5号館を出て

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政治家の正しい使い方

 いつも人を食ったような発言を繰り返していた福田首相が、今日はとても苦しそうな顔をして、「患者全員を一律救済する法案を与党の議員立法で今国会に提出する」という記者会見をしていたのが印象に残りました。

 昨日は、一部の報道で内閣支持率が20%を切ったという、どこまでほんとうかわからないようなニュースも飛び交っていましたが、年金問題では国民の信頼を回復するような方策は何一つ出せなさそうな状況で、つい昨日まで「一律救済は困難」と言っていた福田政権ですが、国民の支持を回復するにはこれしかないという高度に政治的な判断を行ったのだと思われます。読売などの記事によると「何も聞かされていなかった官僚からは『寝耳に水』と驚きの声が上がった」ということなので、今まで官僚と蜜月時代を送ってきた福田政権は政策の舵を切ったというふうに見えなくもありません。

 しかし、冷静に考えてみるとこの「政治的判断」は、政府や官僚の責任問題を回避するかなり巧妙に計画されたものとも見えます。なぜならば、患者の救済にはそれなりの資金が必要になり、それが政府の責任において出費されるのではなく、野党も反対することの難しい議員立法に基づいて出費されることになると、少なくとも今後の出費に関しては与野党共同責任ということになって、(もちろん無駄遣いではないのですが)そのことについて誰も責任を負わなくてもよいという構図に持っていけるからです。

 そこに気がついた一部の野党議員などからは、官僚や政府の責任は追及するという声はあがっていますが、患者救済の立法には賛成せざるを得ないでしょうから、やはり追求には限界があるでしょう。

 それはさておき、一貫して一律救済は絶対にできないと言い張ってきた政府・自民(+公明)党が世論に負ける形で方針転換をしたことは、日本の民主主義にとってとても大きな一歩だったような気がします。選挙の時以外は、常にバカにされ続けている「主権者」の意向がこのような形で政府を動かすことができたということは、今年を締めくくるにあたって贈られた大きなクリスマス・プレゼントではないでしょうか。

 今回の出来事は、多くの国民が望んでいることを実行する政治が行われるように与党・野党をうまく操ることが不可能ではないことを示しています。

 これこそが、政府の正しい操作方法のひとつなのかもしれません。マニュアルが作れるといいですね。

【追記】
 コメント欄に書かれていますが、まさくにさんという方からいくつかの疑問が出されております。詳しく反論するつもりはありませんが、後ほどコメント欄で簡単に応えさせていただきます。
Commented by まさくに at 2007-12-24 11:50 x
ご多忙中とは思いますが、記事に若干の質問を書きTB させて頂きました。弾かれてしまうので、本コメントにてその旨記載致しました。記事は
http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/329b9b7773cb7b41b40a76d20f9e076a
でございます。お手数とは存じますが、ご回答頂ければ幸いです。
Commented by stochinai at 2007-12-24 12:59
 丁寧にご質問いただいたので、まさくにさんのご質問に簡単にお答えしたいと思います。まさくにさんと私の違いは、基本的にこの問題に対する視点の違いに由来するものだと思います。まさくにさんの主な主張は「責任」はどこにあるのかということだと思いますが、私は責任問題も無視はしておりませんが、国(政府、政治)はなんのために存在するのかというところから発想しています。国は国民の生命と生活を守るために、国民によって作られたものが民主主義国家だというのが私の判断です。
 その視点から見ると、国に責任がない場合には患者を救済しなくても良いということにはなりません。責任があろうがなかろうが、国には国民の生命と生活を守る義務があるのです。もちろん納税を代表として、そのサービスを受けるために国民がしなければならない義務もたくさんあります。

 それでは、以下に具体的質問に移ります。
Commented by stochinai at 2007-12-24 13:05
①一律救済するという裁判所判断が殆ど出てない理由をどのようにお考えでしょうか?

 裁判所が判断しているのは、どこまで国の責任を問えるかということであり、責任がないと判断された場合に救済義務は生じないということです。裁判所もそれでは民主主義国家としての政府の責任が果たせないだろうという判断をしたので、和解を呼びかけたということでしょう。
 それとは別に、最近の日本の裁判が独立性を失いつつある傾向は顕著であり、憂慮しています。例えば、こちらなどをご覧下さい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/(つなぐ)
20071212/143054/
Commented by stochinai at 2007-12-24 13:08
②法的責任がなくても被告に賠償させるべきだ、とお考えなのでしょうか?

 賠償ではなく、救済はすべきだと思っています。最初は知らなかったとは言え、その後知っていながら放置したのですから、さかのぼってペナルティを与えられても仕方がないでしょう。また、同じ処置を受けて薬害の被害者になった患者さんが、裁判で責任を認められた人とそうではなかった人に差を付けるなと主張することは、きわめて自然な人情というものだと思いますので、支持します。
Commented by stochinai at 2007-12-24 13:12
③責任所在は、どこにあるとお考えでしょうか?

 もちろんおっしゃるように、我々国民も含めていろいろなところに責任は想定されると思います。しかし、今回の主役である旧ミドリ十字には厚生省の高級官僚が天下りして薬害にかかわっているということなどを考えると、最大の責任者はミドリ十字と許認可権を持っていた政府だと言えると思います。また、政府はミドリ十字が吸収合併されるときに、すべての財産を差し押さえるなどという行動をとれたはずなのに、それもやっていません。怠慢あるいは見逃し行為と言われても仕方がないと思います。
Commented by stochinai at 2007-12-24 13:16
④何故フィブリノゲン(或いはクリスマシン)投与を受けた肝炎患者だけが一律に救済されるべきとお考えなのでしょうか?

 他の肝炎患者は、(十分とは言えないかもしれませんが)普通の医療制度のもとでの救済は保障されていると思います。同じ病気だからといって、明らかに医療という名の下で行われた人為的行為が原因となっているものと、原因不明のあるいは明らかに別の原因がある場合に扱いが変わるのは当然だと思います。
Commented by stochinai at 2007-12-24 13:21
⑤政府や政党の操作性についての原則や例外のようなお考えがあるのでしょうか?
司法判断に不服である時には、国民が感情的に騒ぐことで政府や政党を操作し、これら判断を超えることができることが正しい、というお考えのように見受けられます。そうであるなら、司法判断をひっくり返す為には、煽動的工作活動を行い成功したものがそれら操作の利益を得るようにも思えますが、そのことが危険であるとの認識はないのでしょうか。

 確かに危険はともないますが、民主主義という制度そのものが持つ基本的な危険性だと思います。上のまさくにさんの文章から「感情的」な部分を抜くと、なかなか良い民主主義の説明になると思います。以下、改変文です。

 司法判断に不服である時には、国民が直接行動することで政府や政党を動かし、これら判断を超えることができることは正しい。司法も人間の行為である以上誤る可能性があるので、司法判断をくつがえす為に、さまざまな民主的活動を行いことは国民の利益に沿うものである。
Commented by まさくに at 2007-12-24 17:55 x
早速にご回答下さり有難うございました。疑問点等につきましては、改めて記事に書いてみました。
Commented by すんと at 2007-12-26 11:21 x
別項目でも書いたが、今回の決定は衆愚政治以外のなにものでもない。C型肝炎は血液以外の経路で感染することはあまりないため、大部分の感染は輸血を介したものとされている。フィブリノゲンの患者などそれに比べれば、ほんの少数に過ぎない。われわれの膨大な血税がそれに投入されるのだ。それでいいのか?一部のマスコミは、その分防衛予算を削ればいいと主張している。一納税者としては、防衛は国の最も重要な責任だから、適切に税金を使うのは吝かではないが、なぜ肝炎患者の救済をわれわれが行わなくてはならないのか?理解に苦しむ。
Commented by すんと at 2007-12-26 11:26 x
薬事行政は許認可制だから、許認可した国にも一定の責任があるというのが、国責任論者の論拠だが、全ての医薬品副作用の患者に国が税金で救済すべきなのか?自動車運転免許も許認可制なので、交通事故も全て国が救済すべきなのか?可哀想、可哀想、では学級会レベルだな、この国の政治家達は。民主主義・共和政はそろそろやめて帝政か寡頭政にしたらどうだね。歴史を紐解いても必ずその繰り返しなのだが。
Commented by 寡愚頭政または愚帝政 at 2007-12-27 21:21 x
>>一部のマスコミは、その分防衛予算を削ればいいと主張
 専守防衛の日本の立場では不要な、敵陣心臓部をたたこうという攻撃型戦闘機が予算化されているからでしょうか。「攻撃は最大の防御」とは言いますが、それを認めては際限なくなります。
 国家賠償の賠償金は結局私たちの税金ということになりますが、国に責任がある場合補償も辞さずという制度は民事訴訟を考えても当然の帰結でしょう。また、200万人とも言われるC型肝炎患者を、薬害だ、輸血が原因だ、といって、救済しようとすることが、そもそも不公平をはらむことなのでしょう。
by stochinai | 2007-12-24 03:15 | つぶやき | Comments(11)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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