5号館を出て

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企業が派遣する大学院生

 私が大学院生だった1970年代には、少ない数の大学院生のほとんどは優雅とはほど遠い質素な暮らしをしていたものですが、給料をもらいながら大学院に通うという、企業から派遣されていた、リッチで幸せな大学院生がいました。

 私の知り合いのひとりは、大学卒業とともに某ビールメーカー(ウヰスキーなども作っていますが)に就職した後(1年後だったような気もします)に会社から派遣され、卒業研究をしていた農学部の某講座に大学院生として大学に戻ってきました。

 当時は(今でもそうですが)、奨学金といってもただの借金だったので、(もちろん返す必要のない)給料をもらいながら学費も会社に払ってもらって、しかも大学院卒業後は会社に戻ることが約束されている、夢のような立場だったと記憶しています。

 修士課程を修了した後、彼が博士課程まで進学したかどうかについては記憶がはっきりしないのですが、当時は企業から派遣されて研究生として論文博士取得のために研究室に出入りしていた「研究生」もたくさんいました。研究生の授業料は大学院生とほとんど同じで、割高感があるので私費で研究生になる人はあまり多くはないのですが、会社が出してくれるのですから苦にもならないということだったと思います。

 最近、あちこちで似たような話を聞くことが多くなりましたが、企業としても大増員になってしまって玉石混淆になっている博士号取得者から「玉」を選び出すのに苦労しているようなので、学卒あるいは修士卒で「青田買い」をして、その人達を再度大学院に送り戻すというシステムは悪くないはずです。

 そのシステムだと、企業にとっては自分たちの眼鏡にかなった「若く確かな人」を、専門性をもった人材へと育てあげるということになりますし、大学院にとっても卒業後の学生の就職に悩まなくても良いというwin-winの関係になります。もちろん、当の学生にとってもwinなので、これはwin-win-winという夢のようなシステムと言えるのかもしれません。

 もちろん、大学として優秀な大学院生がすべて企業へと戻っていくということになってしまうとなると研究の後継者養成ができないということになり、そういう意味での不安が残るかもしれませんが、大学は大学として責任を持って後継者養成コースを作ることで、その問題も解決できると思います。

 企業と大学院側双方で、少し真剣にこのアイディアを検討してみてはどうかと思います。現在の大学院にもすでに就職したままで社会人入学できる制度もありますので、制度的な問題はないはずです。
Commented by 36歳PD at 2007-10-20 01:39
大学院は、博士号を出すためだけの存在なのでしょうか?要は、大学で人材を育てることは諦めて、企業の下請けみたいな存在になるということですよね。
別にこれまでだって、企業は人材を青田買いして、博士号が必要になれば大学で論文博士を取っていた筈ですが。それより博士号自体がそれ程必要とされていないことが、一番の問題ではないでしょうか。わざわざ休業させて、必要でもない博士を取らせることもないでしょうし、企業からどんどん社会人入学が来てくれると思うのは幻想だと思います。
就職した博士持ちだって、「博士だから採用された」人よりも、「博士だけど採用された」人の方がむしろ多いのではないかと推測しています。
Commented by katagi at 2007-10-20 01:55
企業は「博士号」という称号にそれほど期待はしてないかもしれませんが、博士課程の教育には多少の期待はあると思います。学会や大学との共同研究で先進性をアピールしたい企業には、博士レベルの人材が必要でしょう(数は多くないでしょうけど)。

でも採用のネックになっているのが「年齢」で、日本の企業文化に約30歳新卒社員を受け入れる風土はありません。もしも、飛び級して22歳で博士号取った学生がいるなら、企業は喜んで雇用するでしょう。

だから、stochinaiさんの「青田買い→大学院リターン」という構想はアリなんじゃないかと思います。特に、今後は論文博士の制度が衰退していくことが予想されますので、企業が派遣しやすい博士課程を大学側がサービスとして作っていくのは現実的な選択肢の一つじゃないでしょうか?

そういえば、筑波大学の社会人向け博士課程1年コースも、そういう流れの中で生まれたものだと聞いたことがあります。
Commented by inoue0 at 2007-10-20 03:31
 企業が社員を大学院に派遣して学位を取らせているのは、企業にとって得だからではなくて、よく働いてくれた/これからも働いてくれるであろう社員への「ご褒美」なんです。企業研究員にとっては、特別ボーナスや休暇よりも、大学院で、設備は貧しくても落ち着いて自分の研究をすることの方がずっと励みになります。
Commented by inoue0 at 2007-10-20 03:51
 企業研究員に聞きましたが、大学の最大の問題は「時間がかかりすぎる」ことだそうです。
 大学の教育スケジュールやカリキュラムは、企業にとって間尺に合いません。再教育なら半年から、せいぜい1年で役立つノウハウを得なければ、企業側はしびれを切らします。
 大学院でも学部でもいいですが、企業の社員教育機関として大学が学費を取って「商売」をするには、短期集中カリキュラムを作る必要があると思います。
 それは、大学が普通にやっている「学生の全人的な成長を通じてどうこう」という悠長な教育とは対極に位置するものですが、それを作らねば企業は大学なんか利用しないでしょう。
Commented by 匿名PDOD at 2007-10-20 04:01
日本の企業は、国際的に世界の企業と伍していく気概が無いから博士も博士号も尊重しないんじゃないでしょうか。

企業であっても、一歩日本を出れば、国際的な交渉の場や国際会議では、博士号を持っている者が信頼されます。欧米では薬物の営業マンが理系博士号を有していることが信用になっていると、このブログでもどなたかが書き込んでいました。

いつまでも年齢やコストを気にして高学歴者の優遇を拒んでいると、日本の企業は早晩、国際的に取り残されると思いますがねえ。
Commented by inoue0 at 2007-10-20 05:45
>企業であっても、一歩日本を出れば、国際的な交渉の場や国際会議では、博士号を持っている者が信頼されます。
 それは事実ですが、迎合する必要あるんでしょうか?単なる学歴主義です。MRは高卒でもできる仕事です。
Commented by 匿名PDOD at 2007-10-20 13:47
> それは事実ですが、迎合する必要あるんでしょうか?単なる学歴主義です。MRは高卒でもできる仕事です。

もちろんです。しかしながら、PD量産だけ欧米に迎合しておいて、出口は従来の日本式というのは、いかがなものでしょうか。

博士号所持者に専門知識と技術を活かした研究をできる機会を与えるようにするのが最善ではありますが、次善の策としては、少なくとも彼らが少しでも専門に近い分野で人間らしい生活が営めるような道を設けることが、必要ではないでしょうか。
Commented by inoue0 at 2007-10-20 14:54
匿名PDODさんへ。
 私がかつて所属していた研究室で、企業の国内留学者に聞いた話では、
「自社内で仕事している分には、高卒だろうが学部卒だろうがかまわない。仕事ができればいい。だけれど、他社と共同研究したり、交渉したりといった、対外的な仕事をするようになると、博士号があった方が都合がいいんだ」
って言ってました。あなたのおっしゃるとおりです。
 MRや官僚が博士でもかまわないんですが、それを「必須」としてしまうと、悪しき学歴インフレを人為的におこしてしまうんじゃないかと思うのです。
Commented by 匿名PDOD at 2007-10-20 15:14
inoue0様が危惧していらっしゃる「学歴インフレ」のこと、私も十分に理解できます。良い意味で、日本の企業は名より実を取ってきましたよね。

ただ、PDの就職先の問題に限って言えば、文部(文科)省・大学側と企業側の大学院重点化に対する認識の擦り合わせが行なわれなかったことが、今のような状況を生み出していると思います。

学歴インフレか、無職・非常勤雇用の高学歴PDの放置か ・・・ 悩ましい問題です。 PDの一人としては、努力して手に入れた知識・技術・学歴が社会で評価される方向に状況が変っていってもらいたいと思いますが。
Commented by 匿名ポスドク at 2007-10-21 07:05
こんにちは。
「企業もwin」を成り立たせるには、大学院教育修了者が企業にとってより魅力的でなくてはならないわけですが、現状でそれがノーだと言われているんだと思います。ですから結局は大学院教育をどうするか、に行き着きませんでしょうか。

また企業にとっても魅力的な博士課程修了者を生み出せる教育を実現できたのであれば、博士取得者、特に新卒者は問題なく企業へ就職するでしょうから、「企業枠」みたいなものを設けなくても三者winの状態に持っていけるのでは。

なんか、議論をすり替えてつじつま合わせをしている感じが否めません。
Commented by 匿名 at 2007-10-21 11:46
無職・非常勤雇用の高学歴PDが放置されることは、マクロな問題としてはとてもやりきれない気持ちです。
一方で「MRは高卒でも出来る仕事」という表現を読んだときに思ったのですが、高卒でも出来る仕事だが博士号を持っている自分なら付加価値を提供出来るという発想を持っている人ならば、MRとして採用して貰えるかどうかはわかりませんが、なにがしかの職にはありつけるチャンスが高まると思います。
「博士号を持っている私に適した職を用意してください」という姿勢では、たぶん企業は採用してくれないと思います。だって、それは企業の仕事ではないからです。

全国に芸術系の大学はたくさんありますが、文科省がそういう芸術系の学生の就職先を用意しているでしょうか。研究者の場合は、文科省や大学が重点化の旗振りをしたという違いはあります。でも、企業が年齢の高いものを採用しないことは大学に入る時点でわかっていたことですし(3浪すると人事制度の都合で企業にはなかなか就職出来ないぞ、と言われていたことを憶えています)、少子化で大学そのものが淘汰されるであろうこと(≒アカデミックポストが減少すること)はかなり明らかなことだったと思います。
Commented by 匿名 at 2007-10-21 11:52
文科省や大学の責任もマクロにはあるかもしれませんが、ミクロなレベルでは自分の選択を学校や国のせいにするのは、大の大人のすることではないという気持ちもあります(自分自身に対する反省)。自分の選択の責任を他人になすりつける傾向にある人と一緒に仕事をしたいと思ってくれる人は少ないと思います。
また、前段落に書いたような状況分析も出来ない人間が企業で勤まるとは思えませんし、そもそも科学者として冷静に研究を進めて成功できるような人ならば、少子化の影響や入口と出口のギャップなどに気づく洞察力はあるでしょう(自分には無かった)。

研究者との資質は大学院に進まないと判らないところもありますが、自分の希望と能力にかける人生を選ぶか安全な道を選ぶか、相当覚悟をして決めることだというのは20代前半でもわかっていて当然のことだと思います。わかっていない人は学部卒で就職試験を受けても落ちると思います(私は落ちました。その時は院が第一志望だ、と自分に言い訳した気がしますが、振り返ってみると理由がわかる気もします)。

シニカルに書きましたが、でも大学院で学んだことはアカデミックな生活と縁遠い今の生活にも間接的にですが役に立っています。
Commented by hyoryusha at 2007-10-21 13:04
>企業が年齢の高いものを採用しないことは大学に入る時点でわかっていたことですし(3浪すると人事制度の都合で企業にはなかなか就職出来ないぞ、と言われていたことを憶えています)、少子化で大学そのものが淘汰されるであろうこと(≒アカデミックポストが減少すること)はかなり明らかなことだったと思います。

確かに、アカポスの減少は或る程度予想されていたことです。しかし、PD第一・第二世代(今の30代半ばから40代前半の博士号所持者)の感覚としては、将来的には日本の企業も年功序列が無くなり中途採用・キャリアチェンジの柔軟な社会制度に変っていくという気運が、90年代前半から半ばにかけては多少なりとも確実にあったと思います。

自分の選択をまわりのせいにするつもりはありませんし、私や似たような状況にいるPD・ODの方々の認識が甘かったのかもしれません。しかし、自己弁護に聞えるかもしれませんが、日本の柔軟性に欠ける雇用形態や大学院制度の改革をする前に、現在の常識を単純に当時に当てはめてあらゆる問題を個人の自己責任として解決しようとする姿勢には、疑問を覚えます。

Commented by hyoryusha at 2007-10-21 13:04
stochinaiさん・匿名ポスドクさんのように、個人の意識のさらなる改革とともに大学・企業の側の制度的な改革も重要であるという認識を基礎に議論を積み重ねていったほうが、建設的なのではないでしょうか。
Commented by inoue0 at 2007-10-21 16:42
 今、医師不足とかいって世間は大騒ぎしていますけれども、90年代は一貫して「今後は医師が余る」と言われてました。あれは一体何だったんですかね?医大の教員までが「今後は医師が余る」と発言していたように記憶してます。
 つまり、これほど未来は予測が難しいものなので、博士に進んだことを「自己責任」では片付けられないと思います。
Commented by 銅鑼 at 2007-10-21 19:01
医師は余ってますよ。一部地域、一部診療科では。配分がうまくいっていないのです。
Commented by X at 2007-10-21 19:41
自己責任の面は当然あるとしても、それで片付く問題ではなくなるのではないかと思っています。PD が余り出していたのはすでに数年前からで、でもアメリカの拡大路線のおかげでアメリカでポジションを獲得したり、PD を続けたりで緩和されていた面があったのではないかと思います。急激に悪化したアメリカのグラント状況で、それが続かなくなる人が増えるのはこれからではないかと思います。余裕の少ない日本の現状で、それを閉め出すような雰囲気を感じています。それでも「自己責任」で押し通していいのかと思います。
Commented by inoue0 at 2007-10-21 23:18
>医師は余ってますよ 一部地域、一部診療科では
国会で、そのように答弁した前厚生労働大臣柳沢氏は、
「ではどこに余っているのでしょうか」と畳み掛けられて
答えられませんでした。
 人口1000人あたりの医師数は、OECDの平均値が2.9人、日本は1.9人、もちろんG7中では最下位です。
これをもっと突っ込んで検討しているblogが、
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070602
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 01:15
繰り返し出てくる自己責任論ですが、

hyoryushaさんの
>日本の企業も年功序列が無くなり中途採用・キャリアチェンジの柔軟な社会制度に変っていくという気運が、90年代前半から半ばにかけては多少なりとも確実にあったと思います。

おっしゃるとおり。思ったよりはそれは進まなかったし、それはグローバル化による競争の激化や景気後退等により将来に夢を持ったり、変革に対するマインドが減少し、人々が保身の方向へ傾いたことが大きいのではないかと思っています。これを誰が予期できたか?
 自己責任が無いとは言いません。特に第一世代以降の人には確実にあるでしょう。ポスドク問題では数の問題だけが論じられますが、大して優秀でない人が採用されるのを見ていれば、院生は業績があって採用されていない人をしらないので、自分でもなれるかもしれないと思い、ポスドクになってしまうという問題もあります。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 01:39
 ちゃんと現実を認識していればポスドクに進まなかったという人も多いでしょう。この場合でも本人をどれだけ責められましょうか。周りにわかっている人がどれだけいたか?教授に進められて進学したという人も多いです。
 結局この問題、誰に責任があるかではなくて、大学や企業の雇用のありかたを変えていくという方向にしていかないと建設的な議論にはならないと思っています。
 私は企業にもいたことがあるのでよくわかるのですが、企業を知らない人は企業を過大に評価しすぎです。ポスドクの多くはかなり優秀です。十分に企業でもやっていけると思います。よく言われるようなコミュニケーションに問題がある人はそう多くありません。今の大学院教育に決定的に問題があるとも思いません。あるとすればアカデミズ志向の人しか博士課程に行かないことで、学生に話をしてみると企業のことを良く知らないので怖れがあるんですね。そこらへんはインターン制度みたいなものを導入することで解決を測っていけばよいのではと思います。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-10-22 01:47
 よく言われるように企業は「実」がないからポスドクを採用しないのだというのは間違っていると思っています。どうして企業がやることは正しいという前提に簡単に立つんでしょうか?企業にいたときにお荷物社員は結構見ましたし、大学教員をやっていたときには、何でこの学生を採ってこの学生を採らないのかなあ、と思うことも多かったです。
 問題は企業のポスドクに対する認識にあり、中途採用というと企業はその業務がすぐにできることを要求することです。この辺の認識を変えてもらって、相当優秀な人が採れてるけど半年ぐらい仕事覚えるのに時間がかかるという認識になってもらうことが必要だと思います。数はまだ少ないですが実際にポスドクを積極的に採り始めた企業も出てきているようです。問題は企業内文化に抵触する点で、これはポスドクの採用に「実」があるということを示していかないといけません。
Commented by 通りすがり2 at 2007-10-31 07:35
企業からすれば、大学院博士課程(特に社会人博士課程)は運転免許の交付場だ、という程度の認識だと思います。大学院によって内容に差がありすぎますから。

>優秀な大学院生がすべて企業へと戻っていくということになってしまうとなると研究の後継者養成ができない
博士号を取得して会社に再度戻った後で、自分が好きなように研究がしたい、と思って大学に帰ってゆく人も多々いますから、大学にとってもwinだと思います。これは一見して企業の損失に見えますが、大学に帰った人が優秀な新卒を企業に送り込んでくれれば、元は取れるわけです。
by stochinai | 2007-10-19 21:47 | 科学一般 | Comments(22)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai