれでできた文字なのです。(トチマンというグラフ用紙メーカーがありますが、十千万という会社名で、同じ由来と思われます。)

 というわけで、私の先祖が使っていることと、専務さんが「私も子供の頃は木偏に万という字を使っていた」という話を勘案すると、トチのもともとの漢字(国字)は「木万」であるという説はかなり確かな話のように思えます。では、なぜ「木万」が「栃」になったのかについてははっきりとした資料はないようなのですが、1871年に栃木県ができた時に「木万」では格好悪いと思った誰か(知事?)が万に雁垂(がんだれ)を付けて「栃」にしたのではないかという説があります。いずれにしても、その後「木万」はだんだんと使われなくなり、栃に統一されてしまいました。

 もはや字をもとに戻すことは不可能だとは思いますが、トチの実を見つけた今日、トチつながりで日本の歴史をめぐりいろいろなことを考えさせられました。何か不思議な因縁のようなものを感じましたので、ここに書き留めておくことにします。
by stochinai | 2007-09-09 23:20 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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