2007年 11月 21日
iPS細胞には倫理的問題はないのか
今日、世界を駆けめぐっている京都大学の山中さんの研究グループがヒトの皮膚細胞に遺伝子を導入してES細胞と同等の性質を持つiPS細胞を作ることに成功したというニュースは本当に嬉しいものでした。もっとも彼らが昨年、マウスで同じようにしてiPS細胞を作ることに成功した時に、ヒトでの成功は約束されていたことなので、生物学的にはマウスの実験成功の方がはるかに大きなニュースだったのですが、医学的にはヒトで成功したということの持つ意味はとても大きいものです。
また、昨年マウスの結果が発表された瞬間から、世界の有力な研究者達がヒトの細胞を使って「追試」を始めたことは間違いなく、今日も実はウィスコンシン大学のグループが得たほとんど同じ結果の論文が22日のサイエンス・オンラインで発表されるというニュースと同時に流れているものです。もちろん、我々はこの研究のオリジナルは中山山中さん達のものであるということを知っていますので、それを後追いした連中がたとえ先にヒトで成功させたとしても、中山山中さん達の業績はいささかも揺るがないと思うのですが、のちのちお金がからんでくることになる医療分野では予想も付かない業績の囲い込みや特許などというややこしい問題が生じることが予想されるため、山中グループの研究成果が20日のセル・オンラインに出るということで、とても安心しています。
ところで、マウスの実験が報道された時からそうだったのですが、ニュースなどではiPS細胞は胚を壊すことなくES細胞と同等の万能細胞を得ることができるので、倫理的な問題はクリアされるという論調のものが多いと思います。確かに、現状ではES細胞を使った再生医療では、まず第一に移植可能なES細胞を作るために「ヒト・クローン胚」を作るというとんでもない大きなハードルがあり、次に子宮に戻して育てるとヒトになる能力を持った胚を壊してES細胞を作るということにも倫理的な問題があるということで、二重苦三重苦を背負ったこの技術は「普通の文明国」では医療行為としては使えないだろうという意見が多いと思います。
確かにiPS細胞を使って同じような「再生医療」ができるのだとしたら、単に皮膚の細胞を取り出して遺伝子改変操作をするだけで、「患者さんに移植可能な万能クローン細胞」ができてしまうわけですから、ヒト・クローン胚をめぐる議論はスキップできることになるとは思います。
ただし私は、この先さらに技術が発達してくるとiPS細胞からヒトを作る技術ができてくる可能性が出てくるような気がしており、そこから新たな倫理問題が出てくることを予想して、今のうちから考え、あるいは議論しておいても良いのではないかという考えを持っています。
現在はたとえES細胞を使っても、立体構造をもった心臓や肝臓や腎臓などを作り出すことはできません。それはiPS細胞でも同様です。というわけで、再生医療の次なる課題として3次元の臓器を作り上げる技術の研究が進められるはずです。現時点では、そこには簡単には乗り越えられない大きな壁があると考えられていますが、iPS細胞でさえこんなに早くできるとはほとんどの研究者は思っていなかったと思いますので、ひょっとするととんでもないアイディアで意外に早い時期にそうした技術が出現してくる可能性は否定できません。
そして、体内にあるのと同じような心臓や腎臓を体外で作ることができることができるようになると、類似の技術を発展させることでES細胞やiPS細胞からヒトそのものを作り出すことができるようになるかもしれない可能性を感じるようになりました。(私も数年前までは、それは絶対にできないだろうと思っていたのですが、今はできるかもしれないという「不安」を持つようになりました。)
もしも、iPS細胞からヒトそのものを作ることができるようになったら、我々はその技術をどのようにすべきなのでしょうか。封印すべきなのでしょうか、それとも臓器は作っても良いけれどもヒトを作ってはいけないというルールを作り、iPS細胞を再生医療のために使い続けるということになるのでしょうか。
ES細胞が発見された時にもいろいろな問題が起こってきましたけれども、iPS細胞の出現でまた別の問題が起こることになるかもしれません。現在の技術レベルでは問題にはならないようなことでも予め考えておかないと、件の技術が出現してしまったときでは議論は遅すぎるということが往々にしてあるのが科学・技術倫理の世界です。たとえ取り越し苦労になったとしても、可能性のうちにリスクを考えておくということはとても大切なことのように思えます。
日本初のiPS細胞の発展を日本全体で後押しするとともに、それを使った時に出てくるかもしれないリスクに関しても同様に責任を持って検討していくことが、日本に与えられた課題だと思います。ここで、省庁や学問の壁を越えて推進体制を作ることができたら、日本の科学技術政策も一皮むけるのではないかと期待しております。
また、昨年マウスの結果が発表された瞬間から、世界の有力な研究者達がヒトの細胞を使って「追試」を始めたことは間違いなく、今日も実はウィスコンシン大学のグループが得たほとんど同じ結果の論文が22日のサイエンス・オンラインで発表されるというニュースと同時に流れているものです。もちろん、我々はこの研究のオリジナルは
ところで、マウスの実験が報道された時からそうだったのですが、ニュースなどではiPS細胞は胚を壊すことなくES細胞と同等の万能細胞を得ることができるので、倫理的な問題はクリアされるという論調のものが多いと思います。確かに、現状ではES細胞を使った再生医療では、まず第一に移植可能なES細胞を作るために「ヒト・クローン胚」を作るというとんでもない大きなハードルがあり、次に子宮に戻して育てるとヒトになる能力を持った胚を壊してES細胞を作るということにも倫理的な問題があるということで、二重苦三重苦を背負ったこの技術は「普通の文明国」では医療行為としては使えないだろうという意見が多いと思います。
確かにiPS細胞を使って同じような「再生医療」ができるのだとしたら、単に皮膚の細胞を取り出して遺伝子改変操作をするだけで、「患者さんに移植可能な万能クローン細胞」ができてしまうわけですから、ヒト・クローン胚をめぐる議論はスキップできることになるとは思います。
ただし私は、この先さらに技術が発達してくるとiPS細胞からヒトを作る技術ができてくる可能性が出てくるような気がしており、そこから新たな倫理問題が出てくることを予想して、今のうちから考え、あるいは議論しておいても良いのではないかという考えを持っています。
現在はたとえES細胞を使っても、立体構造をもった心臓や肝臓や腎臓などを作り出すことはできません。それはiPS細胞でも同様です。というわけで、再生医療の次なる課題として3次元の臓器を作り上げる技術の研究が進められるはずです。現時点では、そこには簡単には乗り越えられない大きな壁があると考えられていますが、iPS細胞でさえこんなに早くできるとはほとんどの研究者は思っていなかったと思いますので、ひょっとするととんでもないアイディアで意外に早い時期にそうした技術が出現してくる可能性は否定できません。
そして、体内にあるのと同じような心臓や腎臓を体外で作ることができることができるようになると、類似の技術を発展させることでES細胞やiPS細胞からヒトそのものを作り出すことができるようになるかもしれない可能性を感じるようになりました。(私も数年前までは、それは絶対にできないだろうと思っていたのですが、今はできるかもしれないという「不安」を持つようになりました。)
もしも、iPS細胞からヒトそのものを作ることができるようになったら、我々はその技術をどのようにすべきなのでしょうか。封印すべきなのでしょうか、それとも臓器は作っても良いけれどもヒトを作ってはいけないというルールを作り、iPS細胞を再生医療のために使い続けるということになるのでしょうか。
ES細胞が発見された時にもいろいろな問題が起こってきましたけれども、iPS細胞の出現でまた別の問題が起こることになるかもしれません。現在の技術レベルでは問題にはならないようなことでも予め考えておかないと、件の技術が出現してしまったときでは議論は遅すぎるということが往々にしてあるのが科学・技術倫理の世界です。たとえ取り越し苦労になったとしても、可能性のうちにリスクを考えておくということはとても大切なことのように思えます。
日本初のiPS細胞の発展を日本全体で後押しするとともに、それを使った時に出てくるかもしれないリスクに関しても同様に責任を持って検討していくことが、日本に与えられた課題だと思います。ここで、省庁や学問の壁を越えて推進体制を作ることができたら、日本の科学技術政策も一皮むけるのではないかと期待しております。
訂正:
山中を『中山』と誤記が2カ所ありますが(笑)。
サイエンス版は、20日(アメリカ時間)にもう出ています。
ところで、iPSは、外から遺伝子を放り込んでいる訳ですが、将来、仮に医療に実用可能になった時に、遺伝子組み換え大豆を受け入れたがらない日本人でも、iPSなら受け入れるんだろうか?
山中を『中山』と誤記が2カ所ありますが(笑)。
サイエンス版は、20日(アメリカ時間)にもう出ています。
ところで、iPSは、外から遺伝子を放り込んでいる訳ですが、将来、仮に医療に実用可能になった時に、遺伝子組み換え大豆を受け入れたがらない日本人でも、iPSなら受け入れるんだろうか?
0
Commented
by
stochinai at 2007-11-22 00:39
ご指摘、ありがとうございました(汗)。
遺伝子組み換え細胞に関しては、多分大丈夫な気がします。普段は病気になりたくないための遺伝子組み換え拒否でも、病気を治すためなら遺伝子組み換え受け入れとなりそうに思えます。そういう点で、日本人は原理主義というよりは、相対主義(あるいはご都合主義)に見えます。
遺伝子組み換え細胞に関しては、多分大丈夫な気がします。普段は病気になりたくないための遺伝子組み換え拒否でも、病気を治すためなら遺伝子組み換え受け入れとなりそうに思えます。そういう点で、日本人は原理主義というよりは、相対主義(あるいはご都合主義)に見えます。
Commented
by
A
at 2007-11-22 00:47
x
既にiPS細胞からマウス個体は作れることが証明されているので、人間でそれをやるのは技術的に可能だと思います。ただし、実用化のためには1点だけ、初期化のために使った外来の遺伝子を取り除く技術を新しく開発する必要があります。
実のところ、皮膚などの細胞からの臓器の再生に関しても、技術開発を行うよりiPSから個体を作る方が確実で、今でも始められるのでしょうけど、これは倫理的にも時間的にも問題がありすぎるので、これからしばらくはより適切な細胞分化と臓器形成の条件を模索する研究が進むと思います。
私個人としては、倫理などに関する議論も重要だと思いますが、このような研究はそれとは独立してどんどん推進していくべきだと考えます。知らないということは無力ですが、出来るということを知ればそこに選択肢が生まれます。とにかくはまず知ることが大事であり、知ればそこから新たな選択肢が生まれることもあると思います。
懸念される問題は、倫理的な議論が持ち上がってこのような研究が進みにくくなることだと思います。現に山中さんは日本での研究上の制約が理由でアメリカにもラボを持ち、日本と掛け持ちするという苦渋の選択を強いられています。
実のところ、皮膚などの細胞からの臓器の再生に関しても、技術開発を行うよりiPSから個体を作る方が確実で、今でも始められるのでしょうけど、これは倫理的にも時間的にも問題がありすぎるので、これからしばらくはより適切な細胞分化と臓器形成の条件を模索する研究が進むと思います。
私個人としては、倫理などに関する議論も重要だと思いますが、このような研究はそれとは独立してどんどん推進していくべきだと考えます。知らないということは無力ですが、出来るということを知ればそこに選択肢が生まれます。とにかくはまず知ることが大事であり、知ればそこから新たな選択肢が生まれることもあると思います。
懸念される問題は、倫理的な議論が持ち上がってこのような研究が進みにくくなることだと思います。現に山中さんは日本での研究上の制約が理由でアメリカにもラボを持ち、日本と掛け持ちするという苦渋の選択を強いられています。
Commented
by
stochinai at 2007-11-22 01:06
Aさん、コメントありがとうございます。iPSからマウスを作るといっても胚に細胞を注入する方法だと思いますが、それだとES細胞と同じ問題に戻ってしまいます。私が言いたかったのは、胚を介在させずにESまたはiPSから新たな個体を作るという技術です。
それはさておき、私も科学者に倫理問題も考えることを押しつけるのではなく、科学者にはどんどん研究をさせる一方、並行して倫理問題の専門家がさまざまな検討を加えるという体制が良いと思います。文科省にしろ厚労省にしろ、科学者(および大学教員)になんでもやらせようとすることで、研究・教育を阻害しているということが日本の悲劇の根源にあると思います。
それはさておき、私も科学者に倫理問題も考えることを押しつけるのではなく、科学者にはどんどん研究をさせる一方、並行して倫理問題の専門家がさまざまな検討を加えるという体制が良いと思います。文科省にしろ厚労省にしろ、科学者(および大学教員)になんでもやらせようとすることで、研究・教育を阻害しているということが日本の悲劇の根源にあると思います。
Commented
by
かつお
at 2013-02-11 22:39
x
私もips細胞のニュースを初めて見た時から倫理的問題とこれからの人口増加についての問題に心配をしていました。ニュース等では称賛やノーベル賞しか取り上げていませんでしたが、実際にはips細胞が発明されたことには大きなが隠れていることの報道がされていないことに強く懸念しています。
がされていないことに
がされていないことに
by stochinai
| 2007-11-21 22:21
| 生物学
|
Comments(5)