5号館を出て

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光を感じる普通の神経細胞

 2月17日発行のNatureに、おもしろい論文がいくつか同時掲載されています。

生化学:ヒトのメラノプシンが添加された哺乳類細胞は光応答性となる
Addition of human melanopsin renders mammalian cells photoresponsive
Z. Melyan, E. E. Tarttelin, J. Bellingham, R. J. Lucas & M. W. Hankins
Page 741

細胞:メラノプシンの異種発現による光感受性の誘導
Induction of photosensitivity by heterologous expression of melanopsin
Xudong Qiu, Tida Kumbalasiri, Stephanie M. Carlson, Kwoon Y. Wong, Vanitha Krishna, Ignacio Provencio & David M. Berson
Page 745

視覚:霊長類網膜中のメラノプシン発現神経節細胞は色と照度をシグナルとしてLGNに投射する
Melanopsin-expressing ganglion cells in primate retina signal colour and irradiance and project to the LGN
Dennis M. Dacey, Hsi-Wen Liao, Beth B. Peterson, Farrel R. Robinson, Vivianne C. Smith, Joel Pokorny, King-Wai Yau & Paul D. Gamlin
Page 749

 我々は今まで、我々ヒトを含む脊椎動物の眼の中で、光を感じるのは網膜の一番外側にある桿体細胞と錐体細胞といういわゆる視細胞だと信じてきたわけですが、実はそれらの細胞から光を受けたという情報を脳へと伝える働きだけをしていると考えられてきた視神経細胞(神経節細胞:これが網膜の一番内側、つまり光の当たる側にあります)も、光を「感じている」ということが証明されたという論文です。

 その前段階として、遺伝的に桿体細胞も錐体細胞も持たない、つまり目の見えないマウスも、光を感じて日周期に同調した行動をとることが知られていたという情報があります。しかし、こうしたマウスも目そのものを除去してしまうと日周期を感じることができなくなるのです。

 視細胞がなくても光を感じて、行動などを日周期に合わせることができるが、眼球がすべてなくなるとそれができなくなるということは、眼球にある視細胞以外の細胞も光を感じていると考えざるを得ないわけです。

 そして、どんな細胞でも、メラノプシンというタンパク質とレチナルデヒドという物質がありさえすれば(外部から入れてやったとしても)、光を感じることができるようになるということも示されています。

 この論文を見て、10年くらい前に読んだ、日周リズムを失った子供に膝の裏に、定期的に強い光をあてることで日周リズムを取り戻させることができるという(ちょっと怪しげなニュースを思い出しました。そのニュースも、このNatureか同じような週間科学誌のScienceに載っていたように記憶しているのですが、その時は笑い話のように扱われていた記憶があります。

 しかし、今回の論文をみると膝のうらに同じような光を感じる神経細胞がある可能性は否定できないと思いました。

 生物学はまだまだ新発見が続きそうです。
Commented by ぢゅにあ at 2005-02-24 00:40 x
たいへん、亀なコメントですみません。私のとって、こうした科学ニュースもつぶやきの楽しみのひとつです。以前、ある本で合理性でいうならば人間よりもイカの眼球構造の方が理にかなっている、と言っていたのを思い出しました。網膜が不要(合理性から言えば)にひっくりかえって結果として盲点ができてしまった。(ウロ覚えです)つまり、生物の進化はいまあるべき姿(例えば我々人類)を想定して進んだわけではなく、多くの試行錯誤のたまものなので、合理的とは言えない矛盾した部分が多い、とのこと。
結局何が言いたいかというと、膝の裏なんていう最も光の影響を受けなさそうな部位だからこそ、感受性のある細胞が消失せずに温存されていたのかも(どシロートな発想ですが)などとと考えると、生物の謎を解き明かすにあたっては、こうあるべきという合理性をあてにできないんだな、と思ったわけです。
娘の部屋にアインシュタインのポスター(趣味悪い?)が貼ってあるのですが下の方には
”Imagination is more important than knowledge"と書かれてます。生物に限らず、科学は自由な発想が命ってことでしょうか?
Commented by stochinai at 2005-02-24 14:45
 私もこれらの論文を読んで、盲点(最近は盲斑と呼ぶようですが)のことを思いました。盲斑には光受容細胞はありませんので、確かに「もの」が見えなくなるのですが、そこが黒い孔になって知覚されるわけではありません。
 このことは、子どもの頃からずっと気になっていたのですが、盲斑を走る神経細胞が光を感じることはできるのであれば、明るさだけは滑らかに受容されるってこともあり得るかな、と思いました。まあ、脳における単なる情報処理の結果、そう見えているだけなのかもしれませんが。

 ”Imagination is more important than knowledge"

 基礎知識なしに、発想だけを膨らまされても困ることが多いんですけどね(^^;)。
Commented by yoshika at 2005-05-25 18:50 x
「膝の裏に光を当てると・・・」という話は,
論文発表後にかなりの追試研究が行われ,
現在では否定されています.

ただ,メラノプシン(桿体,錐体以外の光受容システム)については,
その存在が認められていると言っていいと思います.

ちなみに膝の裏の光受容体の論文は,
  Campbell & Murphy (1998)_Science
です.

膝の裏というのは,面白い視点だったのでニュースにもなりましたが,
それが否定されていることがあまり知られていないみたいですね.
Commented by stochinai at 2005-05-25 19:01
 yoshikaさん、コメントと情報をありがとうございました。

 「膝の裏」の話は、もちろん私も眉につばを付けながら話題にしているのですが、正式な否定論文をフォローしていなかったので、教えていただいて感謝しております。
 おもしろい話でいつまでたっても「定説」にならないものは、いつの間にか否定されていることが多いのだと思いますが、「発見」の時にはおもしろニュースとして大々的に報道されても、否定されたというのはなかなかニュースにはなりにくいので、聞こえてこないのだと思います。

 逆にそれを利用して怪しげな商売をする輩まで出てきますので、その辺のフォローも我々の義務だと思っています。

 これからも、よろしくお願いできるとありがたいです。
by stochinai | 2005-02-18 22:59 | 生物学 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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