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大学は、なぜ大学院生を増やしたいのか

 10月6日の「ポスドク問題の国家的損害」というエントリーに、たくさんのコメントがついて議論になっています。その中で、Aさんという方のコメントが大学院問題の核心をついた重要な点を指摘していると思われますので、こちらに再掲させていただいて問題を整理したいと思います。

 10月13日のAさんのコメントから抜粋します。
 これを読んでいる中に大学教育の関係者の方が多いのであれば、せっかく匿名なのですから「なぜ大学は今、大学院生が欲しいのか」について本音で話してもらえませんか? これまでの説明ではほとんど理解できません。また、これまでに企業や社会からほとんど必要とされることのない博士を大量生産してきたわけですが、「大学の考える大学院教育は、国民の税金でまかなわれる教育として妥当だったのか」についても意見をうかがいたいと思います。
 これに対して私が書いたコメントです。
 Aさん。他人事にように言うと叱られるかもしれませんが、私は大学院生の定員を減らすべきだと思っています。
 今は、学生定員より少ない状態にしておくと文科省から叱られて、予算が減らされるらしく(確認していません)、ひいては教員を減らさざるを得なくなるようなので、ほとんどの先生は学生を減らすという提案には賛成してくれません。
 確かに、大学院生を増やすことで、大学の予算が増えたり、団塊ジュニアの時代に一時的に殖えた教員定員を減らさなくても済んだという「取り引き」はあったようですが、現実には予算はほとんど増えなかったですし、その後どんどん減っているのが実態です(教員も減っています)。ですから、ここで学生を減らすともっと予算が削減されることを恐れているというのが大学側の本音のような気がします。
 そういう意味では、Aさんがおっしゃるように、学生をたくさん取ることにメリットがあるとも言えますが、タコが自分の足を食べながら生き延びているという程度だと思います。
 これに対して、Aさんが長いコメントをくださいました。3つに分かれているものをまとめて再掲します。
 なるほど。詳しい内訳は分かりませんが、大学のサイフは文科省が握っているので、文科省の設定した定員数に満たなければ大学の資金が削られ、結果として職員をリストラしなくてはならなくなる。そこで大学院生の獲得を選んだというのが実際でしょうか。つまり、大学院生・博士増産に対する見返りは「既存の職員のクビをつなげる」ことだったということになりますか。これは組織を守るために仕方のない緊急避難だったとも言えなくはないでしょう。
 ひとつ疑問に思うのは、本当に大学には文科省の言いなりになるしか選択肢が無いくらい、経済的に逼迫しているのかということと、大学院生を増やせば当然出口問題も予想されることなのに、なぜ看過してここまで来たのか、と言うことです。文科省の(無理な)要求に対してそれをはねのけるくらいの経済的、体制的な強さが大学には必要だと思いますが、理想論でしょうか。ともあれ、切り詰められるところは全て切り詰めてもまだ困窮しているというのであれば、大学院生を増やし、自分たちのクビをつなげたとしても、そのこと自体は非難されることではないと思います。

 問題となるのは、見返りに増やした博士が社会的にどこにも行き場がないことですね。今の職員数で精一杯の大学なのですから、博士が何人産まれようと吸収する容量がなかったのは始めからわかっていたことでしょう。にもかかわらず、大学以外の方向性を模索するような方向に大学院生を教育していかなかったのは欺瞞だったと思います。もし、増やした大学院生がきちんと社会に出て活躍していたのであれば、大学院教育の評価は大きく上がっていたと思います。おそらく、文科省も一部の上位大学はちゃんと博士を社会に送り出して来るものと期待していたのではないでしょうか。
 彼らが社会に出て、向こう40年近く国に税金を納め、消費にも参加するならば、社会的にも大きな貢献でしょう。しかし、このままいくと今の博士は納税や消費という意味では氷河期世代と同様、今後3、40年間、マイナスの効果を産み続けることになります。確かにこれは国家的損失で、こちらの解決もかなり重要だと思います(最終的にはこう言う社会に受け入れられない人たちの生活保障は、他の納税者が負担するということになると思います)。

 この大学院生の教育問題、結果として大学院の存在理由をも揺るがすレベルまでのダメージとなったわけですが、これに解決はないのでしょうか。今後として、大学院の学生を減らすというのは私も賛成です。東大が定員を増やしたところで、博士の社会進出を促すよっぽどの秘策がない限り、ここ何年かの惨状を再現するだけの話で、さらに無職者が出て社会負担が増えるでしょう。そうなると次は大学院の取りつぶし(統廃合)になると思います(そもそもこれが文科省の狙いではなかったのですか)。
 この統廃合を避けるための対策として、大学は財源を文科省以外のところにも求め、依存度を下げることが重要になると思います。こと授業料に関しては、きちんとした教育が行われ、若い人材が世に出て活躍できるのであれば、今の3倍4倍の授業料でも決して高い対価ではないと思います。また、財源を有効に生かすという意味で、経営体制を見直すリストラも必要だと思います。それから、やはり大学院の唯一の売り物である学位に付加価値をつけるためにも、今いる博士たちの社会進出はサポートした方が良いと思います(現状では途方もないマイナスの宣伝効果を生み出しています)。
 大学関係者ではないAさんに、大学側の事情を理解していただけたことはとてもありがたいと思いますが、同時にAさんがおっしゃられているように、「文科省の(無理な)要求に対してそれをはねのけるくらいの経済的、体制的な強さが大学には必要」だということを重く受け止め、大学は自己決定力を獲得していく必要があると思います。

 今から考えると不思議な気もするのですが、30年くらい前の国立大学は文科省が何を言ってもコントロールできないくらいの「強さ」を持っていたような気がします。同時に、その頃は文科省も大学が言うことを聞かなかったからといって、懲罰的な予算削減などということはおそらくあまりやっていなかったのように思います。文科省も大学も貧乏だったから、お金で支配できるというような関係にはなれなかっただけなのかもしれません。それが、国の科学技術振興政策で文科省が大きなお金を大学などに対して配布できるようになったことで、文科省はその配分決定を通じて大学を支配下におこうとし、逆に大学側ではいかに文科省に気に入られることでその配分を多く受けるかという、経済的支配原則が回り始めたような気がします。

 教育のことを考えると、実は大学院が重点化される前には、大学院には事実上「教育」などというものはなかったと言ってよいほどの(考えようによってはひどい)状態でした。大学院では「学生は先生の背中を見て自分で育っていくものだ」などという、何の根拠もない通説がまかり通っていましたから、大学院生を受け入れる研究者の側では大学院生が何人になろうとも、背中さえ見せていればいいのだからと何も心配していなかった能天気な先生が多かったように思います。しかも、それまでは大学院の博士課程を出ればその半分近くが大学の教員になれるくらいしか大学院生はいませんでしたから、就職が大変になるなどという想像力を働かせることもできなかったのかもしれません。また、大学院生の数が研究室から上がる研究業績に比例し、ひいては獲得できる研究費に反映するということになってきましたので、大学院生の獲得にはますます拍車がかかったというのが実態で、そのことは非難されて当然のことです。これに関しては、大学(私を含めて)は責任を逃れることはできません。

 また、文科省の方でも何を根拠にしてか、大学院生を増やして修士や博士が増えたら、企業がそういう人材を積極的に採用するはずだと「信じて」いたのだと思いますが、卒業生が出るころは就職難時代になってしまっていたので、超高等教育を受けた人材が失業者になることを防ぐためにも例の「ポスドク1万人計画」が予定を上回る速度で達成されたという声もあります。文科省の予想通りならば就職氷河期が過ぎた今、企業がポスドクをどんどんと吸収してくれるはずだったのでしょうが、増やしすぎた博士の中に質が低くて使い物にならない人がいることを「口実」に企業は博士を採用することに消極的です。

 ここまで来てしまった以上、博士・ポスドク問題はかなりの痛みをともなわずには解決することは不可能なことは認めざるを得ないと思います。そのためには、何度も書いていますけれども、大学院を少数精鋭に戻し、大学院教育を充実し「こと授業料に関しては、きちんとした教育が行われ、若い人材が世に出て活躍できるのであれば、今の3倍4倍の授業料でも決して高い対価ではない」と思わせるくらいの質を持った博士を世の中に送り出せる体制を作り、博士になった全員(少なくとも半分か3分の1は)が大学教員や研究者(大学・企業を問わず)あるいは、社会のリーダーになれるという状況をつくるべきでしょう。

 また、もはや大学や大学院の統廃合も避けられないことだと思いますが、ジリ貧になって文科省主導でツブされるのでなく、大学側が積極的に動いて変わっていくことが必要なのだろうと思います。そのためには、Aさんのおっしゃるように「大学は財源を文科省以外のところにも求め、依存度を下げる」ことや、「経営体制を見直すリストラ」さらには、大学・大学院の教育体制を抜本的に改革するためのリストラも必要になると思います。

 大学にそれをやらせるのは、納税者であり受益者である国民の声と力だと思うのですが、そうなると最大の問題は、国民の大多数が大学のことなど気にしてはいないことだという気もしてきます。

 出口は簡単には見つかりそうもありません。
Commented by 35歳PD at 2007-10-15 02:40 x
>ここまで来てしまった以上、博士・ポスドク問題はかなりの痛みをともなわずには解決することは不可能なことは認めざるを得ないと思います。そのためには、(以下略)

もう何度目の堂々巡りかわかりませんが・・
ここに書いておられることは「予防」であって、すでに学位をとっている現在のポスドク問題の解決ではありませんよね。
正直、世情に疎いアカデミックの人は、この問題には関わらないでくれとすら最近思うようになっています。「痛み」とは、具体的に何なのでしょうか?
Commented by stochinai at 2007-10-15 07:19
 この問題に関しては、あえて意識的に堂々巡りも必要だと思っています。

 私も「痛み」の内容を具体的にイメージできているわけではありません。とりあえず、現在すでにポスドクになっている方にとって、これまでのキャリアが意味のないものになってしまうということが最大の「痛み」だと思っていますが、その方々はすでに十分に「痛み」を受けているグループです。また今後、大学の体制を変えるためには、そこに関係している教員・職員・学生さらには日本の社会そのものにも当然なんらかの「被害(不満)」が発生し、それを受け入れなければ変わることができないということを、今あまり「痛み」を感じていないグループに対する覚悟を呼びかけたつもりです。
Commented by 結論はもう出ているのでは? at 2007-10-15 07:30 x
「痛み」は、ポスドクの痛みが、現在大学で教官職についている人にもやってくるということではないでしょうか。大学院統廃合や大学院定員の減少の結果、教官のリストラなどが起こってくる可能性がありますね。
現在あるポスドク問題の即効性のある「解決法はない」というのが、皆のコンセンサスだと思います。自分で選んだ道とあきらめて自分で苦境を乗り越えるよう最善をつくすというのが、ポスドクの人の立場からの唯一の解決法でしょう。政策側からの解決法は大学院での博士課程定員数とその後のポジションのバランスが取れるように長期的視点で改善するということで、その間、一旦ひずんだバランスが元に戻るまで、ポスドクのみならず大学関係者も、痛みを感じることになるということだと思います。
Commented by ポスドク at 2007-10-15 07:58 x
35歳PDさんの言うとおり、もう放っておいてくれという気分です。我々は勝手にドロップアウトするなりなんなりします。そんなことはとっくに分かっています。堂々巡りは必要ありません。

今後、こういう不幸な博士が少なくなるように、いくつかできる策を着実に打ってください。
Commented by 匿名ポスドク at 2007-10-15 07:59 x
いつも興味深く拝見させて頂いております。匿名で失礼いたします。

ひとつ教えて頂きたいのですが、大学運営の舵取りというのは、どのようなシステムで決定されるのでしょうか。教官、学長、事務方、文科省がそれぞれどのように関わっていて、どのような力関係になっているのでしょうか。

というのも、stochinai先生(だけでなく、ほとんどの教官がそうなのでしょうが)が「大学にそれをやらせるのは、納税者であり受益者である国民の声と力だと思う」と、教官として大学の意志決定へ関与することを諦めて、外部へ丸投げしている状況が何故なのか不思議で、理解できないのです。
Commented by 匿名ポスドク at 2007-10-15 08:00 x
こうやって大学教員が諦めているうちは、あるいは諦めざるを得ないシステムになっているうちは状況はどんどん悪くなる一方でしょうし、大学院教育自体が日本で完全に廃れる未来も、現実味を帯びて見えてきます。そして大学は研究機関としての性格を失い、職業訓練校としてのみ機能する機関になっていくのでしょう。

国民が大学院教育に対して一片たりとも興味がないのなんて、分かり切ったことではありませんか。世間はそもそも、大学には大卒という「ブランディング」以上の機能は期待していないのではないでしょうか。
Commented by 匿名ポスドク at 2007-10-15 08:01 x
プロフェッショナルな学究の徒として、もしまだプライドと誇りを持っているなら、日本の研究の場の未来をどのように描いていくのか、大学の教官達が声を上げ、動き、自らを改革していかない限りは難しいと思います。そしてそういう動きが一切見えてこない現状は、極めて絶望的だと思います。
Commented by 学生 at 2007-10-15 08:27 x
現在ポスドクの人の救済は予算等の問題もあり難しいかもしれない、
でもこれから大学院の組織をどうするかは教官の意識しだいで
改善されるのでは?
根本をいえば問題点は教育機関として機能していないことだと思う。
そのためには修士、博士号の際にしっかりとした能力を
審査するべきだと思う。
実際、これすら行われていないのが問題だと思う。
人が余っているというのなら、
博士に入学する際の条件を現在の博士卒業条件にすればいい、
これだけでかなり選別されるはず。
そのためには留年も覚悟する、これぐらい覚悟を持った学生なら
モラトリアム気分で入学してこないはず。
博士課程においては、学生に自由度を持たし自身の力だけで
その条件を満たせるようにすればいい。
など、簡単なアイデアが教官のもとから出ないのが悲しい。
打つべき手はいっぱいあるはずなのに手を打てないなら、
就職できないところから、もしくは金銭での補助が出ないところから
淘汰されてしかるべきでは?
Commented by 結局 at 2007-10-15 08:46 x
ネットに書いているような教官はすでに権力の主流から外れてるので、ネットで騒ぐのがせきの山ということでしょう。東大の有名教授クラスが動かないと日本の大学は微動だにしないと思います。
Commented by ななし at 2007-10-15 09:13 x
 ななしです。しばらくコメントできずにいました。
悪意を持って文科省の行為を見れば、大不況の人余りでリストラ断行の時期に一時的に人を吸収するように大学院に指示した。日本の富裕層から間接的に富を提供させていたとも考えられます(大学は保身のためにこの指示に従っただけかもしれません)。
 これが真実だとすれば、大量の博士は問題の先送りにより生まれたものですから、長期的な好況と言われる今、企業が未来への先行投資として受け入れることを期待したいところです。企業志向の博士にとっては、企業に役に立つ能力を開発してきたかが問われるのだと思います。
 既に同じ意見が出ていたかもしれません。繰り返しですみません。
Commented by Game Over at 2007-10-15 11:08 x
先日文科省は、複数の大学で学部を共同設置することを認める、と発表しました。教養部での語学講師を外部臨時教員に置き換えて来た流れを、専門教育に持ち込むものです。これで更にアカデミックポストは減少します。極端に言えば、多くの講義は放送大学でまかなう事も考えられます。さあ皆さん、なにか別の職を探しましょう。
Commented by apj at 2007-10-15 17:36 x
>「大学は財源を文科省以外のところにも求め、依存度を下げる」
 これをさせないのが文科省では。
東大が都内の立地条件のいいところでホテルを経営しようとしたらストップをかけられたという話をききました。独自財源など持たれては困るというのが文科省の本音ではないでしょうか。

Game Overさん、
 これから団塊の世代が大量に辞めるので、その分を補充しなければ、結構な人員削減ができそうですし、それに合わせて学部併設でもって「学部定員を減らす」のは、その気になれば達成可能かと。 受験人口が減り続けているのだから、大学学部教育のレベルを維持するためには、学部定員が減るのは良いことかもしれません。大学の大衆化とは逆方向に舵を切ることになりますし、せめて大学は出て欲しいなどという親御さんの希望を砕くことにはなりますけれど。
Commented by apj at 2007-10-15 17:46 x
匿名ポスドクさん、
>教官、学長、事務方、文科省がそれぞれどのように関わっていて、どのような力関係になっているのでしょうか。
 事務方は制度や規則についてサポートしてくれるという感じです。
教員が力を発揮できるのは、定員削減をどの学科に押しつけるかといった、つまりはコップの中の争いだけです。法人化で教授会の権限がほとんど無くなったので、事実上力など何も持っていません。
 学長も勝手ができるわけではないです。ついている裁量経費の範囲内でやれる範囲のことしか多分できない(直接文部科学省と交渉して成功すれば別ですが)。下っ端なのでまだ上の方が見えているわけではありませんが。
 じゃあ、何がコントロールしているのかというと、文部科学省とその周辺の審議会、というのが、答えになります。これも多分ですが。
 中教審あたりが答申を出したり、文科省あたりが省令を出したりすると、ネットでも公表され、事務経由で教員にも配布されます。それに沿う形で運営するように、現場を仕切るいろんな委員会が招集されて、具体的に学内をどうするかを協議して動きます。このとき、答申やら省令を無視するという解は最初からありません。
Commented by apj at 2007-10-15 17:50 x
(続きです)
 法人化後は、中期目標を提出させられてその達成状況を評価されますが、中期目標についても、文科省は各大学にまかすと言いつつ、完全に自由にはさせてくれていないようです。
 競争的資金配分のためのプロジェクトの募集もあります。最近では、安倍元総理の肝いりの再チャレンジプロジェクトがありました。こういうのも、予算がつくので、その予算を大学に引っ張るべく、申請書を書いて提出します。例えば、ウチの場合は、博士前期に、正規のコースでは対応できないような専門性を持った社会人を入れるといったことをするようです。
 こういうことをすると、委員会の時間が延び、書類を書く実働の人間は拘束され、本来指導すべき正規の博士前期の院生の指導に投入すべきリソースが他に回されるということになったりします。ただ、外部資金獲得状況でも競争させられているため、ちょっとでも出せそうなものには応募するしかないのです。結局、本来の教育研究に回すリソースが減り、現場は疲弊する一方となっています。
Commented by apj at 2007-10-15 22:05 x
 補足です。現在、大学が強いられている「競争」は、収益に結びつかないということに注意してください。
 民間企業の競争なら、がんばって工夫したり残業したりして成果が上がれば、収益が増えて、従業員のボーナスが増えたり、生産設備を増やしたり支社を増やしたりして新たな雇用も生み出せます。ところが、大学が今やっている競争は収益にはほとんどつながりません。
 学生数は勝手に増減できないので、学生の教育サービスを良くしても収入が増えるわけではない。競争的研究資金は予算を消化して成果を出せという方針です。つまり、今強いられている「競争」で大学の事業そのものが拡大できるわけでもないし、教員の賃金にも反映しない。
 こんな「競争」を強いれば、競争のためにリソースを持って行かれて、全体に疲弊するのは当たり前です。
Commented by ゑぶ at 2007-10-16 00:50 x
過去のエントリーを見ると、役人も見ているようなので、それなりに政策提言力はもってらっしゃると思いますよ。

文科省も大学に対してはきつくあたりますが、財務省を相手にしたときには、大学側に立って予算をとってくるわけで、その財務省の文科担当主計官も、主計局長、次長に対しては、文科省や大学の味方になり、主計局長も財務省の中では、歳出一般の拡大という意味で、文科省の味方なわけで、攻守いれかわりながら、最終的には、研究者は世論を納得させるような説明をしないといけないと思いますね。そういう意味で先生のブログは大変有意義と思いますが、読者の皆様が時折科学者らしくない理屈で、誹謗中傷合戦になさっているのが玉にキズ…。
Commented by 通りすがり at 2007-10-16 01:42 x
>>Aさんへ

大学院生の数を増やす提言がでたのは、恐らくはバブルの頃です.私も含め、今の現役研究者世代が、学生の頃ではないでしょうか?
現在の大学教員に、大学院生を何故増やしたのかと詰め寄っても、現役の大学教員は、重点化の経緯は知らないと思います。
 現在の40代の人達が大学院生~ポスドクだった頃に、日本のポスドク制度が立ち上がり、大学院の重点化が行われて行きました。50代の教授世代も、そのころは30代の助手だったはずで、政策立案の経緯など知らないはずです。

現役の大学教員に、博士院生の数を増やしたメリットがあるだろうと、問いつめても、正確に答えられる人はいないのです。このHPでも、多くの教員の書き込みが類推を交えた形なのは、この様な事情もあると思います。
Commented by 院生Z at 2007-10-16 07:36 x
>>通りすがりさんへ
>現役の大学教員に、博士院生の数を増やしたメリットがあるだろうと、>問いつめても、正確に答えられる人はいないのです。
自分の研究室の学生が増えると労働力が増えるので
研究者、PIとしたらそれが最大のメリットでは?
さらに大学からの予算も増えるのでは?
ある大学では給料も増えるとかも聞いたのですが?
自分も現在の先生の立場なら学生を喜んで受け入れます。

受け入れることはいいんですがなら卒業時の責務も負えと、
実際しっかりしている先生は研究も進路も面倒見が良いです。
Commented by 教員×(エックスではなくペケ) at 2007-10-16 12:42 x
新制大学への転換に際して旧7大学が大学院大学として他と差別化しようと試みたのが最初でしょう。その後、1980年代に日本が国際的な経済摩擦をひき起こしていた時に(同時に中曽根内閣に始まる日本の大学予算が毎年マイナスシーリングだった時期に)、国外から「日本は外国の基礎研究にただ乗りして、利益に繋がる応用技術開発だけしかやっていない」と国際的に強い批判が起き、その証拠の一つとして日本における科学者の養成が少ないということが上げられたように記憶しています。(国外でいたので、国内でどのように伝わっていたのかは良く判りません)。その後、90年代に入って大学院重点化という動きが起きた伏線は以上のようなものではなかったでしょうか。
90年代、最初に重点化したのは東大理学部と京大医学部、それに旧7大学が横並び的に追随しましたが、その理由として「重点化すると予算配分が増える」というウワサが上げられます。
Commented by 教員× at 2007-10-16 12:43 x
実際には博士課程まで持っている大学には目一杯予算が出ているので、重点化したところで予算が増えるワケは元々なかったというのが正解ですが、多くの大学、学部で予算が増えると信じられていたようで、あちこちの大学の友だちからもそんな話は聞きましたし、2000年頃になっても、教授会でそんな話が出ていました。根拠なく、出所不明の都市伝説的なウワサで各大学が軽挙妄動して重点化したということのようです。

重点化は各教員、特に教授にとってはマイナスであることは最初から判っていました。というのが、重点化に伴って助手のポジションを教授に転換して新設研究室を大量に作ることが判っていたからです。重点化前の標準的な研究室は教授1-助教授1-助手2〜3の4〜5人で構成されていましたが、重点化後は1-1-1の3人が基準になり、新設研究室では教授1-助教授1、極端な場合には教授1(だけ)という場合も出現しました。結果的に零細な研究室が乱立することになり、各教員への日常業務の負担が増えてしまいました。
Commented by 教員× at 2007-10-16 12:44 x
で、重点化に伴って増加した院生が第一線の研究力としてこれまで以上に当てにされるようになったというわけです。
重点化に際して、いろんな事務作業が教員にも降ってきましたが学部長から聞かされたのは「重点化すれば予算が増えるから、今は我慢して欲しい」という話だけです。重点化でどのような研究室を新設するかについては、その当時の学部長や学部執行部が決めたのではないでしょうか。学部の運営にタッチしたことがない教員に判るのはこの程度です。
なお、ウチは重点化して院生が集まるような性格の研究室ではないので、殆ど何の影響も受けていませんが。
Commented by 通りすがり at 2007-10-16 18:48 x
>>院生Zさんへ
> 自分も現在の先生の立場なら学生を喜んで受け入れます。

教員と学生の適正比率があります。米国のある大物教授は、教員1人に対して、毎年院生が1-2名が適正で、それ以上は、指導しきれないといいました。自分もそう思います。

学生も玉石混淆。受験科目にない高校レベルの理科が未習(物化生地の1科目のみ履修)で、知識がない学生もかなり居ます。高校レベルが未習だと、大学院レベルまで引き上げるのは不可能です。(定員を絞り、入試で落とすべきです。)

院生としてドンドン来てくれとは言えません。

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私は大学教員ではないので、院生の受入はボランティアですが。。。。
Commented by A at 2007-10-16 19:28 x
エントリーに取り上げていただいて恐縮です。エントリーを読んで、かつての国立大の持つ強さは、ほとんどの博士を次世代の教員として消化するという、教育と就職の自給自足が行われていたところにあるのではないかと思いました。今の問題は、授業料、若い労働力、国からの税金などをつぎ込んだあげく、20〜30代の就業できない人材を大量に排出していることで、大学院不要論につながりました。しかし、教育レベルが今も昔も(これからも)変わらなかったとしても、生み出した博士は大学内で全て内包するというなら話は変わってきます。これは私が考えていた社会でも通用する人材育成という方向とは全然違いますが、それもひとつの方向性だと思います。
 その場合、これからの大学院の定員=受け入れ可能な教員(もしくは研究員)の上限でなくてはつじつまが合わないですね。今後も大学がこのスタンスを続けるのであれば、これからは学部全体で年に数人程度の博士課程の学生を、手間ひまかけて育て上げるのが良いでしょう。恐らくこれは生え抜き採用を促進すると思いますが、それはそれで良いと思います。教育と流動性は基本的に相容れないし、必要なら大学間でトレードすれば良いでしょう。
Commented by A at 2007-10-16 19:31 x
ただし、大学内の人材育成を税金でまかなう価値があるのかについては疑問が残ります。もっと言うと、博士課程の学生がお金を払ってやるべきことなのかも疑問です。これは大学が自分でお金を出してやるべきことだと思います。そうなると、そのためのお金はどこから稼ぐのか、そして大学院の社会的意義は何なのか、と言うことが問題になってきます。
 まずお金の出所についてですが、健全なのはやはり学部生の授業料収入を大学院での教員教育に充てるというところでしょうか。これはお金と人材の循環が出来るので、効率化、縮小化を図れば永続的に続ける事が出来るでしょう。この再構築をうまくやれば、税金の流入を減らし、かつての大学の強みを取り戻せるのではないでしょうか。
 また、大学院の存在意義という面でも、教員養成による学部教員の確保は立派な大義名分だと思います。しかし、現時点では莫大な研究費が税金から投入されていること、ポストポスドクの問題が残っていることにも答えなくてはなりません。この対応としては、実際の研究活動と大学院の研究者教育を切り離し、税金の流入を減らすことが早道になると思います。これらに関しては、またいつかコメントしようかと思います。
Commented by totoro at 2007-10-17 02:14 x
>>Aさん
マスコミ関係の方かと思って読みました。

> 健全なのはやはり学部生の授業料収入を大学院での教員教育に
> 充てるというところでしょうか。

現時点での、大学の運営経費をご存じですか?
現在の定員のまま、学部の運営経費で、大学運営を全てまかなうなら、学費は4-600万円/年になります。人作りは、国の基本であり、それを税金から払うのは当然だと思います。

国立大学の経費を削減するよりも、むしろ、ベンチャーの起業支援の予算を削るべきです。そんなことに国費を投入している国は無いです。

仮に、独立行政法人のコスト削減を題目に、バカな2世議員の大臣が、国立大学は寄付で賄えと言っているそうですが、文科系の学科ならともかく、大型の研究機器が必要な理科系の学科は不可能です。
Commented by totoro at 2007-10-17 02:15 x
全くの素人を有識者と称し、審議会のメンバーにいれ、政策立案が続いています。経済的価値を生まないと称して学問を排斥する様は、まるで、文革時代の中国の様です。中国は人材が枯渇し、外国に大量に留学生を送り、呼び戻すことで、再起をはかりましたが、文革のリカバリーに30年を要しました。

日本でも同様のことが起こると思います。これから,ゆとり世代が大学院に入学し、さらに、人材の枯渇が進むと思います。人の一生は短いので,10年も学問を迫害すれば、人材の枯渇は相当なレベルになると思います。
Commented by katagi at 2007-10-17 03:00 x
前のエントリーでは思いがけず激論をしてしまい、
管理人様にはご迷惑をかけしました。すいませんでした。

> 現在の定員のまま、学部の運営経費で、大学運営を全てまかなうなら、学費は4-600万円/年になります。

大学院の授業料を学部生でまかなうというのは、
大学の規模によっては全く不可能ではありません。
要するに、学部生が院生に対して多くて、
授業料が多少高くても学部生が集まる大学なら可能です。

例えば、簡単な試算ですが、早稲田大学なら学部の授業料を
1割~2割アップするだけで大学院の授業料をまかなえます。
また、日本大学なら5%程度アップするだけで大丈夫です。

院生の比率が低い、私立大ならではの話ですが。
Commented by hyoryusha at 2007-10-17 06:31 x
これまでの激論、当事者(「痛みを感じている側」です)の一人として興味深く読ませていただきました。まだ議論の流れの全てを把握しきっているわけではなく、また建設的な議論につながる発言ではないかもしれませんが、一言言わせてください。

私はいわゆる「就職氷河期」初期世代の人間です。我々が学部(理系であれば修士課程)を卒業しようとしていた90年代半ばの当時は、ご存知のように、バブル経済崩壊後、社会のあちこちで制度改革が叫ばれていました。リストラ然り、年功序列の見直し然り、大学院重点化然り。その変革の気運の中で、志有る若者の少なからずが「今後は日本も欧米のように専門家重視の社会になる」という大学院や文部省(当時)の青写真の実現を信じて、大学院(または博士課程)に進みました。しかし、その後、大学院を出てみると、専門知識や技能よりも若さを重視する日本社会の体質は全く変っていなかったのです。そこで、受け皿の無いまま、日本の博士号取得者たちは、PD・ODとして世の中を漂い続けています。
Commented by hyoryusha at 2007-10-17 06:31 x
何が言いたいかというと、昨今、就職氷河期時代に大学院に進んだポスドク(オーバードクター)たちに対して「問題意識も無く安易に院に進んだ」または「就職できなかったので安易に院に進んだ」とされる風潮に疑問を感じるのです。同様に、高齢のフリーターを「就職できなかった人」「無能な人」「怠惰な人」としてのみ問題化する風潮にも違和感を感じます。
Commented by hyoryusha at 2007-10-17 06:32 x
社会の激変が感じられたあの時期、就職する道を選んだ者も、フリーターになった者も、院に進んだ者も、それぞれに将来をそれなりに考えてそれぞれの選択をしました。就職した者だけが将来を真面目に考えていたわけでもなく、その他の者が安易に考えていたり能力が無かったりしたわけではないのです。みんな似たりよったりだったと思います。たまたま当時「就職する」選択した人々が後に「勝ち組」と称されるようになったにすぎません。当時、従来的な意味での定職への就職をしなかった者だけが今になって「落伍者」「社会のお荷物」「無能者」として問題視されている現状に憤りを感じます。

年功序列、新卒重視の社会体制(企業が主ですが、年齢制限や学閥のまかり通っている大学や役所もそれほど違いはありません)が現在もなお強固に存在していることこそ、問題なのではないでしょうか。
Commented by hyoryusha at 2007-10-17 06:33 x
大学院生やポスドクを含め、将来の目標に向かってそれなりに努力している人々が哀れまれる日本社会が、とても異様に感じられます。(「日本では博士課程に進んでいるというと、哀れまれる」と日本人以外の人々に話すと、往々にして驚かれます)

「再チャレンジ」にしても、「失敗した人(PD、フリーター、ニートなど)にチャンスを与えてやろう」が主眼であって、「どんな人でも、年齢・性別・既婚/未婚の別などに関係無く、キャリアチェンジの機会が得られる柔軟性に富んだ社会にしていこう」という方向性で議論されているわけではないですよね。

こんなことは、これまでも散々指摘されてきたことで、今さら私がここに割り込んで書き込むまでもないことですが。 大学院(教育)と文科省の方針以外にも、日本社会の柔軟性の無さ、旧態依然とした状況をも問題化すべきではないかと考え、つい長々と書き込んでしまいました。感情的で支離滅裂な部分はご容赦を。
Commented by 匿名ポスドク at 2007-10-17 10:43 x
こんにちは。
>apjさま、いろいろご丁寧にご教示頂き、ありがとうございました。

新たに疑問に思うのですが、文科省が大学を支配したがるのは、そもそもどうしてなんでしょうか?もしどなたかお付き合い頂けるなら、ご教示頂けたらと思います。
Commented by それは at 2007-10-17 11:22 x
>文科省が大学を支配したがるのは、そもそもどうしてなんでしょうか?
天下り先確保の為です
Commented by 想像すると at 2007-10-17 11:29 x
世の中には、上から下へ決める場合と、下からの意見を上に吸い上げて物事を決める両方があると思います。文科省もその時代の要求に応えるべく一応、大学の活力を上げるんだと思って改革案を出すのだと思います。実際、大学も昔は自由はあっても活力は少なかった訳ですし。でも、やってみたら色々うまく行かないことがどんどん出て来てしまう (想像が及ばなかった)。あるいは、文科省の中での手柄争いもたまにはあるかも知れないと想像します。
Commented by ぽすどく at 2007-10-17 12:19 x
以前にstochinai先生が書いてたように、大学が文科省官僚の天下り先になるってのが理由の一つじゃないかと邪推してます。

まぁ国の補助金におんぶだっこしてきた大学にも責任の一旦はあるのではないでしょうか。
Commented by X at 2007-10-17 12:39 x
>hyoryusha 様
「欧米のような専門家重視の社会」に舵を切ろうとしたはず、、、の部分、僕もそう思っていました。今だって高い調査能力、分析力、報告書作成能力をもつ人は社会の様々なところで全然足りてないと思います。大学内だって広報、事務、人事、特許など、欧米なら研究を経験した人も活躍してそうなところで Ph.D. が活躍している例など日本では聞いたことがありません。

ただ、そういう方向ではじまったはずの大学院重点化への思惑が人によって違っていたのは明らかで、当時の大学教官は増えた大学院生を単に研究の労働力として使ってしまったのではないかという思いが消えません。他にも応用可能な調査能力、分析力、文章作成能力などをきちんと指導する機会を設けたのか? 教官側にもいろいろ言い訳はあるでしょうが、高等・専門教育とは何なのかについて大学側が反省すべきところも多いように思います。
Commented by 教員× at 2007-10-17 13:02 x
X様
普通、大学院重点化と聞けば、みっちり大学院生を指導できるような制度になると考えませんか?私も最初は院生を絞ってもっとびっちり指導できるようになると誤解しました。
この国の重点化は研究室あたりの教員を減らして院生を充填しただけですから、以前より手薄になるのが普通ではないでしょうか?
Commented by X at 2007-10-17 13:58 x
>教員x様
おっしゃる通りだと私も思います。すみません、「言い訳」という書き方は的確でなかったと思います。こういう議論をしているとつくづく「硫黄島」とか「本土決戦」とか「竹槍」の話と一緒に思えて仕方ないのですが、、、でも、大学側として「結果として」おざなりになった部分があったとしたら、今後修正する必要があると思っています。
Commented by それは at 2007-10-17 14:15 x
日本は昔から形式主義です。研究室の数と院生が増えたら「研究体制の強化」に見えますからねえ。旧日本軍も「何月何日までに某陣地に大砲X門装備」という命令が来ると、とりあえず大砲だけ運んで砲弾は用意しなくても怒られなかったそうです。
Commented by 通りすがり at 2007-10-17 15:19 x
>>katagiさんへ
> 簡単な試算ですが、早稲田大学なら学部の授業料を
> 1割~2割アップするだけで大学院の授業料をまかなえます。
> 日本大学なら5%程度アップするだけで大丈夫です。

どういう試算をされたのか、学生数、学費、大学の経費を明示願えませんか?
この種の数字は、一人歩きしがちです。実情を反映しているかを知りたいのでお願い致します。
Commented by katagi at 2007-10-17 16:39 x
通りすがり様

ご指摘ありがとうございます。確かに数字だけ一人歩きされては困りますね。

計算は正確なものではなく、「1~2割」と書いた部分が実は2割5分だった、なんてこともあるかもしれません。totoroさんの「4-600万」という指摘がありましたが、大学の規模と学生構成によってはもっと安くなる可能性がある、ということをコメントしたかったので、厳密に1割だ、とか5%だ、ということを申しあげたいわけではありません。

早稲田大学については、以下の統計データを利用しました。
http://www.waseda.jp/jp/global/guide/databook/2007/number01.html

私の試算は文型も理系も法化大学院も授業料が一律という前提で計算していますが、実際には学科ごとに違うし、大学院も学年ごとに授業料が異なるようです。また、特待生など大学独自の奨学金もあるでしょうし、正確に計算するにはかなり時間がかかります。なので、あくまで概算値(とはいえそれほど外れてもいないと思いますが)としてご理解頂ければ幸いです。
Commented by katagi at 2007-10-17 16:57 x
ついでですが、早稲田の学部志願者は126000人だそうです。
http://www.yozemi.ac.jp/nyushi/data/07/nyushikekka_s/index.html

受験生から1万円多くぼったくれば、10億円は軽く稼げます。早稲田は高校生に人気高いので、多少は受験料高くても大丈夫でしょう。
早稲田の博士は2000人しかいないので、本気で奨学金を出そうとしたら、東大とも競り合えそうです。

といってもこの大学、バブル時の負債がまだ残ってるそうですが・・・
Commented by 教員× at 2007-10-17 17:30 x
X様
大学全体の方針に関しては良く存じませんが、21世紀COEとかその後継のCOEに大学を上げて狂奔しているのも、大学院生やポストドックの待遇を何とかしようという大学の動きの一つと理解しています。企業との共同研究を推進しろと急かされているのもその一環でしょう。
本来であれば、重点化とかポストドックとかの制度整備を相互関連させるべきであったのでしょうけど、関連なくバラバラに行われてました。バラバラに施行された制度の中で選択の知恵を働かせるゆとりもなく、片っ端から飛びついているのが今の大学の状態でしょう。ポストドック制度を導入するのならするで、それに適合した米国型のgrantにすべきなのですが、大型研究費を各省庁が握りづめにしたままで、しかも一年の金額だけは大きくても3年で打ち切りで整合性がとれるようになっていないというのが現状です。

それは様
そういえば、日米開戦の前に軍事力増強を狙った日本陸軍が4個連隊で1師団だったのを3個連体で1師団にして、師団数を増やして軍事力増強に成功(!?)していたという歴史を思い出しました。
4人編制の研究室を3人編制にしてきっと科学研究能力も大幅に増強されたのでしょう、日本的には。
Commented by X at 2007-10-17 21:37 x
>hyoryusha 様
欧米において社会で活躍する専門家(ここでは Ph.D. とほぼ同義の意味で使用しています)とはどんな人達でしょうか。おそらく研究・実験を経験し、それをもとに別の分野でそれを生かしながら専門性を発揮している人が多いのではないかと思います。そう考えると、日本の PD、OD 問題は少しいびつなのかもしれません。日本の PD、OD のかなりの人があくまでも研究・実験の現場から離れず、研究・実験を行えるポジションを探しているような気がしますが、どうでしょうか(間違っていたらすみません)。

そもそも研究者に向くか否かは実際にやってみなければわからず、多様な才能の可能性を試すためにもある程度多めの人に大学院に入ってもらって、従って学問の世界が修士課程、博士課程、ポスドク、若手 PI とだんだん人数が絞られるピラミッド型になるのは避けられないと思います。PD、OD が大学院重点化で労働力を提供したまま置き去りにされるのは大問題です。かといって、すべての人が研究の現場にいられるよう求めるのは社会的に受け入れられるとは思えません。



Commented by X at 2007-10-17 23:56 x
>教員x 様
待遇もとても大事な問題ですが,大学院として行う高等教育とはそもそも何なのだろうと思います。1つの柱はそれぞれの分野の学問の継承,発展ですが,もう1つの柱は社会を含む他分野にいっても通用する問題解決能力,思考法をみがくことではないかと思います。ところが,うちは一般にレベルが高いと思われているところですが,それでもちょっと違う分野のことを調べて書くようにいうと,とても大学院生のものとは思えない報告書がでてきます。この手の力は能力というより訓練の問題が大きい,つまり,大学院で,様々な課題について調べ,発表させ,書かせる訓練があまりに足りないのではないかと感じています。

専門分野で1つの課題を深く研究,追求していく能力と経験は専門教育の大きな柱ですが,専門外の分野でもきちんと課題を見つけて,期限内に調べて一定の答えを出すような問題解決能力が訓練されているだろうかと思います。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 01:38 x
X様、私の支離滅裂な怒りのコメント(今読み返すとお恥ずかしい限り)にご丁寧にレスくださいまして、どうもありがとうございます。 

>欧米において社会で活躍する専門家

とは、Ph.D. holderで社会の各方面で活躍している人々という意味です。もちろん、広義には大学・シンクタンクなどの研究者も入りますが、私が「社会で活躍する専門家」と聞いて想像される人々は、企業・役所(地方自治体含む)・教育機関・その他の公的サービス機関などでそれぞれの専門知識・技術や論理的思考力をそれなりに活かした立場で仕事をしている人々です。

確かに、日本の従来の大学院教育は、学界で評価される研究者の育成に傾きすぎ、学術世界以外の社会とは隔たりがありました。その点で、「博士号保持者は年ばかり食っていて使い物にならない」「日本の大学院教育はなっていない」という批判は、もっともだと思います。また、企業への就職を見下す傾向にある(特に理系の)日本の大学院関係者(PD自身を含む)の意識改革が必要という意見には、私も大賛成です。

しかしながら、本当に博士号保持者は使い物にならないのか?という疑問が私にはあります。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 01:39 x

(以下は、「従来的な制度のもとでまともな大学院教育を受けてきた人間」について書いています。「教授の言いなりで論文を書いて博士になった人間」については、また別に考える必要があります。) たとえ特殊な分野のエキスパートになるような教育を受けてきたにせよ、その分野でエキスパートになるには、本来、幅広い知識・知見と論理的思考力および発想力を必要とします。そういった能力が、日本社会では正当に評価されていないように思われます。

「博士号取得者は年ばかりくっていて使い物にならない」というのには、多分にして、「彼らには年相応の社会人としての常識が無い」という意味合いが込められているように思います。しかし、その程度の常識は、マナー講座を一回でも開けば(あるいは研修DVDでも与えれば)、まともな博士号所持者ならば簡単に習得可能だと思うのです。よく取り上げられる「社交性」も、単なる慣れの問題ではないでしょうか。(私が海外で出会った日本人PDの方々はそれほど極端に非社交的というわけではありませんでした)
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 01:40 x
博士論文研究をしている間に培われた論理的思考力・分析力・(実験や調査などの)技術・発想力・(人によっては専門的な文献を読み書き出来る語学力や文章力)は、学術世界以外にも応用可能だと思います。最近、知ったのですが、欧米や日本の外資系企業では、大学院教育を受けた人間のそうした能力は他分野・企業の活動へも応用可能であると見做すために、高い評価をするそうです。つまり、潜在力を買っているのです。単に彼らの現在の専門知識・技術だけを評価しているのではないのです。この話を実際に就職活動している友人に聞いたとき、博士号取得者の潜在力に対する認識が日本の多くの企業や公的サービス機関には欠けていると感じました。それは、日本の社会にとって大きな損失ではないでしょうか。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 01:41 x
実際、文系・理系に限らず、大学院で専門教育を受けた30代の日本人を海外で多く見かけました(私自身のことは棚にあげておきます)。彼らの能力・知力はすばらしく、柔軟性にも富んでいました(何と言っても外国で仕事をしているのですからね)。日本への帰国を望む人も少なくありませんでしたが、適当な仕事が無い、年齢制限がある、ということで海外で働いています。日本の社会にとっては、本当にもったいない話です。

期限以内に一定の問題解決をする能力も、一般常識同様、訓練次第でいかようにも向上可能でしょう。企業が利益追求のために特定の方向性の研究を望むということも説明次第でPDも納得できるはずです。「利益が見込めない画期的な研究はできない」というのではなく、「利益が見込めるという条件付で画期的な研究を企業も求めている」「企業を通して専門家の画期的な研究・見解を世に広めることができる」とポジティブに解釈しなおしてPDに解説すれば、論理的な説得に弱いPDの企業に対する不安感を取り除くことができ、かつ、モチベーションを高めることができるでしょう。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 01:42 x
正直、現状では、日本の企業や公的サービス機関がPDの潜在力を活用できるのかどうか疑問です。というのも、面接で意見を求められ、正直にその企業の研究の欠点を指摘し、より良いと思われる代案を提案したら不興を買って落とされた、などという例を幾つも聞いているからです。もしかしたら、彼らの意見は企業側の諸事情により実現不可能に見えたのかもしれません。であるならば、そこでお互いにもっと議論すべきだと思うのです。しかし、上司の言いなりになりやすく企業の色に染めやすい(と彼らが考えている)若い新卒者を求めているような日本の企業・公的サービス機関は、そこまでの努力をして博士の潜在力を活かそうとはしていないように思われます。

以上、「まともに」大学院で研鑽を積んできた博士の社会的活用について述べてきました。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 02:19 x
totoroさん

>経済的価値を生まないと称して学問を排斥する様は、まるで、文革時代の中国の様です。中国は人材が枯渇し、外国に大量に留学生を送り、呼び戻すことで、再起をはかりましたが、文革のリカバリーに30年を要しました。

上記、全く同感です。中国の留学生帰国政策はすさまじいものがあります。中国人の友人に「いっそのこと上海か北京か香港で就職すれば?」と私や日本人の友人達は言われましたよ。

日本社会は、とりあえず組織が生き延びるためという短期的な考えで様々な取り組みを行い、結果、20代後半から30代のPDとそれ以外の非正規雇用者を大量に生み出し、景気が上向いてくると彼らを切り捨ててきました。しかし、文革の失敗を経た中国や、IMFショックを乗り越えた韓国の、研究を含めた様々な分野で世界の大国と伍していこうとする必死さを見ていると、日本はこのままでは世界で取り残されるなという感を強くします。もちろん、中国や韓国には日本にはない問題点も山積みですが。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-18 06:00 x
hyoryushaさんの、意見にほとんど同感です。
私は少し違いますが、今40前の私がポスドク第一世代と呼んでいる人たちは、優秀な人も多いし、本人の認識が甘いからこうなることがわからなかったわけでもなければ、頭が固いから企業等他の分野にいけないのでもありません。あの時期に今が予想できた人は誰もいないはずです。いたら教えてください。逆にその後にポスドクになった人には私は冷たいです。第一世代がどうなったかもう結論は出ているはずなのに彼らはなぜポスドクになったのでしょうか?
35過ぎてポスドクが転職活動をするということがどれだけ大変なことかがわかっておられない方が多すぎると思います。特に学生さん。能力など関係なく、年齢で切られるのでどうしようもありません。これは日本の企業内のキャリア形成のあり方と密接に関係しているので優秀だから採用とはならないわけです。誤解を恐れずに言えば、良く言われる、「博士持ちが使えない」から採用しないのではなく、仕事ができてもその結果今までの会社内の秩序が壊れることがまずいわけです。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-18 06:00 x
 どなたが言われていたように、もう今いるポスドクは自助努力で何とかしていくしかないのですが、どなたが言われていた「ベンチャーに金を出すな」というのは意見としては一理あるのですが、ポスドクの吸収先の一番手がベンチャーで、多くのベンチャーが政府の金でやっていることを考えるとつらい話です。
Commented by 匿名ポスドク at 2007-10-18 09:17 x
「(日本以外に)ベンチャーに対して国が金を出している国はない」と書いている方がいらっしゃいましたが、是非根拠をお示しいただけませんか。

私のドイツ人の同僚の話では、ドイツでもベンチャーにはかなりカネをつっこんでいるそうです。私の話も人に聞いた話なので根拠が薄いのは承知しておりますが、本当に日本だけでしょうか?

私もhyoryushaさんと同感の部分が多いですし、同じ憂いを感じずにはいられません。私はヨーロッパと北米でポスドクをやりましたが、家電店にどれだけLGとかSAMSUNGのテレビや冷蔵庫が売られているか、どれだけの若者がLGやSAMSUNGの携帯を使っているか、街ではどれだけの数のHYUNDAIの車が走っているか、日本に住んでる日本人の皆さんは、知っておられるでしょうか。

大企業、ひいてはその仲良しさんの政府は、法人税と人件費(社会保障費含め)を抑制することが国際競争力だと思っているようですが、本当にそうなのか、よく考えて頂きたいところです。
Commented by どんだけ at 2007-10-18 11:20 x
これだけの批判があっても社会運動にならないのが日本の特殊性なんである。
Commented by X at 2007-10-18 11:48 x
>hyoryosha 様
丁寧な議論をありがとうございます。私が高等教育について書いた部分は、専門分野については訓練もあって高い能力を見せるものの、専門外の課題になるととたんに問題解決能力が低下するまわりの「今の博士課程大学院生」を何人か見ていて感じていることであり、つまりこれは今後の大学院教育について思っていることで、今の PD 問題とは別の問題です(少しごっちゃにしてしまった部分があったかもしれません、すみません)。
Commented by X at 2007-10-18 11:49 x
(続き1)
今の PD 問題については、私も海外 PD の時期があり、専門分野での研究能力、専門外の問題解決能力、人柄、すべてしっかりした多くの友人がいます(多くは今も海外で PD をされています)。多くは違った道に進んでいればそこで活躍していたと思われ、当時の政策誘導(?)によって様々な潜在能力を持った人がこの道に進んだこと、一方で現状は社会の様々なところで明らかに人(専門職)が足りていないのを見れば、何とももったいない話だと思います。私も運良く日本で職を得て、自分ではちゃんとやっているつもりですが次への一歩には多いに苦悩していて、閉塞感を募らせています。hyoryusha さんのおっしゃるように、専門性を身につけた人を使い捨てにし、さらに若い人をつぎつぎ消費するだけのモデルで日本は本当にいいのか、という点に強く同意します。
Commented by それは at 2007-10-18 14:06 x
アメリカでもPIになるのは大変なので(大分昔で150倍くらいと聞きました)、同僚もPD からコンサルタント会社に行ったり、弁護士になったりしてました。万年PDも多かったです。日本も同様になったということでしょうね。
Commented by X at 2007-10-18 14:08 x
(さっきの続き2:追加)
現実問題として、研究遂行能力もあり、専門外の課題にもちゃんと対処できる人が多く含まれているのが PD問題の現状だと思います(当然人はみな完璧ではないので、欠点だって探せばあるでしょうが、そんなネガティブな人選をしていて大丈夫でしょうか?)。日本の閉塞的な状況を見れば、そういう方たちに研究能力を発揮する場(アカデミックポジション)を十分な量用意するのはかなり無理がありそうで、しかも今日本で職を持っている人(ふさわしくない人を含む)はこの状況を見れば当然今の職を死守する(少なくともできるだけ保守的に行動する)のは明らかで、じゃあ誰が他の分野へいくべきなのでしょうか、、、結局どうどうめぐりになってしまってすみません。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 15:12 x
40台海外ポスドク様

>今40前の私がポスドク第一世代と呼んでいる人たちは、優秀な人も多いし、本人の認識が甘いからこうなることがわからなかったわけでもなければ、頭が固いから企業等他の分野にいけないのでもありません。あの時期に今が予想できた人は誰もいないはずです。いたら教えてください。逆にその後にポスドクになった人には私は冷たいです。

嗚呼。この言葉を朝日・毎日の記者をはじめとするマスコミ各人に届けたいです。彼らのこれまでの「ポスドク問題」の取り上げ方は、「博士号保有者=社会的不適合者」という偏見を助長する傾向にあったと思いますので。

匿名ポスドクさま。海外経験豊富なPDはおそらく日本社会の長所も短所もそこらの役人・政治家・シンクタンクよりもよほど知り尽くしているでしょう。彼らのそうした知見を日本の社会に活かすことはできないのでしょうか。

どんだけ様、PDの一万人やそこらでは社会運動にはならないかもしれません。しかも彼らは世界中に散らばっていますし。でも、「世界のPDよ、団結せよ」というのも悪くないですね。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 15:13 x
PD問題・非正規雇用者問題・少子化問題・年金問題(将来きちんと払われるのか)・・・は、全て密接に絡んでいると思います。初期世代PDだけに限って言えば、能力・人格ともに特に問題の無い彼らが不安定な雇用状況にある(しかも多くは様々な国を転々とせざるを得ない)中で、結婚・出産を先延ばしにしています。

男性PDおよびパートナーの方々も大変ですが、女性PDはそれに輪をかけて大変です。PDの中には元来家庭的なタイプも少なくなく(男女とも)、生活が安定しさえすれば、素晴らしい親としても社会に貢献できるのにと残念でなりません。

文系PDはさらに悲惨です。生活が不安定どころか、理系と違って任期付き給料制の職も限られているので、多くは非常勤講師やアルバイト生活です。年金・保険料の支払いも満足にできない状況にある方々も少なくありません。
Commented by hyoryusha at 2007-10-18 15:17 x
X様

>今日本で職を持っている人はこの状況を見れば当然今の職を死守する

やはり、そうなんですか・・・。でも、どなたかが既に書いておられるように、今の状況を根本的に改善しなければ、現在「勝ち組」の人々も高齢PDをあざ笑う若者たちも、結局は自分たちの首を絞めることになり、損をすると思うのですが。

不思議なのは、なぜ日本はアメリカ型社会を目ざしているのかということです。PD増産計画も競争型社会への変更もおそらくはアメリカをモデルにしています。しかし、国土・資源・社会の成り立ち(当然ながらアメリカは移民を受け入れる国で人材は外からも確保でき、さらにキャリアパスも多様です)全てにおいて日本と全く異なるアメリカを参考にすることに、そもそも無理があります。

個人的には、北欧型のワーク・シェアリングを積極的に活用した社会組織を目ざすほうが、既得権保有者・非保有者ともに、痛みが最も少なく持続可能な改革だと思います。しかも、人間的生活が保障されます。

ただし、ワークシェアに対する私の印象は、北欧の一般企業や役所の例に関するメディアの報道に依拠しています。北欧の研究者雇用事情はどうなっているのでしょうか?
Commented by 通りすがり、 at 2007-10-18 23:02 x
>> katagiさんへ
> 簡単な試算ですが、早稲田大学なら学部の授業料を
> 1割~2割アップするだけで大学院の授業料をまかなえます。
> また、日本大学なら5%程度アップするだけで大丈夫です。

これの根拠を読ませて頂きました。

> 私の試算は文型も理系も法化大学院も授業料が一律という前提で
> 計算していますが、実際には学科ごとに違うし、大学院も学年ごとに
> 授業料が異なるようです。

試算の資料は分かりましたが、具体的にどんな計算をし、どんな数字を出したのか教えて頂けませんか?具体的な試算を書かなければ,
如何様にも都合の良い解釈がなりたちます.

学部学生数xxxx人で, 学部生の学費はxxxx円
院生の学生数xxxx人で、院生の学費はxxxx円だから、
学部生1人当たり、xxxx円のアップで賄える。

上記のxxxxの部分を埋めて頂けませんか?
Commented by データがあるなら at 2007-10-19 13:33 x
あなたも試算してみたら?
Commented by 通りすがり at 2007-10-19 14:59 x
私は、Katagiさんの授業料の書込みの信憑性に疑問を持っており、
どう計算したか知りたいのです。
公開されている学費も、学部や専攻で様々で、どの数字を使うかで、
計算結果が随分違います.この種の数字は、一人歩きし、影響が
大きいので、どう計算したかを知りたいのです。。。

私の試算は、また別の問題です。
Commented by だから at 2007-10-19 15:40 x
>どの数字を使うかで、計算結果が随分違います.

あなたも数字を出してみれば話が早いでしょう。自分で計算するのは嫌なんですか?
Commented by katagi at 2007-10-19 16:13 x
> 公開されている学費も、学部や専攻で様々で、どの数字を使うかで、

あの~、コメントをよくお読み下さい。
Commented by 通りすがりの32歳PD at 2007-10-19 19:15 x
私もポスドク2年目で、今後の行く先については常に不安を感じており、stochiani 先生の blog は大変参考になります。

今の研究社会は、たまたま早く生まれたために permanent の職にありつけた人たちが、若い博士達を都合のいい労働力として使い捨てにしている状況だと思っています。

暴論ではありますが、この状況を打破するためには、今の大学教官を全ていったん解雇して、全員を任期付で再雇用するべきです。
教授を含めたスタッフ達も業績をあげられなければ任期打ち切りとすることで若い人たちにポストを用意するのです。
当然、業績評価の基準は厳密で客観的でないといけません。
Commented by 通りすがりの32歳PD at 2007-10-19 19:15 x
さらに暴論を付け加えると、スタッフの給料は大学から払うのではなく全て獲得した研究費から捻出するようにしてもいいでしょう。
そうすれば、研究費を獲得できない者は退職せざるを得なくなり、有望な若い博士達にチャンスを与えることができます。
もちろん、そのためには科研費の充足率を7〜8割程度まで上げる、小口の研究費の数を大幅に増やす等、審査や配分の仕方を大きく変えないと大変なことになりますが。

stochiani 先生は「痛み」とおっしゃられていますが、先生も含めて今の大学教官達にそのような「痛み」を受け入れる覚悟がありますでしょうか?
Commented by 通りすがりの32歳PD at 2007-10-19 19:15 x
また、日本社会が実際に必要としている基礎研究科学者の数に比べて明らかに博士の供給過多である以上、stochiani 先生の「大学院入学者を減らすべき」という案には概ね賛成ですが、筆記試験でいい成績を取ることと、研究者としての能力は必ずしも一致しないので、間口を狭めすぎるのも問題かもしれません。

そこで、博士課程に進学する者には必ず資格を取らせる、または資格を持った人しか入学を認めない、としてはどうでしょうか?
医師免許や薬剤師免許などがあれば30歳過ぎで研究職を失っても生活費を稼ぐことはできますし、博士としての知識や経験も多少は役立てられると思います(少なくともコンビニバイトなどよりは)。
Commented by 通りすがりの32歳PD at 2007-10-19 19:16 x
芸能界では失職したときのために調理師免許等を取っている人が多いみたいですが、今の研究社会は芸能界と同様、一部の運と才能に恵まれた人だけが生き残って行ける状態になってしまったので、あらかじめ資格を取っておくべきだと思います。

私の周りのポスドクたちも、何かちゃんとした資格を取っておくべきだった、と後悔している人がたくさんいます。
少なくともこれから博士になろうとしている人たちにはそのような後悔をさせないように、大学側が学生に周知徹底するべきです。
(一昔前までは「博士号」もちゃんとした資格だったはずですが)
Commented by 通りすがりの32歳PD at 2007-10-19 19:18 x
すいません、stochinai 先生の名前を stochiani と間違ってしまいました。
Commented by 通りすがり at 2007-10-19 19:27 x
>>だから さんへ
私も試算したが、自分の計算はkatagiさんとは合いません。どんな
試算か聞いてみたかったのです。

>>Katagiさんへ
裏付けとなる具体的数値を示せない試算なら、経費を切り詰めて教育に
携わる教員対し失礼ですよ。
出せないものを、問いつめても仕方ないので、質問は打ち切りますが、
その程度だったのですね。
Commented by だから at 2007-10-19 19:34 x
>私も試算したが
その試算を書いてごらんよ。はっきりするでしょ。具体的数値は示せないの?
Commented by 通りすがり at 2007-10-19 19:54 x
>>だから さんへ
katagiさんの根拠が出たら、私もだして議論致します。
いい加減な試算に思える数値を出したので、根拠を示せといっていう、
質問に対し、
「お前も試算結果を出せ。」
では、返答になっていません。私の質問に答えて頂ければ、私も
お答え致しましょう。
Commented by だから at 2007-10-19 20:12 x
なにいってるの?その計算はおかしい、というならどこがおかしいのか自分の計算を出すのが常識でしょう。
Commented by 通りすがり at 2007-10-19 20:28 x
>>だからさんへ
> その計算はおかしい、というならどこがおかしいのか自分の計算を
> 出すのが常識でしょう。

私は、「信憑性に疑問がある」「いい加減な試算に思える」と
書きましたが、
「おかしい」
と断定していません。文章は正確にお読み下さい。
疑問に思ったので、お答え頂きたかったのです。
「答えられない」
というので、その程度の試算かと書きました。

疑問の根拠は、これらの早稲田、日大、共に友人が教員をしており、
内輪の話に聞いたものと、合わない気がしたからです。最初に
疑問を出したとき、その内容も書きかけましたが、内輪話なので
その部分を削除しましたが。。。
Commented by katagi at 2007-10-19 20:32 x
> いい加減な試算に思える数値を出したので

いい加減ですよ。厳密じゃないって断ってますし。

・・・それが何か?

> 経費を切り詰めて教育に携わる教員対し失礼ですよ。

え?何の話してるんですか?
Commented by だから at 2007-10-19 20:38 x
katagiさんの数字は出てるじゃないの。そのどこが疑問なの?
小学生みたいなこと言ってないで早くあなたの試算出したらどうですか。それですっきりするでしょ。
Commented by katagi at 2007-10-19 20:41 x
もしかして、すごく難易度高かったのでしょうか?この計算。

授業料を一律だと仮定(例えば100万円)して、
11人の授業料を10人で負担したら、さていくらでしょう?

ってだけの話なんですけどね。根拠を示せとは・・・。とほほ
Commented by katagi at 2007-10-19 21:37 x
通りすがりの32歳PD さん

> そこで、博士課程に進学する者には必ず資格を取らせる、または資格を持った人しか入学を認めない、としてはどうでしょうか?

良いアイデアだと思います。ただ、その為には新しい資格を創出する必要があるでしょう。医師や薬剤師は特定学部じゃないと取れないですし、理学系は基本的に資格には無縁です。あるのは教員免許くらいでしょうか。

その中でも、技術士が博士にフィットする資格なんじゃないかと思います。技術士は今のところ大したメリットの無い資格ですが、法改正をして、例えば事業所(工場や研究所、大学など)や部署ごとに必ず専任の技術士を配置しなければならない、とかしたら技術士の価値は上がると思います。最近では設計の偽造や論文の捏造など理工系の倫理問題が注目されていますが、技術士は倫理規定を法律で定められているので、そういう問題を取り仕切る存在としても価値があると思います。

技術士の二次試験では実務経験が求められるので、大学院生が簡単に取得できるものではありませんが、政府関係者には一考してもらいたいです。
Commented by 通りすがり at 2007-10-19 21:44 x
マトモに返答させて頂きます

>>katagiさんへ
> 授業料を一律だと仮定(例えば100万円)して、
> 11人の授業料を10人で負担したら、さていくらでしょう?

やはり、そうですか。もっと別な、方法かと思いました。
学費の件は東大の例でした。例えば、東大では

学部学生: 14000人
院生(修士): 6400人
院生(博士): 6000人
です。学部学生の学費アップで、院生の学費を負担すると、2.3人で
1人の院生博士院生の学費を負担することになり、無理があります。

 また、私大という条件でしたが、私大は少子化で経営にかなり敏感です。
私大の学費は元々高いので、1割以下の学費アップですら、学生の反対運動が起きることが有ります。まして、文系も含めた学部学生の学費アップと、院生の授業料免除が相殺では,学生の同意は得られません。また理系学部に限ると、国立大学と同様の問題がでてきます。
Commented by 通りすがり at 2007-10-19 21:45 x
(続き)
 katagiさんが例としてあげた私大に赴任した友人がいます。ラボの
立ち上げ費用が出ず、自分の貯金から400万円弱を払い私費でビーカーや
フラスコを買い実験室を立ち上げました。つまり、大学の財政事情は
かなり厳しいようです。マスプロの私大でも、学費アップし、院生の
補助というのは、現実的ではない気がします。

 簡単な試算と、笑い飛ばしますが、数値が新聞などで報道されたら、
それが事実と見なされます。大学の収支はバランスシートの上で議論
されるので,学費だけが特別扱いではありません。学費上げとセットで、
予算関連の様々なことが語られます。現実には難しくても、机上の空論
なので、何でもアリのように見えかねません.

 国立大学は、緊縮財政で、削減圧力が掛かっています。地方では、
まともな教育が成り立たない大学も出ています。授業料や付属病院の収入や予算の獲得の収入と、使い道である支出のバランスに相当神経質になっています。

丼勘定の見積もりでも、それが現実的でないなら、現場の教員にとっては迷惑だと思います。
Commented by katagi at 2007-10-19 22:25 x
で、いったい何を批判されてるのでしょうか?
Commented by katagi at 2007-10-19 22:29 x
> 学部学生: 14000人
院生(修士): 6400人
院生(博士): 6000人
です。学部学生の学費アップで、院生の学費を負担すると、2.3人で
1人の院生博士院生の学費を負担することになり、無理があります。

無理があるって、何が?
2.3倍ってことは、学費50万として115万?

400万より、安いじゃない。
Commented by katagi at 2007-10-19 22:38 x
あのぉ~、本題じゃないと思うので、もうやめませんか。この辺で。

1~2割が不正確だとおっしゃるなら、100%でも200%でも良いですよ。
Commented by 通りすがり at 2007-10-19 23:40 x
>>katagiさんへ
私が言いたいのは、
「丼勘定の見積もりでも、それが現実的でないなら、現場の教員にとっては迷惑だ」
ということ。。(私は教員ではありませんが。。)

400万は、友人(教授)が自腹でだしたラボの立ち上げ費です。
400万を新任教授に出せない大学が、院生の学費を自前で支払うのか。
よく考えてみてください。

私もこれで終わりにします。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-19 23:46 x
通りすがりの32歳PD さん
>>暴論ではありますが、この状況を打破するためには、今の大学教官を全ていったん解雇して、全員を任期付で再雇用するべきです。

 お気持ちは良くわかります。しかし、具体的かつ実効性のある方法がありますか?マスメディアでポスドク問題が取り上げられるようになったのはよいことだと思いますが、気に入らないのは、数の問題としてのみ扱われることで、企業や大学の構造問題に言及されていないことです。特に地方大学で平均的なポスドクよりも業績も能力もない教員がごろごろしていますし、公募といっても形ばかりで業績の足りない身内を採用することがまだ多いです。私の知り合いの複数の教授は以前よりもひどくなったといっています。今の立場ではできませんが企業に就職した後、周囲の協力がとりつけられれば、裁判を起こすのもいいかと思っています。目的はコネ公募が不正なものであるという認識を植えつけるためです。

 また資格に関してはあまり賛成できません。「実」の無い資格を作っても同じことです。日本では博士の価値が低すぎることが問題のひとつなので、博士の価値を上げることが大切だと思っています。
Commented by katagi at 2007-10-20 00:23 x
> 私が言いたいのは、
「丼勘定の見積もりでも、それが現実的でないなら、現場の教員にとっては迷惑だ」
ということ。。(私は教員ではありませんが。。)

だから何の話ですか?現実的って何?

> 400万は、友人(教授)が自腹でだしたラボの立ち上げ費です。
400万を新任教授に出せない大学が、院生の学費を自前で支払うのか。
よく考えてみてください。

何をよく考えれば良いのか・・・?

400万って、totoroさんの出した額についてですが。
はじめからそのことしか私はコメントしてません。
あなたのお友達の境遇については何も申しあげてません。

というわけで終わりにして下さい。
Commented by 36歳PD at 2007-10-20 00:31 x
> 博士の価値を上げることが大切だと思っています。

調理には調理師の、栄養指導には栄養士の資格が要求されるように、博士が要求されるのは研究(と大学教育)なのですが。博士の価値が低いというより、問題はそれにみあった需要が無いわけで。企業など、むしろ資格を持っている者はイリマセン、と。
資格の価値を高めることも必要かもしれませんが、需要を増やさなければ解決しないのでは無いでしょうか。社会人入学も奨励して、研究を指導する立場の者は博士号を必須にする、とか。現在博士号が必須なのはアカデミックばかりで、これもアカデミック志向の一因ではないでしょうかね。
Commented by 36歳PD at 2007-10-20 00:51 x
少子化の時代に、学費を値上げすることで大学が生き残れるかということが問題で、概算はどうでもいいんじゃないでしょうか。確かに有名私大なら授業料を上げても学生は集まるだろうし、それで大学の価値が上がるのなら、元をとることも可能かもしれませんが。問題は、そうまでして充実した大学院で何ができるかと、その先に何があるかですね。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-20 00:55 x
需要を増やすのも価値を上げるひとつの方法でしょう。でもどうやって?
私が言いたいのは制度をいじるだけでどうなるものではなく、もう少し地道な努力をしないと人々の認識は変わっていかないということです。こうれをすれば解決というような方法はないという厳しい現実を認識するべきです。具体的には企業での認識を変える為には博士を持っている「あなた」が企業に入って活躍するしかありません。何をやっても、ポスドク第一世代は先達なので厳しいことには変わりありません。
Commented by katagi at 2007-10-20 00:56 x
> 私も試算したが、自分の計算はkatagiさんとは合いません。どんな
試算か聞いてみたかったのです。

そういえば、計算結果が違うと言ってましたね。
中傷めいた議論は終わりにして、単純に通りすがりさんの
計算結果が知りたいですね。

私の計算では、

学部生=45757人
専門職大学院生=1845人
修士=4620人
博士=2006人

学生総数=54228人
修士+博士人数=6626人
学生総数-修士-博士=47602人

54228/47602=1.14

という感じで、コメント通り「1~2割増」に収まります。
これと違う結果が出たというのなら、興味ありますので教えて下さい。
Commented by 田舎教師 at 2007-10-20 02:03 x
>40台海外ポスドク様
>地方大学で平均的なポスドクよりも業績も能力もない教員がごろごろしていますし、公募といっても形ばかりで業績の足りない身内を採用することがまだ多いです。私の知り合いの複数の教授は以前よりもひどくなったといっています。

地方大学の教員です。仰ることはよく分かるし、その通りなのですが、ちょっとだけ現状の説明をさせてください。
確かに古くからいる教員にはハナから業績のないひともいます。採用されたときの時代や情勢がそうだったのでしょう。しかし、多くの教員は業績があって採用されて、その後成果を上げられなくなっていっています。特に最近は。なぜか?まず週に講義を5-6コマ担当し、入試・教務・学生委員会など委員に選ばれれば必ず出る必要のあるさぼれない委員会や会議が週平均1.5回くらいあります。校費は昔は100万以上あったのが今は10-40万です。大手の大学と違って、卒業研究の指導も教授自ら真剣に手取り足取りやる必要があります。そのうちちょっとデキの良い学生は大手の大学の大学院に行ってしまい、自分のところには誰も来ないか、来ても2年間バイトにあけくれるモラトリアム組です。
Commented by 田舎教師 at 2007-10-20 02:03 x
そして、論文も急速に出なくなり、着任当時は当たっていた科研費も次第に当たらなくなります。
ここで公募で(場合によっては所属ラボのお陰もあって)すばらしい業績をもつポスドクと競っても、地方で苦労して教育と運営をしている教員は負けるでしょう。しかし、そのポスドクも慣れない教育と運営に四苦八苦しているうちに結局は前任者と同じ運命をたどるでしょう。
そこで現場で行われているのは、公募条件を厳しくして当該内部候補しか当てはまらないような募集をするのです。これは良くないことですが、教育の質や運営の継続性を保つためにはある程度仕方ないことのようにも思われます。また、最近この状況がさらにひどくなってきたのは、定削に伴う定年後のポスト消失やメンヘル学生の指導の増加や講義実習の評価導入による負担増加など地方大学の教員をめぐる状況がさらにひどくなってきていることと関係があります。
Commented by 田舎教師 at 2007-10-20 02:11 x
海外でポスドクをやって業績をあげて、今後は常勤職を得てさらに研究を推進させたいと思っている方々は、そもそも特に教育に対する覚悟が足りないケースが多いように思います。さらに、そんな劣悪な研究環境で、実際には教育(しかも相手の多くは勉強する気のほとんどない学生です)のデューティと運営のための会議に翻弄されるポジションに、それでも就きたいですか?就いた後はそうした仕事をしっかりやり続けることができますか?
Commented by 36歳PD at 2007-10-20 02:14 x
> 40台海外ポスドク様
別に他力本願ということでもないのですが、活躍する以前にその場に就くために四苦八苦している状況です。活躍する場をくれ、というのは多くの博士持ちの心からの叫びではないでしょうかね。上のコメントで他のポスドクの皆様がおっしゃっていますように、私も現実は十分認識しております。
もしできましたら、どのように博士の価値を上げるのか、お聞かせいただければ幸いです。
Commented by いいかげんに at 2007-10-20 02:38 x
>>katagi

>by katagi at 2007-10-19 22:38
>あのぉ~、本題じゃないと思うので、もうやめませんか。この辺で。

>by 通りすがり at 2007-10-19 23:40
>私もこれで終わりにします。

>by katagi at 2007-10-20 00:23
>というわけで終わりにして下さい。

>by katagi at 2007-10-20 00:56
>単純に通りすがりさんの計算結果が知りたいですね。....
>これと違う結果が出たというのなら、興味ありますので教えて下さい。

あんた「終わり」って、日本語の意味分かる?
Commented by 教員A at 2007-10-20 02:40 x
>>田舎教師 さま
地方大学の教員の大変さと、そのような状況で研究で業績を上げるのはものすごく困難なことである、ということはよくわかります。しかしそれとヤラセ公募とは全く関係の無い話ではないでしょうか?研究よりも教育や大学運営に長けた人材を望むのであれば、そういう人をちゃんとした公募で探すのが、その学科、大学の利益に適うのではないでしょうか?内輪人事で貴重なポストを埋めていくことで、おっしゃられるような状況を自ら悪化しているということは自覚されないのでしょうか?大学に関わらず組織は人事が硬直化すると良いことはありません。厳しい地方大学の環境でもその気になれば意欲ある人材を外から呼び寄せることは可能です。むしろ現在のような圧倒的な就職難の時代こそ有能な人材を発掘する絶好の機会ではないでしょうか?
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-20 02:42 x
 教授が研究以外の仕事で忙しいのは良く知っています。また、帝大と比べて地方大で研究が厳しいのもある程度は理解できます。しかし、地方大でもできる人は業績をあげているし、ものすごくできる人が全然できなくなったという事例をみたことはありません。じゃあガチで勝負させてよと思ってしまいます。ちゃんと公募をせずにこんなこと言っていても、言い訳にしか聞こえません。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-20 02:42 x
>確かに古くからいる教員にはハナから業績のないひともいます。採用されたときの時代や情勢がそうだったのでしょう。しかし、多くの教員は業績があって採用されて、その後成果を上げられなくなっていっています。

これは私の見聞きしたのとは少し違うのではと感じています。見ている分野や大学の違いもあるかもしれませんが、昔の「業績がある」レベルと今の「業績がある」と評価されるレベルがかなり違っているにもかかわらず、そのことがあまり認識されていない印象を感じます。いろんな話をしてみるとその人のやる気、研究に対する認識、どんなアイデアを持っているかなどから能力もかなりわかるのですが、何にもできなくなるというのは言い訳にしか聞こえません。実は私自身も地方大で期限付き助手をしていたこともありましたが、いくら雑用が多く、時間が取られても自分の研究ができることに変えられるものはありません。ポスドクは研究ができていいなあ、と非常に無神経なことを言う人がたまにいるのですが、それならポスドクになればいいのにと思います。実際そういうことをする人はいませんね
Commented by katagi at 2007-10-20 02:47 x
> あんた「終わり」って、日本語の意味分かる?

ごめんなさい。前言を覆してしまいました。
ただ、どんな計算結果だったのか、後になって興味出てしまって。
Commented by hyoryusha at 2007-10-20 02:50 x
>地方で苦労して教育と運営をしている教員

>どのように博士の価値を上げるのか

博士課程の院生に修士課程・学部生の指導・教育を多少分担させ、そのかわり、院生には現在の申し訳程度のTA/RA費などではなく、最低限の生活ができるだけの給料をきぎんと支払うようにしてはどうでしょうか。

博士課程の院生に基礎的な実験関係の指導だけではなく入門的な授業も担当してもらえば、常勤者の負担は軽減され、その分、研究に打ち込めるのではないでしょうか。しかも、博士課程の学生は給料を得ながら「教歴」をつけることができます。
Commented by hyoryusha at 2007-10-20 02:51 x
その後、研究業績をあげて自分の適性を見極める期間がポスドクで、この間に

(1)独立した研究者としてやっていくために大学・研究所に行く(発想力・技術・知識ともに卓越している者・基礎系)
(2)組織のために研究技術・知識を提供する研究者として企業に行く(技術・知識ともに卓越しているが、一定の方向性が定められているほうが発想力が発揮される者)
(3)教育者として大学・高校などに行く(技術・知識ともに優れ、しかも平易な言葉で研究上必要な知識を説明することや研究の楽しさを伝えることに長けている者)
(4)常勤技術者として大学・研究所に行く (知識・技術が特に優れているが、発想力や教育力はやや劣る者)

というように、それぞれの適性に応じて進路を決めていくのです。(基本的には文系のキャリアパスも上記と同じようなものにして、不安定で薄給な非常勤講師かけもちを減らします)
Commented by hyoryusha at 2007-10-20 02:51 x
ここで大切なのは、博士課程からポスドクの期間は「研究者に適しているかどうかを見極める」のではなく、「自分の得意・不得意を見極める」ためにあるという認識です。

どうも、研究者(特に理系)は、大学の研究者>企業の研究者>技術者・教育者と考えているふしがあるように思われます。そうではなくて、それぞれが各々の適性を十分に活かして働いているその道のプロであると認識しなおす必要があります。この認識の変換を促進するために、(1)~(4)の選択のいずれを選んだ場合にも、研究・役職に絡んだ費用を除く基本の給料はほぼ同じということにするのです。

こうした幅広い意味での専門職として上記の職種がそれぞれに世の中に認められるようになれば、博士の価値も上がるのではないでしょうか。
Commented by katagi at 2007-10-20 02:55 x
> ポスドクは研究ができていいなあ、と非常に無神経なことを言う人がたまにいるのですが、それならポスドクになればいいのにと思います。実際そういうことをする人はいませんね

別にどちらを援護するってわけじゃないのですが、国立大助手(旧帝大を含む)を辞めてポスドクになった人を何人か知っています。地方大のパーマネント助手を辞めてしまった人も知り合いにいます。恐らく、大学によって結構カラーが違うんじゃないでしょうか。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-20 02:57 x
36歳PD 様
>活躍する場をくれ、というのは多くの博士持ちの心からの叫びではないでしょうかね。

 痛いほどよくわかります。悪いけど、でもまだ何か甘さを感じてしまうんです。なぜ地方大でちゃんと公募をしないか、考えてみてください。教員Aさんがおっしゃる正論がなぜ通じないのか。就職活動をしたことがありますか?企業は博士を採りたくないというより、年取った人を採りたくないのですよ。社会の仕組みやその下にある彼らの心理を理解すればするほど自分が前思ってよりも厳しい状況にいることがわかります。博士の価値を上げるのは結局は博士を持っている人がいろんな分野で活躍することだと思います。
Commented by 田舎教師 at 2007-10-20 03:05 x
教員A様
研究組織ですから、教員の公募は研究分野と専門性が第一にならざるを得ません。しかし、最近の公募はみなそうですが、教育歴を以前に比べて非常に重視します。運営能力をみることはしませんが。私個人は今のやり方に全面的に賛成しているわけではなく、優秀なポスドクを教員として採用すべきだと思っていますが、残念ながら学部内では少数派であるのが現実なのです。彼らのよく言うセリフは、「研究ばかりして、教育がおろそかになってはいけない。大学は教育機関なのだから」です。実際、大学上層部の予算配分や評価は教育に対してであって、研究は手の空いた時間に個人的に獲得した外部資金でやってくれというのが本音のようです。
Commented by 田舎教師 at 2007-10-20 03:09 x
40台海外ポスドク様
「ガチで勝負」というのは、何の勝負でなのか考える必要があります。研究そのものですか?大学教員の仕事全般ですか?月に数回も高校回りをしたり、場合によっては頭を下げて推薦入試にデキの良い生徒を回してくれるよう頼むことや、受験説明会で高校生に受験勉強のアドバイスをしたり、地元商店街などの親父さんたちとの地域連携も含めていますか?地元企業も県庁も受験生とその親も入学した学生も卒業生が就職する企業も、大学に求めるのは教育であって、研究ではないことも知っておく必要があります。私も着任してずいぶん長く納得できないことではありましたが。
Commented by 田舎教師 at 2007-10-20 03:18 x
もうひとつだけ。
地方で優秀な若手を助教や講師で採用したとき、その人が「雑用」のために研究が進まず業績があがらなくなってしまうことが懸念されます。公募なしの昇進という制度も運用が厳しくなってきています。そこで、別の大学の助教授などの公募の受からなくなることを心配して、若手の授業負担を教授を中心に傾斜配分して、若手の研究時間を増やしたり、校費の配分も若手に優先させることも行われることさえあります(教授たちの考え方によります)。教授は自分はもう研究はいいから、というわけです。これはこれでマズイことだと感じていますが、実際にはこうでもしないと若手は完全に雑用に忙殺されてしまうのです。こんな状況で、「業績のない教授がのさばっている」という指摘は、何となく物事の一面しか見ていないような気がしたので、延々と書かせていただきました。
Commented by 教員A at 2007-10-20 04:00 x
>>田舎教師さま
>彼らのよく言うセリフは、「研究ばかりして、教育がおろそかになって
>はいけない。大学は教育機関なのだから」です。実際、大学上層部
>の予算配分や評価は教育に対してであって、研究は手の空いた時
>間に個人的に獲得した外部資金でやってくれというのが本音のよう
>です。

それはそれで結構だと思います。なにもすべての大学が研究第一で
ある必要はないし、教育第一で、研究はあくまで教育の一環という
スタンスで学内の教員評価をするなら何も問題ないではありませんか。

にもかかわらず、

>研究組織ですから、教員の公募は研究分野と専門性が第一になら
>ざるを得ません。

外部的にはこういう建前で通そうとするのがなぜなのかわかりません。
別に田舎教師さんの同僚達の本音で人材募集しても良いのではない
でしょうか。本気でそういう人材を探してなお内部の応募者が一番優秀
であったというのならしょうがありませんが、外部から優秀な人を探す
努力をせずに(しかもほぼヤラセというかたちで何百人もの応募者の
時間を無駄にさせ)公募の果てに内輪人事を行うようでは同情の余地
はありません。
Commented by 教員A at 2007-10-20 04:08 x
私も田舎教師さんのおっしゃるように、地方大学の教授の業績が恵まれた研究室で研究に専念したポスドクより見劣りするという批判は短絡的であると思います。田舎の大学と東大とでは環境はもちろん大学の存在意義が全く違うので、教員の評価基準や採用基準が異なって当然です。

私が強調したいのは、それならそれで地方大学は自分達の評価基準にあった人材を外部から探し出すのに努力を惜しむべきではないし、情や忙しさにかまけて大学のもっとも大切な人事を内輪でなあなあに済ませてしまうことは、自分達の首を絞めているのと同じであるということです。
Commented by totoro at 2007-10-20 04:08 x
PDの皆さんの書き込み,痛いほど気持ちが分かります.自分も同じように思っていました.

私も40代前半でポスドク第一世代です。海外PDや海外の任期付職など、10年以上、任期付職を公募で渡り歩いて、幸運にも職を得ました。独法の研究所に任期の無い職を得たのは、40歳でした。

残念ですが、日本の社会(企業)は、終身雇用の職が基本にあり、一定の年功序列で運営されています。共同研究先の企業では、30代後半になると、出世の速い人だと部長職になります。管理職に就けない人は閑職です。企業では、30代後半の人を、教育が必要な新人として採用するのは難しいと思います。転職する人も出てきます.

その場合、A社での経験を、その分野が手薄なB社でというパターンです。大企業での経験を生かして,もう少し規模の小さな会社へ転職するケースが多いようです。30代後半~40代の転職は企業間でも、即戦力で、管理職的な仕事の経験が求められる様です。
Commented by totoro at 2007-10-20 04:09 x
(つづき)

ポスドク制度が発達している米国では、社員研修の様に、会社がお金を出して、社員を教育する制度がないと思います。働く人自身が、自分の力で学び、転職でスキルアップする社会です。だから、ポスドクにもチャンスがあります。

日本は、社員教育システムがあり、企業や職場内で、継続して働くことでスキルアップします。逆に転職は、スキルダウンや給料のダウンに繋がるケースが多い様です。社会の仕組みが違うので,日本ではポスドク後は厳しいのです.どんな形でも良いので,職を得たら,その場で実績を上げて、役立つことを示さないと,認識は変わらないと思います.
Commented by totoro at 2007-10-20 04:11 x
(つづき)

公募についてですが,私は,自分に人事権のあるPDやテクを採用するとき公募を通しています.しかし,公募してみると、案外欲しいキャリアのある人は居ないのです.今年は2名公募で採用しましたが,公募を繰り返し,40-50名の履歴書を集めて,漸く欲しい人材を見つけました.しかし,殆どは、分野違いか,何らかの訳ありか,スキルがない人でした。口コミやコネでいい人は決まることが多いという人も居ます.

それでも私は公募に拘り,続けていますが,「公募ばかりするのは問題がある研究室だ」という噂が,若い人達の間で流れています.東大のポスドク(30代半ば)が,ゼミに出てきます.彼は職がないといいます.「公募に出してる?」と聞いたら、一度も出しておらず,教授のコネで決まってきたそうです。

今は研究職の公募倍率も高く,常勤職にいい人が採用できると思いますが,コネも横行しています.先日,ある私大で600倍の公募倍率の教授職があったようですが,この公募とは別枠で,コネで教授に採用された人がいます。何だかなあと思います。

自分は就職も完全公募で通し,競争的研究費も8年連続で取り続けていますが,相当キツイです.
Commented by 教員A at 2007-10-20 04:17 x
地方大学にかぎらずヤラセ公募というのは人材の流動性を損ない、日本の学問全体の発展に大きな損害を与えていると思います。半分日本の大学の文化的な悪習だとも言える内輪人事を減らすためには、例えば内部からの教員採用には文科省の交付金削減などのペナルティを科すような大ナタを振るわないとダメかもしれません。
Commented by totoro at 2007-10-20 04:35 x
内部昇進と外部公募に差を付けるなら,まだ許す余地があると思います。しかし,公募をしておいて,ヤラセというのは,本当にどうかと思います。

上記の600倍の公募は本当の公募だったようですが、同時に別枠でのコネ採用もあったと知ったら、難関を通って採用された人はどう思うのでしょうね。

日本の科学がすべきことは、大学院生数を増加させたり,徒に任期職を増やすことではなく、公正な公募を徹底し、人事や予算でのコネを排除することだと思います。私がここで吠えでも仕方ないことですが...
Commented by 匿名PDOD at 2007-10-20 04:57 x
>内部昇進と外部公募に差を付けるなら,まだ許す余地があると思います

全く、同感です。コネの完全排除がどうしても無理なら、コネもきちんと明文化・制度化してもらいたいです。
Commented by ぜのぱす at 2007-10-20 06:12 x
1.
個人的には、一本釣り(コネとも云う?)で行う人事が有っても良いと思います。様々な事情が有るでしょうから。仮の話をすれば、例えば、時限付きのpositionで、残り2年で教授が余所へ出て行って空いたポジションがあったとして、そこへ公募をしてひとを入れるよりも、たまたまどこかに、業績はあるが、上が詰まっていて昇進出来ない定年迄残り2年の助教授(今は准教授?)が居れば、そのひとを上げる方が理にかなうだろうし。其れは、それで良いのだと思います(昔は、こう云う人事が良く有ったと思います)。

2へつづく
Commented by ぜのぱす at 2007-10-20 06:13 x
2.
問題は、その場合でも、最近では、わざわざ公募にする場合があることです。文科省の指導の所為なのでしょうか?全く意味が分かりません。中には、出来レースだと、暗に仄めかして呉れている親切な(?)公募もありますよね。公募期間がヤケに短かったり、専門分野がやけに細かく設定されていたり、或いは、jrec-inなどで公開せず、ひっそりと目に付かないように応募したり。そう云うのは、未だ、応募する側にも対処のしようが有りますが。

酷いのになると、採りたい候補者が決まっているのに、わざわざ、『本当に』公募をして、なんだかんだと理由をつけて、他の候補者を落とし、予定の候補を採るなどと云う、応募者にも選考側にも、只の時間の無駄としか思えない『儀式』をやっていることもあります(念の為に云っておきますが、空想で物を云っているのではなく、体験からのコメントです)。

3へつづく
Commented by ぜのぱす at 2007-10-20 06:16 x
3.
以下は、完全な『邪推』ですが、公募を形だけして(文科省に向けての?)アリバイを作り、結局、該当者無しで誰も採用せず、暫くして、ほとぼりが醒めた頃にヒッソリ内部昇進させているんじゃないかと思えるような事例も、たまに見受けられますが(笑)。

で、本当に、云いたかったことは、

公募にする以上、全ての情報を公開すべきだと思います。落選なら、何故、落選なのか(論文を投稿してrejectになったら、何故、rejectなのかreviewersのコメントがありますよね?)。その理由を述べる為には『明確な』選考基準が必要になって来るでしょう。応募者総数が、何人で、誰が選ばれたのか。そのひとは、ちゃんと着任したのか。
Commented by ぜのぱす at 2007-10-20 06:34 x
すいません、stochinaiさんのエントリーの内容とは関係ないコメントでしたが、たまたまの、議論の流れに乗って、以前から思っていたことをちょっと述べさせて貰いました。只の、一個人の意見です。
Commented by stochinai at 2007-10-20 09:12
 重要議論再開: こちらで「田舎教師さん」からのコメントを受けて、とても貴重な議論が展開されています。2007-10-20 02:03 から以降です。
Commented by 通行人 at 2007-10-20 14:48 x
コネ人事について、別に地方大の準教授、助教の問題だけでもないでのでは? この1年ほどの「若手育成テニュアトラック」や様々な競争的研究資金による任期付助教の公募でも、大手をふって世間に公表できる人事がどれくらいあるでしょうか?
Commented by inoue0 at 2007-10-20 15:12
 古い本ですが、「大学教授になる方法」って本があります。その中に、本物の公募を行った事例が当事者によって記録されています。
 教養教育担当者を3名募集とし、応募資格は無資格、年齢、性別、国籍一切制限なしとしました。
 応募者は書類不備をのぞくと、応募総数はちょうど1000人!ここから3人を選び出した鷲田教授たちの苦労はたいへんなものでしたが、どこに出してもおかしくない立派な教員を採れたといいます。
 それと、出来レースである、かりそめの公募であっても、やった方がいいと鷲田教授は書いてます。どうかんがえてもふさわしくない人を採用してしまう、闇人事を防げるからです。応募して労力を使わされる人はいい迷惑ですけれども。
Commented by M at 2007-10-20 17:59 x
私も公募には良く出しましたが、帯に短し襷に長し、みたいな経験を沢山しました。そもそも、教授選で他所の人を入れちゃうと地方大では授業できる科目が元から居る人とだぶってしまって、無駄なんですよね。その分野が空になるときしか、他所から人を入れにくいですね。
Commented by 要するに at 2007-10-20 18:17 x
大学院では研究しかしないから、教育やビジネスの能力が育たない。だから企業や地方大とマッチングしないってことでしょ。大学院教育をどう変えるかにかかってるんじゃないですか?
Commented by M at 2007-10-20 18:59 x
これからは弁も筆も立つような博士を育てる教育を考えていくでしょう。

問題は,実験中心の院生,ポスドク生活を送ってきた PD です。多くはこつこつと実験をやってきて,技術も業績も「そこそこ」あって,以前の日本であればある程度アカデミックポジションをとれたであろう人達です。一度はしごを外された人にもう一度いいかげんな誘導をしたら,えらいことになると思います。
Commented by L at 2007-10-20 23:25 x
えらいこととは?
Commented by A at 2007-10-21 00:28 x
大学院の研究と教育について

以前に書きましたが、実際の研究活動と大学院の研究者教育を切り離さないことには、大学院教育は大学の外で認められないと思います。大学院生は指導教官の研究プロジェクトを手伝い、論文を出すことで学位を認められると言うことが当たり前のようになっていますが、これは研究者育成の面では問題の方が多く、同じ大学内ですら平等に教育機会が与えられないので、博士が玉石混淆なのは当然です。これでは採用する方も怖くて手が出ないでしょう。
 そもそも科研費の採択率は100%ではないわけですから、もらえない所もあります。しかし、もらえなかったらその研究室の院生は学業を諦めるとか、もらえない教授はクビになるということもありません。結局、やることがなくて放置されて、その間バイトだけしていた院生にも、もう何年も大学院にいるんだからと言う理由だけで学位が授与されたりします。逆に、科研費などが潤沢な研究室は、良い大学院教育を受けられるチャンスが広がりますが、必ずしも正しい教育を受けられるとも言いがたい状況です。
Commented by A at 2007-10-21 00:29 x
大学院生が直接研究プロジェクトの担い手になるということ、そしてそれが院生の学位取得と密接に関わって来るという事態の当然の帰結として、研究テーマは指導教員の研究費テーマに強く依存し、求められる結果も決まっていることから、院生の自主性や研究考察能力が育たないこと、時には論文作成も教官が行うので、論文を書かなくても学位が取れることなどの弊害があげられます。また逆に、教員の方もプロジェクト遂行のために、研究者に育て上げるつもりもないのに学生を研究室に入れるという問題も出てきます。
 こう言った研究費の取得状況や、与えられた研究テーマの善し悪しで院生の未来が大きく変わってしまうような過程を教育と呼んで良いのでしょうか。実際、そう言う過程から生まれて来た現在の博士たちは、社会に行き場がなく、最終的には院生時代と同様な、科研費プロジェクトをお手伝いするという立場(これをポスドクと呼んでいますが、正しい呼び方とも思えません)で働くか、それすら続けられずに社会から脱落するかのほぼ2択しかないという現状ではないでしょうか。このような未熟な博士を生み出す仕組みに、国から巨額の研究費が使われているというのは絶望的な状況でしょう。
Commented by A at 2007-10-21 00:30 x
私は、院生はもっと一般性のある研究ステップを、指導教員とのディスカッションや過去の事例などから学ぶことが重要だと思います(むろん最先端の研究についてセミナーなどで学ぶ事なども重要だと思いますが省きます)。このためには、まず教員が基礎を教え、その後院生から研究テーマを立案し、必要であれば院生自身が研究費を申請するべきです。また成果としての論文作成や投稿は、指導教員ではなく院生がやるべきことでしょう。一連の研究遂行の過程を知らない博士に研究者の資格があるとも思えません。
 結局、教員の業績の評価とは、院生を使って論文を発表することではなく、いかに多くの優秀な博士を生み出したかについて、教え子の業績や進路で評価されるべきだと思います。(ボスの仕事を手伝って出した)論文の数で教員を選ぶなどと言う採用方法は狂っているとしか思えません。自分で研究がやりたい教員は、辞めて研究員になるべきだと思います。
 あと、議論になっているコネ公募については、全ての過程を公開することで解決すると思います。やらないのは怠慢なだけで、こういう機関こそ交付金を減らせば良いと思います。
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-21 05:47 x
Aさんへ
書き込みの根拠は何ですか?随分実情と違います。ドロップアウトした院生が作っている団体の言い分の受け売りに見えます。

もし、マスコミ関係の方でしたら、もう少しきちんと、きめ細かに、自分のお力で海外の事情も調べて見ることをお勧めします。院生が研究費を申請するとか、かなり的外れな書き込みですよ。院生、は海外では、奨学金は申請できますが、研究費(research grant)は申請できません。研究費は、PIだけしか申請できません。たとえば、院生やポスドクが独自で申請できるNSFやNIHグラントなんてアメリカにもないのです。

日本の問題は、科学にかかわるマスコミや行政と言った部署に、大学院の卒業生が居らず、報道や政策でいつも的外れなことを、おこないがちな傾向があることだと思います。マスコミもポスドク問題と報道するなら、科学関連の部署は、博士号保持者だけを雇用したら随分まともな記事が増える気がします。
Commented by 一教員 at 2007-10-21 10:47 x
私はAさんの書き込みを賛同しながら読んでいました。もちろん分野の違いによって、必要な研究費が違いますから、全ての分野で可能だとは思いませんが。
少額の助成金であれば、院生が主体的に申請できるものがあります。私の分野では、その程度の額で十分に研究できるので、私の研究室の大学院生にも応募している人がいます。
ただ、例えば私の研究室と隣の研究室は、年間のランニングコストだけでも桁違いだということも理解しています(その研究室の分野ならば、たぶん年間100万円程度では、院生が独自のプロジェクトを進めることなんて、できないのでしょうね)。こちらのサイトで繰り返し言われていることですが、一般事象と個別事象を区別して、さらに分野の違いにも考慮することは、難しいものですね。
Commented by 一教員 at 2007-10-21 10:51 x
追伸。例えば「日本科学協会」というところが出している助成金は、過去の獲得状況(生物分野)をみても、大学院生が多いです。
Commented by A at 2007-10-21 11:10 x
大学院の現実は。。さん

むろん、現存する大学院生への研究費は学振の研究費100万円前後/年など、数えるほどしかないと思いますが、本格的に研究の主導権を院生に持って行くなら、システムから変えれば良いと思います。現行のPI(実際には常勤の研究員も含まれると思いますが)しか研究費を獲得して主体的に研究が行えないというシステムの元では、大学院生はPIにならなければ自分の研究を始められません。しかし、現状では大半はPIにはなれず、何も始められないまま研究の世界からドロップアウトすると言うジレンマがあります。この状態はひどく病んでいると思いますし、もし、科研費を取って院生を使う方がわかって使い捨てをしているのであれば人間性を疑います。
 むろんここに上げたようなシステムはアメリカなどにもなく、PIが主体のグラントシステムになっていますが、ひとつ特筆すべきことは、アメリカでは部下が育ったかどうかがグラント審査の上で大きなポイントとなっています。
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-21 14:56 x
> 大学院生はPIにならなければ自分の研究を始められません。

当然です。例えば、100万円の税金を研究に使うとします。
1.論文も学位もなく大学院の入試に通ったにすぎない学生
2.論文実績と学位とがある大学教員
どちらに割り振るのが妥当でしょう?奨学金なら,学生ですが、研究費なら教員です。

> PIにはなれず、何も始められないまま研究の世界からドロップアウト

米国でも同様。ヨーロッパだと更にPIとの身分差は大きいです。日本は、線引きが曖昧で大学院生も主張の余地があります。一教員さんの書込みの助成金などです。

研究の主導権を院生が,,といわれますが、出来の良い学生でもありえません。最初の論文は、指導教員が相当修正を加え、レフェリーとのやり取りも含めて指導します。研究費は、研究し結果(論文)を出すためのお金です.研究費を取るなら、1人で全てのステップが出来る証が必要です。
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-21 15:04 x
> 大学院生はPIにならなければ自分の研究を始められません。
> しかし、現状では大半はPIにはなれず、何も始められないまま
> 研究の世界からドロップアウトする

予算が充分にあるなら、フォローできるでしょうが、現実にはパイは限られている訳です。
博士院生の数を大幅削減し、2人に1人ぐらいの確率で、大学教員や研究者になることが出来る様にするしかない気がします。研究費の支給の基準を緩めることは、問題を複雑にするだけです。
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-21 15:28 x
> アメリカでは部下が育ったかどうかがグラント審査の上で大きな
> ポイントとなっています。

本当ですか?7-8年前にボスと一緒にNIHのRO1の申請書類を作成したとき、そんな項目には気づきませんでした(ご存じの方コメントお願いします)。。米国は日本の様な減点法ではないので、部下が育っていれば、それを加味する程度でしょう。グラント選考の主要な基準ではないと思います。最近変わったのでしょうか?

私もポスドク経験が長かったので、ストレートで大学教員になった人よりも、痛みは分かるつもりです。
Commented by カナダポスドク at 2007-10-21 15:40 x
米国ではないですが、カナダではグラントの申請書に過去に指導した学生やポスドクが現在どのような職についているか書く欄があります。どのくらい審査のポイントになっているかはわかりませんが。
Commented by 匿名PDOD at 2007-10-21 16:01 x
カナダでは、グラントの他に、ファカルティの昇進審査においても過去に指導した学生・PDの進路が考慮されると聞きました。知人によればアメリカでもそうだということでしたが、一部の大学なのでしょうか?
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-22 00:17 x
ファカルティの昇進だと、授業内容とか、学生の進路とかも、考慮されるとと聞きました。
私が、米国大学院のサマーコースを受講したとき、授業がすごく下手な教員がいて、クラスで示し合わせて、駄目だと書きました。しかし翌年以降も、外されることはありませんでした。この人は研究業績はしっかりある人でした。
判断基準も一律ではないのかも知れません。
Commented by A at 2007-10-22 02:06 x
大学院の現実は。。さん(1/2)

ともかく言いたいことは、大学院生は指導教官への奉仕者ではなく、未来の研究者であるということで、学位に関する研究は、一貫した研究者の経験を積むためにも院生主導でやる方が好ましくないか、そして教員は研究よりもサポートに徹するのが教育ではないかということです。
 また、ここではこれからのモデルを議論するという形で言っているので、多少個々の大学院の現実とは異なる部分もあるかもしれませんが、実現可能な範囲に止めているつもりです。大学院生を適正な数にまで持っていけば、大学や学科などからでも研究費を捻出できるのではないでしょうか。また、高額な実験機器や設備についても、大学内で共有すれば良いと思います。そもそも税金で購入されたものですから、大学、むしろ国民の共有物として利用していくべきものじゃないでしょうか。
 現状がどうであれ、これからの大学では、研究よりも教育、未来へのポテンシャルを育てると言うことを重視するべきだと思います。これが出来ないなら教育機関の看板を下ろして研究所に変わるべきです。
Commented by A at 2007-10-22 02:06 x
大学院の現実は。。さん(2/2)

 それから、「大学院の入試に通ったにすぎない学生」に研究費を配分するのはとんでもないということですが、研究費を取って研究を始められるのはその経験者のみというのでは、どうやったら院生(ポスドク)は研究を始められるのでしょう。ひたすら下働きを続け、ボスに長年の貢献を認められて、ようやく特権を(上のルールとは違う方法で)与えられることになるんじゃないですか? これは既得権益者による搾取構造だと思います。また、30代も後半まで下働きしてもPIになれなかった人は、社会に出るチャンスを失うでしょう。こういうシステムこそ一度崩すべきではないでしょうか。
 それと「入試に通ったにすぎない学生」と言う見解ですが、大学院の入試はそんなものなのでしょうか。エントリーにもありますが、仮に院生にほとんど能力がないなら、どうして大学は院生を受け入れたいのでしょう。そしてなぜ、研究費プロジェクトを分担させるのでしょうか。(背任行為では?)現在「排出」されている博士を見ると、やっぱり単純労働力が欲しいだけなんじゃないかと思ってしまいます。
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-22 03:04 x
Aさんへ
なんだかもの凄く誤解があるのですが。。

> 大学院の入試はそんなものなのでしょうか。

大学院の入試倍率は、1倍程度。旧帝大や東工大ですら、定員割れが有ります。東大でも、1倍台でしょう。勉強せずとも、3流大学から入れるのです。定員を満たすのは、文部省の方針で、ほぼ強制です。

ボスの下働きといいますが、それは誤解で、共同作業です。貢献に応じ、論文も書きます。主導した人がfirstで、プロジェクトの責任者がlastです。何処の国でも同じ基準です。
「学問に王道はない」のです.
大学院,ポスドクとボスと共に仕事をこなし,スキルアップする育成システムは先進国では共通です。

博士の学位は、国外でも有効です。もし、日本だけ異質なシステムと信ずるなら、米国に行けば良いのです。日本で受け入れられない奴は、海外でも駄目なことが多いと分かるでしょう。
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-22 03:06 x
> 30代も後半まで下働きしてもPIになれなかった人
気の毒ですが、PIのポジションの数と、学生ポスドクの数を比較すれば、8割は別の分野に進みます。米国でも、ポスドクは6年程度です。諦めることも大切です。米国はヨーロッパに比べ楽ですが、日本よりも数段厳しいです。

> 院生にほとんど能力がないなら、どうして大学は院生を受け入れたいのでしょう。

私は、院生は必要ないです。だから、私の研究室にいる院生には就職を勧めています。大学は、文科省の強制で、定員を埋めてるだけです。

なお,私は大学教員ではありません。
Commented by 大学院の現実は。。 at 2007-10-22 03:14 x
私は、現在の大学院生やポスドクを取り巻く環境を肯定はしないし,これらは改善して欲しいと思います。また、自分もポスドクを経ているので、ラボのポスドクの相談には、かなり親身に相談にのっているつもりです。

しかし、Aさんの書き込みは、随分,現状と違うと思います。

> これは既得権益者による搾取構造だと思います。

なんて,ドロップアウトした院生が言いそうなことです。現実は随分違うと思います。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 03:24 x
 Aさんの気持ちはわかるし、かなり納得できるところもあるけど基本的には賛成できません。やはり自分の研究をしたかったらPIになってください。学生にはそれだけの判断能力も、責任能力もないからです。研究費は税金です。それをやたらと試行錯誤に使うのではなく、効果的に使用する義務があります。
 もし、教授の判断よりも学生の方が正しかったり、教授の指導が不適切というなら、教授に問題があります。残念なことに、実際問題のある教授はいっぱいいます。
 またおっしゃるとおり、現行のPIになるシステムには大いに問題があると思いますが、それが学生に自由に研究をさせろということにはならないでしょう。PIになるシステムを変えることを考えましょう。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 03:33 x
既得権益者による搾取構造は確かにあると思います。
アカハラとしか思えない事例も多く見てきましたし、ほとんど学生がやったことを自分の業績のように言う人もいます。
Commented by ぜのぱす at 2007-10-22 03:44 x
1.
Aさんの仰りたいことは、分かるような気もしますが、現実的ではないと思います。

>『学位に関する研究は、一貫した研究者の経験を積むためにも院生主導でやる方が好ましくないか、そして教員は研究よりもサポートに徹するのが教育ではないか』

これは、院生をpostdocに置き換えれば、私も100%賛成です。


> 『どうやったら院生は研究を始められるのでしょう』

現実的に、右も左も分からない『学生』に、いきなり、金をやるから研究をしなさい、と云って、一体どれだけの学生が研究が出来るか疑問です。中には、とてつもない優秀な学生が居るかも知れませんが。

(つづく)
Commented by ぜのぱす at 2007-10-22 03:45 x
2.
端的な(私が個人的に思う)答えは、Dr.を取ったら、自力で研究すべきです。それ迄は、研究の『いろは』を身につける修行期間だと思います。その意味で、postdocがもっと自立出来るシステムが有るべきだと云うことには賛成です。

むしろ、問題は、本来、Dr.を取った時点で自立して研究出来る能力を持っているはずのpostdocが、実際にどれだけ居るのか、逆に云えば、そういうDr.を育てられずに、実質の伴わないDr.を排出し続けているシステムに欠陥がある、と云うことがAさんが、本来指摘したいことなのではないですか(と勝手に憶測してます)。それは、学生に自由に使えるお金をバラ播いても、改善されないと思います。

(つづく)
Commented by ぜのぱす at 2007-10-22 03:46 x
3.
本来、大学院での教育(特に博士後期課程の場合)は、プロフェッショナルとしての『自立した』研究者を養成することだと思います。もちろん、教員が全てを取り仕切り、周りからレールを延いてそれに乗せて強制的にデーターを出させ(本人の実力とは別に)学位を取らせることは可能でしょう(と云うか、それが今の現実でしょう)が、そもそも、そのように学生を単なる労働力としての道具にすべきではないのは、Aさんが仰る様に、至極当然だと私も思います。

しかし、実際は、教員が指導可能な数以上の院生が毎年入って来て、自動的に5年で学位を与え、postdocが溢れている訳です。

明らかにシステムがオカシイ。

(おわり)
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 04:09 x
>教員が全てを取り仕切り、周りからレールを延いてそれに乗せて強制的にデーターを出させ(本人の実力とは別に)学位を取らせることは可能でしょう(と云うか、それが今の現実

 ぜのぱすさんもアメリカにおられるのでご存知かとは思いますが、アメリカのPIはすごい量の詳細な研究計画をグラント申請時に書かなくてはいけなくて、それが日本とアメリカのPIの質の差だと言われているぐらい大変でしかしPIを育成していることにもなっているわけです。
 アメリカのシステムだと学生もポスドクもそのPIの計画に従って研究をするわけで、引用されている「良くない」やり方に極めて近いわけです。一方、私なんかが経験してきた古い日本のやり方だと、教授が漠然としたテーマを出して、学生が試行錯誤して自分の物にしていくというものです。
 言いたいことは、システムをあまり大雑把に語っても意味がないということです。上手くやれば旧来の日本のシステムはAさんの理想に近いものにすることが出来ます。上手くやらなければそれこそ搾取こうぞうにもなるわけです。アメリカのシステムでも上手く学生やポスドクと議論してやっていけば、ただやらせているということにはなりません。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 04:10 x
 個人的には、従来の日本的なやり方が必ずしも悪いとは思っていません。アメリカの学生は全然実験しませんし、私が見ている大学で博士取得の時点で研究能力は日本の大学で博士を取った学生よりもかなり低いと思います。しかし、時代の変化、学生の気質などいろいろ考えるとアメリカ的なシステムを入れるのは理にかなっているとは思いますが、細かい部分、やり方も考えないといけないと思っています。
Commented by 通りすがり2 at 2007-10-22 08:00 x
親の脛を齧るのは四捨五入で20歳までだと思い、修士を出て就職した私から見ると、PDの方たちの嘆きは理解できません。博士の人はアカポスに固執せず、研究者をやめたって良いのではないかと思います。他の世界では、やりたい仕事についている人の方が少ないと思いますから。

学生の時に学振も貰っていて今までの業績も飛びぬけて良いのに全くテニュアな職に就けない、という方なら諦めも悪くなるかもしれませんが、限られたポストにどんぐりの背比べなら、ちょっとした理由で勝負が変わるのは仕方ないでしょう。ポストの数なんて大学や研究機関の数を数えたら事前にわかることです。日本の大学が750、1つの大学に自分の専門の教官が10人いたとして7500、30年勤務するとして毎年 7500/30=250、うち上位10%の学校の公募は25人。しかもこの仮定はかなり募集が多い場合でしょうし、また専攻の教官のポートフォリオもあるでしょう。替えがいないようなすごい先生なんて、ほとんどいないのではないでしょうか。企業では少なくともそうですし、それが企業では健全なことです。
Commented by 日本じゃ at 2007-10-22 09:04 x
教授も助手も学生も雑用に追われて。
Commented by S at 2007-10-22 10:00 x
>親の脛を齧るのは四捨五入で20歳までだと思い

多くのPDも通りすがり2さんと同じような認識を持っているのではないでしょうか。だからこそ、学振(DC)や(旧)育英会に応募したり、アルバイトしたりしているのです。(なお、stonaichiさんその他がたびたび指摘しているように、育英会の「奨学金」は「借金(ローン)」とはっきり言い換えるべきだと思います。そのうえで、北米のように、優秀な博士学生には給与という形で奨学金を与え、大学以外の企業・研究所にもインターンさせればよいでしょう)

ここで議論している問題は、「PDが親の脛を齧っている」ということではないんです。(むしろ、齧れる脛があるならば、昔のヨーロッパの貴族のように道楽で研究していればよいのですから、問題が少ないわけです)
Commented by S at 2007-10-22 10:02 x
>学生の時に学振も貰っていて今までの業績も飛びぬけて良いのに全くテニュアな職に就けない

それこそが、まさに今、問題になっているのです。一昔(といっても5-10年くらい前)ならば、余裕で大学の助手(現助教)になっていたような業績をあげている若手研究者の行き場所が無いのです。俗に"Publish, or perish"と言いますが、いくらペーパーが名のあるジャーナルに出ても日本での就職先が一向に見つからないため、精神的に追い詰められていく者も少なくありません。そして、そのような人々は、優秀であるが故に、35歳ごろまで大学や研究所の研究者となる夢を捨てきれません。ようやく企業も視野に入れて活動をはじめた頃には、「年齢制限」のため、こちらでもうまくいきません。(なお、これは、PD第一世代=30代半ば以降の人々の例です。それ以下の人々は、この世代の苦労を見ているので、30代はじめで、さっさと就職活動始めます。ですからPD第一世代には、「早く現実感を持って企業に就職すればよかったのに。しなかったから自業自得だ」という非難は酷だと思います)
Commented by S at 2007-10-22 10:02 x
個人的には、PDの問題は「優秀なのに就職できない30代半ば以上のPD」と「量産されてそれほど優秀ではないため就職できないPD」を区別して議論し、それぞれ別の解決策を考えていく必要があるように思います。
Commented by Y at 2007-10-22 10:16 x
一口に優秀といっても、自分の研究を遂行する優秀さと学生を教育する優秀さは違うし、基礎研究の優秀さと地域社会に貢献する優秀さもまるで違うということですね。そこが分かってないと問題は解決しない。
Commented by S at 2007-10-22 10:52 x
>一口に優秀といっても、自分の研究を遂行する優秀さと学生を教育する優秀さは違うし、基礎研究の優秀さと地域社会に貢献する優秀さもまるで違うということですね。そこが分かってないと問題は解決しない。

Yさん。そうですね。正確には、上で私が「優秀」と言ったのは、「従来的な意味で大学のテニュア・ポジションに残れたはずの優秀さ=自分の研究を遂行する優秀さ&基礎研究の優秀さ」です。

「学生を教育する優秀さ」は、PDの段階ではなかなか分かりません(学生を指導する機会の無いPDも多い)。また、残念ながら、その種の優秀さは現行の日本の制度では大学で常任のポジションを得る際の評価基準にされません。これまでは、この種の能力は職を得てから徐々に伸ばしていけばよいとされていたように思います。

「地域社会に貢献する優秀さ」も、同様に、現在の日本のPD制度・大学雇用制度では、発展させる機会も評価される機会もありません。
Commented by Y at 2007-10-22 12:41 x
東大京大にいて海外の有名研究室のポスドクをしていると分からないかもしれませんが、地方大はかなりの危機感を持って地域密着型に動いています。うまくいっているかどうかは別ですが。その辺の事情を知らないことが第一に問題だと思います。そういうところで働きたくない、というのなら東大京大の椅子を奪い合うより仕方ないのではないでしょうか。
Commented by S at 2007-10-22 13:18 x
「そういうところで働きたくない」というよりも、(東大京大かは別にして)海外で(有名ではなくとも)ポスドクしていると、地方大の状況はあまり入ってこないのではないでしょうか。地方でも比較的大都市でしている人も同様だと思います。

地方大学が地域密着型に傾きつつあるというのは大学のHPを見れば或る程度は分かります。しかし、書かれているのは、大抵、「地域の物産を使った実験をする」「地域の企業と協力しつつ応用的な研究をするめる」くらいのことです。地域への貢献と研究をどのようにリンクさせていけるのか、具体的な状況が見えにくいというのはあると思います。

それこそ、地方大の側が地域への貢献と研究が両方ともにwin-winの関係で進んでいるということを積極的かつ具体的に広く知らせる必要があるのではないでしょうか。
Commented by alchemist at 2007-10-22 18:14 x
>地方大の側が地域への貢献と研究が両方ともにwin-winの関係で進んでいるということを積極的かつ具体的に広く知らせる必要がある

確かに田舎では地域起こしに大学が期待されている面がありますね。過剰という気もしますが・・・。で、そういう成果は地元の新聞では良く見かけますが、全国紙には余り掲載されてないのは確かです。あの、面倒臭い仕事を押し付けてくる割に余り役に立たないReaDあたりが、そういう紙面を集めて公開してくれると、いろんな場所にいる研究者に情報提供ができるようになるかも知れません。まあ、新聞記事は玉石混交でしょうけど、雰囲気を伝えるという意味では。

ただし、大学は無理して地域貢献に狂奔しなくても、本来の機能として地域貢献しているのではないでしょうか?地域で(地域でなくてもいいですが)何か問題が起きると、問い合わせ先は普通大学ですよね。問題が起きた時に誰かが答えることができる(大抵は無料で)組織が存在するというのは、かなり大事な貢献だと私は考えるのですが。
Commented by alchemist at 2007-10-22 18:27 x
ついでに・・・ですが、概ね大学でいる人間は、何か問い合わせがあった時に、気軽に無料で対応しますよね。私も大したことはやっていませんが何度か経験がありますし、無料ということに違和感はありません。
ただ、現在のポストドックを廻る状況とか博士の将来とかを考えると専門情報が無料というのは非常にまずいのではないでしょうか?この国はモノを伴わない情報はタダという雰囲気が昔からあります。かつては診断だけして注射や投薬が不必要な場合何もしない医者は敬遠された時代もあったようです。個々の研究者にとって日常である情報をタダで提供するのは、研究者にとっては普通のことですが、そのために、かえって大学の意義やポストドック、大学院生の価値を低めているとすれば、考え直す必要があるのかもしれません。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 18:34 x
 地域貢献と言われてアメリカの州立大と比べてしまいました。こちらでは大学内でいろんなイベントがあったり、大学が放送局やら、スタディアムまで持っていて、もちろん産学共同もさかんで、はるかに地元と密着していながら、留学生は世界中から来るし、研究レベルも世界レベルで高いわけです。すぐに日本の大学が真似できるとは思いませんが、本来持っている日本の潜在力からするとあまりにも目先が低くなりすぎているんじゃないかと感じます。いまある、組織、教員の質、予算を前提にするとどんどん目先が低くなってしまうのはわからなくはないですが、本当はもっと力はあるはずですしいまのままでできることもあるはずだと思っています。
Commented by alchemist at 2007-10-22 18:59 x
州立大はland-grant法による設立経緯もあるのか、地元優先ですね。酪農学の場合、この州ではどのような品種をどのように肥育すれば一番儲かるかまで答えなければ教授失格になるから日本の国立大学とは全く違うと牧畜関係の仕事をやっていた父から聞いた記憶があります。が、私がそちらで勤めていたのは地元のことは全く気にしない大学だったので、詳しいことまでは存じません。
現在、私が所属している地方大学ですが、学部によっては所在地の市から非常に頼りにされていますし、実際に傍から見ていても頑張っています(州立大学ほどのマンパワーも予算もないので限界はありますが)。その成果は地元の新聞には結構載っていますが、全国区の話題にはなりませんね。私は傍観者で、時々そっちの学部に顔を出すだけで正味の所は判りませんが(専門がかなりずれている面もありますので)、研究成果の方も良く出ているようで、目線が低くなっている印象はありません。
人口あたりの研究予算が米国の半分未満ですし、その予算の6割を占める各省庁の大型プロジェクトがNIH grantやNSF grantほどの透明度をもって決まっているわけではないといわれる中で大学は健闘しているといって良いのでは?
Commented by Y at 2007-10-22 21:23 x
日本の地方自治と経済の問題も絡みますので、非常に難しいところです。多分日本全体のデザインが関わってくるのでしょう。
Commented by S at 2007-10-22 22:47 x
昔のエントリを見ていて次のようなstonaichiさんの発言を見つけました。

>昔は外国で数年、修行して帰ってきて日本でアカデミックポストに就くというケースが多かった時代がありました。今は逆に、外国へ出てしまうと、日本に戻る場所がなくなってしまうとさえ言われる時代になっています。

まさに、今、海外にはこのようなPDたちがあちこちに漂っています。

確かに、彼らは高年齢かもしれません。しかし、国際学会での経験、国際的な人脈、専門的な英語力、英語での交渉慣れ(程度の差はありますが)など、彼らの持つ能力は、日本の研究世界にも必要なのではないでしょうか? 企業でも使い道はあるのでは? 国際的なプロジェクトの立ち上げなどには、強みを発揮するはずです。

中国を見習って、留学生帰還大作戦をすることはできないのでしょうか?
Commented by まず最初に at 2007-10-22 22:56 x
国内での起爆剤がないと厳しいかと思います。米国のようなベンチャーの伸びがあればいくらでも余地はあったのでしょうが・・・。
Commented by A at 2007-10-23 00:12 x
ぜのぱすさん(1/1)

上で言われていることはほぼ肯定です。院生が平等にしかるべき教育を受けられること(つまり博士の質を高く保つこと)と、ポスドクが独立した研究者として独り立ちできるような扱いを受けられる(既に空きがない教員ポストを奪い合わないとまともな研究ができない現状を回避する)なら、それで成り立つし、学位の意味合いも出てると思います。
 私もはじめはポスドクが独立した方が理にかなっていると思ったんのですが、結局、院生は大学(少なくとも学科)が責任を持つのに対して、ポスドクは誰が責任を負うのかが不明確です。また給料をもらう存在なので、その給料を払うのが上司だった場合、その意にそぐわなければすぐにクビになったりする可能性も高く、結局は操り人形のまま制度が形骸化する恐れが大きいこと、雇用が続かなければそこで終わってしまう立場なので、教育を受けるのに向いていないのではないと言うことを考えていました。
Commented by A at 2007-10-23 00:13 x
ぜのぱすさん(2/2)

また、今の日本の社会の現状では、一回ポスドクになってしまうと、もう大学にしがみつくしか進路がないのではないでしょうか(たとえ教育を受けても)。そういう意味で、まだ社会に出られるチャンスがある院生のうちに、一通りの経験を積む必要があるのではないかとも思っていました。
 それから、ポスドクに出すにしろ、院生に出すにしろ、研究費をばらまきにしないためにはむろん指導者の管理が重要になると思います。研究の指導も含めると、これはかなり大変な負担だと思いますが、それも教育だと思うし、大学院は教育機関であるべきだと思います。そういう意味でも教員の評価は論文ではなかく、教育でして欲しい所です。私はそういう人間こそが大学に必要だと思います。

ちょっと話はずれますが、そういう教育ポストに任期をつけるのは好ましいと思いません(定期的な再任の審査は必要だと思いますが)。そもそも任期をつけるのは研究員の流動性を保つためだったのではないでしょうか。そのいう意味でも教員と研究員(PI)と言う立場は分けた方が良いと思います。
Commented by Yota at 2007-10-23 02:16 x
>そのいう意味でも教員と研究員(PI)と言う立場は分けた方が良いと思います。

理想は一流の研究を指揮するPIが丁寧に学生を指導することですが、それはいろいろな状況から非常に難しいということですね。大学院教育の目的が(大学・企業に関わらず)研究者の育成ならば、Aさんのおっしゃる教員が全く研究に携わらないわけにはいきません。現実的には限られた時間と資源の中で教育・大学運営・研究のバランスを取らざるを得ないわけです。このうち何に重点を置くか、何を犠牲にするか、はそれぞれの大学もしくは教員一人一人が選択すべきでしょう。
Commented by Yota at 2007-10-23 02:16 x

Aさんの考えるような教育に重きをおいた大学院教育もあるべき姿の一つだと思いますし、研究環境に恵まれない地方大学の差別化のひとつの方向だと思います。上の田舎教師さんの大学のように、現実に目を背けて研究大学の建前を守るためにヤラセ公募をするような大学はまさにこういう考え方をするべきだと思います。

しかしすべての大学院が教育機関である必要もないと思います。一流の研究者を集めて最先端の研究が行われる空気に触れることも一部の学生には十分教育的だし、選択肢として必要だと思います。手取り足取り研究者としての指導を受けるか、最先端の厳しい環境で自らを鍛えるか、選択肢があることは学生にとっても有益でしょう。
Commented by totoro at 2007-10-23 03:13 x
私はAさんの考え方に反対です。yotaさんに賛成です。

Aさんの案は,院生の甘やかし過ぎません。また、研究を随分軽くみています。理系の研究を、私大の文系教授の研究と同じように考えてませんか?

研究は、手取り足取り教えて貰うものではありません。努力しても、駄目な奴もいるのです。yotaさんが書かれたように,最先端の厳しい環境の中で鍛えるのが一番良いと思います。もし、博士持ちがPIになれないと嘆くなら、博士の取得基準を厳しくし、院生をドンドン退学させ、博士取得者を減らせば良いと思います。
Commented by totoro at 2007-10-23 03:47 x
教員と研究者(PI)を分けろといいますが、、何処の国に、そんな例があるでしょうか?大学院が先端の専門教育を目指すなら、教員は先端分野の研究者でないと勤まりませんよ。

また,殆どの職が任期付きである米国の中でも、大学教授と研究者と裁判官だけは、tenureがある安定した職と言われています。終身雇用の日本で、研究系だけが全部任期付職だけになったら、誰も目指さなくなると思います。
Commented by ぜのぱす at 2007-10-23 11:13 x
名指しされてしまったので、再登場。

Aさんの『教員』と『PI』の定義が、正直云って、良く分かりません。

勿論、全ての教員がPIではありませんが、私の感覚では、PIは教員と区別出来るものではありませんし、研究と教育は、本来、表裏一体です。 研究をしていない(したことがない)大学教員と云うのは、教科書的なことしか、享受出来ないでしょう。それこそ、教科書を読めば済むことです。

更に云えば、理想的には、labをorganizeする者(=PI)は、生涯、現役のbench workerであるべきです(ココでは、実験系の科学の話に限った議論です)。最低でも、生データを読めない/見れないようなPIは、百害有って一利なし。実験の現場から離れているPIが『下手に』学生やpostdocを『指導する』と、理論上は正しくても、現実的には達成不可能な実験計画を持ち出して来たりします(笑)。理論的に正しいが故に、余計厄介。未だ、理論的に正しい場合は救いがありますが、そのうち、妄想を(苦笑)。

最後は、筆が滑りました(笑)が、本音です。
Commented by AA at 2007-10-23 13:04 x
なんか、いつものパターンになってきましたね。
Commented by 36歳PD at 2007-10-24 00:34 x
学生をPIにするのではなく、博士課程の学生あたり研究費xxx万(テーマによって変動可)、とかでいいんじゃないですかね。その中で、好きに研究させれば。費用に成果が見合わない博士は却下でもいいし。
ポスドクは、給与と研究費をセットにして、ポスドク自身に獲得させる。ポスドクがその予算を持って、好きな教官のもとで研究する。予算獲得暦として、本人による成果報告と事後評価ももちろんありで、その後につなげるようにする。

単純な話、学振の拡張版ですね。そもそも、博士課程(研究者としての訓練)→ポスドク(PIとしての訓練)の筈なんですが、両者ともまともな訓練を受けられない以上、これが理想的な気がします。
Commented by 小さなことからコツコツと at 2007-10-24 09:25 x
36歳PDさんの意見を読むと、昔に戻れと言っているようです。
重点化以来、博士課程の使命として研究者養成だけではなく多様な職業に就ける「つぶしのきく」人材の養成もあるのです(アカポスが限られている以上、当然です)。そして、課程博士では「修士号を取得しかつ博士課程に入学を許可された学生であれば、平均的な努力で誰でも3年で学位を取れる」ような教育と指導をすることを文科省は教員に求めています。その意味では、36歳PDさんのプランに従うと、そうでなくても教育効果の薄い現状がさらに放任になってしまい、大昔の「教授の背中を見て育つ」状態に戻ってしまいます。
PD問題は今の日本や日本を取り巻く環境が抱えるさまざまな問題と密接に絡んでいます。他の皆さんのコメントを見ると、PD問題を中心軸にして大きく社会を変えようという(もしくは変えざるを得ない)意見が多く、そんな主客逆転したアイデアが実現するわけがありません。今の教育研究制度の枠組みの中で実現可能で有効な小さな策が必要だと思います。
Commented by BB at 2007-10-24 12:07 x
妄想的方策はいくらでも出てくるが、それをいかにして実現するかという考察が一切出てこないのがまさに彼らの問題点なのである。
Commented by 海外PD at 2007-10-24 12:47 x
>「修士号を取得しかつ博士課程に入学を許可された学生であれば、平均的な努力で誰でも3年で学位を取れる」ような教育と指導をすることを文科省は教員に求めています。

今の実質フリーパス状態、また基礎学力が壊れた院生を受け入れさせておいて、これを求めるのが実質不可能だという話なのですよ。
趣旨はわかりますが、何か具体的な対案はあなたにありますか?
小さな策ではどうにもならない、と皆さん考えているのだと思うのですが。
だからこそ、「もうそっとしておいてくれ」という諦観すら出てくるのです。
Commented by 通りすがり at 2007-10-24 14:08 x
「研究者養成だけではなく多様な職業に就ける「つぶしのきく」人材の養成もあるのです」

と言われますが,現状は、
企業、国の機関の雇用: 博士卒である必要はない。
博士取得者: 大学教員・研究職志向が8割.生き残るのは1-2割。
研究系以外を志向する博士は少なく、求人も少ない。

大部分が
博士取得→ポスドク(不安定)→大学教員,研究職に就けない(中年失業者)

1-2割の勝ち組も、
博士取得→ポスドク(不安定)→大学教員,研究職に就職(任期付で不安定)

これでは,博士課程は「中年失業者」と「契約職員」の養成機関。
高学歴の中年失業者は、毎年6千人規模で生まれる。「山一証券倒産での失業者数」とほぼ同数だ。博士課程の定員を減らし、求人と釣り合わせるか、別のキャリアパスを想定する仕組みが必要。

潰しが効く人材養成とか、そんな問題ではない。
Commented by 36歳PD at 2007-10-25 01:21 x
実現しないことが分かっているからこそ、こうなればいい、という視点で自由に意見を述べているのですがね。それに対して「そんな甘い考えだから云々」と私自身の問題にもってこられる方が多いのは意外というか、心外ですね。自分で何とかするべく悪戦苦闘中ですし、ここで意見を述べられている方々が何のたしにもならないことも、分かりきってますので。
それはさておき、現行の教官に「つぶしのきく人材」の育成なんて、できるのですかね。自ら問題をみつけ、解決する能力の育成を考えて上記のアイデアを出したのですが。多彩なキャリアパスをもてるようにするには、派遣するなり外部から人を呼ぶなりするしかないのでは。
なお、自分でできる小さな策は、現在の学生に博士課程に行くことを思いとどまらせること。実行していますよ。
Commented by 海外PD at 2007-10-25 02:27 x
文科省のいう、「平均的な努力で誰でも3年で学位を取れる」と、
「自ら問題をみつけ、解決する能力」の育成も両立し得ないと思いますよ。

後者の育成にはどうしてもある程度自由にやらせる必要がありますし、
そうするなら入り口の質を相当に上げないと、平均的な努力では無理でしょう。私の分野だと、大学院に入るのは決して簡単でなく、また博士に進むのは修士でも上位層が中心ですが、それでも3年で取れない人は珍しくありません。

それでも教員が指導してなんとかしろ、というのであれば、
雑用と研究を一切せずに教育100%にして、教育の専門家にでも
ならないと無理でしょう。
Commented by 小さなことからコツコツと at 2007-10-25 09:35 x
博士課程は研究者になる仮免です。だからこそPDという路上教習があります。昔と違って3年で学位取得を「普通」にした場合は「自分の(与えられた)研究課題を遂行する能力とその位置づけや客観的な評価ができる」ことが目標で、「自ら問題を見つけ解決する能力」はその後の課題です。重点化以降は研究者になれるのが1-2割なのですから、問題は残りの8-9割のキャリアパスの用意です。しかし、「研究者養成もするが必ずしも特化はしない」という大方針が打ち出されたのに、相変わらず学位取得者の大部分が出口としてアカデミアに拘っていてはどうにもならないわけです。そこが同じような研究オンリーの教育をしても卒業生がどんどん企業に行くアメリカと違うところです。
大きな企業は博士をとらないかもしれませんが、私の言う小さなことの中には、ベンチャーや特許事務所など間産業的な小さな(しかも将来性のある)就職口を作り出す道も含みます。他にも、地方では自治体が少ない予算からお金を割いて新産業創出をする人に出資する事業を真剣にやっているところも多くあります。就職口がないなら就職口を作る側に回るという転換が必要です。雇われるより雇う方が幸せだとは思いませんか。
Commented by 小さなことからコツコツと at 2007-10-25 09:36 x
また、博士課程進学者を必要以上に絞るというのは、昔の「基礎科学ただ乗り」への逆戻りです。受験でも何でもどんな世界であれ、競争率が少なくとも3倍ないと健全な研究成果は上がりません。学位取得者の半数ないしほとんどがアカポスにつける状態ではダメな教員の再生産になります。
Commented by アホちゃいまんねん at 2007-10-25 09:48 x
ただ乗り結構じゃない?もっとも今は昔と違って特許でガチガチだからただ乗りなんて不可能だけど。競争は数の問題じゃないよね。ちょっと発想が古いな。
Commented by 海外PD at 2007-10-25 10:44 x
つまり、学位は「自ら問題を見つけ解決する能力」を保証はしないということですね。
そういう位置づけにするのはありかもしれません…というか既にそうでしょう。

ベンチャーを初めとする小さなところに行けと言いますが、
そういうところだろうが、博士を取る年齢で、それだけの能力が身についてない人には需要がないのですよ。就職口を作る側、といいますが、
大半の博士は実質的な「借金」を持つことになることを認識していますか?ある程度の給与を出す就職口が欲しい人が大半です。

どちらも、一般的な選択肢にするには社会の側大きな変革が必要で、
決して容易に実現可能な、「小さなこと」なんかではないですよ。
これまでにもここで散々言われてきたことです。
Commented by 通りすがり at 2007-10-25 12:27 x
小さなことからコツコツと さんへ

> 受験でも何でもどんな世界であれ、競争率が少なくとも3倍ないと
> 健全な研究成果は上がりません。

例えば100人の博士取得者とします,アカポスの求人が30人分あります.倍率の期待値は3.3倍になります.果たしてそうでしょうか?

この制度を始めて1年目は
1年目(求職者)新卒100人 PD0人 →アカポス30人,PD70人
アカポス就職率(30/100): 30%
2年目(求職者)新卒100人 PD70人→アカポス30人,PD140人
アカポス就職率(30/170) 17.6%
3年目(求職者)新卒100人 PD140人→アカポス30人,PD210人
アカポス就職率(30/240) 12.5%
....
6年目(求職者)新卒100人,PD350人→アカポス30人,PD420
アカポス就職率(30/450) 6.6%
....
9年目(求職者)新卒100人,PD560人→アカポス30人,PD630
アカポス就職率(30/660) 4.5%

27歳で学位取得した人が33歳までポスドクを続けるとすると,毎年6.6%,36歳まで続けるとすると,毎年4.5%しか,アカポスに就けない計算です.これが現状なのです.
Commented by 通りすがり at 2007-10-25 14:06 x
公募(倍率は数十倍,時には100倍を超える)に,1年間,出し続け,漸く15-20人に1人がアカポスに就く計算です.
(ここでのアカポスは,旧帝大とかではなく,地方の小さな私大や短大,国立,全てのポストを含めた確率です.)

それを9年間続けると,期待値として,3人に1人がアカポスに就く状況なのです.9年間,何十回も公募に出し,落とされ,を繰り返し,不安定な身分で仕事を続けます.(精神的におかしくなる人もいます.)

その後は,任期付アカポス(契約職員と同じ)か,ベンチャー系の中小企業か,失業です.誰がこんな道を選ぶのでしょう?世間並みの人生設計がある暮らしが出来ないのです.

新聞社が運営するサイトにも,ポスドクの妻が書いた,生活不安の相談が複数出ています.科学の振興を本気で考えるなら、贅沢でなくとも人並みの生活が出来ることが必須です。

なお,上記の計算は,博士課程定員の3割程度のアカポス求人があると仮定し計算しました。現状は、博士課程の定員の2割以下です。一方、博士取得時に初めから企業を目指す人もおり、若干修正の余地はあります.それでも,かなり実感に近い筈です.
Commented by 36歳PD at 2007-10-25 20:03 x
「与えられた自分の研究課題を遂行する能力とその位置づけや客観的な評価ができること」ってのは本来修士で要求される能力なんですがね。
「競争率が少なくとも3倍ないと」、云々については、再チャレンジ政策で100人の公務員枠に何万人と募集したことについて、「これで優秀な人材を確保できる」とのたまうた、間抜けな政府のコメントを彷彿とさせます。
Commented by apj at 2007-10-25 21:06 x
私のblogで、今日の通りすがりさんの試算を引用させていただきました。実感にも合っている数字だと思います。
Commented by ななし at 2007-10-25 21:51 x
「インサイドアウト、問題は自らの外にあるのだと考えることが問題なのだ。まず自らを変えねばならない。」7つの習慣のスティーブン・R・コブィーはこう言っていたと思います。問題を他の人のせいにしてしまいがちな私ですが、この言葉を思い出すように心がけています。
現在の仕事に最善を尽くすことが大事。
ただ、それだけでは盲目的になってしまうので、情報交換や世界を変える試みを空き時間で行う。そこまで出来れば理想的と思います。それがネット上のこうした交流ででも。
私は博士号を持っていますが、来月ようやく派遣社員から脱皮できることになりました。直接雇用になるのです。それでも待遇は笑われるような金額ですが。しかし、私が活躍することで博士の能力が認められ、後に続く人が増えるようになれば良いなとも思います。
来月25日にはお台場でポスドク問題を考える集会があるそうですが、東京に住んでいることでもありますし、参加できればと考えています。
Commented by 小さなことから at 2007-10-25 21:58 x
大学全入の時代となり、学部の前半が昔の高校の3年生、学部の後半で専門初等教育、修士で専門教育というのが、現在ないし今後の高等教育の姿です。そして、今後は少なくとも理系では、企業就職でも修士号取得までがごく普通の学歴として定着するでしょう。必然的に博士では、昔の修士の目標を目指すことになります。それは博士後期が研究者養成に特化しないことにもつながります。以上が文科省が推進する高等教育全体の教育再生プランです。博士にしわ寄せが行くのは、意図的ではなく、博士の問題が高等教育全体の問題と比較して圧倒的に小さな問題だからです。この点を押さえて高等教育全体の中で問題を考えないといけないのです。
したがって、博士後期の定員を若干絞ることもさることながら、アカポス以外の道を志向する(最も効果的かつ発想の転換という自助努力でできることです)、3年程度応募し続けてだめ者は諦める(or採用しない)、一生PDとして年収400万円程度のベンチワーカーになる、高校に学位取得者を置くことを義務化するなどなどの間引き策が出ているのでしょう。不完全でしょうが、これらでさえ世間の常識からすれば極めて大きな改革です。
Commented by apj at 2007-10-25 22:50 x
ちいさなことから、さん
 普通の学歴が終了する年齢を上げすぎると、教育のコストの無意味な増大と、(広い意味で)生産に従事できる若者を長期間学校に拘束することによる社会全体の生産性の低下を引き起こすことになります。現状の教育課程の学年割り当てがベストかどうかは別途検討するとしても、どこかに折り合いをつけるほどよいところがあって、それは多分現行の博士修了の27歳よりは若いところにありそうに思うのですけど。
Commented by 通りすがり at 2007-10-25 22:50 x
小さなことから さんへ

> 大学全入の時代となり、学部の前半が昔の高校の3年生、学部の
> 後半で専門初等教育、修士で専門教育というのが、現在ないし
> 今後の高等教育の姿...

それではタダの無駄です。高校で出来ることは、高校ですべきです。海外では留年させています。その方が効率的です。

> 博士後期が研究者養成に特化しないことにもつながります。

米国の活力は,専門教育を受けた大学院卒が社会で働いていることと関係があります。しかし,日本の様に、院卒の肩書きだけで中身がなければ無意味です。
Commented by 通りすがり at 2007-10-25 22:51 x
> 学位取得者の大部分が出口としてアカデミアに拘っていては
> どうにもならないわけです。そこが同じような研究オンリーの教育を
> しても卒業生がどんどん企業に行くアメリカと違うところです。

なぜ,米国では博士卒が,アカポスに拘らない理由をご存じですか?米国は学歴社会で,博士は社会の中で有利な地位に就け,所得も良いからです.

 米国の博士の平均年俸は950万円だそうです(下記HP).アメリカ人の志が高いわけではなく,給料が良いので,博士進学し,社会に出るのです.
http://www.scbri.jp/HTMLcolumnNY/16-14.pdf

> アカポス以外の道を志向する
> 3年程度応募し続けてだめ者は諦める(or採用しない)
> 一生PDとして年収400万円程度のベンチワーカーになる

と笛を吹いても,米国のように高給の保証がなければ,誰も踊りません.むしろ,大学院の惨状が知れると,能力ある学生は博士進学を止めるでしょう。既に東大では現実になり始めています.
Commented by 小さなことから at 2007-10-25 23:30 x
普通の学歴が高くなっていっているのは、18歳人口の約半数が大学に進学する時代だからです。既にほぼすべての人が高校に行くのですから、高校の教育内容も下がり、さらにその到達度の歩留まりも下がっています。学業試験以外の入試(調査書による推薦入試や小論文入試や面接などによるAO入試など)を増やす改革が現在進行形で進められ、どこの大学でも高大接続科目の充実が緊急課題です。卒業に必要な単位数も減っており(人間力や生きる力ということでボランティアはじめ学業以外の課外活動が重んじられている)、文科系ではともかく、積み重ねが必要な理科系では必然的に修了学年が遅れています。基本的にはこれはどの先進国でも起こっていることです。
日本の社会や企業風土のせいにしても問題は解決しません。目端の利く学生は博士に進学しないかもしれませんが、真に研究が好きな学生はそれでも行くでしょう。そして、そのうち一人がITでもバイオでも学位取得者を50人でも100人でも高給で雇う会社をつくることに成功すれば、それだけの人数が幸福に間引きされます。学卒より修士卒より問題解決能力があるなら、そういう道を探るのもひとつの現実的な道ではありませんか。
Commented by apj at 2007-10-26 01:04 x
>18歳人口の約半数が大学に進学する時代だからです。既にほぼすべての人が高校に行くのですから、高校の教育内容も下がり、さらにその到達度の歩留まりも下がっています。学業試験以外の入試(調査書による推薦入試や小論文入試や面接などによるAO入試など)を増やす改革が現在進行形で進められ、どこの大学でも高大接続科目の充実が緊急課題です。

 その結果、高校の内容を、高校教育の素人の大学教員が別料金をとって教える、ということになるわけですね。しかも、プロである高校の先生でさえ到達度に持って行けなかった学生に対して。無理ありすぎですが。
 どう考えても、高校の内容なら、プロである高校の先生が教えた方がうまくいきますよ。高校の先生を増やして留年させてもきっちり教えた方が効率がよいのでは。高校の歩留まりは高校で上げろということです。大学を、高校教育の歩留まり上昇のために使うのは、見当外れだし無駄が増える一方ですよ。
Commented by 通りすがり at 2007-10-26 01:09 x
小さなことからさんへ

> 積み重ねが必要な理科系では必然的に修了学年が遅れています。
> 基本的にはこれはどの先進国でも起こっていることです。

違うと思います。私が過ごしたアメリカでは、飛び級制度があり、できる子は早く学ばせていました。逆に、落ちこぼれは落第させ、それでも駄目なら放置でした。ひどい言い方ですが、落ちこぼれが居ても、社会に影響はない。と考えている様に見えました。

> 日本の社会や企業風土のせいにしても問題は解決しません。

そんなつもりはありません。あなたの書き込みが見当違いだといっています。アメリカ人は給料が良いから、博士を目指すのであって、給料や社会的地位が低くても、志だけで目指す奇特な奴はほとんどいません。
Commented by 通りすがり at 2007-10-26 01:12 x
> 真に研究が好きな学生はそれでも行くでしょう。そして、そのうち
> 一人がITでもバイオでも学位取得者を50人でも100人でも高給で
> 雇う会社をつくることに成功すれば...

物好きで、研究が好きで進学する奴には、会社を作る才覚は無いと思いますよ。興味の方向が違いますよ。

大学の研究を趣味のように捉えて居ますが、それは間違いです。理系の学術研究は、仕事です。趣味の域を超えています。社会的波及効果も大きいです。大学で先端技術を学び、企業で活躍する技術者は多いと思います。

こんな書き込みを見ると、企業にタダで教えるのがアホらしくなりますが。。
Commented by 海外PD at 2007-10-26 02:18 x
小さなことからさんは、これまでの議論を把握してらっしゃるのでしょうか?
それなりの能力、少なくともこれまでの修士レベルよりは上の能力を持った博士・ポスドクがアカデミック以外を志向してるのに行き場がないというのが問題だと思うのですが。

また、ご自身「先進国共通の問題」とおっしゃてます。
博士側がそうなのであれば、共通でないのは社会・企業側ということになります。

>通りすがりさん
アメリカの博士については、別の場所で同様の趣旨(給料が高いから云々)を述べたところ、
アメリカでテニュアを持っている方から(おそらくバイオ系です)、
そんなことはない、と一蹴されました。分野による差異がかなり大きいと思います。
Commented by 通りすがり at 2007-10-26 02:46 x
海外PDさん

発言のソースですが、東海岸のある大学の医学部の教授(日本人)に言われました。あと、ポスドク時代に参加したサマーコースの学生(院生,ポスドクが混ざっている)の間での話です。ある学生は、Natureにfirstのpaperがあるのに,卒業後は証券に行くと言いました。また、給料が良いからIBMに就職した院生もいました。別のポスドクは、銀行員になりました。もちろん、学会に残って、一流の学者になった人も多くいます。

しかし、大学院に進み,博士取得後,企業就職する学生の動機の多くは、将来の生活であることは間違いないと思いました。

逆に,大学に残った教授には,お金ではなく本当に純粋な興味だという人もいましたね。
Commented by S at 2007-10-26 02:54 x
>なぜ,米国では博士卒が,アカポスに拘らない理由をご存じですか?米国は学歴社会で,博士は社会の中で有利な地位に就け,所得も良いからです.

所得が高いかどうかは分野によるでしょうが、「安定した職業」と見られていることは確かです。少なくとも、某新聞掲示板(○○小町)に出ているポスドクカップルのように悲惨な状況ではないはずです。

> 米国のように高給の保証がなければ,誰も踊りません.むしろ,大学院の惨状が知れると,能力ある学生は博士進学を止めるでしょう。既に東大では現実になり始めています.

全くその通りです。日本の研究者は金に淡白ではありますが(研究が好きな人が多い)、少なくとも「同年齢の大卒・修士出と同等かそれ以上」でなければ、生活の不安でまともな研究ができるわけがありません。

「大学院に行く」と言うと「就職できなかったからだ」という反応が周りから返ってくるのは、日本ぐらいではないですか? 「学歴社会の弊害云々」が日本で話題になると、鼻で笑ってしまいます。 日本の問題は、むしろ、「真の学歴社会ではないこと」では?
Commented by 36歳PD at 2007-10-26 03:07 x
お役人たちは、小さなことからさんのように考えているのかもしれませんね。
「職がなければ、会社を作ればいいじゃない」
ごもっともなご意見です。わざわざ博士課程に行く必要はないと思うのと、せめて起業したベンチャーがもう少し死屍累々でない状況ならいいのですが。
Commented by コメント at 2007-10-26 06:27 x
> お役人たちは、小さなことからさんのように考えているのかも...

キャリア官僚にしては、頭悪すぎ。
ノンキャリアか、馬鹿な議員の秘書か、マスコミ関係者だろう。

ミッチーJr.なんて国立大学に国費は不要。寄付だけで運営すればいい
なんて公の場でほざいている。世界の常識が通じないらしい。
こういう奴の落選運動をネット上で行うのもいいと思う。
Commented by 素朴な疑問 at 2007-10-26 08:54 x
あれ・・・?
ではポストにつけないPDの何割かが海外の企業に就職すればいいのでは?
横から見ていて、思いました。
Commented by たまたま見かけた人 at 2007-10-26 09:54 x
>ポストにつけないPDの何割かが海外の企業に就職すればいいのでは?

そんなに簡単に外国に永住することを決められますか? 個人的な好みの問題もありますが、他にも、老いていく親のこと、自分の老後のこと・・・。いろいろ考えるべき事情があります。

いっそのこと、海外の企業が大量に日本に押しかけてきて年齢制限に関係なく優秀なPDを雇ってくれたら、解決したりして。これだと海外を漂っているPDも帰国できます。(こんなことになったら、日本の企業はますます情けないけど)

私も横から見ていて、このように思いました。
Commented by at 2007-10-26 10:47 x
>大学に残った教授には,お金ではなく本当に純粋な興味だ

こういう人はもともと金に困らない境遇にあるんだよね。昔の学者とかもそうだが。
Commented by PDを応援する会団長 at 2007-10-26 17:23 x
もう少し文系と共闘してPD問題を考えていってはどうかという、ちょっと目線を変えた提案を・・・。

TBSラジオで「文化系トークラジオ」という番組があります。社会学者の鈴木謙介氏とその他の論客が様々なゲストを招いて、リスナーのメールを交えながら、一つの話題について語り合うという番組です。過去の放送内容をネット経由で聞くこともできます。

「文化系」でサブカルチャーに傾いた番組ではあるものの、そこで時折取り上げられる社会状況の分析は、理系PD問題に関心のあるの方々にも興味深いのではないかと思います。2007年1月13日「失われた10年- Lost Generation?」および同1月27日「「働く」ということ」は、理系PDの雇用問題とも直結しています。
Commented by PDを応援する会団長 at 2007-10-26 17:23 x
特に「「働く」ということ」で語られている、不況の間に派遣・フリーターの増加以外には雇用体制をほとんど変えなかった日本社会の問題、様々な経験を経たり専門性を持った人々の能力が企業で十分に活用されていない現状、非論理的に都合のよいときに「コミュニケーション力」「人間力」などを持ち出してくる雇用側の意識、などなど、こちらでさんざん議論されてきたことです。

そこで、提案です。科学者の側からPD問題への注意を社会に喚起していく際に、もう少し、文系との共闘を考えてみてはいかがでしょうか? たとえば、社会学における話題の書物を次々と出されている鈴木謙介氏、本田由紀氏のような社会学者に理系PDの問題に関心を持ってもらい、問題提起・政策提起となる研究や書物を世に出してもらえば、もう少しPDの雇用問題の深刻さとその背景が広い層の人々に伝わると思うのです。(もし、私が知らないだけで、このような試みが既に行なわれていたとしたら、すみません)
Commented by PDを応援する会団長 at 2007-10-26 17:30 x
ちなみに、「文化系トークラジオ」のHPは、こちらです:

http://www.tbsradio.jp/life/

右上の「過去に扱ったテーマ」をクリックすれば、アーカイブ(文章・画像・番組の録音)が出てきます。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-26 22:34 x
PDを応援する会団長さま
 議論がぐちゃぐちゃになりかけていると思ったら、前向きな提案が出てきましたね。鈴木謙介というと宮台真司のお弟子さんですね。そういう話が議論されているとはしりませんでした。聞いてみます。
 しかし「人間力」かぁ(笑)。
Commented by 海外PD at 2007-10-27 00:00 x
文系の大半の分野は理系のPD問題どころじゃない厳しさだと思います。
理系だと理論系一部にしかいない、専業非常勤の問題もありますし、
企業への転進のしにくさは理系の比ではありません。
ポスドクポストも院生の数に比してそもそも少ないですし。

まだそっちのがマシだ、と言われてしまいそうなのは、
ちょっとネガティブに過ぎますかね。
Commented by 海外PD at 2007-10-27 00:07 x
通りすがりさん

詳細なソース有難うございます。
銀行にしても証券にしても、IBM級の大企業にしても、
日本では能力云々より年齢でまず就職は厳しいですよね。
はじめから企業に行くことを意識している博士課程の学生、
の有無と、またそれが不利どころか有利になるところに
大きな違いを感じます。
Commented by Q at 2007-10-27 01:32 x
>40台海外ポスドクさん
社会学的に考察すれば「人間力」が都合のいい言い訳に使われているかもしれないけど、事実そういう面があるから言われるんでしょ。

>海外PDさん
だから、それなら海外で現地企業に就職すればいいじゃない。

文系PDは大変だけど、非常勤でも塾講師でも食いつなげさえすれば、調査や研究は自力でできる。短大でも就職して講義さえすれば後は問題なく研究できるという点で、理系とは根本的に違う。
このエントリーに即して言えば、理系は雑用が多い大学ほど院生という労働力がないとやっていけない仕組みになっているところが文系と一番違うところでしょ。
Commented by PDを応援する会団長 at 2007-10-27 01:44 x
>文系の大半の分野は理系のPD問題どころじゃない厳しさだと思います。
>まだそっちのがマシだ、と言われてしまいそうなのは、
ちょっとネガティブに過ぎますかね。

お察しの通り、文系PDの問題は更に深刻です(実は、団長は理系の友人の多い文系人なのです 笑)。さらに、文系PD問題には理系とはまた別のファクターも絡んできているので、別個に考える必要があるでしょう。 (ただし、文系PD・理系PDが、時々、協同で問題提起につながる活動をするのはいいかもしれませんね)

上の私の提案は、「文系で社会問題について提言している学者(要は社会学者)に理系PDの現状を分析してもらい、新書など一般の人々がアクセスしやすい形で世に訴えてもらってみては?」ということでした。

大学・企業・政府など様々な方面に働きかけて現実的施策を推進していくには、少々大袈裟かもしれませんが、世論を味方につける必要があろうかと思います。つまり、理系PDの雇用問題は技術立国としての日本の将来の問題に直結しているのだということを、科学にそれほど興味を持っていない人々にも訴える必要があるのではないでしょうか。
Commented by PDを応援する会団長 at 2007-10-27 02:05 x
念のため、誤解の無いよう付け加えておきますが、上に挙げたラジオ番組で議論されているのは、いわゆる「団塊JR」世代のおかれた雇用状況や社会における扱われ方全般に関してです。理系PDについて語っているわけではありません。

ただ、この番組に携わっている人々であれば、理系PDの置かれた状況を様々なファクターを考慮しつつ理路整然と分かりやすく分析・説明できるかもしれないと感じたので、上のような提案をしました。フリーター問題と理系PD問題が同じだと思ったわけではないので、あしからず(年功序列など共通する背景はありますが)。
Commented by 海外PD at 2007-10-27 02:06 x
Qさん

私も、ポスドク個人としてできることはなにか、といえば、海外乃至は外資系の企業に就職することだと思います。そうした人々が活躍して、日本企業の利益を脅かすような事態になれば、何か変わるかもしれませんね。

社会学者は、どうでしょう?
養成にかかっているお金の面を強調すればいいのかもしれませんが、
全体の数としては、(本田さんを想定するなら)フリーターやニートに比べて小さな問題と捉えられてしまうかもしれません。
私自身も、違うコミュニティの人と話をすると、そう捉えられている気がしますし、そもそも極端な人だと技術立国すら否定してきます。

しかし、世論を味方につけることはおおいに必要ですし、まずは問題を
普通の人にもわかってもらうことは大事だと思います。
ようやく新聞が取り上げるようになりましたしね。
Commented by 海外PD at 2007-10-27 02:17 x
ただ、これも個人的なやりとりからの感想にすぎませんが、世論を動かすのは文科省より実は難しいかもしれません。

大学院に行くことが就職できなかったからと言われること
ここでも書き込まれているように、「現実が見えていない夢追い人」との批判
教育を受ける機会に恵まれた人であること=自分でなんとかしろ、そのくらいの能力はあるだろ

など、PD問題など問題にはならない、と言う人の言うことはいくらでも
想像できます。

実は文科省の関連研究所の方と直接会って話すインタビュー調査を受けたことありますが、彼らは想像したよりも問題を分かっているなと感じました。財務省や厚生労働省はわかりませんが。
Commented by 通りすがり3-1 at 2007-10-27 03:08 x
 理系からは近くて遠い分野が専門の、しかも修士止まりの通りすがり3(若しくは村人C)です。今、すべてのコメントを読みました・・・ポスドク問題・・・こんな事になっていようとは。
 学部を卒業後(あるいは修士修了後)就職していれば、おそらくそれぞれの職場で人並み以上の実績を上げられるだけの能力のある人達の集団なのでしょうね。やはり、国(文科省)が打ち立てた施策、あるいは社会のシステムが狂っているとしか思えません・・・個人の努力では、どうにもならないから、皆さん苦しんでいるのですよね。
 やはり、社会問題としてマスコミが(正しく)取り上げてくれるところまで、この問題を引き上げていくしかないように思いました。「理系白書」の一部としてではなく、「ポスドク白書」とかあったら良いのに・・・と、思いました。いろいろな調査をしたら、もっといろいろな問題が見えてくる気がします(これ以上、見えたらどうするんだ?とも思いますが)。やはり、問題を形にして著さない限り、「知らない世界」は知らないままだと思いますし、正しい事が伝わらないように感じます(形にしたって、伝わらない場合は多々ありますが)。
 
Commented by 通りすがり3-2 at 2007-10-27 03:08 x
張本人達の間で議論することも意味のあることですが、外野に向かってももっと声を上げて知ってもらうことも大切だと思います。かくいう私も、ポスドク問題は同僚から聞いてはいたものの、詳細解らず、このブログで初めて「見えてきた」のですから。ちなみに、職場の語学系のオバサマ教授達(複数)は「何、それ?」と、まったく知りませんでした。大学関係者ですら、理系をかすっていない分野の人にはピンときていない人って、いるのではないでしょうか・・・?少なくとも、ポスドク問題、大学(院)関係者や研究機関関係者には知ってもらいたいと、門外漢の私ですら思いました。
 議論のジャマをして済みません。外野から通りすがりの村人が「そんなことが起こっているとは・・・!」と叫んでみました。発展的なことを何も述べずに失礼いたします。
 
Commented by PDを応援する会団長 at 2007-10-27 03:43 x
通りすがり3、「外野に向かってももっと声を上げて知ってもらうことも大切」との御意見、まったく同感です。

私自身、文系ですので、「理系はなんだかんだ言っても、社会保障・給料付きのポスドクになれるじゃないか。文系PDは社会保障無し・完全時給の非常勤講師生活だぞ」という気持でいました。しかし、最近になって、そろそろ知人の理系PDたちも次の行き場がなくなってきたということを相次いで聞き(そのうちの何人かは精神的にやや不調をきたしています)、ようやく、「何なのだ?これは?」と理系PD問題を認識するようになったのです。彼らは、皆、そこそこの業績のある人々でしたから。
Commented by PDを応援する会団長 at 2007-10-27 03:47 x
「世論」は無理でも、せめて、大学・行政・企業界隈にいる文系の隣人達に現状を知ってもらうことは大切だと思います。PD問題関連のブログでしばしば批判されているように、これらの組織の中核は文系人が占めているようですから。「組織のトップが文系人だと駄目だ」などと簡単に結論付けず、彼ら文系人にも分かるように、積極的に説明していくことが必要だと思います。上で私が書いた「社会学者とタッグを組んで問題提起してみては?」というのは、その一案です。
Commented by 通りすがり3-1 at 2007-10-27 17:02 x
 皆さんが訴えられている現状・実情を浮き彫りにしてくれるデータや資料がないことには、お互いに半径○メートル内の出来事(「こちらはこうだ」「いや、こちらの分野はさらにこんな感じ」「そうはいっても、こちらはもっとこうだ」etc.)の報告会あるいはぶつけ合いで終始してしまうような気がしています。その点から、私も「PDを応援する会団長」さんの意見に賛同します。
 
Commented by 通りすがり3-2 at 2007-10-27 17:02 x
自分を含め、後進のためにも、ここはクールにムーブメントを起こしていかなければならないと思います。とは言っても、何か組織的にということは現段階では無理なことだと思います。せめて、専門外(ここで理系以外)の研究者との交流を持ち、1人でも多くの同業者にこういった問題の存在を知ってもらうことが必要ではないかと・・・このブログのコメントを呼んだだけでも論文のヒント(問題発見)、たくさんありますよ。社会学はもちろん、教育行政学、教育学、もしかしたら経済学などのある領域の人達にとって。
 もし、解決のために何かを・・・と本気で考えているなら、やはり、「PDを応援する会団長」さんのおっしゃる「文系とタグを組む(巻き込む)」との提案は、手始めとして的を得たものではないかと思いました。
 
Commented by 年齢の壁 ① at 2007-10-27 17:34 x
労働政策問題の方の関連コメントを紹介します。
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①大卒ですら原則は自己責任なのですから、大学院に進学するような高学歴者は当然自己責任と見なされるわけですね。労働市場的観点からすれば。まさか、大学院卒業者のそれも含めて、労働市場が需要と供給のバランスで成り立っているということを認識もしないで進学しているはずがないではないか、というある意味で当然の前提で労働政策は成り立っているわけですが、教育行政は必ずしもそれと同じ認識に立って政策を遂行してきたとは限らないようです。このあたり、例えば欧州の教育行政が職業という観点からの訓練政策と自らを位置づけることが多いのに比べ、日本の教育行政が職業的観点を欠落させ、ふわふわしたものであったことの一つのツケかも知れません。この点で日本の教育論の在り方を痛烈に批判している興味深い本に、文部官僚でいま政策研究大学院大学に来ている岡本薫氏の『日本を滅ぼす教育論議』(講談社現代新書)です。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_1f31.html
Commented by 年齢の壁 ② at 2007-10-27 17:37 x
労働政策問題の方の関連コメントを紹介します。
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②年長フリーター問題は意外なところから年齢差別禁止政策へのドライブを持ち込んだ。彼らはそもそも就職氷河期のゆえに正規雇用される機会を奪われた世代なのであるから、雇用維持と年齢差別禁止のトレードオフが存在しない。しかも、ぐずぐずすればするほど彼らは年をとり、技能の乏しいまま中高年化していくことになる。事は緊急を要する。年長若年者の年齢差別問題は、日本の年齢に基づく雇用システムをその出発点から問い直すきっかけになるかも知れない。すなわち、職業教育訓練は就職後に企業が行うので、学校では余計なことをせずまっさらな若者を送り出してくれればよいという教育システムの見直しであり、公教育における職業レリバンスの復活をも含意する。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/nenreisabetu.html
Commented by 年齢の壁 at 2007-10-27 17:44 x
(すいません。続きがありました)
------
【承前】また、30代の年長若年者を20代前半の新卒採用者との関係でどのように処遇すればよいのかという観点からすれば、年齢に基づく処遇システムを本格的に見直す必要性も高い。
Commented by A at 2007-10-28 01:20 x
大学院教育と院生についてまとめると、日本の大学院はほとんどを国の支援に頼っているわけですから、世界レベルの学問の拠点である前に、日本のための大学院でなくてはならないでしょう。
 そういう意味で、最低限果たさなくてはならない役割は、「(未来のの働き手であり納税者である)若者を預かる以上、きちんと社会に送り出す」と言う所に集約されると思います。ここがしっかりしていないと、大学が人生の終着点になってしまい、最後までそこにしがみつく(つかなければ行き場がない)ポスドクや任期付教員で溢れかえることになり、彼らの雇用のためにも更なる税金が必要になるでしょう。
 また、年長者が吹きたまれば吹きたまるほど、大学院に行こうと考える学生は減っていくでしょう。むろん、このまま院生をを減らして縮小の方向に向かうという消極的解決も一つの回答ですが、待っているのは統廃合しかないと思います。また、ポストポストポスドク問題も先送り(から自然消滅?)になってしまいます。出来ることなら積極的な解決を期待したいですが、ここを見る限り大学院はあまり変わりたくないように見えます。
Commented by 通りすがり2 at 2007-10-28 06:18 x
私は工学ですが、社会人博士課程や論文博士は、職業を確保した上で博士号に望めるため、日本の状況に合っている(論博については「あっていた」ですが)と思います。研究がしたい人には、修士の段階で企業の研究開発職を勧めるような指導を大学で行えばよいのではないかと。

>海外PDさん
>ベンチャーを初めとする小さなところに行けと言いますが、
>(中略)それだけの能力が身についてない人には需要がないのですよ。
本当に? 何十社何百社回っても無いですか?

>通りすがりさん
>研究が好きで進学する奴には、会社を作る才覚は無いと思いますよ。
作れますよ。作った人も興味を持っている人もたくさん居ます。
どの世代・分野の方を想定されています?


ところで、アメリカは留学生が多いですから、職に困れば母国に帰っても良いわけです。先にどなたか書いてらっしゃいましたが、日本人も、テニュアのアカポスに拘るなら、日本より教育が遅れている国などへ出て行けば良いのでは。日本国内ではこれ以上アカポス増えませんから。
Commented by 海外PD at 2007-10-28 07:18 x
>通りすがり2さん

>本当に? 何十社何百社回っても無いですか?
ということはないと思っています。
もちろん専攻分野にもよりますが、「選ばなければ職はある」と言ってしまえばPD問題なんて問題にするほどではないでしょう。
ただそうやって見つかった会社が、待遇・仕事内容を含めて満足できるものか、能力を発揮できる場であるかと言われるとどうでしょうか。
私は物理理論系ですが、実際一度失敗してますし。
理学と工学では博士の考え方も、企業の捉え方もかなり違う印象があります。
Commented by S at 2007-10-28 10:06 x
通りすがり2さん

>本当に? 何十社何百社回っても無いですか?

工学ならともかく、基礎系・理論系はほとんど無いんじゃないですか? それに、海外PD さんもおっしゃっているように、「選ばなければ職はある」では、PD問題の根本的解決には全くならないでしょう。

>ところで、アメリカは留学生が多いですから、職に困れば母国に帰っても良いわけです。先にどなたか書いてらっしゃいましたが、日本人も、テニュアのアカポスに拘るなら、日本より教育が遅れている国などへ出て行けば良いのでは。

新しい形の頭脳流出ですね。ただ、「日本より教育が遅れている国」は、アメリカ帰り(OR他の先進諸国帰り)の自国からの帰還留学生の採用を優先すると思いますよ。
Commented by 通りすがり at 2007-10-28 10:25 x
>>研究が好きで進学する奴には、会社を作る才覚は無いと思いますよ。
> 作れますよ。作った人も興味を持っている人もたくさん居ます。
> どの世代・分野の方を想定されています?

院卒者が会社を起業できるかといえば、できるでしょう。

私の書き込みは、
> 目端の利く学生は博士に進学しないかもしれませんが、真に研究が好
> きな学生はそれでも行くでしょう。そして、そのうち一人がITでも
> バイオでも学位取得者を50人でも100人でも高給で雇う会社を
> つくることに成功すれば、それだけの人数が幸福に間引きされます。

という書き込みへの返答として書きました。目先の効く学生が進学しない大学院に、興味本位で来る学生に、起業の才覚のある人は少ないと思います。
Commented by 通りすがり at 2007-10-28 10:51 x
通りすがり2 さんへ

> 私は工学ですが、社会人博士課程や論文博士は、職業を確保した
> 上で博士号に望めるため、日本の状況に合っている...

工学部は確かにそういう専攻もあります。しかし、分野によります。電子、電気、機械、材料系で、企業の研究と共通点があり即戦力の研究室だと、その通りでしょう。しかし、工学部でも、少し違う分野だと、厳しく、職がない場合の方が多いでしょう。

私の研究室も企業との行き来は多く、配下の修士学生1名に対し、上場企業4社から求人があり、取り合いになっています。しかし、3年上の博士院生のなると、逆に職がなくなります。そして、ポスドクに至っては、企業就職を希望しても、声がかからない感じです。変ですよね。

私の研究室で、一番、テクニックも、学術的にもしっかりした基礎を持っているのはポスドクですが。。。
Commented by 通りすがり at 2007-10-28 11:08 x
このスレの上のほうで、アカポスにつく確率を試算しました。

おおよそ4-6%で、弁理士試験に合格する確率と変わりません。弁理士試験はとおれば弁理士です。アカポスは、任期付だと、3-5年の期限が過ぎたら、また、勝率が4-6%の競争の中に戻されるのです。

運良く、任期のないアカポスに就けても、苦労はつきません。私は競争的研究費をとりつづけています。倍率は10倍です。3回続けてとりました。確率は1000分の1です。次はもう難しいと思います。もし、失敗すると、配下にいるポスドクと、補助員は解雇で、研究室のスタッフは私だけになります。

部下もつらいと思いますが、雇いつづけられず、解雇を告げるボスも相当つらいです。真の競争的研究費を、正攻法で取りつづけるのは、アカポスを得るよりもさらに難しいです。
Commented by 物理実験系 at 2007-10-28 14:52 x
悪い{男|女}に惚れたと思え、という次の意見はどうですか。
http://mira.bio.fpu.ac.jp/tadas/cgi-bin/blxm/blosxom.cgi//071022.htm

宇宙とか素粒子とか、社会経済に無用な分野は道楽でやればよいけど、生物学は難病治療とか食糧増産とかで社会にすぐ役立つから別なのでしょうか。実際、タンパク3000のポスドク230人中200人に行き先が見つかったというから、生命分野は基礎物理に比べればよほど恵まれているように見えます。
 自分が不安定なポスドクを経験したので、応援の気持ちで読んでいましたが、議論を長く見ているうちに、ここで不満を述べている方々にだんだん共感が薄れてきました。
Commented by 海外PD at 2007-10-28 16:48 x
物理実験系さん

私はその社会経済に無用な分野なのですが(笑)、
基礎物理はOD問題が昔から深刻だったので、博士も教員も
現状認識をして、納得して入ってきていたように思います。
生命や工学畑の人たちには経験のなかったことだったのかもしれません。
それらの分野の実情を私はそれほど知ってるわけではありませんが、
基礎物理は研究内容にもよりますが、比較的つぶしの利く能力が身につきやすいと考えています。(これは企業人からも聞いたことがあります)
生命や工学で、ただボスの言うがままに実験して学位を採る、という話が本当であれば、職に就ける比率はともかく、問題としてはむしろ深刻のような気がしています。(能力が開発されていないと言う点で)
Commented by 通りがかり at 2007-10-28 18:31 x
その昔にOD問題が大変だった(PD制度がほとんどなかった)ときは、「せっかく学位を取ったところで経済的なファクターで将来が閉ざされる。せめて数年間、誰が有能か試すチャンスがほしい」と主張して、PD制度を渇望したものでした。実際には制度整備の時間差のために、そう主張していたほとんどの者は塾講師になったり家業を継いだり、専門とは無関係の職についています。かく言う私も今は飲食業です。
それが今では、チャンスが与えられて、その上でポスト数に見合う上位者には入っていないと言われているのにも関わらず、専門知識を活かせる高給職でないと我慢できないと言っているように聞こえます。リストラされた中高年やニートなどの厳しい求職状況や、企業内でも修士卒や大卒の多くが営業など不本意な業務に回っている状況のなかで、「選ばなければ職はある」状況にいるPDが世間の理解が得られると思いますか?
Commented by apj at 2007-10-28 19:46 x
とおりがかりさん、
 問題の発生原因が昔とは違います。今回の博士及びPD増員は国策としてなされたものですから、政策的解決がある程度は必要でしょう。
 それから、誰も高給職をことさらに望んでいるようには見えません。せめて最低限世間並みの人生設計ができる程度のものを、といった程度でしょうか。
 大学院重点化後は、誰が有能か試す期間としてのPDとは、質が違っています。PD自体を増やすことが科学技術の活性化につながるという政策的意図でもって増やされたものです。
 あと、PDを終わった後だと、年齢的に「選ばなければ職はある」ともいえません。
 通りがかりさんの発言は、ご自分が違う業種に行くはめになったから、問題解決を考えようとしている人の足をやっかみ半分で引っ張っているように見えますよ。
Commented by 通りがかり at 2007-10-28 21:23 x
apjさん、
 下衆の勘ぐりはやめてください。そんな気持ちではありません。
 40歳になっても選ばなければ職はあると思います。私は国立大の助手を数年やって、40を過ぎで転職しました。そのとき年収は700万円強から500万円弱になりました。
 さて、サラリーマンの平均年収は450万円程度、大学教員になれた場合の年収は600万円程度だと思いますが、あなたがたの言う最低限世間並みというのはいったい年収いくらぐらいなのですか?
Commented by apj at 2007-10-28 22:40 x
 とおりがかりさん、
 「選ばなければ職がある」とおっしゃったことが、最近のワーキングプアを正当化する人材派遣業者の理屈にかぶって見えたものですから、敢えて少し失礼な言い方を致しました。お詫びいたします。

 身分不安定なポスドクが望む最低ラインとしては、年収についてはサラリーマンの平均年収弱程度だと思います(そりゃ人間誰でもたくさんもらえれば嬉しいでしょうが、そんな贅沢を言える状況でもないでしょう)。いわゆるワーキングプアと呼ばれる程低くなければ良い。贅沢せずに暮らして多少の貯金ができる程度、つまり、切り詰めて生活してもまったく蓄えが不可能で何か病気になったら即借金生活転落では困るということです。あとは、普通のサラリーマンに適用される程度の社会保障があって、任期制ではない(つまり強制的に3年乃至5年でクビにされない)ということでしょうか。今の世の中、サラリーマンが安泰ともいえませんが、最初から3年しか雇いませんというのよりはまだマシではないかと。これは、今の状況が悲惨過ぎることを考慮した上での最低ラインではないでしょうか。
Commented by apj at 2007-10-28 22:43 x
(コメントが長すぎて切られたので続けます)
 ていたら3年分もらえたはずの給料、が就職して定年退職するまでに取り返せること、といったものになるかと。生涯賃金で比較するということです。これが成り立たなければ博士に行くのは、個人にとって経済合理的な行動ではないということになります。

 博士養成にかかる国費は、学部から数えて9年間で一人平均3400万円と見積もられています。(http://inoue0.exblog.jp/6458772/)全消費支出は学生一人あたり4500万円です。それほど現実と乖離した数字でもないかと思います。社会の側からの要請としては、この投資金額をどうやって回収するか、回収不可能なら、既に投入した分をどうやって損切りするか、この先損失が発生しない投資の枠はどれだけかという話になります。
Commented by apj at 2007-10-28 22:45 x
コピペに失敗しました。直上の投稿の最初の部分は「 経済的に妥当な額としては、修士の就職率が良いのでこれを基準として、3年に投じた授業料+就職していたら」になります。

(ここから続きです)
 この点からは、通りがかりさんには大学に居つづけて、今よりは高い収入を得た上でより多く納税し、かつ専門を活かしてもらって社会の投資が回収できるようでないとまずかったわけです。職業選択は個人の自由ですが、専門とは違う職でやってますというのは、社会にとって損失を発生させる行為でもあることを忘れないでいただきたいです。もちろん、投資ですから社会の側も100%のリターンを期待していないでしょうけど、「選ばなければ職はある」とやることは、投資の回収にとって本当に最善か?ということを考えてからでないとまずいと思います。

 就職状況は、労働派遣法の改正前と後ではまた状況が違っているはずです。選ばなければ職はある、の実体が、派遣で不安定な将来性も見込めないものばかりであったとしたら、それも違う気がします。
Commented by 36歳PD at 2007-10-28 23:08 x
家族を養えるなら、何に転職してもいいですがね。企業勤めと違って、転職するときにポスドクという職歴は研究以外ではキャリアになりませんので。要は派遣と一緒です。
以前、企業の方に「ポスドクなんて就職の決まっていない奴が一時的にやるもんだ」と言われ、そんなことはないだろう、と思ったのですが、今になって思えばあちらのほうが正しかったのでしょうね。

ところで、誰か「高給職でないと我慢できない」とか言っているのですか?私としては、自分の能力を活かすことができれば、別に年収はどうでもいいんですが。ただ、将来の保証がない生活をこれ以上続けるのは辛いですね。これが国策だったと聞けば、不思議な気がします。これからの博士取得者には、幸せになって欲しいですね。
Commented by 零細企業の従業員 at 2007-10-28 23:28 x
15年ほど前に理学系修士を出た中年男です。

投資の回収も大事ですが、損切りという言葉もあるわけでして…マクロな観点からは、追加投資をして回収に努めるのか、あるいはさっさと損切りしてしまうかは思案のしどころでしょうね(政策担当者の立場だったら損切りしたくなりそう)。

それから、博士号(相当の能力と実績を)持っている人を欲しい企業は中小ならばけっこうあると思います。ただ、中小なので:-) 一部の優良企業を除くと「日本のサラリーマンの平均年収が450万円」というレベルの待遇になっちゃうわけですし(たとえば私の勤務先なんかですと1000万円の大台越えは厳しい)、自分の研究については基本的に諦めてもらって勤務先の利益に従属する業務(これはこれで面白い部分もあるのですけれども)を担当してもらうことになるわけですから、そのあたりで折り合いつけるの難しいでしょうねえ…自分の研究できないけど高待遇(年収数千万円)、もしくは自分の研究できるけど低待遇(年収500万円くらい)、のどちらかならば折り合いつけてもらえそうな気がするのですが…歴史的に見ると時代の犠牲者でした、という落ちにするしかないのかなあ。
Commented by 通りがかり at 2007-10-28 23:52 x
apjさん、
 修士卒で就職していた場合よりも確実に儲かることを保証せよと仰るんですか?社会の投資といいますが、個人にとっては重点化前も後も博士進学は大学教員になれるか、乗るか反るかのギャンブルです。政治的な解決がある程度必要なのは分かります。しかし、人数が多くなった時点でリスクの高騰は自明ですし、それでなくてもはじめから基本的にハイリスク・ミドルリターンの世界です。好きな道ならキャベツの芯をかじってでも夢を追ってみたいという人が選ぶ世界です。夢のあとで目を覚まさなければならないとき、短い夢さえ見せてもらえず残念だったと嘆いたのが昔のODで、長い夢を見ることができたのに目を覚ます段になっても夢の続きを現実に求めて嘆いているのが今のPDではないでしょうか。今より景気が良くてしかも就活する博士の絶対数が少なかった時代でさえ、能力を活かせる職はせいぜい塾講師でした。それ以外は、大卒の中途採用と同じ土俵で頑張るしかないと誰もが思っていました。「しばらく夢を見られて楽しかったと思えるだけでいくらかは報われている」と思わないと、就活するにしてもいつまでも気持ちの切り替えができないと思います。
Commented by 通りすがり at 2007-10-28 23:55 x
通りがかりさんへ

私自身も、数年間、塾講師で食いつなぎつつ、研究生をしながら、研究をし、アメリカ人を対象にした公募に、同じ条件で応募し、アメリカに渡りました。日本に戻るアテもない形でした。そして、10年以上も任期付を続けて、最近の厳しい競争を経て職を得ました。

オーバードクターが多数いた時代も良く分かっています。

その当時と、今の大学で大きく変わった点があります。
1.ポスドク制度が生まれたこと。
(大学院を出てから、ポスドクになり、仕事を続けられるようになり、博士をとって出来る人から職を見つけるというのが実現したかのように見えました。)
2.院生の数が2-3倍の増えた。
(大学のポストの数は同じで、本来なら増員分はオーバードクターですが、ポスドクとして研究を続け、問題は先送りされました。一定の年齢になって、オーバーポスドク問題が出てきました。)
Commented by 通りすがり at 2007-10-28 23:55 x
かつてオーバードクターが問題になった当時、日本全国のODは、3000人規模で、年齢も30歳ぐらいでした。大学教授の公募倍率は20-40倍程度で100倍を超えた例は聞いたことがありませんでした。また、大学教員もほとんどが任期なしで、金額の多寡はありましたが、校費として研究費がありました。

「大学院の重点化」と「ポスドク制度」の、相乗効果で、35-40才のオーバーポスドクは毎年数千人規模で生まれます。先日、学習院で教授の公募がありましたが、600倍だそうです。また、大学教員も、助手講師は、ほとんど全て任期付職になりました。この場合に依っては100倍を超える公募に1年間出しつづけて、15-20人に一人が任期付に採用されます。業績が揃っているひとも多く、NatureやScienceに論文があるのに、大学教員になれない人が増えています。
Commented by 通りすがり at 2007-10-28 23:58 x
先日、特定領域の会議で、40代~50代の教授と話をしましたが、
「(OD問題の)私たちのころは、貧しくても頑張って一流の業績をあげれば、職に就ける気がした。最近は業績が有っても職に就けるか分からない気がする。」
とある教授が言いました。この人は、研究がNY timesで報道されたこともある実績ある人です。オーバーポスドク問題は規模でも、困難さでも、かつてのオーバードクター問題の比ではないのです。

さらに、その関門をパスしても、3-5年の任期付職。大学の校費もゼロです。(知人の東大教授は光熱費を払うと、研究費がマイナスになると言っています。)

アメリカよりも、日本の方が雇用はきつく、研究環境は悪いかもしれません。日本に戻ったことを後悔しています。
Commented by 通りすがり at 2007-10-29 00:10 x
日本の大学の環境が悪化している例ですが、

私の知り合いで、定年前に東大教授を辞めて、有力私大に就職した教授が出始めています。東大教授を辞めて、同様に私大に移籍したいと言っている人もいます。

東大でこの状況ですから、他の国立大学の環境がどれくらい悪化しているか、推して知るべしです。
Commented by A at 2007-10-29 01:17 x
外の世界から見ると、「ポスドクの就職難」と言うのが空々しく見える、確かに納得できるところがあります。実際、職がないと言っているポスドクのうち何人が中小の企業も含めた就職活動をしているか、と言ったらかなり少ない割合だと思います。そして実際には就業しようと思えば出来る所はあるでしょう。
 ただ、研究職にしがみつくポスドクの考えも分かるところがあると思います。というのは、今日のポスドクというとのはたいていはボスの手伝いしかしておらず、自分の研究をしたことがないからです(特に生物系)。もうちょっと頑張って、自分がリーダーになって研究を始めたい、と思うから、いつまでもズルズルと続けてしまうのでしょう。
 まぁ、これを社長=ボスと平社員=ポスドクにでも置き換えれば簡単にわかるロジックなのかも知れませんが、一昔前の教員レベル(つまり現役教授)と言うのはどう考えても社長レベルではないのに終身雇用が約束されて、ポスドクを使い捨て放題な訳です。そういう大学の封建的仕組みが、良くないと思います。優秀な人ほど早く気づいて逃げていくでしょうし、新しい院生も優秀な人は来ないでしょうね。このままなら大学院は細っていくだけです。
Commented by re at 2007-10-29 04:17 x
>>Aさん

また妄想の垂れ流しですか?
大学教員の仕事をあなたはどれだけご存知ですか?
社長レベルではないとか、xxxレベルとか、言えるほどご存知なのだろうか?大学教授の仕事ってどんなものだとお考えか、後学のために教えていただきたいです。どんな仕事とお考えか教えてください。

>「ポスドクの就職難」と言うのが空々しく見える、

と言われるが、博士課程の在学中にも、会社員から同様の暴言を随分言われたものだ。
Commented by re at 2007-10-29 04:23 x
> 終身雇用が約束されて、ポスドクを使い捨て放題な訳です。

ポスドクを雇う予算は、会社員のように、会社から研究費が振って来る訳ではない。

通常は、倍率5-10倍以上の、競争を経て外部予算を獲得する。競争率は、ポスドクがさきがけや学振の研究員に応募して採択されるのと、同程度の確率。。

研究費の申請書類の中にxxxを行う人を雇うと書き、5-10倍以上の倍率の公募を経て、採択が認められて初めてポスドクを雇用できる。これは万国共通の仕組みで、封建的だと決めつけるのはどうかと思う。

大学の研究室でも、ポスドクが雇えるのは、旧帝大の一部に限られる。東工大や東北大あたりでも、ポスドクが雇えない教授はいくらもいる。

無条件にポスドクを雇えるような言い回しは、事実に反する。
妄想を元に批判するのは如何かとおもう。教授の仕事はどんなものとお考えかお教え願いたい。
Commented by RE at 2007-10-29 04:34 x
もし、政府が科学を振興するつもりがないなら、ポスドクや博士後の職が恵まれなくても自己責任でよかろうと思う。

しかし、もし振興するつもりなら、それなりの処遇をしないと、科学に携わろうと思う人は減り、目指す人もいなくなるだろう。
Commented by 通りすがり2 at 2007-10-29 06:49 x
>Sさん
>新しい形の頭脳流出ですね。ただ、「日本より教育が遅れている国」は、アメリカ帰り(OR他の先進諸国帰り)の自国からの帰還留学生の採用を優先すると思いますよ。
それは、十分な数が帰ってくれば、という話でしょう。それに、日本で余っているなら流出させても構わないでしょう。
会社における研究部門も「弊社はこれだけ技術力がある」というパフォーマンスのためもあって持っているコストセンターなのですから(そうでなければ、アメリカ企業のように要素技術を持つ会社を買収したほうが確実です)、十分な教育を受けたが余っているという人材を、「日本にはこれだけの頭脳がある」と宣伝するために後進国にばら撒いたって良いわけです。

>通りすがりさん
>ポスドクに至っては、企業就職を希望しても、声がかからない感じです。変ですよね。
私の父も教授なのですが、優秀だが家庭の都合で学部卒で働かなければならない、という学生さんがいたのを、一部上場企業の知り合いに根回しして、普通なら院卒でないと入れない研究開発職に就職させていました。
そのポスドクの方が企業就職を望んでいらっしゃるなら、是非先生が積極的にお口添えしてください。
Commented by 通りすがり2 at 2007-10-29 06:53 x
PD問題に明確な解決を行うなら、私なら全部リストラしてしまいますけどね。1人育てるための先行投資数千万程度なんて、その後養い続けるための給料・研究費云々と比較すれば大した損害では無いでしょう。

個人に対しては、自分の専門にこだわりたいのか、専門外でも(自分の苦手なことでも)安定した仕事がいいのか、要はバランスだと思いますが、研究畑の人はその手の知識が無い人が多いように感じます。現在PDをされている方から修士1年の学生まで、生活設計(いわゆるワークライフバランス?)についての講義を必修とさせるべきです。

それにしても、私の知っている限り、大学の先生の(研究以外への)忙しさ・締め付けは年々厳しいものになっていると思います。任期つきでもポスドクを雇わなければ、まともに「研究」室を回し続けられない分野はたくさんあるだろうとも思います。私は、先生ではなく、大学の運営体制(管理部門)をもっと問うべきではないかと思うのですが。派遣でも出来そうな仕事をしている年配の事務官が、(年功序列な公務員なので)教授より給料が高いということも多々あるわけです。
Commented by A at 2007-10-29 08:31 x
>『大学教授の仕事ってどんなものだとお考えか、後学のために教えていただきたいです。』

これまで何度かコメントしたかと思いますが、大学教授の第一の仕事は研究のための「教育」であると思います。実際の研究は二の次でしょう。それから、大学教員が教育のための時間を研究以外のどんなことに割いているかは存じませんが、少なくとも大学院生の指導に多くの時間を割いているようには見えません。まぁ、そんことはないと思いますが、もし、この貴重な教育のための時間を大学の運営やら人事に割いているとしたら残念なことです。そういう仕事は経営陣をきちんとたててやるべきことでしょうから。
 それから、もし、私の知らない重要な教員の仕事が他にあるのでしたら、ぜひともここで教えていただけないでしょうか。これは教員以外の人間が大学院教育を理解する上で、大きな助けになると思います。それは妄想だ、とか、何も知らないくせに、と言っておいて何も実態を教えてくれないのでは対話が進みません。たとえそれが大学院では当たり前のディスカッション方法なのだとしても。
Commented by A at 2007-10-29 08:33 x
>『「ポスドクの就職難」と言うのが空々しく見える、と言われるが、博士課程の在学中にも、会社員から同様の暴言を随分言われたものだ。』

これが暴言と感じられたなら申し訳ありません。もう少し噛み砕いて言えば、大学院に行っていようがいまいが就職できるという職はある、というのも一つの側面であると言うことです。むろん、それでは大学院で教育、訓練を受ける意味はほとんどないどころか、無駄に(授業料まで払って)5年10年を費やしたことになりますし、全くもって非生産的なことで、出来ることならば教育、訓練を生かした職に就いて欲しいもです。
 ところで、この少なくとも社会に出て働いている会社員の方からのコメントが、事実ではなく暴言と言えるのはどうしてでしょうか。少なくともそれなりの根拠はあるはずと思います。説明していただけますか?


>『ポスドクを雇う予算は、会社員のように、会社から研究費が振って来る訳ではない。』

会社でも研究費がふってくることはないと思います。察するに、何か他に会社員に意見したいことがあるのではないでしょうか。
Commented by A at 2007-10-29 08:34 x
>『無条件にポスドクを雇えるような言い回しは、事実に反する。』
確かにこれはその通りです。この大学院拡充の間、ポスドクや院生を全く預かっていない教員の人は、今の博士あまりには関わっているとは思えませんね。院生やポスドクを労働力として使い捨てているということとは全く関係ありません。むしろ、このような結末を予期してあえてそれに加担しなかった気概のある方なのやも知れません。失礼いたしました。

一方、研究費の出所が何だろうが、院生やポスドクを預かりながら、一人前の研究者にすることが出来ないなら、それは人材の使い捨てなのではないですか。エントリーにもあるように、博士を増やせというのは国の要求ですが、その見返りとして現職の教員のクビをつないだんですから、政府を批判する前に自分たちの責任(引き受けた院生、ポスドクを研究者に育てる)は最低限果たすべきことでしょう。
 それがなぜか、政府がおかしいからこうなった、会社は何もわかっていないのに暴言を吐く、そして外野も妄言を吐いて批判しやがって、と全部他人事のように言われてしまうと、そりゃ大学院と社会は上手く折り合っていけるわけがないな、と思ってしまいます。
Commented by M at 2007-10-29 10:46 x
大学教授の仕事か。それは「金策」だよ。もはや運営交付金は光熱費で消える。院生、学生の研究費用を賄う金が要るのさ。金が無くてもできる分野なら「研究」を1番にもできるだろうが。それで最近は捏造論文や再現不能論文が流行るのかもしれない。
Commented by alchemist at 2007-10-29 12:09 x
>見返りとして現職の教員のクビをつないだ
済みませんが、この点は事実誤認です。当時助教授だったのでどういうつもりで重点化に突き進んだのかは判りませんが、重点化によってポストが増えたわけでもありませんし、学部学生の定員が減ったわけでもありません。従って、重点化せずに学部学生の定員に基礎をおいたままでも、重点化しても教員定員は同じです。
傍から見ていた印象では、当時の学部幹部が重点化に突っ走った理由は、京大医学部が先頭を切って重点化したので、それと横並びになりたかっただけではなかったでしょうか?重点化に伴う様々な雑用が我々に降ってきましたが、その時の説得理由は『重点化すれば文部省からの交付金が増える』というものでした。後で調べたら、全く根拠のないものでした。少なくとも三つくらいの大学で同じ理由付けが教員にむけて使われており、一種の都市伝説です。
Commented by D2 at 2007-10-29 13:11 x
基本的にAさんの意見に同意です。
現在yahooで奨学金の削減が検討されていると書いてありましたが、
この原因を作ったのは修士、博士において就職率もしくは就職先を考慮しなかった大学(教授)に大変落ち度があるのでは?
こういうことが今後ますます起こって
結果として大学教育が先細りになるのでは?
もう、日本国として選考投資にならないことなら
かなりの大学、研究機関は廃止していいんじゃないですか?
Commented by apj at 2007-10-29 13:27 x
通りがかりさん、
>修士卒で就職していた場合よりも確実に儲かることを保証せよと仰るんですか?

 いや、修士と同程度でかまわないでしょう。平均給与ですから、生涯賃金も含めて平均に収まるという意味なので、初任給で平均よこせという意味ではありません。

>好きな道ならキャベツの芯をかじってでも夢を追ってみたいという人が選ぶ世界です。

 という、一部の好き者の夢なんかに人材養成を委ねたのではではダメだと思った為政者or文科省の役人が、政策として博士取得者を増やした結果が今の惨状なんですよ。
 政策的に増やされた博士取得者に対して「長い夢を見ることができたのに目を覚ます段になっても夢の続きを現実に求めて嘆いているのが今のPD」と言うのは間違っていますよ。今のポスドク問題は元々、個人の夢なんかにまかせておけない、から出発しているわけですから。
Commented by じゃあ at 2007-10-29 14:02 x
日本中の大学が都市伝説に振り回されて大失態を犯したということでいいんですね?
Commented by げんなり at 2007-10-29 15:53 x
都市伝説に振り回されたり、くだらない会議に延々と時間を費やしたり、学内政治で四苦八苦したり・・・。学部生の頃は、大学の教員って、もっと論理的で凛とした人々なんだろうと思っていましたよ。。。
Commented by alchemist at 2007-10-29 17:17 x
>日本中の大学
かどうかは存じません。旧7大学の3大学で重点化すれば予算が増えるという情報が流されたということです。ほぼ同時期に同じガゼネタが流されたとすれば共通のウワサの出所があるのでしょう。大学をそちらに誘導したいという意図を持った人間が居たのかも知れません。もし、居たとすれば、大学側がコトバの真偽を疑う必要を感じないようなヒトだったのでしょう。
その先のことは判りません。
>くだらない会議
できるだけ止めたいですね、会議。ただ、法人化しなければ必要なかった会議(会社には必須な労働関係の会議などは大学には不要でした)が増えてきています。遺伝子改変動物の取扱い等も手続きが煩雑になってきています。事務方の処理能力を越えると、どんどんこちらに廻ってくるワケでして、誰かがやらなければ大学が廻らないとすれば、准教授や助教の皆さんに押し付けるのは気の毒だからヤムなく担当することになります。学内政治なんざ全く興味ありませんが、組織を運営するためには法律的に決まっていれば非論理的なお仕事でも誰かが担当しなければいけないというだけのお話です。
Commented by 都市伝説? at 2007-10-29 21:45 x
都市伝説やガセネタと言われるような噂がはびこるひとつの理由は、文科省との折衝にもあります。私自身は行ったことはありませんが、研究科長や事務長の話では、文科省のキャリア官僚との話し合いでは「行間を読む」ことが必要だそうです。独特の言い回しや曖昧な言い方から真意を読み取る特殊な会話読解術が必要だとか。東大や京大の時計台には本省の意向を「通訳」できる立場と能力を兼ね備えた経理部長などがいるのかもしれませんが、その他の大学では手探りで本省の意向に沿う努力をしている一面があります。重点化の際の予算の噂は、その極端な例かもしれません。
Commented by 通りすがり at 2007-10-30 02:45 x
> そのポスドクの方が企業就職を望んでいらっしゃるなら、
> 是非先生が積極的にお口添えしてください。

推薦書が必要なら書いています。。どんな人でも,共に働く仲間の幸福を願うわけで、推薦書で、職が有利になるなら安いものです。

なお、私は、大学教員ではありません。マル合の審査を受けて、院生を指導していますが、教育では予算も給料も貰っていません。。
Commented by re at 2007-10-30 03:09 x
> この少なくとも社会に出て働いている会社員の方からのコメントが、
> 事実ではなく暴言と言えるのはどうしてでしょうか

この書き込み自体が暴言だと思わないのでしょうか?
会社員はそんなに偉いのですか?

大学院では,奨学金と予備校講師で,親の支援を一切受けずに生活しました。税金も収めていました。

会社員なら一人前で、院生やポスドクは,自立して生活していても、半人前とは,会社員の傲りです。

社会の役に立っているつもりのようですが、あなた個人の生活維持のために働くことが、どれほど世の中に貢献してるのですか?

会社の利益にどれだけ貢献しているのですか?

働いているといいますが,あなたは税金を幾ら納めて、社会貢献しているのでしょう?

逆にこう言われたらどうでしょう?年収は1000万円を超えているのか?なんだ越えてないのか?税金もロクに払ってないのね.社会貢献が足りないな。一人前の口をきくな。
(これは相当な暴言ですが、院生やポスドクを半人前と見なすあなたも,これと同じですよ。)

私は、大学院出の博士ですが、大学関係者ではありません。反発があるならreにどうぞ。。。
Commented by re at 2007-10-30 03:23 x
>>『無条件にポスドクを雇えるような言い回しは、事実に反する。』
> 確かにこれはその通りです。この大学院拡充の間、ポスドクや
> 院生を全く預かっていない教員の人は、今の博士あまりには
> 関わっているとは思えませんね。

院生は無条件で来るが、ポスドクは予算が取れなければ来ない。大学教員が、ポスドク使い放題とは、事実とは全く異なる。

また、院生の指導は、相当な負担で、院生を使い潰すというのも事実に反する。学位を取れずに大学院を辞めた元院生が言いそうな言い訳だと思う。(Aさんは、大学院をドロップアウトした院生の親だったりしてね。。)

> 一人前の研究者にすることが出来ないなら、それは人材の使い
> 捨てなのではないですか。

道ばたの石を幾ら磨いても宝石にはならない。誰もが、訓練次第で芸術家になれるわけではない。研究者も同じ。教授が悪いわけではない。
Commented by re at 2007-10-30 03:28 x
>> D2さんへ
> 現在yahooで奨学金の削減が検討されていると書いてありましたが、
> この原因を作ったのは修士、博士において就職率もしくは就職先を
> 考慮しなかった大学(教授)に大変落ち度があるのでは?

大学の落ち度ではなく、今の院生は、奨学金を出すに値しないということだろう。責任転嫁をする前に、良く自分のことを見ましょう。
Commented by げんなり2号 at 2007-10-30 03:29 x
残念ながら、日本では一般的に何かの組織に半永久的に属していない(「定職に就いていない」)人間に、非常に冷淡です。その延長で、院生・PD=非社会人と見る風潮が強いように思います。

よく「学生はいいよなあ」と博士課程の学生(時にはPDにまで)に対してぼやく会社員の方がいますが、博士課程の学生やPDには「自分で研究成果を出さなければ次につながらない」というフリーで働く者としての厳しさがあります(中には教授におんぶにだっこで研究する人もいるようですが、それは論外です)。会社員にも会社員としての厳しさがあるでしょう。どちらが「立派な社会人」かどうかなんていうことは、実にくだらない議論です。

大学院で研究していることもPDしていることも「社会に出ている」ことであるということが、早く世間の常識になるといいですね。
Commented by Taiyo at 2007-10-30 06:32 x
>大学院で研究していることもPDしていることも「社会に出ている」
>ことであるということが、早く世間の常識になるといいですね。

PDはともかく博士課程の学生が「社会に出ている」とみなされるた
めには、原則的にすべての学生に授業料免除と生活費支給をする
必要があります。当然それに伴った責任を学生側も自覚する必要
があるし、怠けていたらクビになるという厳しい雰囲気が必要です。
借金したりアルバイトしながら半分お客さん気分で研究しているよ
うでは「学生はいいよなあ」というぼやきも当たらずとも遠からず。

東大が授業料免除したくらいで、生活費は出さないのか?と問
い詰めるどころか、東大がそんなことしたら自分の所の学生が取
られてしまうとかいう寝ぼけた批判が出てくる状況を見てると絶望
的ですが。
Commented by re at 2007-10-30 19:09 x

申し訳ないが、当時の研究室は相当厳しい雰囲気でした。少なくとも、自分自身は、仕事(研究)で結果を出せないことが、一度でもあったら、辞めるつもりで続けていましたよ。

>借金したりアルバイトしながら半分お客さん気分で研究しているよ
>うでは「学生はいいよなあ」というぼやきも当たらずとも遠からず。

あなたの学生時代は,書き込みの通りだったのでしょう。そして多くの学生は書き込みの通りです。

しかし、本気で研究職を目指す、トップクラスの博士の院生は、そんな悠長な感じはありません。逆に、私のところに出入りしている会社員は、給料を貰っているのにプロ意識が足らず、
「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」
といいたくなります。院生からも駄目だと言われ、実害も出たので、会社員の上司に
「クビにするか、部署替えをしてくれ。」
と言いました。学生だから、会社員だから、というのではなく、人によると思いますよ。
Commented by re at 2007-10-31 01:32 x
プロ意識でも、研究でも、私の元に出入りしている会社員の過半数は、ポスドクや博士院生よりも、出来が悪いです。
「お前はこれで良く給料を貰えているな」
と言いたくなります。

その一方で、上場企業の研究開発の主力の人は、並の大学教授以上に出来る人が多いです。

この人達で企業の開発力が保たれているのだと思います。この1流のレベルをキープし、企業で開発を続けるのは、大学で生き残るのと、負けず劣らず厳しいと思います。
Commented by Taiyo at 2007-10-31 04:23 x
>>re様
ですから「当たらずとも遠からず」。ですが、一般論として授業料を払って生活費を親から貰ったり借金したりバイトしながら研究する学生は社会からみたら所詮半人前です。経済的に自立した社会人とは周りからも認められません。

いいかげんに見えるサラリーマンもそのいいかげんな労働の対価として受け取る給料で生活しているわけで、会社がその価値が無いと思ったらクビなわけです。REさんが何でクビにしないかと思っても、そんな彼等を自腹を切って雇っている会社はそれなりの価値を見出しているのでしょう。今の日本の大学院にとって基本的に院生は無料の労働力である(自腹を切らない)と同時に、授業料を頂いて教育サービスを提供しているお客様なので、ちょっとダメだからといってクビにするわけにはなかなか行かないでしょう。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-31 05:11 x
 私の場合、博士をとった後会社に就職したのですが、はっきり言って大学院時代のほうがずっと厳しかったと感じました。職場はアットホームな雰囲気だし、土日休まないといけないし(休めるではなく)、なんせお金をもらえる。
 本当に厳しい研究室は少ないかもしれませんがそういう例もあるのですよ。大学院生は遊んでいるというイメージは必ずしも事実に基づいていません。
 ご存知のはずですが、日本の会社は社員の能力がないという理由で簡単に首を切ることはありません。会社でもほとんど役に立っていない人もかなり見ました。定年前のひとだけではなく中堅ぐらいの年齢でもいましたよ。価値を見出しているからクビにしないわけではありません。役に立たない人がいてもそれ以上に働く人に安心感を与えるほうが得だと考えるシステムなのです。
Commented by 通りすがり2 at 2007-10-31 07:18 x
>reさん
reさんの個人的怨恨はわかりましたが、学振のように「そのポジションにいることで生活してゆくのに十分なお金を給付されている」というのでない限りは、「博士課程の学生」としては一人前の社会人とみなされないと思いますよ。PDは社会人だと思いますけど。
会社員については、どのくらい質が悪かろうとも、会社にとって1人分の人足たるから雇っているわけでしょう。会社はほとんどの社員が平凡な人足たれば業務は足り、それで足りないところがあれば、平凡だと思って採用したのにうっかり出来が良かった社員をたまに見つけて上に引き上げていけばいいわけですから、1人1人がピン芸人たらないとならない研究職とはそもそも役割が違います。企業からすれば、「博士号を取ってきましたから技術力はあります」というのは、「NSC(吉本総合芸能学院)で喋りを鍛えてきましたから敏腕営業になれます」と同じぐらい、分散(リスク)が大きく見えるのではないかと思います。

ところで、一番の問題は質の悪い博士課程の学生?
大量生産される質が悪いOD?
質が良いのにテニュアポジションに就けないPD?
それなりの能力の高齢PD?
Commented by Taiyo at 2007-10-31 07:31 x
>大学院生は遊んでいるというイメージは必ずしも事実に基づいていません。
遊んでいるとはいいませんが、甘いと思います。というか本気で研究に100%力を注ぎ貢献しているなら、20台半ばになってタダ働きなんてバカなことをやってられる訳はなく、どこかに自分は修行中の学生なんだという気持ちが残るはずです。そうでなければ余程のお人よしかマゾ的な性格の持ち主だと言わざるを得ません。

会社に関しては「役に立たない人がいてもそれ以上に働く人に安心感を与えるほうが得だと考えるシステム」のた