5号館を出て

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岡田節人さんの文化勲章

(承前)

 文化の日は晴れになる確率が高くなる「特異日」なのだそうです。そのことの札幌における真偽はよくわかりませんが、しばらく前までの週間天気予報では「雪」の予報も出ていたにもかかわらず、今日は小春日和と言っても良いくらいの穏やかな一日でした。

 ニュースでは、岡田節人(おかだときんど)さんが夫人の瑛さんと、文化勲章の授章式に臨むところを見ることができました。節人さんと言えば、私が学生の頃に出されたブルーバックス「細胞の社会」や、瑛さんと共訳されたイバートとサセックスの「発生 そのメカニズム」やウォディントンの「発生と分化の原理」を通じて、私を「この世界」に引き込んでくれた恩人のような方です。大学院生になって最初に見た(お目にかかったというよりは、スターを見たという感覚でした)時に受けた印象は、「カッコいい生物学者というものがあり得るのだ」というカルチャーショックでした。

 それまで、私の知っていた生物学者は自分の指導教員(彼も当時の大学教員としては、十分にカッコよかったのですが)の他は、「学者ってこんなもんだよな」というようなダ**存在が普通でしたから、イモリのレンズ再生から細胞接着分子の研究で、ウニやヒトデの受精研究が主流だった日本の発生学界に、ライフサイエンス(生命科学)や発生生物学と呼ばれる新しい発生学の風を送り込み続けていた彼や、彼を取り巻く研究者や大学院生が颯爽とした姿で、学会で活躍するのをあこがれの気持ちをもって見ていた記憶があります。

 その後、一緒の研究グループに入れていただいたり、直接に研究の話をできるようになったり、瑛さんからは息子さんの出された本を送っていただいたりという「おつきあい」をさせていただくようになったりもしたのですが、私にとって節人さんは今でも永遠の「アイドル」であり続けています。

 勲章などというと、個人的には反発したくなる気持ちになることもあるのですが、節人さんが文化勲章をもらうというニュースを最初に聞いた時に感じたのは、「節人さんなら、文化勲章の授章式が似合うだろうな」ということでした。もちろん発生生物学という学問が日本政府から「文化」として認められたということは悪いことではないですが、そんなことは節人さんの前では大したことのようには思えないのです。そして、今日のニュース・ビデオに映った節人さんは予想通りダンディでした。何を話したとか、この勲章の持つ意義などは些末なことです。そもそも、NHK以外の放送では節人さんの名前さえ触れられていないところもたくさんありましたので、そんなことはやはりどうでもよいことなのです。

 節人さんが日本の発生生物学をリードしていた時代は、端から見ると興味のおもむくまま好きなことをやっているように見えたとしても、アメリカなどから見ると驚くような少ない予算だったにもかかわらず、国際的に見ても十分にレベルの高い先端的研究をやっていたことが認められ始めた頃だったと思います。それと同時に、研究予算も右肩上がりに与えられるようになり、研究を指向する若者も増えてきたのですが、節人さんが現役を引退され生命誌研究館の館長をやられていた頃から、日本の大学や研究環境が大きく変質し始め、現在のような状況になったというような気がします。実際に時間軸を再検討してみると、ちょっと誤認があるかもしれませんが、なんとなく節人さんの引退したタイミングと、科学者や大学が「弱く」なってしまった時期が一致しているような気がしてなりません。

 節人さんという人は、一貫して「目で見えるもの」をおもしろがってくれる「古典的な形態学者」です。私も生物学としては、実際に目で見えるものが好きだということで節人さんの学問指向に深く共感してこの世界に入りました。「そりゃ、おもろいな」と言ってくれる大科学者が、大学や学界で力を持っていて、後継者たちの研究をサポートし、夢を持ち続ける力を与え続けてくれ、発生生物学という学問を受け継ぐたくさんの後継者を育てたという歴史を我々が持っていることを、改めて思い出させてくれる節人さんの授章式でした。

 この伝統は途切れてしまうのでしょうか。
Commented by umishida at 2007-11-04 00:11 x
 ご無沙汰しております。
 しばらく前から、私の中では「岡田節人ブーム」で、岡田先生の書かれた古い一般向けの書籍(アマゾンで購入した古本です。何と便利な世の中でしょう)や論文を読み漁る今日この頃です。全然古びている感じがせず、わくわくしながら読んでいます。 
 ふだん、勲章とか褒章とか特に興味を持たないのですが、岡田先生受章のニュースには素直に喜んでしまいました。
Commented by inoue0 at 2007-11-04 08:49
 岡田さんは一般人向けの解説書をかなり出されているので、私も小学生くらいの頃から岡田さんの本をよく読んでました。細胞の接着や、接触による増殖抑制などの話が書いてあって、その時点ですでに癌の増殖メカニズムの知識が頭に入っていたと思います。
 NatureやCellに載せる論文書くだけが能じゃないです。大数学者である矢野健太郎も、高校生向けの数学参考書をたくさん書きました。
Commented by ぜのぱす at 2007-11-04 14:53 x
私が、初めて(スポーツ選手の名を、自分の地位とはあまりにも歴然とした差があるが故に敬意を持って、呼び捨てにするのと同じ意味合いで、敢えて呼び捨てにしますが)岡田 節人の名を知ったのは『試験管の中の生命』(岩波新書)で、でした。

学部の3年生の時だったと思いますが、大学に講演に来た際に、生意気にも質問をして、『それは、えぇ、質問や』と云われたのが、今の自分に繋がっているのかもしれません。お弟子さんに、良い研究者が多く育っていることからも分かる様に、偉大な教育者だったと思います。
by stochinai | 2007-11-03 22:42 | つぶやき | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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