5号館を出て

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弱者間抗争としてのポスドク問題

 ちょっと前に話題になった赤木智宏さんという方が論座に書いた「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」という論文があります。著者本人のサイトで全文が公開されていますので、是非ともお読みいただきたいのですが、読んでみるとポスドク問題とのあまりの相似性におどろかされます。

 「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。
  「就職して働けばいいではないか」と、世間は言うが、その足がかりはいったいどこにあるのか。大学を卒業したらそのまま正社員になることが「真っ当な人の道」であるかのように言われる現代社会では、まともな就職先は新卒のエントリーシートしか受け付けてくれない。
 ・・・
 そして何よりもキツイのは、そうした私たちの苦境を、世間がまったく理解してくれないことだ。「仕事が大変だ」という愚痴にはあっさりと首を縦に振る世間が、「マトモな仕事につけなくて大変だ」という愚痴には「それは努力が足りないからだ」と嘲笑を浴びせる。
 いかがでしょうか。ここで何度も繰り返された、ポスドク問題に関する論争とまったく同じ議論が行われているのです。つまり、ポスドクはフリーターとほとんど同じ社会的位置に置かれているということのように思えます。もちろん、ここに出てくるフリーターは大学を卒業して定職に就けなかった人のことですが、私には大学院を出てテニュアの職に就けないでポスドクになった人と、(実際に稼いだ給料のことを除くと)相同なものに聞こえます。

 そして、そのフリーターが職を得たいと思うより前に、フリーターが職を得ようとする先の労働者がリストラから逃れようと必死になっているというのが現実なのです。その結果、すでに職を得ている労働者と経営側が、フリーターを排除するという方向で利害が一致しているのが現状だというのです。
 バブルがはじけた直後の日本社会は、企業も労働者もその影響からどのように逃れるかばかりを考えていた。会社は安直に人件費の削減を画策し、労働組合はベア要求をやめてリストラの阻止を最優先とした。そうした両者の思惑は、新規労働者の採用を極力少なくするという結論で一致した。企業は新卒採用を減らし、新しい事業についても極力人員を正社員として採用しないように、派遣社員やパート、アルバイトでまかなった。
 結局、社会はリストラにおびえる中高年に同情を寄せる一方で、就職がかなわず、低賃金労働に押し込められたフリーターのことなど見向きもしなかった。最初から就職していないのだから、その状態のままであることは問題と考えられなかったのだ。
 ここで描かれている構図は、リストラが進行しつつある大学で、研究費がゼロにされてしまい研究者としては意味のないところまで追い込まれたとしても、自分たちの生活を守るためにその職にしがみつこうとしていると言われても仕方がない我々が、その劣悪な環境に妥協しつつも「新規研究者の採用を極力少なくするという結論で雇用側と一致した」と責められている姿が重なります。

 ここまで、流動化が停滞した社会のなかで、フリーターがすがる最後の希望が「戦争による流動化」に行き着くというのが著者の出したあえて挑発的な「結論」です。

 極めて単純な話、日本が軍国化し、戦争が起き、たくさんの人が死ねば、日本は流動化する。多くの若者は、それを望んでいるように思う。

 これを読むと、追い込まれたポスドクの方達が、その状況を流動化させるために望むことが「大学の解体」になっても不思議はありません。事実、それに近い意見がコメントとして寄せられたこともあります。

 もちろん、赤木さんはほんとうに戦争を望んでいるわけではなく、今の社会が弱者に対して「弱者であることを強制しつづけ、私のささやかな幸せへの願望を嘲笑いつづける」ことをやめて欲しいと叫んでいるのです。

 我々もポスドクの叫びに誠実に応えることができなければ、それに対する彼らの答が最悪のものになることを覚悟する必要があるでしょう。
Commented by 研究人 at 2007-11-05 01:49 x
>不況直後、「ワークシェアリング」などという言葉はあったが、いまだにそれが達成される兆しがないのは、誰も仕事を若者に譲らないし、譲らせようともしないからだ。

ポスドク問題エントリーで見たような、既視感を覚える文章です。

以下のサイトの文章によれば、既に小泉内閣の頃には「ワークシェアリング」が政財界で盛んに議論されていたようです。この議論、どうなってしまったのでしょうね。一時的に好況になったら、忘れ去られてしまったような気がします。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/shaminken.html

Commented by 研究人 at 2007-11-05 01:51 x
なお、上に挙げたサイトの最後のほうに次のような文章があります。ここの「アルバイト」「フリーター」を「PD」に置き換えても、成立しますね。

>ちなみに、考えてみれば、学生アルバイトというのも、職業生活と学習生活の両立のための一つの仕組みであるわけです。主婦はパート、学生はアルバイトと身分よろしく使い分けているのは日本だけで、西欧ではいずれもパートタイム労働者です。そういう観点から、改めていわゆるアルバイトを学習生活と時間をシェアしている労働者としてきちんと位置づけ直し、その均等待遇についても規定していくことが必要でしょう。それがないために、学生でないアルバイトという形容矛盾のような存在であるフリーターが大量に出現しながら、それを労働条件の劣悪さという観点からパートタイムの均等待遇とつなげた形で議論することもなく、職業意識がないのが問題だといったような心理主義的な議論しかされていないのではないでしょうか。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-11-05 03:08 x
 ポスドクになって感じることの一つに、社会から理不尽に排除されるということがあり得ることだ、ということを身に持って体験することで、いろいろな社会問題に対する関心が高くなった、ということがあります。そうしてみると日本では他者の痛みを感じて連帯するということがあまりにもないということに気がつきます(フランスのように)。こちらから見れば終身雇用で余裕があるはずなのに、ささいな保身のために他人にしわ寄せをしようとする人も目に付きます。
 結局もっと状況が悪くならないと変わらないんでしょうね。
 それよりもポスドクでもないstochinai さんがここまでここまで考えておられるということに驚きを感じます。
Commented by inoue0 at 2007-11-05 06:11
 中高年のリストラよりも若年失業の方が数としてはずっと多く、しかも、若年失業は労働力の劣化(OJTを受けられず、スキルが向上しない)につながり、長期的には国家戦略としてもマイナスである。よって解雇規制を弱め、労働力を流動化すべきだという議論は90年代からあり、今では労働経済学者の間では常識になっているのですが、労組、厚生労働省などが「労働者の保護が善」という近視眼的な見方しかできないので、事態が悪化していくのです。
Commented by inoue0 at 2007-11-05 08:40
>他者の痛みを感じて連帯するということがあまりにもないということに気がつきます(フランスのように)
 赤木さんの論考を読んでいらっしゃいますか?労働者解雇規制緩和に反対するフランスの大衆運動については、赤木さんは、はっきりと「ノー」と書いています。
 不安定雇用や日雇いで食いつないでいる労働者や無職者には、解雇規制はむしろ不利です。正規被雇用者の待遇切り下げは、非正規被雇用者にとっては待遇の上昇を意味するわけですから。
Commented by 40台海外ポスドク at 2007-11-05 09:54 x
 読みましたが赤木さんの考えが正しいとは思いません。彼は断固連帯拒否のようですね。
 彼の議論は窮状を訴えるという意味では効果的でしたが、実効性は全くありません。そのことを議論する場ではないので議論はやめておきます。


Commented by stochinai at 2007-11-05 11:23
 そうですね。赤木さんの意見をここで議論しても始まりませんし、そもそも彼は「あえて過激に」挑発的な物言いをしているようにも思えますので、そういう見方も成り立ちうるという参考程度に読んでおけばいいのかもしれません。
by stochinai | 2007-11-04 23:54 | 科学一般 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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