5号館を出て

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企業へ就職した先輩博士達からのエール 【17日にも追記あり】

 博士・ポスドク問題について、このサイトでもかなり精力的に議論をしていただきました。最近、ちょっと落ち着いてきたというところですが、議論しても埒があかないのでテンションが下がってきたというよりは、おそらく議論をしていらっしゃる方々の中で、ある種の「共通の理解」が形成されつつあることがその大きな理由のひとつではないかと感じています。

 その共通の理解というのは、政府の大学院重点化とポスドク1万人計画の中で行われたことと、その結果についての理解が共有されてきたこと、その結果大量に生み出された博士・ポスドクと今大量に生み出されつつある博士の多くが、「学問の自由は、これを保障する」という憲法の条文で守られたアカデミックポストに就くことができないということを主な内容としています。

 そして、その状況の中で博士やポスドクがキャリアを切り拓いていくためには、各自が動かなくてはならないということも、多くの人があきらめにも似た気持ちとともに心に刻んでいるのではないでしょうか。この時点で、誰かがなんとなしてくれると思っている人は、ほぼ皆無なのではないかというのが私の現時点での感触です。(もちろん、自分の将来は誰かが何とかしてくれるだろうと思っているポスドクや博士、大学院生もいるとは思いますが、その人たちは「問題」として声をあげたりする存在にはならないでしょう。)

 そんな中で、比較的最近に博士課程を出ていわゆる「企業」へ就職した方のブログで、自分が大学院生だった頃や、就職した時の経験を書き留めてくださっています。いずれも、内容は博士やポスドクの方々へのとても良いアドバイスになっていると思いますので、渦中におられる方そして指導教員を含めてその周辺におられる方には是非とも読んでいただきたいと思います。

 一つ目はktatchyさんのブログ「ある理系社会人の思考」のエントリーで、タイトルもそのものズバリの「博士の就職活動」です。是非とも全文読んでいただきたいのですが、私にとってインパクトのあった言葉を引用させていただきます。
そもそも,企業が博士を取る理由ってなんでしょう?

資格があるからでしょうか。
 これは、企業として博士を採用する時のかなり大きな動機になっていると思われるフシがあります。博士号を持っている社員がいるということを対外的に利用するためです。この場合、会社が欲しいのは「肩書き」なので中味はそれほど期待されていないかもしれません。しかし、言うまでもなく肩書きに中味が付いてくれば会社としては大歓迎のはずです。
 博士の学生さんにはコミュニケーション能力がない,自分勝手で自我が強く,扱いづらい。そんな理由で企業は博士を敬遠しがちだと聞きます。しかし,それは本当だろうかと思います。自我が強いのは分からんでもないですが,自我が弱いような人はそもそも研究者に向いていないと思います。自己主張なく,言われたとおりにやれば結果が出るのなら,今頃世界はノーベル賞で溢れています。それに,研究は一人でするものではないのですから,最低限のコミュニケーション能力がないとやっていけないはずです。
 これは、まったくその通りだろうと思います。個々の博士の方々には、「博士はダメだ」俗説に負けずに自信を持って健全な自己主張をしていただきたいと思います。

 もう一つのブログ・エントリーはlanzentraegerさんの「うすっぺら日記」のすごい力作です。「[博士課程の就職活動] アカデミアへの進路の固定はどうしてなのか」では、大学院へ進学してしまうと、本人にも指導教員にもまったく問題がない場合でも、学生はアカデミア・キャリアへの指向が強くなってしまい、民間企業などへの就職など検討すらされなくなる傾向が強くなってしまうことの理由が鋭く分析されています。

 大学院特に理系の博士課程を経験した人ならば誰でもかなり共感できるものだと思われますので、こちらもぜひとも全文を読んでいただきたいと思いますが、ちょっとだけつまみ食い的に転載させていただきます。
生物系の修士の就職活動は非常に早いため(青田刈りのため)、特に製薬業界は修士1年の9月10月頃から始まる。「研究に慣れて楽しくなってくる頃」と「就職活動が始まる頃」がちょうど重なった印象がある。「もう少し研究を続けてみたい」という思いはかなり強かったように思う。

このタイミングでは、「進路選択」なんぞあってないようなものであって、最初から企業就職のウェイトがかなり高くないとなかなか実際の行動には移せないであろう。このタイミングの悪さはかなりネガティブに働いたように思える。また、デフォルトが博士進学になることも注意すべき点だ。
 ktatchyさんのところでも書かれていましたが、修士の研究が軌道に乗るか乗らないかという現在、修士1年生の就活はもう始まってしまうのです。

 また、研究室での生活が自分の生活のほとんどを占める大学院では、ついついこのようなことになってしまいます。
学生のアイデンティティーが、研究進展や論文によって左右される状態になる。そこで、「優れた研究をして発表したい」「有名なジャーナルに論文を出したい」「学振を取りたい」などという思考になる。自分に自信が満ち溢れている人が多いので、自分の能力を披露したいという欲求に突き動かされる。
バイオの世界では、いつ何時でも、最高級の研究結果を自分が「偶然」見つける可能性があるという思いを誰でも持っている。博打要素と言ってしまってもいいかもしれないが、そういう要素があるがゆえに、続けている限り、逆転の可能性・最終的に「勝つ」可能性があるのだ。「もう一押しすれば、何か面白いことがわかるかもしれない。」、これはずっと体に纏わりつく。
博士課程に進むことが企業就職に悪い影響を与えることをある程度知っているために、「今さら、戻るわけにはいかない」「最低限、博士課程に進んで良かったと思える物(多くの場合は学位、自分達が思っているほど社会にとっては価値は高くないのだが)を得ないとあきらめるわけにはいかない」という思考に陥る場合もある。
 博士にとっても、それを指導する教員にとっても耳の痛い、そして「ほんとうのこと」がたくさん書かれています。しかし、いずれもかなり深刻ではありますが、真理の一側面を明示する貴重な文章となっていますので、じっくりと読んでいただきたいと思います。特に、大学院の博士課程に進学しようと考えておられる方、在学中の方々にはじっくりと読んでいただきたいと思います。

 つらいことばかりが書かれているようにも見えますが、私にはこれも何をすべきかと悩んでいる博士に対するエールに感じられます。

 現実を理解すれば、それに立ち向かう作戦も立てられると思います。ただし、作戦が必ずしも成功するとは限らないのは、残念ながらほんとうの戦争と同じ現実です。

【16日追記】
 lanzentraegerさんの「うすっぺら日記」で、これも大作の続編が書かれています。
 ■[博士課程の就職活動] なぜアカデミア志向は瓦解したのか
 上に書かれた「マインド・コントロール」からどうやって「覚めていったか」が冷静に詳細に記録されています。これも必読です。

【16日追記2】
 ktatchyさんもまた続編を書いてくださいました。
 企業研究と基礎研究の切り替え
 企業の研究と大学や研究所で行われている基礎研究というものが、実は言われているほど違うものではないということを、実体験に基づいて説かれています。

【17日追記】
 薬学系の博士課程にいらっしゃるかたで、来春から製薬企業に勤めることが内定しているikettieさんが、関連エントリーを書かれています。
 キャリアの選択肢
 博士からの企業就職が比較的多い薬学系の方からのコメントもとても貴重です。こちらも是非ともご一読を。
Commented by inoue0 at 2007-09-17 09:10
 「充実した設備」「優れた指導者」「熱心な先輩院生たち」がいる理想的な環境にいるほど、何も考えないでいると陥穽に落ち込むというプロセスが非常によくわかりました。
 「良い研究室」に所属するのも良し悪しなんですね。私なんて、最初から「こんなところにいていいんだろうか?」と迷ってばかりいました(笑)
Commented by stochinai at 2007-09-18 00:26
 あちこちで関連エントリーが書かれています。主なものを追加しておりますので、ごらんください。
Commented by 博士ビジネスマン at 2007-09-18 01:24 x
博士のキャリアパスに関する議論が一巡したというのはその通りだと私も思います。

これまでの論点が、
▼博士を取り巻く状況を生み出したメカニズムとは何か?
だったとするならば、次の論点は、
▼では、これからどうすれば博士が有利なキャリア形成をできるのか?
だと思います。

私が思うに、今後の議論において意識せざるを得ないのが「人材マーケット」だと思います。なぜなら、もはや護送船団(人材吸収の仕掛けとしてのアカデミア)は存在せず、社会の荒波(マーケット)に乗り出していくしかありませんから。

では、
▼博士がどうやってマーケットバリューを上げていくか?

私が思うに、博士のマーケットバリューの向上に有効なレバーが、「パーセプション」と「アクセス」の2つであることが次第に明らかになってくると思います。
(これは、MBAと同じ道です)
Commented by 博士ビジネスマン at 2007-09-18 01:24 x
具体的に言うと、MBAに関して過去10年で見られたように、PhDが社会に進出していくことで、博士=専門家ではないというマーケットでの理解が進むので、専門性以外の付加価値が必要になってくる、ということです。

だとすると、今回の記事にもあるように、「博士であること」自体の対外的印象(=パーセプション)、および、博士をとるプロセスで得た専門的人脈(=アクセス)をレバレッジするほか無いということになります。
(実は、博士をとるプロセスで得られるものは人脈だけではありませんが、それ以外のものは、同じ能力の持ち主、かつ、まともな企業であれば得られる可能性が高いです)

したがって、今後は、
▼PhD取得にかかる時間的・経済的投資を最大限に活用して、いかにして2つのレバーを効かせるか?
という方法論に話が進むのではないかと思われます。

みなさんはどうお考えですか?
Commented by 結論 at 2007-09-18 02:02 x
>「博士であること」自体の対外的印象(=パーセプション)
アカデミック志向であるという印象を払拭すること。

>博士をとるプロセスで得た専門的人脈(=アクセス)
基礎系はあまり役に立たない。

解答:できるだけ応用に結びつきやすいテーマを選択し、知識と人脈を広げ、ビジネス向けの理論武装をする。
by stochinai | 2007-09-15 23:59 | 科学一般 | Comments(5)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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